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~魔族襲撃編 第3話~

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[ディールン山道]

 グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・五月___アルヴェント大陸南部・ディールン山道

 宿にチェックインする時、カールズ橋について尋ねたがやはり情報は間違っていないらしい。カールズ橋は昨日と一昨日の豪雨の影響で荒れた川に呑まれて流されてしまったらしい。その影響で宿の部屋が殆ど埋まっており、ウィルベール達は三人で一つ部屋を共有することとなった。レフィナはもう二十歳の女なので個室を取らせてあげたかったので、少し申し訳なかった。彼女は気にしないと言って文句を一切言わなかった上に、気を使わせて悪いと寧ろこっちを労った。

 その後、ウィルベール達は予定が急遽変更となったことで時間があまり、陽が暮れるまで戦闘訓練を行うこととなった。数時間ただひたすらに二人はウィルベールとの実戦形式の訓練を行った。また訓練中どんどん野次馬が現れた上に、自分も八英雄と訓練したいという旅人達が現れた。訓練が終わるころには二十人もの旅人とウィルベール一人が戦闘するといった良く分からない訓練となった。それでもウィルベールは皆を圧倒し、汗一つかかなかった。訓練が終わった後、周りの人々は万雷の喝采をウィルベールに向けた。

 翌日、ウィルベール達は陽が昇る前から準備をして、朝食をとる。陽が昇ると同時に野宿場から出発し、宿の主から教えて貰った迂回ルートのディールン山道へ向かう。

 「旅の方・・・ディールン山道を通る時はお気を付けください。あそこは凶暴な魔物が巣くっている影響で、しばらく整備されておりません。魔物もそうですが、滑落や土砂崩れには注意してくださいね。」

 宿の受付人は出立前、ウィルベール達に向かってこう告げた。ウィルベール達はこの言葉をしっかりと胸に刻んだ。そしてディールン山道へ到着したウィルベール一行はその言葉を実感する。

 「受付人が言った通りだな。何とか馬を連れて上ることは出来そうだが、足場が相当悪い。」

 「それに道が全く舗装されていません。何時土砂崩れが起きても不思議ではありませんね。」

 「悪天候の影響で土が非常に柔らかいな。・・・気を付けて進むぞ。」

 ウィルベール達は一列になって山道を進んでいく。しかも進んでいく中で雨も降りだすという最悪のコンディションだ。ウィルベール達は雨に打たれながら、何時崩壊してもおかしくない険しい道を進んでいく。

 道中崖の下に幾つもの荷台と馬の死体が落ちているのが見えた。馬の死体は白骨化しているものから、まだ肉が僅かに残っているものまで様々だ。中には人骨らしきものも見えた。山道の途中には事故車を弔う墓が幾つもあった。

 「凄い数の墓だな・・・これだけこの道で命を落とした人が多いってことなのか・・・」

 「そうだ。この道はカールズ橋が出来るまではアフターグロウへの正規ルートだった。勿論、その当時は今よりもずっと舗装されていた上に王都軍の部隊が駐留していたから安全だったが、それでも崖からの転落死や土砂崩れによって多くの死者を出した。それでもっと安全な道を、ということで作られたのがカールズ橋だ。橋が出来たことで、この山道は使われなくなり、今に至るという訳だ。」

 「何でもっと早く橋を造らなかったんだ?」

 「カールズ橋は流れが激しい川として有名で、少しでも雨が降れば怒り狂う水龍の如く荒れ狂う。だから橋を造るのは不可能だと思われたんだ。だが、有名な建築士がその持ち前の知識と技術でカールズ橋が出来た。彼がいなければ、まだこの山道は現役だったんだろうな。」

 「一世紀もの間ずっとあの川の流れに耐えていたって言うのも凄いですよね。」

 レフィナの言葉にウィルベールは頷いた。その後もウィルベール達は他愛の無い会話を繰り返しながら、山道を進み、頂上に到達した。頂上へ着くと、雨は止んでおり、雲の切れ目から陽の光が差し込んでいた。

 「残り半分まで無事に来れたが、引き続き気を締めて進むぞ。山道ではのぼりよりも下りの事故の方が多いからな。」

 三人は山を下り始めた。だが陽の光はまた雲に塞がれ、辺りが再び薄暗くなる。厚く黒い雲が空を覆い始め、ウィルベールは嫌な予感を覚えた。

 『また雨が降りそうだな・・・下山するまでに降らなければいいんだが・・・』

 ウィルベールが空を見ながら心配していると、後ろを歩いていたレフィナが足を滑らせた。しかし彼女の後ろを歩いていたブレイズが咄嗟に彼女の体を抱えて、荒れた大地に尻をつけさせないようにする。

 「大丈夫⁉」

 「は・・・はい!助かりました。」

 レフィナはブレイズに支えられながら体勢を立て直す。ウィルベールは二人に声をかける。

 「さっきの雨で足元が更にぬかるんでいる。前よりも慎重に___」

 ウィルベールが声をかけていた___その時、

 ゴゴゴゴゴ・・・

 「何の音ですか?上から何か音が・・・」

 レフィナがそう言って上を見上げると、コロコロ・・・と石が落ちてきた。音はだんだんと大きくなっていく上に、地面も大きく揺れ出した。

 「マズいッ!」

 ウィルベールがそう口にした直後、山が崩れ、大量の土砂が真上から襲い掛かった。ウィルベールは馬の手綱を手放して二人を両腕で担ぐと、その場から一瞬で退いた。馬達はそのまま土砂に飲み込まれてしまい、行方が分からなくなってしまった。

 「二人共、儂にしっかり掴まってろ!」

 ウィルベールは二人を抱えたまま、崖から飛び降りた。後ろから土砂がやって来ていたとはいえ、あまりの自殺行為にレフィナとブレイズが思わず変な声を出す中、ウィルベールは山肌から僅かに出ている突起を足場にしながら一気に下っていく。気がつけばウィルベールは山から下りて、広大な森林の中にいた。

 ウィルベールは抱えていたレフィナとブレイズを下ろすと、膝を地面につけて息を整え始める。流石に大人の男女を両脇に抱えて移動するのは、体に応えた。

 「はぁ・・・はぁ・・・二人共、怪我はしてないか?」

 「はい!それよりもお爺様の方こそッ・・・」

 「儂の心配はせんでいい。少し疲れただけだ。」

 ウィルベールはゆっくりと立ち上がる。その時、周囲の異変に気が付いた。二人もそれぞれ異変を感じ取ったようで、武器に手をかける。

 「・・・囲まれてるな。例の魔物か?」

 ウィルベールが呟いた直後、目の前から見上げる程の巨大な猪型の魔物が現れた。恐らく相当数の人間を食べたのだろう。体毛が槍の矛先のように太い上に鋭利で、威嚇している為か逆立っている。周囲からこの魔物の仲間か子供か、同種の魔物が三人を囲む。数はおよそ百体以上・・・まさに絶体絶命という言葉が適切な状況だ。

 「ちょっと・・・これは流石に多すぎないか?」

 「・・・そうですね。これほどの数と戦うのなら一個大隊規模の騎士が欲しい所ですが・・・」

 「いくら八英雄の一人がいるにしても三人じゃ・・・厳しいよね。」

 ブレイズが横目でウィルベールを見る。ウィルベールは剣を抜き、目の前の巨大な猪と対峙する。
 
 「《エリュマントス》・・・まさかここでお前の姿を見るとはな。」

 「エリュマントス?エリュマントスってなんだ?」

 「魔族が住む大陸・・・この大陸の真横に位置するゲオルグラディア大陸に生息する大猪の魔物の名前ですよ。人間・魔族関係なく襲い掛かる極めて凶暴な性格をしているんです。・・・しかし不思議ですね、あの魔物の主な生息域は魔族の領域の一つ、『瘴気の森』にしか住んでいないはずなのですが・・・」

 レフィナがそう呟くと、エリュマントスが率いる他の猪型の魔物が複数突撃してきた。ウィルベール達は回避し、それぞれ撃破していく。

 「《 断葬 》」

 「《 麗水閃 》」
 
 ウィルベールとレフィナは技を繰り出し、撃破する。ブレイズも突撃してきた魔物を回避し、脳天に短剣を突き刺して、仕留める。エリュマントスは轟くような咆哮を上げると、周囲の魔物が更に襲い掛かってくる。

 「お爺様!周りの魔物は私達にお任せください!」

 「分かった。無理はするなよ。」

 「え、戦うの⁉逃げたりしないのかよ!こんなに囲まれてるのに・・・」

 「何を言っているんですか⁉ここで全部仕留めますよ!」

 「・・・マジかよ。」

 ブレイズはやる気満々のレフィナに絶句しつつ、猪たちを倒していく、ウィルベールの訓練のおかげか、猪の動きを見切ることが出来る。レフィナとブレイズは互いにカバーしながら一体ずつ敵を葬っていく。

 「いや!ちょっとコレ逃げた方がいいんじゃないか⁉あまりにも多すぎるって!」

 「弱音を吐かないで下さい!ほらッ、また来ましたよ!」

 「冗談キツイって・・・」

 ブレイズは今すぐにここから逃げたいという感情に襲われながらも確実に猪を仕留めていく。しかし圧倒的な数に終わりが見えない。気がつけば、二人を囲んでいる魔物の数は減るどころか、むしろ増えていた。レフィナとブレイズは互いに背中を合わせて戦う。

 一方、ウィルベールはエリュマントスと向かい合っていた。エリュマントスの体から瘴気を纏った濃厚な魔力が滲み出ている。ウィルベールが懐へ入ると、エリュマントスは体を大きく動かして暴れまわる。エリュマントスの尻尾は鞭のようにしなる上に、先端にはモーニングスターのような球体に無数の針がついたものが付いていた。ウィルベールは暴れる隙を突いて、斬りかかる。

 だが皮が非常に硬く、刃が弾き返される。エリュマントスは尻尾を勢い良く振り、ウィルベールは姿勢を低くして回避する。

 『これは・・・骨が折れるな。』

 ウィルベールは息を深く吸い込み、魔力を剣に集中させる。剣が紅い魔炎に包まれると、ウィルベールは一気に加速し、体を捻る。

 「《 烈華輪舞 》」

 突進と回避の要素を兼ね持つこの技は高速で相手に接近し、そのまま輪切りにしながら突破するというもの。輪切りにする際に体を捻ることで、斬撃の威力を向上させるだけでなく、攻撃の回避も可能だ。ウィルベールの斬撃は深くエリュマントスの全身に刻まれ、傷口が激しく燃え上がる。エリュマントスは大きな声を上げてより暴れまわる。

 『・・・まだ来るな。』

 ウィルベールの想像通り、エリュマントスはまだ死んではおらず、激昂してウィルベールは突撃してきた。正面から突撃してくるエリュマントスに対して、ウィルベールは剣を振り上げて魔力を込める。魔炎が猛々しく燃え上がり、天へと伸びる。エリュマントスはそれでも一切臆することなく大地を震わしながら突っ込んでくる。

 『中々の威圧感だな。流石、と言うべきか。___だが、これで終いだ。』

 エリュマントスが目と鼻の先に来た瞬間、ウィルベールは剣を振り下ろした。

 「《 断葬・滅 》」

 ウィルベールが振り下ろした斬撃から放たれた炎は突撃してきたエリュマントスを縦に綺麗に両断し、その体を刹那の間に消し炭にする。斬撃の余波はウィルベールの正面全てを焼き尽くし、彼の前には焼けた森しか残っていなかった。他の魔物達はエリュマントスが葬られると、慌てふためきながら森の中へ消えていった。

 「お・・・終わった?」

 ブレイズは逃げていく魔物達を見ながら呟く。そしてウィルベールの方に顔を向ける。

 『何だ今の技は・・・ガロックの街でもあれに似た技を見たけど本当に規格外だな・・・八英雄っていう奴らって皆あんな感じなのか?』

 ブレイズが焼け焦げた木々の方を向いているウィルベールを見ていると、ウィルベールは剣を地面に突き刺して、胸を抑えながら膝まついた。

 「お爺様ッ!」

 レフィナが慌ててウィルベールの元へ駆け寄る。レフィナがウィルベールの様子を確認すると、大量の汗を流しながら目を細めて苦しそうな息遣いをしていた。

 「お爺様ッ、大丈夫ですか⁉」

 「レフィナか・・・大丈夫だ、少し無茶をしただけだ。・・・はぁ・・・はぁ・・・やはりこの技は嫌いだ。疲れる・・・」

 レフィナはウィルベールに回復魔術をかける。その二人の元へ、ブレイズも近づいてきた。

 「レフィナ・・・ブレイズ・・・怪我は無いか?」

 「問題ありません!」

 「俺も怪我はしてない。あんたの訓練のおかげだ。」

 「そうか。なら・・・いい・・・」

 ウィルベールはそう言って顔を俯けて、激しく咳き込む。レフィナが回復魔術をかけながら、ウィルベールの背中を優しく摩る。ブレイズはウィルベールがここまで疲弊しているのは初めて見る。

 「ウィルベール・・・さっきの技、ガロックの街の時も見たが、何なんだあの技は。」

 「ああ・・・さっきの技か。あれはガロックの街で見せた技じゃない。また別の技だ。・・・剣に膨大な魔力を凝縮し、振り下ろすと同時に一気に開放する・・・魔力の塊が巨大な斬撃となって相手を焼き尽くすって技だ。凝縮した魔力はまるで炎のように見えるが・・・これは俺が生まれながらにして持っている元素が火だから、あのように見えているだけだ。この技は見て分かる通り、物凄く疲れる・・・久しぶりに使ってみたんだが、やはり実戦で使うものではないな。」

 ウィルベールは冗談交じりに笑いながら、先程の技について解説してくれた。ブレイズはウィルベールを見つめながら、何故彼がここまで人外の魔力を持っているのか、誰から剣術を学んだのか・・・一般にはあまり知られていない彼のプライベートな話題を知りたいという欲求が湧いた。

 「・・・ウィルベール・・・あのさ___」

 ブレイズがウィルベールにまた声をかけた___その時だった。

 ズン・・・ズン・・・ズンッ!

 遠くから何か巨大な生き物が近づいてくる足音が聞こえてきた。その足音は徐々に大きくなっていくと共に、大地の揺れが大きくなっていく。ブレイズとレフィナが音のする方へ顔を向けると、何と先程のエリュマントスと同じ大きさのエリュマントスがもう一体別に現れた。雰囲気からしてウィルベールが倒したエリュマントスのつがいだろうか、かなり殺気立っている。

 「マジかよ、もう一体いるのかよ!」

 ブレイズは思わず叫んでしまった。ウィルベールは立ち上がろうとしたが、さっきの技の影響で立ち上がることが出来ない。レフィナがウィルベールとブレイズの前に立って、エリュマントスへ剣を構える。

 「ブレイズ!お爺様を連れて逃げて下さい!出来るだけ遠くに!」

 「何考えてんだよ、レフィナ!無理だって、逃げるぞ!」

 「レフィナ・・・今のお前じゃ無理だ・・・下がれ。」

 「お爺様は喋らないで下さい。ブレイズ、いいから早くお爺様を連れて離れて下さい。誰かが足止めしないとどのみち全滅します。今この中でまともに戦えるのは私だけですので、私が足止めするのは当然のことです。」

 レフィナがブレイズの方を見ずに告げる。しかしブレイズはこの時気が付いた。彼女の手が僅かに震えていることに。良く見なければ震えているということに気が付かないが、それほどまで必死に恐怖を抑えつけているのだろう。ブレイズはナイフを腰に巻き付けている鞘に仕舞う。

 「ブレイズ!早く逃げ___きゃあッ⁉」

 レフィナは突然ブレイズに担がれて、驚いて声を上げた。ブレイズはそのまま後ろへ下がる。

 「逃げるぞ、ウィルベール!走れるか⁉」

 「苦しんでいる年寄りに何て言い様だ。・・・大丈夫だ、問題無い。」

 「よし!じゃあ逃げるぞ!あんたがまともに戦えない以上、奴の相手をしている場合じゃねえ!」

 ブレイズはレフィナを抱えたまま森の中を駆け抜ける。ウィルベールも胸を抑えながらなんとかブレイズ達に付いて行く。さっきの技の影響で戦うことは出来ないが、それでもブレイズ達と並走できる程度の体力は残っていた。ブレイズの肩に担がれているレフィナが激しく暴れる。

 「ブレイズ!早く降ろしなさい!ていうか、さっきから何処触ってるんですか⁉」

 「太腿だろ!しょうがないだろ、あんたの履いてるスパッツ短くて太腿丸出し何だから!それよりも暴れんな、余計疲れる!」

 「・・・元気だな、お前達。」

 ウィルベールが戦闘でギャアギャア騒ぐ二人を見ながら、後ろを振り向く。後ろからはエリュマントスが周囲の木々を薙ぎ倒しながら突進してきていた。

 「おいさっきから後ろから聞こえる音は何だよ!めっちゃ怖え音してるんだけど!」

 「エリュマントスが私達に向かって突進してきているんです!」

 「だろうね!報告どうも!」

 「何ですか、その態度!貴方が何の音か聞いた癖に!」

 「痛い痛い!剣の柄で背中を叩くなよ!このっ・・・」

 「いい、痛ッ!貴方こそ太腿抓るの止めて下さい!私女ですよ⁉女性の太腿抓るなんて何考えているんですか⁉」

 「うるせえ!そっちこそ男の背中何度も叩いただろ⁉男だったら何回叩いてもいいのかよ⁉」

 「それは・・・違いますけど・・・」

 「だったらもう叩かないでくれよ、すっごい痛いんだからさ!そっちがやらないんならもう抓らないから!あんたの太腿!柔らかくて気持ちいからもっと抓りたいけど!」

 「何ですか、それ⁉唐突なセクハラ発言は止めて下さい!」

 『・・・痴話喧嘩か何かか、あれは?』
 
 ウィルベールはこの危機的状況に激しく言い合っている二人を見ながら何故かほっこりしていた。二人がこの旅の中で仲良くなっていっていることにウィルベールは嬉しく思った。

 「前が明るい!そろそろ森を抜けるぞ!」

 ブレイズがそう言って森を抜けた。ところが、目の前に広がっていた光景に、言葉を失ってしまった。

 「くそッ!川だ!濁っている上にめっちゃ荒れてやがる・・・」

 「これは渡れんな。そもそも川の広さから見て、水深もかなりあると見た。元々この川は船無しで渡るものではないな。」

 ブレイズとウィルベールが川の傍で立ち往生していると、後ろから突撃してきたエリュマントスが追いついた。後方には激流の川、前方には凶暴な魔物・・・絶体絶命とはまさにこのことだ。ウィルベールが前に出て魔力を練り始めたが、少し練ったぐらいで胸が痛みだしてまともに練ることが出来ない。

 「お爺様!」

 「ウィルベール!」

 ブレイズとレフィナがウィルベールの名を叫ぶ。ウィルベールは胸を抑えながらエリュマントスを睨みつける。エリュマントスは右後ろ脚で地面を蹴って、突撃する準備を整える。

 「・・・参ったな、これは。あの技を使ったのは、本当に失敗だったか・・・」

 ウィルベールが小さく舌を打つ。ブレイズはレフィナを下ろすと、二人でウィルベールの前に立つ。

 「グオォォォォォッ!」

 エリュマントスはウィルベール達にものすごい勢いで突進してくる。地面が大きく抉れ、全身から悍ましい魔力を放出する。

 「《 麗水閃 》ッ!」

 レフィナが水の斬撃を飛ばすが、顔に浅い傷が入るだけで止まる気配は無い。

 「クソッ!全然効いてないぞ!」

 「まだです!もう一度___」

 レフィナがもう一度技を繰り出そうとした___その瞬間。

 「___風よ、轟け。《 レジゼマンド・デュ・ヴェント 》」

 何処からともなく男の声が聞こえると、森の中から鎌鼬を纏った矢が現れ、エリュマントスを貫いた。エリュマントスの尻から入った矢は体を炸裂させながら、顔を突き破って消滅する。無残な姿に変わり果てたエリュマントスはウィルベール達の前に倒れ込んだ。

 何が起こったのか理解できていないレフィナとブレイズだったが、ウィルベールだけはじっと森の方を見ていた。そして森の方から現れた金髪で長髪のエルフが現れた瞬間、小さく微笑んだ。

 「久しぶりだな、『エルフェン』。助かったぜ。」

 ウィルベールがそのエルフに感謝の言葉を告げる。エルフェンと呼ばれたエルフはウィルベールを見ながら、あからさまに不機嫌な顔をしながら返事をした。

 「誰かと思えば貴様か、ウィルベール。・・・見ない間に随分と老けたな。」
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