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~魔族襲撃編 第12話~

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[無力]

 グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・五月___アルヴェント大陸南部・アフターグロウ郊外

 ストレーガは転送魔術を用いてあの場にいた全員をアフターグロウ郊外の緊急避難場へ移動させる。移動した後、ゲルニカ達はウィルベールを臨時で設置した治療テントの中へと連れて行き、ストレーガの立会いの下、本格的な処置を行う。その間、ブレイズ・レフィナ・エルフェンの三人はテントの前で待機する。避難してきた人々と彼らをケアする騎士達を見ながら、負傷したウィルベールの身を案じる。

 「・・・大丈夫かな、ウィルベール。」

 「心配する必要は無い・・・あの男はそう簡単に死ぬことはない。ストレーガもついてくれている・・・ここで静かに待っておけばいいだろう。」

 エルフェンが燃え盛る町を見ながら呟き、左手に握る弓を強く握りしめる。

 「また・・・新たな戦が始まるのか・・・平和になったと思えば、直ぐに崩れ去る・・・一体何時になれば世界から争いが無くなるのだろうな・・・」

 「エルフェンさん・・・」

 ブレイズはエルフェンの顔を見る。彼は一切の感情を表には出していなかったが、弓を握る拳が小刻みに震えていることから何か激しい感情が心の中で蠢いているのは間違いない。ブレイズも燃え盛る町を見つめながら、先程の戦いを振り返る。

 『俺は、何もできなかった・・・ウィルベールやストレーガさん、エルフェンさんのような八英雄がいなければ、あっという間に殺されてた。それに最後に現れた黒マントの男・・・あのアルテミスって言う弓使いの魔族以上にヤバそうな気配を纏ってた。あんな奴らが複数人いるとしたら・・・俺には何ができる?俺の能力で・・・何かできることは無いのか?』

 ブレイズはアルテミスとの戦いを経て、自分の無力さを痛感していた。そしてそれは少し離れた所にいたレフィナもそうだった。レフィナは静かに二人から離れて行く。ブレイズが何気なく後ろを振り向いた時にはレフィナの姿は周囲から消えていた。

 「あれ?レフィナが・・・いない?」

 ブレイズがより辺りを探索するが、見当たらない。ブレイズはエルフェンから離れてより広範囲を探索するが、避難場の何処にも彼女の姿は見当たらない。避難していた人々にもレフィナの姿を見かけなかったか、尋ねる。

 「銀色の髪で毛先が淡い群青色の女剣術士?さぁ、俺は見て無いな。」

 「・・・ごめんなさい。その人の事は知らないわ。___それよりも私の夫を見かけなかったかしら?」

 「うぅん、見てないよ。___ねぇ、お兄ちゃん。お母さんとお父さん見てない?」

 誰に尋ねてもレフィナの姿を見ていないようで完全に見失ってしまった。また、話を伺う度に、多くの人々が行方の分からなくなっている知人、家族を知らないかと逆に尋ねてくることが多い。皆突然降りかかってきた災厄に戸惑いを覚えているようで、皆の瞳からは不安な気持ちが感じ取れる。

 『レフィナ・・・一体何処に行ったんだ?』

 ブレイズは引き続き周りを捜索しながら、人に尋ね続ける。するとある小さな女の子がレフィナの姿を見たと言った。

 「うん、みたよ!とってもきれいなお姉ちゃん!あっちにある泉にあるいていったよ?」

 「泉?この辺りにそんなのがあるの?」

 「うん!なんて名前かは知らないけど、きれいな泉があるんだよ!でもまものさんがいっぱいいるから夜はあぶないっておかあさんがいってた・・・お姉ちゃんにもいったんだけど、そのままいっちゃった・・・」

 「・・・」

 「お姉ちゃんってお兄ちゃんの『カノジョ』なの?」

 「ははは・・・違うよ。」

 ブレイズは苦笑いを浮かべると、少女に感謝の言葉を述べて泉の方へ向かった。少女も全身煤だらけで、焦げた人形を大切そうに抱えていた。そして彼女の近くには両親と思しき人物は見当たらなかった。これだけで少女の身に何が起こったのか・・・想像したくはないが、想像できてしまう。彼は泉へ向かいながら、改めて街の人々に降りかかった災厄に胸を痛める。

 森の中を進んでいくと、少女が言っていた泉を見つけた。透き通る程美しい水を蓄えている泉は月の灯りを受けて、淡い水色に輝いている。周囲には名も知らぬ白い花が一面に広がっており、蛍が飛んでいるなど幻想的な光景が広がっている。泉に近づいて行くと、泉のほとりにレフィナが座り込んでいるのが見えた。さっと木の陰に隠れて彼女を見ていると、彼女は刃が砕けたバックソードを両手に持っており、じっと見つめていた。

 『レフィナ・・・こんな所で何を・・・』

 静かに見守っていると、彼女が肩を震わして、静かに泣き始めた。彼女の瞳から零れ落ちた涙が剣や手の上に落ちる。

 「役に・・・立てなかったッ・・・何の・・・役にもッ・・・お爺様やストレーガ様の・・・足を引っ張っただけッ・・・騎士になって・・・少しは役に立てると・・・思っていたのにッ・・・何て・・・何てざまッ・・・」

 涙の粒がどんどん大きくなっていき、その場に蹲った。彼女の慟哭が泉に響き渡る。ブレイズは彼女の声を聞いて、胸が痛くなった。彼女は自分以上に努力している・・・勇者の孫という立場であるので、周囲から不要な期待もされる。そのようなプレッシャーに耐えながら彼女はただ祖父を安心させたい、祖父が守った世界を守っていきたい・・・それなのに、彼女はアルテミスとの一件で打ちのめされてしまった。未だにかつての英雄達がいなければ対処できない自分に大きな不快感を抱いてしまっているのだろう。その思いはきっと、自分などでは到底理解できないだろう。

 彼女に声をかけるべきか___迷っていた。自分が彼女に声をかけても慰めにすらならないと思っていたからだ。それに彼女はきっとこのような姿を見せたくないから敢えてこんな誰もいない所へ来たのだろう。暫く考えた後に、静かにこの場を去ろうと決断した。

 ところがその時、森の中から二、三メートルはあろうかと思われる巨大なカマキリ型の魔物が現れた。無数の返しがついた鎌のような腕を振りかざし、レフィナの方へ向かって行く。彼女はその魔物の足音に気が付いて咄嗟に剣を構えるが、尻を地面につけてしまっており、動けない状態だ。

 「レフィナッ!」

 ブレイズは自然と体が動いていた。さっきまで彼女の為を思ってその場から去ろうとしていたことが嘘のように、レフィナの前へ飛び出しながら、ナイフを構える。レフィナも木の影から突然現れたブレイズの方に顔を向けて驚いている。

 「キシャァァァァァッ!」

 魔物はレフィナではなく、ブレイズへと標的を変える。魔物が接近したブレイズに鎌のような腕を振り下ろし、ブレイズは素早く避けてナイフを振るう。ナイフは魔物の腕に当たったが、鋼鉄の如く固く、弾き返された。

 『固いッ!こんなナイフじゃ到底切れそうにないッ!』

 ブレイズは魔物が繰り出してくる素早い攻撃をギリギリで躱していく。掠りでもしただけで豆腐のように裂けてしまいそうな攻撃を何とか躱すが、回避するだけで精一杯で、到底攻撃できそうになかった。魔物はさらなる奇声を上げて両腕を振り上げる。

 直後、一本の氷の剣が魔物の右眼を貫いた。魔物が激しく体を揺らして暴れる。ブレイズがレフィナの方に顔を向けると、彼女は周囲にレイピアの形をした氷の剣を二十本近く展開していた。

 「貫ぬけ、氷雪の刃!《 アイシクルアサルト 》」

 無数の氷の剣が一斉に魔物に向かって射出される。音速を超える速さで魔物の体に刺さると、魔物は勢いよく吹き飛び、少し離れた木に磔にされて絶命した。

 「ブレイズ!大丈夫ですか⁉」

 魔物の方を向いていた彼の元にレフィナが声をかけてやって来る。ブレイズが彼女を見ると、目元が真っ赤に腫れており、涙で濡れていた。

 「ああ・・・大丈夫。」

 「そうですか。・・・なら、良かったです。」

 彼女は腕で目元の涙を拭う。ブレイズがその様子をじっと見つめていると、彼女が目を細めながら言葉を続ける。

 「ところで、何故ブレイズがここにいるんですか?」

 「え・・・えっと・・・急にレフィナがいなくなったから・・・何処に行ったのかなって・・・」

 「・・・何時からいました?」

 「何時って・・・何時ってそれは・・・」

 「・・・」

 「ついさっきだよ・・・レフィナが泉にいるって聞いてここに来たら魔物が突然現れて・・・」

 「・・・」

 「ほ、ホントだって!本当にさっき来たんだって!べ、別にレフィナが泣いてたところとかは見てないから!」

 「泣いていた所?・・・ブレイズ、今何と?」

 『しまった!余計な事言っちまった!』

 「いやだって・・・目元赤くなってるし・・・泣いてたのかなって・・・さっき来たばっかりだから知らないけど・・・」

 『よォ~し!うまく誤魔化せた!』

 ブレイズの咄嗟の言い訳に彼女は目を更に細めて疑う。謎の圧迫感を彼女の瞳からひしひしと感じていると、彼女はふぅっと静かに息を漏らした。

 「そうですか・・・心配をかけましたね。突然いなくなって申し訳ありませんでした。」

 「いいや・・・こっちこそ、追いかけたりしてごめん。」

 ブレイズは右手を後頭部に回して頭を掻く。レフィナは剣を鞘に仕舞うと、彼に告げた。

 「では、戻りましょうか。・・・もう用は済みましたので。」

 「う・・・うん・・・」

 「ここで起こったことはどうか秘密にしておいて下さいね。ヒュッセル様に聞かれても辺りを警戒してたということで。・・・決して私が己の不甲斐なさを言いながら泣いていたことは言わないで下さいね?」

 「も、勿論!レフィナがあんなに取り乱したことは絶対に・・・あっ・・・」

 思わず彼女の口車にのせられてその時の様子を見ていたことがバレてしまった。レフィナは溜息交じりに小さく溜息をつきながら微笑み、『やはり見ていたんじゃないですか・・・嘘つきですね。』と呟いて一人その場を去った。

 『・・・やっちまったよぉ・・・』

 ブレイズは再び後頭部を掻き、彼女の後をとぼとぼと追いかける。
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