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~魔族襲撃編 第5話~
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[人々が憩う街 アフターグロウ]
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・五月___アルヴェント大陸南部・アフターグロウ
ウィルベール達はエルフェンが教えてくれた通りに森を進んでいった。彼の言葉通り、森を抜けると街道に出ることが出来た。街道には多くの旅人達が長蛇の列をなしており、長い渋滞が発生していた。カールズ橋が落ちた影響でアフターグロウからガロック方面への物資の運送が滞ってしまってる影響だろう。並んでいる人々は旅人か行商人・・・様々だ。ウィルベール達は彼らとは反対の方向へ街道を進んでいく。
馬を喪失した影響で、その日の内にアフターグロウへは辿り着けず、野宿村で一晩を過ごすこととなった。翌日の早朝に野宿村を出発し、数時間後___ウィルベール達は漸く第一の目的地であるアフターグロウに到着した。街へ入ろうとした時、ブレイズの姿を見た門番が彼を通すまいと複数で囲んだが、ウィルベールが身分を明かして説明すると、門番達はそそくさと離れて行った。
「ごめん、ウィルベール・・・」
「気にするな。困ったらいつでも俺の名前を出していいぞ。・・・悪用だけはしないで欲しいが。」
「しねえよ、そんな事。そこまで腐ってねえし・・・」
「真面目だな、お前。」
『しかし妙だな・・・ガロックの街にいた分隊長はこいつの事を各街へ伝えておくと言っていた筈だが・・・まだ届いていないのか?陸路は駄目にしても、伝書鳩を飛ばすとかいろいろあるだろうに・・・』
ウィルベールはまだ情報が回って来ていないことに疑問を覚えたが、それよりもこの街で為すべき事を思い出し、一先ず置いておくことにした。街はガロック以上に賑やかな喧騒に包まれており、市場では活気の良い声が響き渡り、店の中からは愉快な笑い声が聞こえてくる。また至る所から果実の甘い匂いや肉が焼ける香ばしい匂い、香辛料の香りや心地よい花の香りなど、街を歩けば歩くほど様々な香りがする。
「離れるなよ。見失ったらお前達を探し出すだけで一苦労だ。」
「スゲエ人の数。ガロック以上の人混みで酔いそうなんだけど・・・」
「お前は以前この町に来たことはあるのか?」
「一回だけ。ガロックの街みたいな対応されて直ぐ追い出されたけど。」
「成程。よくガロックの時みたく牢屋に入れられなかったな。」
「いや、牢屋には入れられた。」
「その時は脱走しなかったのか?」
「脱走しようとしたけど、牢に入れられて数時間で追い出されたから脱走する必要なんかなかった。・・・それなら最初から牢に入れずに追い出せば良かったのによ。わざわざ街中追いかけまわしやがって王都軍の奴ら・・・」
「その様子だと、この街でも相当苦労したんだな。」
ウィルベールがブレイズに労いの言葉をかける。その時レフィナがウィルベールの横に並び、小声で囁く。
「お爺様・・・後ろから王都軍の騎士が何人か尾行してます。」
ウィルベールはちらりと後ろを振り向いて確認すると、確かに数名の兵士が距離を取って付いて来ていた。
「ブレイズの監視か。」
「そうでしょうね。この街に入ってきてからずっとつけて来ておりますので。・・・どうします?」
「放っておいていいだろう。何か手を出して来たら俺が何とかする。その時はレフィナ、お前は儂に加勢するのではなく向こう側につくんだぞ?お前は名目上、王都軍からの護衛として儂に同伴しているんだからな。自分が王都軍に所属しているということを忘れるなよ?」
「・・・分かりました。」
レフィナは小さな声で返事をすると、少し後ろに下がった。ウィルベール達は町の中を堂々と進み、宿屋に入る。宿に入り、チェックインを済ませると部屋に行く。カールズ橋が落ちているという影響でこの町でも殆どの部屋が埋まっている状況なので、また三人で一つの部屋を取ることになった。
「・・・で、今から以前お爺様が言っていました『古い友人』に会いに行くのですか?」
「ああ、そうだ・・・と言いたいところなんだが、恐らくアイツは今寝てる。」
「寝てる?今はお昼ですが・・・」
「あいつは昔から昼夜逆転の生活を送っている。その習慣は今でも変わってないだろうから、夜になったらあいつに会いに行く。」
「分かりました。」
「じゃあ夜まで何するんだよ。ずっとこの部屋に居続けるのか?」
ブレイズがウィルベールに尋ねたその時、ドアが三回ノックされた。ウィルベールが僅かにドアを開けると、向こう側には複数の騎士達がいた。
「ウィルベール・グランディオーツ様でしょうか?」
先頭にいた騎士がウィルベールに問いかける。
「そうだが・・・お前達は何者だ?見た所王都軍のようだが、何処の隊に所属している。」
「我々はアフターグロウの護衛を行っております、王都軍第三師団第三騎兵分隊に所属する者達です。」
「用件は。」
「この町を指揮する王都軍第三師団の副団長が是非とも貴方に会いたいとのことで、今回お邪魔させて頂きました。」
『随分と情報が早いな・・・待ち構えていたか?いや、ブレイズの事が伝わっていないとなると偶々なのか?』
「分かった。ただしこの二人も同伴するという条件でだ。無理であれば、会いに行くつもりは無い。」
兵士は部屋の奥にいるレフィナとブレイズを見ると、ひそひそと小さな声で話し合いだす。何を言っているのかは分からないが、二名が何処かへ走って行った。
「ウィルベール様、少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?それまでこのお部屋からは出ないようお願いしたいのですが・・・」
「別に構わん。もとより逃げるつもりなど無い。」
ウィルベールは扉を閉める。それから暫く経った後、再びドアをノックされた。ドアを開けると、先程の兵士がウィルベールに告げる。
「只今副団長へ確認しましたところ、問題ないとのことでした。」
「分かった。案内しろ。」
ウィルベールは二人に目配せする。三人は宿を出ると、兵士達に案内されてアフターグロウ内の駐屯基地の中に入る。この街の駐屯基地の大きさはガロックと同じぐらいだが、中にいる兵士の数は圧倒的に少ない。恐らくガロックでの兵士の半分もいないだろう。これが普通なのか、ガロックの街が異常だったのか・・・
ウィルベールは駐屯基地の真ん中に位置する館に入り、第三師団の副団長が待つ執務室へと向かう。
「この扉の先に我が師団の副団長がおります。」
案内する騎士がそう告げて扉を開けた。扉の先には大勢の騎士が壁に沿って立っている上に、分隊長以上が身に付けられる真っ黒なロングコートを着ている男が三人いた。皆完全に武装しており、ウィルベール達が室内に入ると扉が閉まり、鍵がかけられた。
『え、何この空気?何か凄く嫌な感じがするんだけど・・・これ絶対歓迎されてないよね?』
ブレイズが困惑して周囲を不自然に見渡していると、奥に座っている男がウィルベールへ声をかけた。
「よく参りましたな、ウィルベール殿。」
執務室の奥にある机の椅子に座っている中年の男がゆっくりと立ち上がり、ウィルベールの元へ歩いてくると、右手を差し出してきた。
「私はこの街と周辺地域の治安維持・防衛の任を務めております、王都軍第三師団副団長の『ゲルニカ・イルフェント』と申します。私の右にいる赤髪の男は我が師団の第三騎兵分隊分隊長の『ラッシュ・クローノ』、左にいるのは彼の双子の弟で第四騎兵分隊分隊長の『ベッシュ・クローノ』で御座います。」
ウィルベールはゲルニカと握手を交わしたのちに、他の二人と握手を交わす。二人とも握手をしている最中でも、強くウィルベールを警戒しているようだった。握手を終えると、ゲルニカは三人にソファへ座わるように勧める。ウィルベールが座ると、レフィナとブレイズはウィルベールが座った椅子の後ろに回り、立ったまま話を聞くことにした。周りの兵士達から強く警戒される中、ゲルニカはウィルベールと向かい合うようにソファに座ると、ウィルベールが先に口を開いた。
「で、儂に用事とは何だ?この空気からしてただ単に雑談をする為だけに呼んだのではないのだろう?」
「ええ、その通りでございます。ウィルベール様。今回貴方をお呼びしましたのは、ある事件について少々お話を伺いたいと思いまして。」
「事件?」
ウィルベールが目を細めると、ゲルニカは両手を組み、上半身を若干前に傾ける。巨大な魔物が突如駐屯基地に出現した話だろうか。
「一週間前、ガロックの街が未知の魔物に襲撃された事件はご存じでしょうか?」
「勿論だ。儂がその魔物を倒したんだからな。」
「えぇ、えぇ、知っておりますとも。貴方は第一師団第三分隊のロンベル分隊長に関する情報を得ようと、ガロックへ訪れ、その際に対処なされたというお話ですよね?」
「そうだ。儂が住んでいたフィオル村が突然その男に襲われ、壊滅した。それにロンベルという男はヒュッセルに化けていた。奴に付いての情報を知りたくて、儂はガロックの街へ行ったんだ。魔物が街に現れたということと、それを対処したのは偶然だ。」
ウィルベールがそう告げると、ゲルニカは小さく何度も頷く。ウィルベールは眉間の皴を寄せて、警戒を強める。
「・・・で、お前は儂に何が言いたいんだ?儂からその事件の仔細について聞きたいのか?」
「いいえ、貴方から聞きたいのは別のお話です。」
「別の?」
ウィルベールがそう言うと、ゲルニカの視線が一気に鋭くなった。明らかに敵視又は尋問する目だ。雰囲気からしてブレイズを連れているとかではない・・・どうやらウィルベール達が知らない何かがガロックで起きたらしい。
「その日の夜、ガロックの街が何者かに襲撃され、駐屯していた第一師団が壊滅、住民も一人残らず殺されました。たった一晩の間に、ガロックに住む数万人の民間人と王都軍の騎士達の尊い命が失われました。」
ゲルニカがそう言った瞬間、ウィルベールよりもレフィナが大きく反応を示した。
「ガロックが壊滅⁉ゲルニカ副団長!それは本当ですか⁉」
「黙れ、女!誰が貴様に発言権を与えた⁉」
短髪の赤髪が特徴のラッシュがレフィナに向かって怒号を飛ばす。直後ゲルニカがラッシュを制止し、ラッシュが『申し訳ありません。』と謝る。
「その通りだ、レフィナ君。たしか君は第一師団の第七騎兵分隊に所属する騎士だったな。君がウィルベール様の護衛として同伴しているというのも聞いている。」
「・・・先程ガロックの街が壊滅とおっしゃっておりましたが、ロベリオ分隊長は___」
「残念ながら、彼は死亡した。あの基地に所属していた第一師団の騎士で唯一生存が確認できたのは、偶々ガロックから離れていたレフィナ君。君だけだ。」
レフィナはその話を聞いて、信じられないような明らかに動揺していた。ブレイズが心配そうに彼女を見ていた中、ウィルベールはゲルニカに尋ねる。
「誰がやったのか、分かったのか?」
「えぇ。死体に残っていた魔力の痕跡から誰がこの事件を引き起こしたのか、分かりました。」
ゲルニカはそう言うと口を閉じ、ウィルベールを睨みつける様にじっと見続けた。元々感じていた周りの兵士達の警戒心が更に高まるのをウィルベールは感じ取る。ブレイズも何か物凄い嫌な予感しかしなくて、心臓が飛び出そうな程高鳴っていた。ウィルベールはあり得ないと心の中で思いつつ、発した。
「___儂か。」
ウィルベールが呟くと、ゲルニカは小さく頷いた。ゲルニカの反応を見て、レフィナとブレイズが思わず声を上げた。
「そんな!在り得ません!私はお爺様と共に昼間の内にガロックの街を出て、それ以降一切街へ戻ってはおりません!何かの間違いに決まってます!」
「そうだ!それに何でウィルベールが街の住人皆殺しにしなきゃいけないんだよ!どう考えたっておかしいだろ⁉」
二人はゲルニカに無実だと訴えるが、ゲルニカは淡々と反論していく。
「しかし彼らの傷口からは彼の魔力が検出された。『魔力痕』は彼が街を滅ぼした実行犯だと証明するものだと思うが、どうだろうか?」
『魔力痕』___魔力を帯びた者が有機物を損傷させたときに残る痕跡の事で、一人一人各個人で持っている魔力は皆違っているので、対象が不明な際に特定する要素に用いられることが多い。言ってしまえば指紋のようなものだ。
「そんなもん、偽造とかできるだろ⁉」
「魔力痕の偽造は決してできない。いくら高名な魔術師であろうが、魔族であろうが、誤魔化すことは出来ない。この千年の間、誰一人として魔力痕の偽造に成功した者はいない。」
「だから何だよ!今まで出来なかったからって今できないとは限らないだろ⁉」
「貴様!ゲルニカ副団長に何て口を聞きやがる!ブチ殺すぞ!」
「やってみろよ!王都の犬が!」
「犬だと?手前、いい根性してるじゃねぇか、あぁ⁉」
「兄さん、落ち着いて!」
「ブレイズ、落ち着いて下さい!」
ブレイズ達が激しくいがみ合う中、ゲルニカが大声で制止する。
「お前達止めないか!ラッシュ!お前は頭に血が上りすぎだ、少し冷やしてこい!」
「・・・」
「聞こえなかったのか⁉ラッシュ!」
「・・・了解しました。」
ラッシュは小さく舌を打つと、部屋から出ていった。
「申し訳ありません、ゲルニカ副団長。後で兄には私から言っておきますので・・・」
「ベッシュ、君が謝る必要は無い。」
ラッシュとは違い、大人しそうな性格をしており、長髪の赤髪を一つ結びで纏めている弟のベッシュが謝ると、ゲルニカが軽く彼を慰める。ゲルニカは気を取り直すようにふぅっと息を吐く。
「ウィルベール様、先程私は貴方の魔力痕が見つかったと言いましたが、本音を言えば貴方はやっていないと思っていますし、信じています。ですがこのような証拠がある以上、私は貴方を疑わざるを得ないのです。私情で判断することは出来ませんので。私は王都軍に属する者として、厳正なる秩序を守らなければいけません。」
「分かっている。儂もお前の立場なら、そうしているだろう。・・・で、これからどうするつもりだ?私を捕らえるのか?」
ウィルベールが尋ねると、ゲルニカは首を左右に振って否定した。
「いいえ。今すぐには捕えません。・・・そろそろ、『結果』が分かると思いますので。」
ゲルニカがそう言うと、扉がノックされた。ゲルニカが『入れ』と告げると、扉がゆっくりと開き、一人の騎士がゲルニカに報告する。
「ゲルニカ副団長、たった今、解析を終了したとの報告を受けました。」
「『彼女』は来るのか?」
「はい。『久しぶりに奴のシケた顔を見たいから待ってて』___とのことです。」
「・・・了解した。相変わらず辛辣な物言いだな、あの人は・・・」
ゲルニカは呆れながら騎士を下がらせる。騎士はゲルニカに一礼すると直ぐに部屋から出ていった。ウィルベールはいかにも面倒くさそうな態度をとる彼の仕草から誰が来るのか即時に理解した。
『あの言い方・・・昔から全く変わってない。持ち前の毒舌は変わらないようだな。___というより起きてたのか、あいつ。』
ウィルベールが『彼女』について思い出していたその時、部屋の外___廊下が何やら騒がしくなった。
「ねえ、あいつ何処にいんの?この先?あの部屋?」
「は、はい・・・そうです・・・あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「五月蠅いわね!私に気安く触らないでよ、馬鹿!童貞!」
『何かヤべぇ人が来そうなんだけど・・・』
ブレイズが外から聞こえる声に恐々としていると、突如部屋の扉が蹴り破られた。勢い良く扉が開き、扉の前にいた騎士二人が巻き込まれて扉と壁に挟まる。勢い良く扉から、紺色の修道服を着た巨乳の美女が入ってきた。見た目は二十代前半といった所か・・・街にある教会のシスターだろうか・・・シスターにしては随分と『暴力的』な感じなのだが・・・
その女性がソファに座っているウィルベールを見下すように見つめると、吐き捨てるように話しかけた。
「久しぶりね、ウィルベール。その相変わらずのシケた面・・・元気そうで何よりだわ。」
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・五月___アルヴェント大陸南部・アフターグロウ
ウィルベール達はエルフェンが教えてくれた通りに森を進んでいった。彼の言葉通り、森を抜けると街道に出ることが出来た。街道には多くの旅人達が長蛇の列をなしており、長い渋滞が発生していた。カールズ橋が落ちた影響でアフターグロウからガロック方面への物資の運送が滞ってしまってる影響だろう。並んでいる人々は旅人か行商人・・・様々だ。ウィルベール達は彼らとは反対の方向へ街道を進んでいく。
馬を喪失した影響で、その日の内にアフターグロウへは辿り着けず、野宿村で一晩を過ごすこととなった。翌日の早朝に野宿村を出発し、数時間後___ウィルベール達は漸く第一の目的地であるアフターグロウに到着した。街へ入ろうとした時、ブレイズの姿を見た門番が彼を通すまいと複数で囲んだが、ウィルベールが身分を明かして説明すると、門番達はそそくさと離れて行った。
「ごめん、ウィルベール・・・」
「気にするな。困ったらいつでも俺の名前を出していいぞ。・・・悪用だけはしないで欲しいが。」
「しねえよ、そんな事。そこまで腐ってねえし・・・」
「真面目だな、お前。」
『しかし妙だな・・・ガロックの街にいた分隊長はこいつの事を各街へ伝えておくと言っていた筈だが・・・まだ届いていないのか?陸路は駄目にしても、伝書鳩を飛ばすとかいろいろあるだろうに・・・』
ウィルベールはまだ情報が回って来ていないことに疑問を覚えたが、それよりもこの街で為すべき事を思い出し、一先ず置いておくことにした。街はガロック以上に賑やかな喧騒に包まれており、市場では活気の良い声が響き渡り、店の中からは愉快な笑い声が聞こえてくる。また至る所から果実の甘い匂いや肉が焼ける香ばしい匂い、香辛料の香りや心地よい花の香りなど、街を歩けば歩くほど様々な香りがする。
「離れるなよ。見失ったらお前達を探し出すだけで一苦労だ。」
「スゲエ人の数。ガロック以上の人混みで酔いそうなんだけど・・・」
「お前は以前この町に来たことはあるのか?」
「一回だけ。ガロックの街みたいな対応されて直ぐ追い出されたけど。」
「成程。よくガロックの時みたく牢屋に入れられなかったな。」
「いや、牢屋には入れられた。」
「その時は脱走しなかったのか?」
「脱走しようとしたけど、牢に入れられて数時間で追い出されたから脱走する必要なんかなかった。・・・それなら最初から牢に入れずに追い出せば良かったのによ。わざわざ街中追いかけまわしやがって王都軍の奴ら・・・」
「その様子だと、この街でも相当苦労したんだな。」
ウィルベールがブレイズに労いの言葉をかける。その時レフィナがウィルベールの横に並び、小声で囁く。
「お爺様・・・後ろから王都軍の騎士が何人か尾行してます。」
ウィルベールはちらりと後ろを振り向いて確認すると、確かに数名の兵士が距離を取って付いて来ていた。
「ブレイズの監視か。」
「そうでしょうね。この街に入ってきてからずっとつけて来ておりますので。・・・どうします?」
「放っておいていいだろう。何か手を出して来たら俺が何とかする。その時はレフィナ、お前は儂に加勢するのではなく向こう側につくんだぞ?お前は名目上、王都軍からの護衛として儂に同伴しているんだからな。自分が王都軍に所属しているということを忘れるなよ?」
「・・・分かりました。」
レフィナは小さな声で返事をすると、少し後ろに下がった。ウィルベール達は町の中を堂々と進み、宿屋に入る。宿に入り、チェックインを済ませると部屋に行く。カールズ橋が落ちているという影響でこの町でも殆どの部屋が埋まっている状況なので、また三人で一つの部屋を取ることになった。
「・・・で、今から以前お爺様が言っていました『古い友人』に会いに行くのですか?」
「ああ、そうだ・・・と言いたいところなんだが、恐らくアイツは今寝てる。」
「寝てる?今はお昼ですが・・・」
「あいつは昔から昼夜逆転の生活を送っている。その習慣は今でも変わってないだろうから、夜になったらあいつに会いに行く。」
「分かりました。」
「じゃあ夜まで何するんだよ。ずっとこの部屋に居続けるのか?」
ブレイズがウィルベールに尋ねたその時、ドアが三回ノックされた。ウィルベールが僅かにドアを開けると、向こう側には複数の騎士達がいた。
「ウィルベール・グランディオーツ様でしょうか?」
先頭にいた騎士がウィルベールに問いかける。
「そうだが・・・お前達は何者だ?見た所王都軍のようだが、何処の隊に所属している。」
「我々はアフターグロウの護衛を行っております、王都軍第三師団第三騎兵分隊に所属する者達です。」
「用件は。」
「この町を指揮する王都軍第三師団の副団長が是非とも貴方に会いたいとのことで、今回お邪魔させて頂きました。」
『随分と情報が早いな・・・待ち構えていたか?いや、ブレイズの事が伝わっていないとなると偶々なのか?』
「分かった。ただしこの二人も同伴するという条件でだ。無理であれば、会いに行くつもりは無い。」
兵士は部屋の奥にいるレフィナとブレイズを見ると、ひそひそと小さな声で話し合いだす。何を言っているのかは分からないが、二名が何処かへ走って行った。
「ウィルベール様、少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?それまでこのお部屋からは出ないようお願いしたいのですが・・・」
「別に構わん。もとより逃げるつもりなど無い。」
ウィルベールは扉を閉める。それから暫く経った後、再びドアをノックされた。ドアを開けると、先程の兵士がウィルベールに告げる。
「只今副団長へ確認しましたところ、問題ないとのことでした。」
「分かった。案内しろ。」
ウィルベールは二人に目配せする。三人は宿を出ると、兵士達に案内されてアフターグロウ内の駐屯基地の中に入る。この街の駐屯基地の大きさはガロックと同じぐらいだが、中にいる兵士の数は圧倒的に少ない。恐らくガロックでの兵士の半分もいないだろう。これが普通なのか、ガロックの街が異常だったのか・・・
ウィルベールは駐屯基地の真ん中に位置する館に入り、第三師団の副団長が待つ執務室へと向かう。
「この扉の先に我が師団の副団長がおります。」
案内する騎士がそう告げて扉を開けた。扉の先には大勢の騎士が壁に沿って立っている上に、分隊長以上が身に付けられる真っ黒なロングコートを着ている男が三人いた。皆完全に武装しており、ウィルベール達が室内に入ると扉が閉まり、鍵がかけられた。
『え、何この空気?何か凄く嫌な感じがするんだけど・・・これ絶対歓迎されてないよね?』
ブレイズが困惑して周囲を不自然に見渡していると、奥に座っている男がウィルベールへ声をかけた。
「よく参りましたな、ウィルベール殿。」
執務室の奥にある机の椅子に座っている中年の男がゆっくりと立ち上がり、ウィルベールの元へ歩いてくると、右手を差し出してきた。
「私はこの街と周辺地域の治安維持・防衛の任を務めております、王都軍第三師団副団長の『ゲルニカ・イルフェント』と申します。私の右にいる赤髪の男は我が師団の第三騎兵分隊分隊長の『ラッシュ・クローノ』、左にいるのは彼の双子の弟で第四騎兵分隊分隊長の『ベッシュ・クローノ』で御座います。」
ウィルベールはゲルニカと握手を交わしたのちに、他の二人と握手を交わす。二人とも握手をしている最中でも、強くウィルベールを警戒しているようだった。握手を終えると、ゲルニカは三人にソファへ座わるように勧める。ウィルベールが座ると、レフィナとブレイズはウィルベールが座った椅子の後ろに回り、立ったまま話を聞くことにした。周りの兵士達から強く警戒される中、ゲルニカはウィルベールと向かい合うようにソファに座ると、ウィルベールが先に口を開いた。
「で、儂に用事とは何だ?この空気からしてただ単に雑談をする為だけに呼んだのではないのだろう?」
「ええ、その通りでございます。ウィルベール様。今回貴方をお呼びしましたのは、ある事件について少々お話を伺いたいと思いまして。」
「事件?」
ウィルベールが目を細めると、ゲルニカは両手を組み、上半身を若干前に傾ける。巨大な魔物が突如駐屯基地に出現した話だろうか。
「一週間前、ガロックの街が未知の魔物に襲撃された事件はご存じでしょうか?」
「勿論だ。儂がその魔物を倒したんだからな。」
「えぇ、えぇ、知っておりますとも。貴方は第一師団第三分隊のロンベル分隊長に関する情報を得ようと、ガロックへ訪れ、その際に対処なされたというお話ですよね?」
「そうだ。儂が住んでいたフィオル村が突然その男に襲われ、壊滅した。それにロンベルという男はヒュッセルに化けていた。奴に付いての情報を知りたくて、儂はガロックの街へ行ったんだ。魔物が街に現れたということと、それを対処したのは偶然だ。」
ウィルベールがそう告げると、ゲルニカは小さく何度も頷く。ウィルベールは眉間の皴を寄せて、警戒を強める。
「・・・で、お前は儂に何が言いたいんだ?儂からその事件の仔細について聞きたいのか?」
「いいえ、貴方から聞きたいのは別のお話です。」
「別の?」
ウィルベールがそう言うと、ゲルニカの視線が一気に鋭くなった。明らかに敵視又は尋問する目だ。雰囲気からしてブレイズを連れているとかではない・・・どうやらウィルベール達が知らない何かがガロックで起きたらしい。
「その日の夜、ガロックの街が何者かに襲撃され、駐屯していた第一師団が壊滅、住民も一人残らず殺されました。たった一晩の間に、ガロックに住む数万人の民間人と王都軍の騎士達の尊い命が失われました。」
ゲルニカがそう言った瞬間、ウィルベールよりもレフィナが大きく反応を示した。
「ガロックが壊滅⁉ゲルニカ副団長!それは本当ですか⁉」
「黙れ、女!誰が貴様に発言権を与えた⁉」
短髪の赤髪が特徴のラッシュがレフィナに向かって怒号を飛ばす。直後ゲルニカがラッシュを制止し、ラッシュが『申し訳ありません。』と謝る。
「その通りだ、レフィナ君。たしか君は第一師団の第七騎兵分隊に所属する騎士だったな。君がウィルベール様の護衛として同伴しているというのも聞いている。」
「・・・先程ガロックの街が壊滅とおっしゃっておりましたが、ロベリオ分隊長は___」
「残念ながら、彼は死亡した。あの基地に所属していた第一師団の騎士で唯一生存が確認できたのは、偶々ガロックから離れていたレフィナ君。君だけだ。」
レフィナはその話を聞いて、信じられないような明らかに動揺していた。ブレイズが心配そうに彼女を見ていた中、ウィルベールはゲルニカに尋ねる。
「誰がやったのか、分かったのか?」
「えぇ。死体に残っていた魔力の痕跡から誰がこの事件を引き起こしたのか、分かりました。」
ゲルニカはそう言うと口を閉じ、ウィルベールを睨みつける様にじっと見続けた。元々感じていた周りの兵士達の警戒心が更に高まるのをウィルベールは感じ取る。ブレイズも何か物凄い嫌な予感しかしなくて、心臓が飛び出そうな程高鳴っていた。ウィルベールはあり得ないと心の中で思いつつ、発した。
「___儂か。」
ウィルベールが呟くと、ゲルニカは小さく頷いた。ゲルニカの反応を見て、レフィナとブレイズが思わず声を上げた。
「そんな!在り得ません!私はお爺様と共に昼間の内にガロックの街を出て、それ以降一切街へ戻ってはおりません!何かの間違いに決まってます!」
「そうだ!それに何でウィルベールが街の住人皆殺しにしなきゃいけないんだよ!どう考えたっておかしいだろ⁉」
二人はゲルニカに無実だと訴えるが、ゲルニカは淡々と反論していく。
「しかし彼らの傷口からは彼の魔力が検出された。『魔力痕』は彼が街を滅ぼした実行犯だと証明するものだと思うが、どうだろうか?」
『魔力痕』___魔力を帯びた者が有機物を損傷させたときに残る痕跡の事で、一人一人各個人で持っている魔力は皆違っているので、対象が不明な際に特定する要素に用いられることが多い。言ってしまえば指紋のようなものだ。
「そんなもん、偽造とかできるだろ⁉」
「魔力痕の偽造は決してできない。いくら高名な魔術師であろうが、魔族であろうが、誤魔化すことは出来ない。この千年の間、誰一人として魔力痕の偽造に成功した者はいない。」
「だから何だよ!今まで出来なかったからって今できないとは限らないだろ⁉」
「貴様!ゲルニカ副団長に何て口を聞きやがる!ブチ殺すぞ!」
「やってみろよ!王都の犬が!」
「犬だと?手前、いい根性してるじゃねぇか、あぁ⁉」
「兄さん、落ち着いて!」
「ブレイズ、落ち着いて下さい!」
ブレイズ達が激しくいがみ合う中、ゲルニカが大声で制止する。
「お前達止めないか!ラッシュ!お前は頭に血が上りすぎだ、少し冷やしてこい!」
「・・・」
「聞こえなかったのか⁉ラッシュ!」
「・・・了解しました。」
ラッシュは小さく舌を打つと、部屋から出ていった。
「申し訳ありません、ゲルニカ副団長。後で兄には私から言っておきますので・・・」
「ベッシュ、君が謝る必要は無い。」
ラッシュとは違い、大人しそうな性格をしており、長髪の赤髪を一つ結びで纏めている弟のベッシュが謝ると、ゲルニカが軽く彼を慰める。ゲルニカは気を取り直すようにふぅっと息を吐く。
「ウィルベール様、先程私は貴方の魔力痕が見つかったと言いましたが、本音を言えば貴方はやっていないと思っていますし、信じています。ですがこのような証拠がある以上、私は貴方を疑わざるを得ないのです。私情で判断することは出来ませんので。私は王都軍に属する者として、厳正なる秩序を守らなければいけません。」
「分かっている。儂もお前の立場なら、そうしているだろう。・・・で、これからどうするつもりだ?私を捕らえるのか?」
ウィルベールが尋ねると、ゲルニカは首を左右に振って否定した。
「いいえ。今すぐには捕えません。・・・そろそろ、『結果』が分かると思いますので。」
ゲルニカがそう言うと、扉がノックされた。ゲルニカが『入れ』と告げると、扉がゆっくりと開き、一人の騎士がゲルニカに報告する。
「ゲルニカ副団長、たった今、解析を終了したとの報告を受けました。」
「『彼女』は来るのか?」
「はい。『久しぶりに奴のシケた顔を見たいから待ってて』___とのことです。」
「・・・了解した。相変わらず辛辣な物言いだな、あの人は・・・」
ゲルニカは呆れながら騎士を下がらせる。騎士はゲルニカに一礼すると直ぐに部屋から出ていった。ウィルベールはいかにも面倒くさそうな態度をとる彼の仕草から誰が来るのか即時に理解した。
『あの言い方・・・昔から全く変わってない。持ち前の毒舌は変わらないようだな。___というより起きてたのか、あいつ。』
ウィルベールが『彼女』について思い出していたその時、部屋の外___廊下が何やら騒がしくなった。
「ねえ、あいつ何処にいんの?この先?あの部屋?」
「は、はい・・・そうです・・・あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「五月蠅いわね!私に気安く触らないでよ、馬鹿!童貞!」
『何かヤべぇ人が来そうなんだけど・・・』
ブレイズが外から聞こえる声に恐々としていると、突如部屋の扉が蹴り破られた。勢い良く扉が開き、扉の前にいた騎士二人が巻き込まれて扉と壁に挟まる。勢い良く扉から、紺色の修道服を着た巨乳の美女が入ってきた。見た目は二十代前半といった所か・・・街にある教会のシスターだろうか・・・シスターにしては随分と『暴力的』な感じなのだが・・・
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