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~魔皇会議編 第3話~
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[強行]
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・六月___ゲオルグラディア大陸北部・魔王城・東の塔
「会議に参加した感想はどうだ?ま、大した内容を話してはいないし、少し拍子抜けしたかもな。」
デュンケルハイトはヴィオラと話しながら魔王城の中を歩いていく。時間帯は昼間なのに城内は薄暗く、窓から入り込む紫色に変色した僅かな明かりと天井にぶら下がっているシャンデリアの炎だけが寂しく廊下を照らしている。ヴィオラはデュンケルハイトの右手をしっかりと掴みながら、傍にぴったりとくっついている。
「・・・意外・・・だった。怖い人ばっかりと思ってたけど・・・あのドラゴンの女の人以外は・・・優しそうだった・・・」
「優しそう___ね。ドルキューラさんはともかく、マルファスさんはなぁ・・・あの人は変わってるんだよ。変人って言った方が分かりやすいな。」
「危ない人・・・なの?」
「ある意味な。ぶっちゃけ、ああいう手合いの奴が一番怖いんだよ、直接敵意を向けてくる奴よりもな。・・・お前ももう少し年を重ねて大勢と付き合っていけばわかるさ。」
デュンケルハイトは過去のマルファスの奇行を思い出す。彼は研究の為なら使えるものを何でもかんでも使うような魔族だ。そこに倫理観や道徳感は無く、貴族らしい気品さの欠片を微塵と感じさせない。味方にすればこれ以上頼りになる存在はいないが、敵にすればこれ以上恐ろしい存在はいない。何故なら勝つために手段を問わないからだ。最終的に自分がその場に立っていればいい。敵も味方も全員倒れていようが___これが、マルファスが戦いの場で大切にしている信条だ。正直言って、敵よりも恐ろしい存在で、一緒に戦いたくない男である。
二人は廊下を進み、東の塔へ到着する。塔の中央から遥か上にある天井まで吹き抜けており、壁沿いの螺旋階段を上っていく。階段を上っているとい、ふと上の方から女性の声が聞こえてきた。
「グラズウィン!聞こえていますか⁉お父様がお呼びですよ!グラズウィン!起きていますよね⁉ここを開けなさい!何時まで引きこもってるつもりですか⁉」
「この声は・・・セレス様か。」
「セレス様・・・魔王様の・・・奥さん?」
「そうだ。どうやら訓練の話を聞いて迎えに行っているんだろう。」
二人は階段を上っていく。一番上まで昇ると、細い通路に入り、その奥に木製のドアとそのドアを叩いている赤色のドレスを着た女性がいた。女性は美しい栗色の髪を綺麗に纏めており、いかにも貴婦人と呼ばれるような恰好をしている。彼女が魔王ディルメルガの妻、セレスだ。
「セレス様、如何なさいましたか?」
デュンケルハイトが彼女の傍まで言って尋ねると、びくりと一瞬体を震わせて後ろを振り向いた。彼の姿を見ると、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「デュンケルハイト・・・貴方でしたか。突然後ろから声をかけられて驚いてしまいましたよ・・・」
「申し訳ありません。驚かせるつもりは・・・」
「いいの、分かってるから。こっちこそ、嫌な気分にさせてごめんなさいね。」
セレスは優しく微笑んだ。デュンケルハイトが扉の方に視線を向けると、セレスも扉に顔を向ける。
「ここへ来るときからセレス様の声が聞こえておりましたが、グラズウィン様の反応は・・・」
「全く・・・朝食は食べていたからもう起きている筈なんだけど・・・」
セレスが困った顔をしながら扉を見つめ続ける。デュンケルハイトはヴィオラの手を離すと、扉の前に行き、三回ノックした。
「グラズウィン様。四魔皇のデュンケルハイトで御座います。起きていらっしゃるのならお返事いただけると幸いです。」
扉の向こうから返事は帰って来ない。デュンケルハイトは再び扉をノックして呼びかけるが、それでも一切反応がない。
「グラズウィン!お父様の部下に対してその反応は失礼極まりないですよ!折角いらっしゃってくださいましたのに無視するなんて!私はそんな礼儀のなってない子に育てた覚えはありませんよ⁉」
セレスも訴えかけるが、それでも反応を見せない。彼女は頭を抱える。
「はぁ・・・一体どうしましょう。本当にみっともない所を見せてしまいましたね・・・」
「いいえ、セレス様。お気になさらずに・・・」
デュンケルハイトは彼女に優しく声をかけると、扉を前にして溜息をついて、右足首を回し始めた。謎のウォーミングアップに気が付いたヴィオラが尋ねる。
「お兄ちゃん・・・何する気?」
「扉を蹴り破る。闘技大会まで残り二週間、移動時間なども考えるともう二週間も残ってない。・・・これ以上ディルメルガ様に頂いた時間を無駄にする訳にはいかない。」
「だ、駄目だよお兄ちゃん・・・そんな事やったら魔王様に怒られちゃうよ・・・」
「その心配は不要だ。ディルメルガ様も仰っていただろう___『戦闘訓練を行う為ならどんな手段を用いても構わない』と。」
「・・・」
「セレス様。無礼を承知で失礼させてもらいます。」
「構いませんよ。・・・どうぞやって下さい。」
「・・・ありがとうございます。」
デュンケルハイトはセレスに返事をすると、渾身の力を込めて扉を蹴り飛ばした。扉を止めている金具が折れ曲がり、砕けた。扉は勢いよく室内へ吹き飛び、奥の窓ガラスを破って外へと飛び出した。砕けた硝子と共に扉が地上へ落ちていく。
「ひッ!」
部屋の中から男の小さな悲鳴が聞こえてくる。デュンケルハイトを先頭に三人が室内へ入る。随分と長い間換気をしていなかったようで大分空気が悪い。窓ガラスが割れてしまったので新鮮な外の空気と濁った室内の空気が勢いよく入れ替わっていく。取り合えず、換気に関してはこれで解決するだろう。
部屋の中は本や紙などがそこら中に散乱し、積み重なっている。まるでゴミの山だ。このほかにも色々なゴミがあるのだろうか、明らかに古紙の匂い以外も感じ取れる。五感に優れるヴェアウルフ族のデュンケルハイトとヴィオラからすれば一刻も早くこの部屋から出たいと思えるほど臭い。鼻がひん曲がってしまいそうだ。また、ヴィオラはヴェアウルフ族の中でも特に感覚が鋭い為、両手で懸命に鼻を抑えている。妹の為にも早く何とかしなければ。
奥の椅子に一人の栗色の髪をした青年が椅子に座っているのが見えた。座っているというよりは、椅子の上で丸まっていると言った方がいいだろう。デュンケルハイトを見て、彼は怯えている。青年の服は小汚く、もう何日___いや、何週間も同じ服を着ているかのような印象を受ける。髪も脂ぎっていて不潔感が溢れている。風呂にも入っていないだろう。彼が魔王の息子、『グラズウィン』だ。
「な・・・何だよ、お前!勝手に入って来るなんて・・・誰が許可した⁉」
グラズウィンがデュンケルハイトを指差しながら震えた声で怒鳴る。全く威勢も覇気も感じず、怖くは無いのだが、主君の息子であるので無礼な真似はあまりできない。デュンケルハイトはその場に膝をつく。
「大変失礼いたしました。私はディルメルガ様率いる魔王軍の幹部『四魔皇』の一人、デュンケルハイトと申します。この度はディルメルガ様よりグラズウィンへの戦闘訓練の指導係に任命されましたので参上いたしました。」
「戦闘訓練の・・・指導係だって・・・」
グラズウィンは彼の言葉を聞くと、椅子から立ち上がった。
「冗談じゃない!どうせ二週間後のコロッセウムでの闘技大会に出すつもりなんだろ⁉余計なお世話だ、とっとと帰れ!」
「そうは行きません。どんな手段を用いても戦闘訓練をさせろとのご命令です。」
「そんなもの必要ない!僕は今のままでも十分だ!」
「いいえ、十分ではございません。現にディルメルガ様はそう思ってはおりません。」
グラズウィンは彼の返事を受け、激昂した。
「父上に僕の何が分かるってんだよ!いっつも馬鹿みたいに厳しく躾けやがって!僕は今のままでも十分に強いから止めろって言ってるのに聞きゃあしない!僕が天才だって知ってるくせに認めたがらないんだ。僕はお前みたいな訓練しないと強くならない出来損ないとは出来が違うんだよ!」
「それは違います。鍛錬を行わずに強くなる者などこの世には存在致しません。どのような天才であろうと、必ず努力をしておられます。寧ろ、天才と呼ばれるものほど、想像を絶する努力を積んでおられます。はっきりと申し上げますが、貴方はまさに『井の中の蛙』に過ぎないのです。ほんの少しでも見渡せば貴方よりも優れている者はごまんとおります。___貴方は『天才』ではございません。」
「何だそれ⁉お前に僕の何が分かるんだよ!」
「分かりません、これっぽっちも。只分かるのは・・・貴方が引きこもっていた理由が私の想像していた理由よりも遥かに『幼稚』だった___ということだけですね。」
デュンケルハイトが溜息交じりに呟くと、グラズウィンは更に怒り狂い、目の前に魔術陣を展開した。怒りに任せた破壊衝動・・・本当に幼稚だ。
「何やってるの、グラズウィン!その術を解きなさいッ!」
「五月蠅い五月蠅い!どいつもこいつも僕の前からいなくなればいいんだ!」
グラズウィンは完全に怒り狂っており、両手を前にかざして更に魔力を込める。周囲の空気が魔術陣に引き寄せられる中、デュンケルハイトは静かに立ち上がり、彼の方へゆっくりと歩いていく。
「お兄ちゃんッ⁉あ・・・危ないよ・・・」
「大丈夫だ、ヴィオラ。心配しなくていい。」
デュンケルハイトはヴィオラに返事をすると、グラズウィンに語り掛ける。
「グラズウィン様・・・一つこちらから提案をしても宜しいでしょうか?」
「・・・何?」
「その攻撃を私に当てて見て下さい。」
「ッ⁉」
「デュンケルハイト⁉貴方何を・・・」
セレスやヴィオラ、グラズウィンが彼の予想外な提案に困惑する中、言葉を続けた。
「もし掠り傷を体の何処かにでも与えられれば、私は黙ってこの部屋から出ましょう。今後、貴方の部屋へ無断に入ったり、訓練の強要を行いません。ですが、与えられなかった場合___どんなにぐずねようが訓練へ参加して頂きます。」
「・・・」
「あぁ、そうだ。更にハンデを加えます。・・・グラズウィン様の攻撃を私は防ぎません。手で弾いたり、防御の構えを取ることなく、真っ直ぐ貴方の方へ歩いて行くだけ。___どうですか?」
「・・・馬鹿に・・・してるのか?」
グラズウィンが怒りに顔を滲ませる。デュンケルハイトは無表情のまま、淡々と答えた。
「いいえ、馬鹿になどしておりません。・・・ただ、私が何故このような条件を提示するのかお分かりますよね?・・・貴方じゃ無理だからですよ、私に傷を与える事なんか。」
デュンケルハイトはグラズウィンとの距離を着実に縮めていく。グラズウィンの怒りの沸点は完全に吹っ切れた。
「じゃあやってやんよ、おらぁッ!舐めやがって畜生がぁぁぁぁッ!」
グラズウィンは圧縮した魔力を一気に放出。放出された魔力はデュンケルハイトを一瞬で飲み込んだ。
「お兄ちゃんッ!」
ヴィオラが近づこうとすると、セレスが止めた。デュンケルハイトがいた所には赤黒い炎が天井にまで昇る程激しく燃え盛っている。
「あはははははッ!どうだ!何とか言ったらど___」
グラズウィンが興奮気味に炎へ向かって叫んだ___その時。
___ズズ・・・
燃え盛る炎の中からデュンケルハイトが全く無傷の状態で平然と出てきた。顔や手にも傷が無ければそもそも服にも焦げ跡すら残っていない。まるで最初から何も無かったようだ。___デュンケルハイトは己の纏う魔力だけで炎を防いでいたのだ。
「あ・・・ああ・・・」
「何を驚いていらっしゃるのですか?言いましたよね。___貴方じゃ私に傷を与える事なんかできないと。」
グラズウィンが再び魔術陣を展開して魔力を込め始めると、デュンケルハイトは瞬きする間に彼の目の前にまで接近する。そして彼の魔術陣を裏拳で粉々に粉砕すると、強烈なアッパーを彼のみぞおちにお見舞いする。
「がッ・・・」
グラズウィンは目を大きく見開くと、次の瞬間には白目をむいて気絶した。彼が気絶した直後、周囲に拡散した炎が消滅する。デュンケルハイトは彼をさっと肩に担ぐと、セレスの方へ振り返る。
「セレス様、今からグラズウィン様を訓練場へ連れて行きます。・・・一緒に来ますか?」
「宜しいのですか?私がいると邪魔になるのでは・・・」
「勿論、セレス様が傍にいるとどうしても甘えが出てしまうことでしょう。なので遠くから訓練の様子をご覧いただくということになります。それでもグラズウィン様がどのような訓練を受けられるのか・・・私としてもご理解して頂きたく存じますので、ぜひとも今回だけでもご覧いただければ幸いでございます。」
「・・・分かりました。拝見いたしましょう。」
「では付いて来てください。早速始めますので。___後、今回グラズウィン様を気絶させるために手荒な真似を取らせて頂きましたことを、ここに謝罪いたします。申し訳ありませんでした。」
「いいえ、問題ありません。元々あの子のせいなのですから・・・」
セレスは複雑な顔をしながら告げた。デュンケルハイトはヴィオラに目配せする。デュンケルハイトが部屋を出ると、二人も彼に続いて部屋を出た。
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・六月___ゲオルグラディア大陸北部・魔王城・東の塔
「会議に参加した感想はどうだ?ま、大した内容を話してはいないし、少し拍子抜けしたかもな。」
デュンケルハイトはヴィオラと話しながら魔王城の中を歩いていく。時間帯は昼間なのに城内は薄暗く、窓から入り込む紫色に変色した僅かな明かりと天井にぶら下がっているシャンデリアの炎だけが寂しく廊下を照らしている。ヴィオラはデュンケルハイトの右手をしっかりと掴みながら、傍にぴったりとくっついている。
「・・・意外・・・だった。怖い人ばっかりと思ってたけど・・・あのドラゴンの女の人以外は・・・優しそうだった・・・」
「優しそう___ね。ドルキューラさんはともかく、マルファスさんはなぁ・・・あの人は変わってるんだよ。変人って言った方が分かりやすいな。」
「危ない人・・・なの?」
「ある意味な。ぶっちゃけ、ああいう手合いの奴が一番怖いんだよ、直接敵意を向けてくる奴よりもな。・・・お前ももう少し年を重ねて大勢と付き合っていけばわかるさ。」
デュンケルハイトは過去のマルファスの奇行を思い出す。彼は研究の為なら使えるものを何でもかんでも使うような魔族だ。そこに倫理観や道徳感は無く、貴族らしい気品さの欠片を微塵と感じさせない。味方にすればこれ以上頼りになる存在はいないが、敵にすればこれ以上恐ろしい存在はいない。何故なら勝つために手段を問わないからだ。最終的に自分がその場に立っていればいい。敵も味方も全員倒れていようが___これが、マルファスが戦いの場で大切にしている信条だ。正直言って、敵よりも恐ろしい存在で、一緒に戦いたくない男である。
二人は廊下を進み、東の塔へ到着する。塔の中央から遥か上にある天井まで吹き抜けており、壁沿いの螺旋階段を上っていく。階段を上っているとい、ふと上の方から女性の声が聞こえてきた。
「グラズウィン!聞こえていますか⁉お父様がお呼びですよ!グラズウィン!起きていますよね⁉ここを開けなさい!何時まで引きこもってるつもりですか⁉」
「この声は・・・セレス様か。」
「セレス様・・・魔王様の・・・奥さん?」
「そうだ。どうやら訓練の話を聞いて迎えに行っているんだろう。」
二人は階段を上っていく。一番上まで昇ると、細い通路に入り、その奥に木製のドアとそのドアを叩いている赤色のドレスを着た女性がいた。女性は美しい栗色の髪を綺麗に纏めており、いかにも貴婦人と呼ばれるような恰好をしている。彼女が魔王ディルメルガの妻、セレスだ。
「セレス様、如何なさいましたか?」
デュンケルハイトが彼女の傍まで言って尋ねると、びくりと一瞬体を震わせて後ろを振り向いた。彼の姿を見ると、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「デュンケルハイト・・・貴方でしたか。突然後ろから声をかけられて驚いてしまいましたよ・・・」
「申し訳ありません。驚かせるつもりは・・・」
「いいの、分かってるから。こっちこそ、嫌な気分にさせてごめんなさいね。」
セレスは優しく微笑んだ。デュンケルハイトが扉の方に視線を向けると、セレスも扉に顔を向ける。
「ここへ来るときからセレス様の声が聞こえておりましたが、グラズウィン様の反応は・・・」
「全く・・・朝食は食べていたからもう起きている筈なんだけど・・・」
セレスが困った顔をしながら扉を見つめ続ける。デュンケルハイトはヴィオラの手を離すと、扉の前に行き、三回ノックした。
「グラズウィン様。四魔皇のデュンケルハイトで御座います。起きていらっしゃるのならお返事いただけると幸いです。」
扉の向こうから返事は帰って来ない。デュンケルハイトは再び扉をノックして呼びかけるが、それでも一切反応がない。
「グラズウィン!お父様の部下に対してその反応は失礼極まりないですよ!折角いらっしゃってくださいましたのに無視するなんて!私はそんな礼儀のなってない子に育てた覚えはありませんよ⁉」
セレスも訴えかけるが、それでも反応を見せない。彼女は頭を抱える。
「はぁ・・・一体どうしましょう。本当にみっともない所を見せてしまいましたね・・・」
「いいえ、セレス様。お気になさらずに・・・」
デュンケルハイトは彼女に優しく声をかけると、扉を前にして溜息をついて、右足首を回し始めた。謎のウォーミングアップに気が付いたヴィオラが尋ねる。
「お兄ちゃん・・・何する気?」
「扉を蹴り破る。闘技大会まで残り二週間、移動時間なども考えるともう二週間も残ってない。・・・これ以上ディルメルガ様に頂いた時間を無駄にする訳にはいかない。」
「だ、駄目だよお兄ちゃん・・・そんな事やったら魔王様に怒られちゃうよ・・・」
「その心配は不要だ。ディルメルガ様も仰っていただろう___『戦闘訓練を行う為ならどんな手段を用いても構わない』と。」
「・・・」
「セレス様。無礼を承知で失礼させてもらいます。」
「構いませんよ。・・・どうぞやって下さい。」
「・・・ありがとうございます。」
デュンケルハイトはセレスに返事をすると、渾身の力を込めて扉を蹴り飛ばした。扉を止めている金具が折れ曲がり、砕けた。扉は勢いよく室内へ吹き飛び、奥の窓ガラスを破って外へと飛び出した。砕けた硝子と共に扉が地上へ落ちていく。
「ひッ!」
部屋の中から男の小さな悲鳴が聞こえてくる。デュンケルハイトを先頭に三人が室内へ入る。随分と長い間換気をしていなかったようで大分空気が悪い。窓ガラスが割れてしまったので新鮮な外の空気と濁った室内の空気が勢いよく入れ替わっていく。取り合えず、換気に関してはこれで解決するだろう。
部屋の中は本や紙などがそこら中に散乱し、積み重なっている。まるでゴミの山だ。このほかにも色々なゴミがあるのだろうか、明らかに古紙の匂い以外も感じ取れる。五感に優れるヴェアウルフ族のデュンケルハイトとヴィオラからすれば一刻も早くこの部屋から出たいと思えるほど臭い。鼻がひん曲がってしまいそうだ。また、ヴィオラはヴェアウルフ族の中でも特に感覚が鋭い為、両手で懸命に鼻を抑えている。妹の為にも早く何とかしなければ。
奥の椅子に一人の栗色の髪をした青年が椅子に座っているのが見えた。座っているというよりは、椅子の上で丸まっていると言った方がいいだろう。デュンケルハイトを見て、彼は怯えている。青年の服は小汚く、もう何日___いや、何週間も同じ服を着ているかのような印象を受ける。髪も脂ぎっていて不潔感が溢れている。風呂にも入っていないだろう。彼が魔王の息子、『グラズウィン』だ。
「な・・・何だよ、お前!勝手に入って来るなんて・・・誰が許可した⁉」
グラズウィンがデュンケルハイトを指差しながら震えた声で怒鳴る。全く威勢も覇気も感じず、怖くは無いのだが、主君の息子であるので無礼な真似はあまりできない。デュンケルハイトはその場に膝をつく。
「大変失礼いたしました。私はディルメルガ様率いる魔王軍の幹部『四魔皇』の一人、デュンケルハイトと申します。この度はディルメルガ様よりグラズウィンへの戦闘訓練の指導係に任命されましたので参上いたしました。」
「戦闘訓練の・・・指導係だって・・・」
グラズウィンは彼の言葉を聞くと、椅子から立ち上がった。
「冗談じゃない!どうせ二週間後のコロッセウムでの闘技大会に出すつもりなんだろ⁉余計なお世話だ、とっとと帰れ!」
「そうは行きません。どんな手段を用いても戦闘訓練をさせろとのご命令です。」
「そんなもの必要ない!僕は今のままでも十分だ!」
「いいえ、十分ではございません。現にディルメルガ様はそう思ってはおりません。」
グラズウィンは彼の返事を受け、激昂した。
「父上に僕の何が分かるってんだよ!いっつも馬鹿みたいに厳しく躾けやがって!僕は今のままでも十分に強いから止めろって言ってるのに聞きゃあしない!僕が天才だって知ってるくせに認めたがらないんだ。僕はお前みたいな訓練しないと強くならない出来損ないとは出来が違うんだよ!」
「それは違います。鍛錬を行わずに強くなる者などこの世には存在致しません。どのような天才であろうと、必ず努力をしておられます。寧ろ、天才と呼ばれるものほど、想像を絶する努力を積んでおられます。はっきりと申し上げますが、貴方はまさに『井の中の蛙』に過ぎないのです。ほんの少しでも見渡せば貴方よりも優れている者はごまんとおります。___貴方は『天才』ではございません。」
「何だそれ⁉お前に僕の何が分かるんだよ!」
「分かりません、これっぽっちも。只分かるのは・・・貴方が引きこもっていた理由が私の想像していた理由よりも遥かに『幼稚』だった___ということだけですね。」
デュンケルハイトが溜息交じりに呟くと、グラズウィンは更に怒り狂い、目の前に魔術陣を展開した。怒りに任せた破壊衝動・・・本当に幼稚だ。
「何やってるの、グラズウィン!その術を解きなさいッ!」
「五月蠅い五月蠅い!どいつもこいつも僕の前からいなくなればいいんだ!」
グラズウィンは完全に怒り狂っており、両手を前にかざして更に魔力を込める。周囲の空気が魔術陣に引き寄せられる中、デュンケルハイトは静かに立ち上がり、彼の方へゆっくりと歩いていく。
「お兄ちゃんッ⁉あ・・・危ないよ・・・」
「大丈夫だ、ヴィオラ。心配しなくていい。」
デュンケルハイトはヴィオラに返事をすると、グラズウィンに語り掛ける。
「グラズウィン様・・・一つこちらから提案をしても宜しいでしょうか?」
「・・・何?」
「その攻撃を私に当てて見て下さい。」
「ッ⁉」
「デュンケルハイト⁉貴方何を・・・」
セレスやヴィオラ、グラズウィンが彼の予想外な提案に困惑する中、言葉を続けた。
「もし掠り傷を体の何処かにでも与えられれば、私は黙ってこの部屋から出ましょう。今後、貴方の部屋へ無断に入ったり、訓練の強要を行いません。ですが、与えられなかった場合___どんなにぐずねようが訓練へ参加して頂きます。」
「・・・」
「あぁ、そうだ。更にハンデを加えます。・・・グラズウィン様の攻撃を私は防ぎません。手で弾いたり、防御の構えを取ることなく、真っ直ぐ貴方の方へ歩いて行くだけ。___どうですか?」
「・・・馬鹿に・・・してるのか?」
グラズウィンが怒りに顔を滲ませる。デュンケルハイトは無表情のまま、淡々と答えた。
「いいえ、馬鹿になどしておりません。・・・ただ、私が何故このような条件を提示するのかお分かりますよね?・・・貴方じゃ無理だからですよ、私に傷を与える事なんか。」
デュンケルハイトはグラズウィンとの距離を着実に縮めていく。グラズウィンの怒りの沸点は完全に吹っ切れた。
「じゃあやってやんよ、おらぁッ!舐めやがって畜生がぁぁぁぁッ!」
グラズウィンは圧縮した魔力を一気に放出。放出された魔力はデュンケルハイトを一瞬で飲み込んだ。
「お兄ちゃんッ!」
ヴィオラが近づこうとすると、セレスが止めた。デュンケルハイトがいた所には赤黒い炎が天井にまで昇る程激しく燃え盛っている。
「あはははははッ!どうだ!何とか言ったらど___」
グラズウィンが興奮気味に炎へ向かって叫んだ___その時。
___ズズ・・・
燃え盛る炎の中からデュンケルハイトが全く無傷の状態で平然と出てきた。顔や手にも傷が無ければそもそも服にも焦げ跡すら残っていない。まるで最初から何も無かったようだ。___デュンケルハイトは己の纏う魔力だけで炎を防いでいたのだ。
「あ・・・ああ・・・」
「何を驚いていらっしゃるのですか?言いましたよね。___貴方じゃ私に傷を与える事なんかできないと。」
グラズウィンが再び魔術陣を展開して魔力を込め始めると、デュンケルハイトは瞬きする間に彼の目の前にまで接近する。そして彼の魔術陣を裏拳で粉々に粉砕すると、強烈なアッパーを彼のみぞおちにお見舞いする。
「がッ・・・」
グラズウィンは目を大きく見開くと、次の瞬間には白目をむいて気絶した。彼が気絶した直後、周囲に拡散した炎が消滅する。デュンケルハイトは彼をさっと肩に担ぐと、セレスの方へ振り返る。
「セレス様、今からグラズウィン様を訓練場へ連れて行きます。・・・一緒に来ますか?」
「宜しいのですか?私がいると邪魔になるのでは・・・」
「勿論、セレス様が傍にいるとどうしても甘えが出てしまうことでしょう。なので遠くから訓練の様子をご覧いただくということになります。それでもグラズウィン様がどのような訓練を受けられるのか・・・私としてもご理解して頂きたく存じますので、ぜひとも今回だけでもご覧いただければ幸いでございます。」
「・・・分かりました。拝見いたしましょう。」
「では付いて来てください。早速始めますので。___後、今回グラズウィン様を気絶させるために手荒な真似を取らせて頂きましたことを、ここに謝罪いたします。申し訳ありませんでした。」
「いいえ、問題ありません。元々あの子のせいなのですから・・・」
セレスは複雑な顔をしながら告げた。デュンケルハイトはヴィオラに目配せする。デュンケルハイトが部屋を出ると、二人も彼に続いて部屋を出た。
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しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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