34 / 49
~魔皇会議編 第2話~
しおりを挟む
[魔皇会議]
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・六月___ゲオルグラディア大陸北部・魔王城・謁見の間
「デュンケルハイト、貴様会議に二十分も遅れて来るとは何事か!それに横にいる小娘・・・四魔皇ではない者を招くとは一体何を考えている⁉」
階段下にいた幹部の一人___燃えるような蒼色の髪をポニーテールで纏めている女が両腕を前で組んで、睨みつけながらデュンケルハイトに怒りの声を露にする。腰から下は黒のレザーパンツを履いているが、上半身はブラジャーのような服を着ている影響で腹が丸見えになっている上に豊満な胸も思いっきり見えている。瞳は黒と茶が混じった色で、蛇や蜥蜴などの爬虫類を連想させる縦に長い瞳孔が特徴的だ。また彼女はぱっと見人間の女性に見えるが、腰から太い竜の鱗がついた蒼い尻尾が生えている上に、頭には禍々しい形をした角が二本生えている。
「・・・止せ、『オルフェ―シュチ』。陛下の前で荒げた声を上げるな。」
他の幹部の一人___色白な肌で七三分けの金髪が特徴的な男が彼女を制止する。オルフェ―シュチと呼ばれる蒼髪の女性は小さく舌を打って黙り込んだ。彼の服装は黒のタキシードに黒のズボン、黒の革靴、白の僅かなフリルがついたシャツに赤の緩めたネクタイを首に巻いていると言った紳士的な服装をしている。シャツは胸元が僅かに開いている。またそれらの服の上に黒のマントを羽織っている。瞳の色は赤だ。
「やれやれ・・・騒がしいったらありゃしないよ。」
もう一人の男が退屈そうに呟く。男は全身を漆黒のローブで包んでおり、頭は鴉の顔をしている。首には金の天秤を模した首飾りをつけている。まるで裁判官のような雰囲気を醸し出している。
「ディルメルガ様、本日もますますご健勝のこととお喜び申し上げます。また参上に遅れましたこと、ここに深くお詫び申し上げます。」
デュンケルハイトは階段下にまで来ると、素早く片膝をついて頭を深く下げた。ヴィオラは突然の兄の行動に困惑しながらも、直ぐに真似をして膝をつき、同じく頭を深々と下げた。ヴィオラはその時、魔王から放たれる重く、圧倒的かつ威圧感のある魔力に怖れをなして汗が止まることなく流れ出ていた。また、左右には三人の幹部が二人をじっと見つめており、その目線もまた緊張を加速させる。
『これが魔王様の魔力・・・怖いよ・・・お兄ちゃん・・・』
ヴィオラの手の震えが止まらなくなり、激しくなる。デュンケルハイトは横目でヴィオラの様子を見ながら、やはり連れて来るべきじゃなかったと少し思ってしまった。
「そうかしこまるな、デュンケルハイト。どうせアルゲートの無駄話に付き合わされたのだろう。あいつは昔っから無駄話をするのが好きだからな。___頭を上げよ。」
魔王が低い声で二人に語り掛ける。二人はゆっくりと面を上げると、立ち上がってディルメルガを見上げる。ディルメルガが視線をデュンケルハイトの横にいるヴィオラに向け、ヴィオラは魔王と視線が交わったことで石にされたように体を強張らせる。
「ほう・・・ヴェアリシアの娘か___珍しいな、お前が妹を仕事に同伴させるのは。」
「この度、妹のヴィオラを同伴させた訳としては、人狼族を率いる者としての自覚を持たせる為、一度会議へ参加させることで私に万が一のことが起こった際に次期頭領としての立ち振る舞いを習得させる為で御座います。」
「ふむ・・・それは良い心掛けだ。・・・ヴェアリシアの娘、ヴィオラよ。今日は良くやって来たな。兄や他の者達の振る舞いを見て、じっくりと学ぶといい。」
「は・・・い・・・」
ヴィオラは懸命に震えを抑えながら、ディルメルガにお辞儀をする。デュンケルハイトはヴィオラの背中にそっと手を置き、横に逸れる。
「・・・ヴィオラ、大丈夫か?ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着かせろ。」
「うん・・・お兄ちゃん・・・」
ヴィオラはデュンケルハイトに背中を優しく摩られながら息を整え、気持ちを落ち着かせる。二人は左右にいた幹部達のように柱を背にして立つ。これで謁見の間中央に敷かれているレッドカーペットを挟んで幹部達が左右対称に向かい合い様に立っている構造となった。全員が揃ったことを確認したディルメルガは会議を始める。
「ではこれより『魔皇会議』を始める。ではいつも通り、それぞれの状況確認と行こうか。___『ドルキューラ』。人間との交易はどうだ?」
「人間達との交易は変わらず良好です。特に今月はこちらから魔術に関する技術提供を行う機会があった為、その対価として大量の良質な血を入荷することが出来ました。陛下には今日中にも上質な処女の血をふんだんに使用したワインを納品いたします。」
「ほう、それは楽しみだな。お前が作るワインはどれも味が良く、舌触りも滑らかで飲みやすい。楽しみにしておるぞ。」
「陛下に喜んでいただき、光栄の極みで御座います。」
ドルキューラと呼ばれた紳士服を着た男が深々とお辞儀をする。ディルメルガは嬉しそうに頬を緩めていた。
ドルキューラ___この男は『ヴァンパイア族』を纏める頭領で百年以上も四魔皇を務めているベテランだ。ヴァンパイア族は魔族の中でも特に位が高い『四大貴族』の一つで、その見た目からは想像できない程の怪力、速度を誇る。また他者の血液を取り込むことで一時的に自身の能力をブーストさせることも出来る。只陽の光に弱く、日光に当たると焼け死んでしまうので、陽の光が届かない所でしか活動できない。
「では次___オルフェ―シュチ。兵の練度は下がってはおらぬだろうな?」
「はい、勿論でございます。先月は王都軍の第四師団の数部隊とオーク・トロル・ゴブリン混成部隊との模擬戦闘を行いましたが、全三部隊の内どの部隊も壊滅することなく勝利いたしました。今月は王都軍の中でも特に武闘派集団の第二師団との合同訓練がありますので、それに備え一層の鍛錬を行う所存です。」
「うむ、良い心掛けだ。因みに奴らと訓練するのは何処の部隊だ?」
「私が率いるドラゴン隊で御座います。・・・半年前に行われた合同訓練時のヴェアウルフ隊のような無様な結果にはならないと思いますので、ご期待ください。___四魔皇の誇りを穢さぬように致しますので。」
オルフェ―シュチはデュンケルハイトの方をちらりと見て、嫌味を含んだ笑みを薄っすらと浮かべる。いつもの事なのだが、彼女は何故かデュンケルハイトの事を異常なまでに敵視してくる癖がある。彼の意見としては仲良くなる必要は無いにしろ、不和な状態にするべきではないと思っているのだが・・・
オルフェ―シュチ___ドラゴン族を率いる頭領で『四大貴族』の一角。在位期間は四十五年・・・人魔戦争が終結し、ドラゴン族の席が空いていたところに彼女が就任した。千年ぶりの女性当主で、かなり好戦的な性格をしている。いつもは人型で生活しているが、力を解放すると巨大なドラゴンへ変貌し、その圧倒的な魔力と力で敵を捻じ伏せる。人型でもかなりの強さであり、正直言って四魔皇の中で一番強いと思っており、デュンケルハイトは悔しくも彼女に勝つのは至難の事と理解している。
「お兄ちゃん・・・」
「何だ?」
「・・・ヴィオラ・・・あの人・・・嫌い。お兄ちゃんや・・・皆の事・・・馬鹿にしたから・・・」
ヴィオラがじっと彼女を睨みつける。何時もオドオドしているヴィオラだったが、今のヴィオラの瞳には静かに殺意と怒りが芽生えていた。
先程彼女が言っていたのは半年前にデュンケルハイト率いるヴェアウルフ隊と王都軍の第二師団との戦闘訓練での話だった。王都軍の第二師団は全ての師団の中でも最も武闘派な集団で、単純な戦闘であれば第一師団をも凌駕すると言われている程の部隊だった。そして実際に模擬戦闘を行うと、並みの騎士の強さが想像以上に強かった上に、第二師団の団長が暴風の如き勢いで次々とヴェアウルフ達を戦闘不能にさせていった。しかも訓練の時に知ったのだが、第二師団の団長は何とまだ十代の少女だった。
またこの少女が異常に強く、デュンケルハイト以外のヴェアウルフでは相手にならず、デュンケルハイトとの一騎打ちでは百のヴェアウルフを相手にした後というのに、彼をも倒してしまったのだった。その事をオルフェ―シュチは『四魔皇の癖に負けるなど言語道断。恥を知れ。』と容赦なく突いてくるので、言われるたびに胸が痛くなる。
「オルフェ―シュチ、そうデュンケルハイトを虐めるな。奴や奴の部隊もあの戦い以降、より鍛錬を積んでいる。それは全戦闘部隊を監督しているお前なら分かるだろう?」
「・・・はい。」
「ならばこれ以上過去の事を不要に蒸し返すな。他者の嫌な過去を無理やり掘り起こすことは不和に繋がり、不和はいざという時に決定的な亀裂を生む。・・・オルフェ―シュチよ、近日中にヴェアウルフ隊との戦闘訓練を行え。合同訓練前にお前達の練度の確認とヴェアウルフ隊がどれほど成長できたか把握できるからな。」
「・・・了解しました。」
「デュンケルハイトよ、お主も良いな?」
「勿論でございます。苦汁を舐めた我らの鍛錬の成果をご覧見せましょう。」
デュンケルハイトはオルフェ―シュチを睨みつけ、彼女も『いい度胸だ。』とばかりに睨み返してくる。ヴィオラはデュンケルハイトの背中に隠れながら、小さくガッツポーズをして挑発する格好を取る。彼女の鋭い視線が向けられるとそそくさと完全に隠れたが。
「よし、では『マルファス』。お前の報告だ。」
「私の所は特に変わった所は無いよ。・・・そうだね、しいて言うとすれば最近新しい魔術を開発できそうな感じ___とでも言っておこうか。」
「新しい魔術・・・ほう?どんなのだ?」
「まだ素案の段階なのだがね、時間にまつわる魔術を更に開拓できそうな感じだよ。出来るかどうかは分からないが、もし今私の考えている通りの魔術が完成すれば、戦闘面で大いに役立つと思うよ。勿論、日常生活にも使えるといった汎用性も保証するよ。」
マルファスと言われた鴉頭の男が不敵に笑いながらディルメルガに語る。その後も暫くの間、自分語りをふんだんに混ぜ込んだ成果の報告を行う。
マルファス___夜鴉族を率いる頭領で四魔皇の一人。ディルメルガが魔王となった二百年前、彼が魔王軍の幹部として四魔皇を設立した当時から在籍しており、現在の四魔皇の最古参である。ディルメルガと昔からの仲なので唯一、敬語を一切使わないタメ口で魔王と話す。主に魔王軍の魔術部隊を率いており、新たな魔術の開発・改良を行う。他にも武具・防具・小道具の開発も担当しており、今デュンケルハイトが来ているロングコートも彼が作ってくれたものだ。
「___と、私からはこんな感じだね。また何かあったら教えるよ。覚えてれば。」
「分かった。続きの報告を楽しみに待つとしよう。」
ディルメルガがデュンケルハイトに視線を向ける。
「デュンケルハイト___お前の報告で最後だ。さて、どんな話を聞かせてくれるのだ?」
ディルメルガの期待混じりの声で尋ねてくる。デュンケルハイトからすれば期待してくれているのは嬉しい事なのだが、妙に周りの視線が痛くなる感じがするので正直言えば止めて欲しい。
「先週大陸東部で活動を行っていた『反対派』の本アジトを制圧し、奴らの活動を停止させました。これで北部は元より、東部、西部、南部の拠点を全て制圧___反対派の活動を長期にわたり活動不能に陥らせました。まだ残党が各地に小規模の拠点を構えている可能性がありますので発見次第潰していく予定です。」
「そうか。反対派の構成は?」
「今回制圧した東部では主にオーク共を中心とした配置となっており、また魔狼(ワーグ)の牧場も地下に作っておりました。今回はトロル、ゴブリン、ガーゴイル等の姿は目撃しませんでした。」
「魔狼牧場・・・漸く狼乗り(ライダー)の拠点を潰せた訳か。奴らは機動力に優れ、並みの兵士では相手に出来ん・・・よくやった。この功績は非常に大きいと言える。」
「魔狼共はどうした?処分したのか?」
「いいえ、マルファス様に全て譲渡しました。丁度実験の為に欲しいと言っておられましたので。」
「そうなのか?」
「その通りだよ。奴らの魔狼は我ら魔王軍の魔狼と比べて非常に質が悪い。殺処分するのが適切なのだが、ただ始末するのも手間がかかる。だから実験体として存分に活躍してもらいたく思って、彼に言って送ってもらったんだよ。おかげで被検体に暫くは困りそうにない。」
「しかし脱走でもすれば___」
「この私がそんな初歩的なミスを犯すと思っているのかね?もしそう思っているのなら心外だよ、ドルキューラ。」
マルファスがドルキューラを睨みつける。彼は『失礼した。』と直ぐに謝罪し、マルファスの機嫌を損ねないようにする。マルファスは少し不機嫌そうに鼻を鳴らす。ディルメルガは頬杖をつきながら、静かに溜息をついた。
「しかし奴らは何時まで抵抗を続けるつもりなのだ。何故我々の思想が理解できん・・・」
「向こうからすればこちらの思想の方が理解に苦しむと思っているからだろうね。何故魔族が人間どもと仲良くしなければいけないのか・・・どうせそのような凝り固まった古臭い考えを信じているのだろう。信じられんことだがね。」
マルファスは両手をすり合わせる。
「___私からすれば、人間は興味の宝庫に他ならない。確かに人間は失った手足は再生できず、魔力も極一部を除けば殆どの者がもっていない。そして生きられてもせいぜい六、七十年ほど。肉体の全盛期も短く、老いて行くほど醜く、脆くなる・・・それなのに、我々魔族は八度の人魔戦争全てで敗北を喫した。エルフやドワーフと言った上級種ではなく、『人間』に。・・・実に面白い生物とは思わんかね?」
マルファスが若干興奮気味に人間について語る。ディルメルガはじめ、他の皆は『また始まった・・・』と胸の中で呟く。
『でも確かに・・・人間は不思議だ。何故あの短期間で強くなれるんだ?何故立ち向かえるんだ?この前の第二師団の団長だってそうだ。体格も魔力も経験もこちらの方が上だった。それに加え、向こうは女・・・はた目から見れば、俺が勝つのが当然と思うものだが、俺は負けた。流れを掴んでも直ぐに向こうの流れに戻された・・・本当、不思議な種族だ。』
デュンケルハイトは訓練の時の出来事を思い出しながら、人間という種について少し考えた。ディルメルガも思う所があるのだろう、小さく頷く。
「確かに・・・人間は面白いな。___勇者ウィルベール・・・あの男は面白い男だった。もっと早くに出会えていれば、世界はより早い段階で変わっていたのかも知れんな。」
「陛下・・・」
ディルメルガは何処か懐かしい者を思い出すかのような、何処か切ない顔をする。その後、魔王はゆっくりと姿勢を戻す。
「皆、報告有難う。来週も良い報告が聞けるよう、期待しているぞ。」
ディルメルガはそう言って少し間を開けた後、続けて話し出す。
「さて・・・次に話すことは今後の予定についてだ。今日より二週間後、アルヴェント大陸西部にある闘技都市コロッセウムで、年に一度の人魔闘技大会が開催されるのは知っておるな?」
「ええ、存じております。」
オルフェ―シュチが返答する。人魔闘技大会とはコロッセウムで行われる人間と魔族が混合で戦うというもので、毎年六月中旬に開催される種族・身分関係なく大勢の人々が来訪する世界的大イベントだ。ディルメルガも用事がない時には観戦に行くなどしている程で、行って見れば人間と魔族の交流を深める大切な行事でもある。
「その大会に今年も参加したいと思っておるのだが、幾つか問題が発生してな。それを皆で話し合いたいと思っておる。___まず一つ目なのだが、我の護衛として同伴する者だ。これは本来、オルフェ―シュチの役目なのだが今年は丁度その時期に第二師団との合同訓練が行われるのでついてこれんのだ。」
「つまり代わりの者を寄こせということかね?・・・ドルキューラ、君が代わりに行くのはどうだ?」
「悪いが、私では常に陛下をお守りすることは出来ない。我々は陽の光を浴びると死んでしまう・・・夜の間しか活動できん。・・・マルファス殿、貴方ならどうだ?」
「申し訳ないが、私も無理だよ。そもそも私は君達のように戦闘が得意ではない。いざという時は陛下だけなら守ることが出来るかもしれんが、周囲を巻き込む可能性がある。そこまで私の腕は器用ではないのでね。」
「では、そうなると・・・」
周囲の視線が一気にデュンケルハイトへ向けられる。デュンケルハイトはディルメルガの方へ体を向ける。
「ディルメルガ様、私が貴方の護衛として同行いたします。私ならば昼夜問わずに陛下をお守りできます。昼間は『狼化』ができませんが、この状態でも十二分の働きをしますことをお約束いたします。」
デュンケルハイトは深々と頭を下げる。彼の姿を見たディルメルガは頬を吊り上げる。
「ふふ、お前ならそう言ってくれると思っていたぞ、デュンケルハイト。では今年の護衛はお前に任せるとしよう。宜しく頼むぞ。」
「はっ!」
デュンケルハイトは魔王に威勢よく返事する。その頃、オルフェ―シュチはデュンケルハイトを鋭い眼つきで睨み続けていた。
「デュンケルハイト・・・そんなお前にもう一つ、ついでに頼みたいことがある。」
「はい。貴方の仰ることなら何なりと。」
デュンケルハイトがそう告げると、魔王は少し躊躇った後に言葉を続ける。
「実はな・・・その大会に息子を参加させようと思うとるのだ。」
「『グラズウィン』様をですか?」
「うむ・・・息子にはいい経験になると思ってな。何時までも甘やかす訳にはいかんと思うておるのだ。我がこの世を去った後は息子が魔王の席を継ぐ・・・我が何時、どの状況でこの世を去るのかは誰にも分からん。急にその時が訪れるかもしれん。その時が来るまでに、何としても息子を一人前の魔神族の男にせねばならんのだ。」
ディルメルガが頭を抱えながら呟く。魔王の息子___『魔皇子グラズウィン』は少し困った問題を抱えており、それを心配してのこの頼みなのだろう。デュンケルハイトとしては、少しでも魔王の気持ちを安心させたいと思っていた。
「その為に今日より息子に戦闘教育を施して貰いたい。手段は問わぬ。好きなようにするがいい。もし息子がお前の教育に異議を唱えても、我はお前を全力で擁護しよう。何としても、二週間で性根を叩き直して欲しい。・・・頼めるか?」
『二週間でか・・・『あの状態』からだろ。中々無茶言ってくれますね・・・』
デュンケルハイトは心の中で相当難しい問題だと理解したが、彼の意思は決まっていた。
「勿論でございます、ディルメルガ様。ディルメルガ様の抱いておられるご不安、この私が解決してご覧に見せましょう。」
ディルメルガは彼の強い意志を含んだ返事を受け、期待を込めた笑みを浮かべながら『頼んだぞ。』と呟いた。デュンケルハイトは敬愛するディルメルガから期待を向けられていると感じ、やる気が湧いてきていた。ディルメルガは王座から立ち上がり、皆に最後の号令をかける。
「よし、では本日の魔皇会議はこれにて終わりとする。皆、それぞれの役目を果たすよう頑張ってくれ。___以上だ。」
ディルメルガはそう告げると、自身の周囲に黒い霧を発生させてその場から消えた。マルファスも足元に魔術陣を展開して一瞬でその場から消える。オルフェ―シュチとドルキューラは謁見の間の入口に向かって歩いて行く。
「お兄ちゃん・・・お疲れ様・・・」
ヴィオラが彼の右手を握り、労いの声をかける。
「この後・・・どうするの?」
「ディルメルガ様のご子息を迎えに行く。東の塔に引きこもってるらしいからそこへ行くぞ。」
デュンケルハイトはそう言うと、彼女と共に謁見の間を後にした。
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・六月___ゲオルグラディア大陸北部・魔王城・謁見の間
「デュンケルハイト、貴様会議に二十分も遅れて来るとは何事か!それに横にいる小娘・・・四魔皇ではない者を招くとは一体何を考えている⁉」
階段下にいた幹部の一人___燃えるような蒼色の髪をポニーテールで纏めている女が両腕を前で組んで、睨みつけながらデュンケルハイトに怒りの声を露にする。腰から下は黒のレザーパンツを履いているが、上半身はブラジャーのような服を着ている影響で腹が丸見えになっている上に豊満な胸も思いっきり見えている。瞳は黒と茶が混じった色で、蛇や蜥蜴などの爬虫類を連想させる縦に長い瞳孔が特徴的だ。また彼女はぱっと見人間の女性に見えるが、腰から太い竜の鱗がついた蒼い尻尾が生えている上に、頭には禍々しい形をした角が二本生えている。
「・・・止せ、『オルフェ―シュチ』。陛下の前で荒げた声を上げるな。」
他の幹部の一人___色白な肌で七三分けの金髪が特徴的な男が彼女を制止する。オルフェ―シュチと呼ばれる蒼髪の女性は小さく舌を打って黙り込んだ。彼の服装は黒のタキシードに黒のズボン、黒の革靴、白の僅かなフリルがついたシャツに赤の緩めたネクタイを首に巻いていると言った紳士的な服装をしている。シャツは胸元が僅かに開いている。またそれらの服の上に黒のマントを羽織っている。瞳の色は赤だ。
「やれやれ・・・騒がしいったらありゃしないよ。」
もう一人の男が退屈そうに呟く。男は全身を漆黒のローブで包んでおり、頭は鴉の顔をしている。首には金の天秤を模した首飾りをつけている。まるで裁判官のような雰囲気を醸し出している。
「ディルメルガ様、本日もますますご健勝のこととお喜び申し上げます。また参上に遅れましたこと、ここに深くお詫び申し上げます。」
デュンケルハイトは階段下にまで来ると、素早く片膝をついて頭を深く下げた。ヴィオラは突然の兄の行動に困惑しながらも、直ぐに真似をして膝をつき、同じく頭を深々と下げた。ヴィオラはその時、魔王から放たれる重く、圧倒的かつ威圧感のある魔力に怖れをなして汗が止まることなく流れ出ていた。また、左右には三人の幹部が二人をじっと見つめており、その目線もまた緊張を加速させる。
『これが魔王様の魔力・・・怖いよ・・・お兄ちゃん・・・』
ヴィオラの手の震えが止まらなくなり、激しくなる。デュンケルハイトは横目でヴィオラの様子を見ながら、やはり連れて来るべきじゃなかったと少し思ってしまった。
「そうかしこまるな、デュンケルハイト。どうせアルゲートの無駄話に付き合わされたのだろう。あいつは昔っから無駄話をするのが好きだからな。___頭を上げよ。」
魔王が低い声で二人に語り掛ける。二人はゆっくりと面を上げると、立ち上がってディルメルガを見上げる。ディルメルガが視線をデュンケルハイトの横にいるヴィオラに向け、ヴィオラは魔王と視線が交わったことで石にされたように体を強張らせる。
「ほう・・・ヴェアリシアの娘か___珍しいな、お前が妹を仕事に同伴させるのは。」
「この度、妹のヴィオラを同伴させた訳としては、人狼族を率いる者としての自覚を持たせる為、一度会議へ参加させることで私に万が一のことが起こった際に次期頭領としての立ち振る舞いを習得させる為で御座います。」
「ふむ・・・それは良い心掛けだ。・・・ヴェアリシアの娘、ヴィオラよ。今日は良くやって来たな。兄や他の者達の振る舞いを見て、じっくりと学ぶといい。」
「は・・・い・・・」
ヴィオラは懸命に震えを抑えながら、ディルメルガにお辞儀をする。デュンケルハイトはヴィオラの背中にそっと手を置き、横に逸れる。
「・・・ヴィオラ、大丈夫か?ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着かせろ。」
「うん・・・お兄ちゃん・・・」
ヴィオラはデュンケルハイトに背中を優しく摩られながら息を整え、気持ちを落ち着かせる。二人は左右にいた幹部達のように柱を背にして立つ。これで謁見の間中央に敷かれているレッドカーペットを挟んで幹部達が左右対称に向かい合い様に立っている構造となった。全員が揃ったことを確認したディルメルガは会議を始める。
「ではこれより『魔皇会議』を始める。ではいつも通り、それぞれの状況確認と行こうか。___『ドルキューラ』。人間との交易はどうだ?」
「人間達との交易は変わらず良好です。特に今月はこちらから魔術に関する技術提供を行う機会があった為、その対価として大量の良質な血を入荷することが出来ました。陛下には今日中にも上質な処女の血をふんだんに使用したワインを納品いたします。」
「ほう、それは楽しみだな。お前が作るワインはどれも味が良く、舌触りも滑らかで飲みやすい。楽しみにしておるぞ。」
「陛下に喜んでいただき、光栄の極みで御座います。」
ドルキューラと呼ばれた紳士服を着た男が深々とお辞儀をする。ディルメルガは嬉しそうに頬を緩めていた。
ドルキューラ___この男は『ヴァンパイア族』を纏める頭領で百年以上も四魔皇を務めているベテランだ。ヴァンパイア族は魔族の中でも特に位が高い『四大貴族』の一つで、その見た目からは想像できない程の怪力、速度を誇る。また他者の血液を取り込むことで一時的に自身の能力をブーストさせることも出来る。只陽の光に弱く、日光に当たると焼け死んでしまうので、陽の光が届かない所でしか活動できない。
「では次___オルフェ―シュチ。兵の練度は下がってはおらぬだろうな?」
「はい、勿論でございます。先月は王都軍の第四師団の数部隊とオーク・トロル・ゴブリン混成部隊との模擬戦闘を行いましたが、全三部隊の内どの部隊も壊滅することなく勝利いたしました。今月は王都軍の中でも特に武闘派集団の第二師団との合同訓練がありますので、それに備え一層の鍛錬を行う所存です。」
「うむ、良い心掛けだ。因みに奴らと訓練するのは何処の部隊だ?」
「私が率いるドラゴン隊で御座います。・・・半年前に行われた合同訓練時のヴェアウルフ隊のような無様な結果にはならないと思いますので、ご期待ください。___四魔皇の誇りを穢さぬように致しますので。」
オルフェ―シュチはデュンケルハイトの方をちらりと見て、嫌味を含んだ笑みを薄っすらと浮かべる。いつもの事なのだが、彼女は何故かデュンケルハイトの事を異常なまでに敵視してくる癖がある。彼の意見としては仲良くなる必要は無いにしろ、不和な状態にするべきではないと思っているのだが・・・
オルフェ―シュチ___ドラゴン族を率いる頭領で『四大貴族』の一角。在位期間は四十五年・・・人魔戦争が終結し、ドラゴン族の席が空いていたところに彼女が就任した。千年ぶりの女性当主で、かなり好戦的な性格をしている。いつもは人型で生活しているが、力を解放すると巨大なドラゴンへ変貌し、その圧倒的な魔力と力で敵を捻じ伏せる。人型でもかなりの強さであり、正直言って四魔皇の中で一番強いと思っており、デュンケルハイトは悔しくも彼女に勝つのは至難の事と理解している。
「お兄ちゃん・・・」
「何だ?」
「・・・ヴィオラ・・・あの人・・・嫌い。お兄ちゃんや・・・皆の事・・・馬鹿にしたから・・・」
ヴィオラがじっと彼女を睨みつける。何時もオドオドしているヴィオラだったが、今のヴィオラの瞳には静かに殺意と怒りが芽生えていた。
先程彼女が言っていたのは半年前にデュンケルハイト率いるヴェアウルフ隊と王都軍の第二師団との戦闘訓練での話だった。王都軍の第二師団は全ての師団の中でも最も武闘派な集団で、単純な戦闘であれば第一師団をも凌駕すると言われている程の部隊だった。そして実際に模擬戦闘を行うと、並みの騎士の強さが想像以上に強かった上に、第二師団の団長が暴風の如き勢いで次々とヴェアウルフ達を戦闘不能にさせていった。しかも訓練の時に知ったのだが、第二師団の団長は何とまだ十代の少女だった。
またこの少女が異常に強く、デュンケルハイト以外のヴェアウルフでは相手にならず、デュンケルハイトとの一騎打ちでは百のヴェアウルフを相手にした後というのに、彼をも倒してしまったのだった。その事をオルフェ―シュチは『四魔皇の癖に負けるなど言語道断。恥を知れ。』と容赦なく突いてくるので、言われるたびに胸が痛くなる。
「オルフェ―シュチ、そうデュンケルハイトを虐めるな。奴や奴の部隊もあの戦い以降、より鍛錬を積んでいる。それは全戦闘部隊を監督しているお前なら分かるだろう?」
「・・・はい。」
「ならばこれ以上過去の事を不要に蒸し返すな。他者の嫌な過去を無理やり掘り起こすことは不和に繋がり、不和はいざという時に決定的な亀裂を生む。・・・オルフェ―シュチよ、近日中にヴェアウルフ隊との戦闘訓練を行え。合同訓練前にお前達の練度の確認とヴェアウルフ隊がどれほど成長できたか把握できるからな。」
「・・・了解しました。」
「デュンケルハイトよ、お主も良いな?」
「勿論でございます。苦汁を舐めた我らの鍛錬の成果をご覧見せましょう。」
デュンケルハイトはオルフェ―シュチを睨みつけ、彼女も『いい度胸だ。』とばかりに睨み返してくる。ヴィオラはデュンケルハイトの背中に隠れながら、小さくガッツポーズをして挑発する格好を取る。彼女の鋭い視線が向けられるとそそくさと完全に隠れたが。
「よし、では『マルファス』。お前の報告だ。」
「私の所は特に変わった所は無いよ。・・・そうだね、しいて言うとすれば最近新しい魔術を開発できそうな感じ___とでも言っておこうか。」
「新しい魔術・・・ほう?どんなのだ?」
「まだ素案の段階なのだがね、時間にまつわる魔術を更に開拓できそうな感じだよ。出来るかどうかは分からないが、もし今私の考えている通りの魔術が完成すれば、戦闘面で大いに役立つと思うよ。勿論、日常生活にも使えるといった汎用性も保証するよ。」
マルファスと言われた鴉頭の男が不敵に笑いながらディルメルガに語る。その後も暫くの間、自分語りをふんだんに混ぜ込んだ成果の報告を行う。
マルファス___夜鴉族を率いる頭領で四魔皇の一人。ディルメルガが魔王となった二百年前、彼が魔王軍の幹部として四魔皇を設立した当時から在籍しており、現在の四魔皇の最古参である。ディルメルガと昔からの仲なので唯一、敬語を一切使わないタメ口で魔王と話す。主に魔王軍の魔術部隊を率いており、新たな魔術の開発・改良を行う。他にも武具・防具・小道具の開発も担当しており、今デュンケルハイトが来ているロングコートも彼が作ってくれたものだ。
「___と、私からはこんな感じだね。また何かあったら教えるよ。覚えてれば。」
「分かった。続きの報告を楽しみに待つとしよう。」
ディルメルガがデュンケルハイトに視線を向ける。
「デュンケルハイト___お前の報告で最後だ。さて、どんな話を聞かせてくれるのだ?」
ディルメルガの期待混じりの声で尋ねてくる。デュンケルハイトからすれば期待してくれているのは嬉しい事なのだが、妙に周りの視線が痛くなる感じがするので正直言えば止めて欲しい。
「先週大陸東部で活動を行っていた『反対派』の本アジトを制圧し、奴らの活動を停止させました。これで北部は元より、東部、西部、南部の拠点を全て制圧___反対派の活動を長期にわたり活動不能に陥らせました。まだ残党が各地に小規模の拠点を構えている可能性がありますので発見次第潰していく予定です。」
「そうか。反対派の構成は?」
「今回制圧した東部では主にオーク共を中心とした配置となっており、また魔狼(ワーグ)の牧場も地下に作っておりました。今回はトロル、ゴブリン、ガーゴイル等の姿は目撃しませんでした。」
「魔狼牧場・・・漸く狼乗り(ライダー)の拠点を潰せた訳か。奴らは機動力に優れ、並みの兵士では相手に出来ん・・・よくやった。この功績は非常に大きいと言える。」
「魔狼共はどうした?処分したのか?」
「いいえ、マルファス様に全て譲渡しました。丁度実験の為に欲しいと言っておられましたので。」
「そうなのか?」
「その通りだよ。奴らの魔狼は我ら魔王軍の魔狼と比べて非常に質が悪い。殺処分するのが適切なのだが、ただ始末するのも手間がかかる。だから実験体として存分に活躍してもらいたく思って、彼に言って送ってもらったんだよ。おかげで被検体に暫くは困りそうにない。」
「しかし脱走でもすれば___」
「この私がそんな初歩的なミスを犯すと思っているのかね?もしそう思っているのなら心外だよ、ドルキューラ。」
マルファスがドルキューラを睨みつける。彼は『失礼した。』と直ぐに謝罪し、マルファスの機嫌を損ねないようにする。マルファスは少し不機嫌そうに鼻を鳴らす。ディルメルガは頬杖をつきながら、静かに溜息をついた。
「しかし奴らは何時まで抵抗を続けるつもりなのだ。何故我々の思想が理解できん・・・」
「向こうからすればこちらの思想の方が理解に苦しむと思っているからだろうね。何故魔族が人間どもと仲良くしなければいけないのか・・・どうせそのような凝り固まった古臭い考えを信じているのだろう。信じられんことだがね。」
マルファスは両手をすり合わせる。
「___私からすれば、人間は興味の宝庫に他ならない。確かに人間は失った手足は再生できず、魔力も極一部を除けば殆どの者がもっていない。そして生きられてもせいぜい六、七十年ほど。肉体の全盛期も短く、老いて行くほど醜く、脆くなる・・・それなのに、我々魔族は八度の人魔戦争全てで敗北を喫した。エルフやドワーフと言った上級種ではなく、『人間』に。・・・実に面白い生物とは思わんかね?」
マルファスが若干興奮気味に人間について語る。ディルメルガはじめ、他の皆は『また始まった・・・』と胸の中で呟く。
『でも確かに・・・人間は不思議だ。何故あの短期間で強くなれるんだ?何故立ち向かえるんだ?この前の第二師団の団長だってそうだ。体格も魔力も経験もこちらの方が上だった。それに加え、向こうは女・・・はた目から見れば、俺が勝つのが当然と思うものだが、俺は負けた。流れを掴んでも直ぐに向こうの流れに戻された・・・本当、不思議な種族だ。』
デュンケルハイトは訓練の時の出来事を思い出しながら、人間という種について少し考えた。ディルメルガも思う所があるのだろう、小さく頷く。
「確かに・・・人間は面白いな。___勇者ウィルベール・・・あの男は面白い男だった。もっと早くに出会えていれば、世界はより早い段階で変わっていたのかも知れんな。」
「陛下・・・」
ディルメルガは何処か懐かしい者を思い出すかのような、何処か切ない顔をする。その後、魔王はゆっくりと姿勢を戻す。
「皆、報告有難う。来週も良い報告が聞けるよう、期待しているぞ。」
ディルメルガはそう言って少し間を開けた後、続けて話し出す。
「さて・・・次に話すことは今後の予定についてだ。今日より二週間後、アルヴェント大陸西部にある闘技都市コロッセウムで、年に一度の人魔闘技大会が開催されるのは知っておるな?」
「ええ、存じております。」
オルフェ―シュチが返答する。人魔闘技大会とはコロッセウムで行われる人間と魔族が混合で戦うというもので、毎年六月中旬に開催される種族・身分関係なく大勢の人々が来訪する世界的大イベントだ。ディルメルガも用事がない時には観戦に行くなどしている程で、行って見れば人間と魔族の交流を深める大切な行事でもある。
「その大会に今年も参加したいと思っておるのだが、幾つか問題が発生してな。それを皆で話し合いたいと思っておる。___まず一つ目なのだが、我の護衛として同伴する者だ。これは本来、オルフェ―シュチの役目なのだが今年は丁度その時期に第二師団との合同訓練が行われるのでついてこれんのだ。」
「つまり代わりの者を寄こせということかね?・・・ドルキューラ、君が代わりに行くのはどうだ?」
「悪いが、私では常に陛下をお守りすることは出来ない。我々は陽の光を浴びると死んでしまう・・・夜の間しか活動できん。・・・マルファス殿、貴方ならどうだ?」
「申し訳ないが、私も無理だよ。そもそも私は君達のように戦闘が得意ではない。いざという時は陛下だけなら守ることが出来るかもしれんが、周囲を巻き込む可能性がある。そこまで私の腕は器用ではないのでね。」
「では、そうなると・・・」
周囲の視線が一気にデュンケルハイトへ向けられる。デュンケルハイトはディルメルガの方へ体を向ける。
「ディルメルガ様、私が貴方の護衛として同行いたします。私ならば昼夜問わずに陛下をお守りできます。昼間は『狼化』ができませんが、この状態でも十二分の働きをしますことをお約束いたします。」
デュンケルハイトは深々と頭を下げる。彼の姿を見たディルメルガは頬を吊り上げる。
「ふふ、お前ならそう言ってくれると思っていたぞ、デュンケルハイト。では今年の護衛はお前に任せるとしよう。宜しく頼むぞ。」
「はっ!」
デュンケルハイトは魔王に威勢よく返事する。その頃、オルフェ―シュチはデュンケルハイトを鋭い眼つきで睨み続けていた。
「デュンケルハイト・・・そんなお前にもう一つ、ついでに頼みたいことがある。」
「はい。貴方の仰ることなら何なりと。」
デュンケルハイトがそう告げると、魔王は少し躊躇った後に言葉を続ける。
「実はな・・・その大会に息子を参加させようと思うとるのだ。」
「『グラズウィン』様をですか?」
「うむ・・・息子にはいい経験になると思ってな。何時までも甘やかす訳にはいかんと思うておるのだ。我がこの世を去った後は息子が魔王の席を継ぐ・・・我が何時、どの状況でこの世を去るのかは誰にも分からん。急にその時が訪れるかもしれん。その時が来るまでに、何としても息子を一人前の魔神族の男にせねばならんのだ。」
ディルメルガが頭を抱えながら呟く。魔王の息子___『魔皇子グラズウィン』は少し困った問題を抱えており、それを心配してのこの頼みなのだろう。デュンケルハイトとしては、少しでも魔王の気持ちを安心させたいと思っていた。
「その為に今日より息子に戦闘教育を施して貰いたい。手段は問わぬ。好きなようにするがいい。もし息子がお前の教育に異議を唱えても、我はお前を全力で擁護しよう。何としても、二週間で性根を叩き直して欲しい。・・・頼めるか?」
『二週間でか・・・『あの状態』からだろ。中々無茶言ってくれますね・・・』
デュンケルハイトは心の中で相当難しい問題だと理解したが、彼の意思は決まっていた。
「勿論でございます、ディルメルガ様。ディルメルガ様の抱いておられるご不安、この私が解決してご覧に見せましょう。」
ディルメルガは彼の強い意志を含んだ返事を受け、期待を込めた笑みを浮かべながら『頼んだぞ。』と呟いた。デュンケルハイトは敬愛するディルメルガから期待を向けられていると感じ、やる気が湧いてきていた。ディルメルガは王座から立ち上がり、皆に最後の号令をかける。
「よし、では本日の魔皇会議はこれにて終わりとする。皆、それぞれの役目を果たすよう頑張ってくれ。___以上だ。」
ディルメルガはそう告げると、自身の周囲に黒い霧を発生させてその場から消えた。マルファスも足元に魔術陣を展開して一瞬でその場から消える。オルフェ―シュチとドルキューラは謁見の間の入口に向かって歩いて行く。
「お兄ちゃん・・・お疲れ様・・・」
ヴィオラが彼の右手を握り、労いの声をかける。
「この後・・・どうするの?」
「ディルメルガ様のご子息を迎えに行く。東の塔に引きこもってるらしいからそこへ行くぞ。」
デュンケルハイトはそう言うと、彼女と共に謁見の間を後にした。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~
霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。
ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。
これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる