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~災いを呼ぶ青年編 第8話~
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[次なる街を目指して]
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・五月___アルヴェント大陸南部・中継都市ガロック
「これは・・・酷いな。」
ロベリオは魔物の死体を剣でつつきながら呟く。レフィナも彼の傍におり、思わず鼻と口を手で塞ぐ。その魔物の中から無数の騎士達の死体が現れたからだった。皆触手に取り込まれた後、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせられ、団子状にされていた。もうこの手が誰の手なのか分からない。吸収途中で原型が残っている者もあれば、殆ど原型が残っていないか骨しか残っていない者もいる。
レフィナが調べていると、その死体の中に自分達に嫌がらせをしていた者達を見つけた。リーダー格の女騎士の姿も確認でき、顔が半分溶かされて脳が液状に蕩けだしていた。レフィナは彼女達の死体を見た時に不思議と安堵の気持ちが心の中で生まれた事に少し嫌悪感を抱いた。
『好きじゃない人とは言え、亡くなったことにほっとするなんて___何て低俗・・・』
レフィナは彼女から視線を逸らし、作業を続ける。その頃、分隊長達がウィルベールの元へ訪れ、話をしていた。
「ウィルベール殿、先程の戦いは見事なモノでしたね。流石は『八英雄』の頭領、今でも当時の剣術は健在のご様子で。」
「世辞はいらん。それよりもお前達は何者だ?」
「失礼しました、まだ名を名乗っておりませんでしたね。私はロベリオ・グリューン、第一師団第七騎兵分隊の分隊長を務めております。」
『第七騎兵分隊・・・レフィナの隊の隊長か。』
ウィルベールはロベリオを観察する。ロベリオに続いて他の二名の分隊長が自己紹介を行った。第二騎兵分隊分隊長の名はオルグ、第六騎兵分隊分隊長はエドワードというらしい。
「ウィルベール殿、今回の礼と言っては何だが、何か我々に出来ることはあるか?レフィナから王都へ向かう予定だと聞きましたが・・・」
「なら三つ、頼みを聞いてくれるか?」
ウィルベールがそう言うと、ロベリオは『何なりと』と言って頷いた。
「ではまず一つ目、今儂の後ろにいるこの青年の恩赦だ。こいつは今から儂と共にこの街を出る。これ以上迷惑はかけんから許してやってくれないか?」
「・・・ウィルベール殿、分かっているのですか?彼は『災転幸来』の持ち主___何が起こるか分からな___」
「何でも聞くんじゃなかったのか?」
ウィルベールがロベリオの言葉を遮る。ロベリオたちは互いに顔を見合わせた後、ウィルベールに告げる。
「承知した。彼の罪は清算されたものとします。彼のことは他の町にも伝えておきましょう。」
「よし、では続けて二つ目だ。彼に馬を一つくれ。長距離走れる馬を一頭だ。」
「・・・分かった、用意しましょう。」
ロベリオは謎の間をおいて返事をした。___なんでもするんじゃなかったのか?
「そして三つ目、儂の孫娘のレフィナを同行させろ。理由は王都へ向かう八英雄、ウィルベール・グランディオーツ___儂の護衛任務ということで。」
「レフィナをですか?確かに彼女は非常に優秀な騎士ですが、他にももっと優秀な騎士は___」
ロベリオが発言していたが、ウィルベールが無言で彼を睨みつける。ロベリオは軽く髪の毛を掻きむしる。
「分かりました。彼女をウィルベール殿の護衛につけます。・・・これで以上ですか?」
「以上だ。・・・ブレイズ、儂が先に馬小屋で待ってろ。」
ブレイズはこくりと頷き、駐屯基地から出ていった。ウィルベールはブレイズを見送ると、ロベリオ達と話を続ける。
「それで、あの魔物は一体なんだ?何故基地の中に沸いた?心当たりはあるか?」
「魔物の出現に関しては私達も把握しておりません。何故突如降って湧いたの如く現れたのか、さっぱりで・・・ただ、気になるものを発見しました。」
ロベリオはそう言ってウィルベールを連れて魔物の傍へ移動する。ロベリオはドロドロに溶けていた魔物の皮膚の一部を剣で切り取り、それをウィルベールに見せる。
「この魔物の体表には無数にこのような謎の文字が刻まれていました。人間が用いる魔術言語でも無ければ、魔族が用いる言語でもない・・・」
「未知の言語、という訳か。」
ウィルベールは懐から麻の袋を取り出して、ロンベルの前に広げると彼にその袋を持たせる。
「この袋を持っててくれ。中に入れる。魔術に詳しい『知人』に聞いてみる。他にもあと少し、サンプルとして回収させてもらうがいいか?」
「構いませんが・・・まさかそれを持ち歩く気ですか?袋から漏れ出たりとか・・・」
「肌身離さず持ち歩く訳じゃない。それに今までこれ以上に汚いものを持ち運んだことがあるから大丈夫だ。ドラゴンやトロルの内臓とかな。」
ロンベルはウィルベールの話を聞きながら少し顔を引きつりながら、麻の袋を広げたまま持つ。ウィルベールは魔物の皮膚の一部をはぎ取ると、袋の中へと放り込んでいく。
「よし、これだけあれば問題は無いだろう。分かったら鳩を飛ばそう。」
「助かります。私達も何か些細な事でも分かりましたら、お伝えします。」
「頼む。」
ウィルベールがそう言うと、分隊長達は彼から離れて行った。彼は異臭を放つ魔物の皮膚が入った麻の袋を持ったまま、辺りを見渡す。少し離れた所にレフィナが両手で鼻と口を押えて、固まっているのが見えた。瞼が大きく見開き、わなわなと震えている。レフィナの元へ近づき、声をかける。
「レフィナ、どうした?」
ウィルベールがレフィナの視線を先に目をやると、そこにはドロドロに溶けたレフィナの親友、レイチェルの変わり果てた姿があった。顔の下半分が溶けており、体も殆ど溶けて原型を留めていない。瞼が大きく見開かれており、まるで訴えかけるかのようにレフィナを映していた。そっとウィルベールが優しくレフィナを抱きしめると、レフィナは彼の胸に顔を埋めてしまった。そして静かに嗚咽混じりに泣いた。
「辛いな、レフィナ。・・・もうこれ以上、見るんじゃない。記憶に焼き付けてしまうと、彼女のことを思い出した時にこの姿を思い出してしまうからな。亡くなった事実だけを受け入れて、死体のことは忘れろ。」
「・・・はい。」
ウィルベールはレフィナの背中を優しく撫でる。ウィルベールもレフィナの気持ちは痛い程良く分かる。今まで生きてきた中で___特に人魔戦争では親しい戦友達が多く散っていったから。彼らの死に様は綺麗なモノから思い出したくない程のものまで千差万別。さっきレフィナにあんなことを言ったが、ウィルベール自身も上手く彼ら彼女らの死体を忘れることは出来ていない。だからこそ、ウィルベールは元気だった頃の姿を頭の中でループさせている。最期の姿を思い出さないように・・・
ウィルベールはゆっくりとレフィナを体から離す。彼女の涙で胸が少し濡れている。彼女は目元の涙を拭うと、目の周りを赤くしながら見つめてきた。
「すみません、お爺様・・・年甲斐もなく泣いてしまい・・・」
「泣くのは恥ずかしい事でもなんでもない。親友の死を目の当たりにして動揺し、感情を抑えられないのは至極当然の感情だ。我慢するものではない。男だろうが、女だろうが関係ない。」
「・・・はい。」
「レフィナ、お前に言っておくことがある。儂はこれからブレイズと共に王都へ目指すが、お前にも同行してもらう。お前の隊の分隊長には既にこの件を伝えて了承済みだ。任務としては、儂の王都迄の護衛としている・・・が、本当はお前を守るためだ。儂の近くにいた方が守りやすいからな。」
「そんなッ・・・たった私一人の為に王都軍と交渉するなんて何を・・・」
「関係ない。ずっと言っているが、お前は儂の命よりも大切な存在だ。王都軍の規律だろうが何だろうが他人が勝手に決めたルールなど関係ない。明らかに異常事態が立て続けに起こっている現状で、お前を単独で行動させる訳にはいかん。先程の魔物は儂だから倒すことが出来たが、もし儂がいなければ全滅していた。勿論、今のお前の実力でも歯が立たず、亡くなった騎士達同様、奴の血肉となっていただろう。」
ウィルベールはこれまで以上に真剣な顔でレフィナに言う。彼女も自分の実力が足りていないのを痛感している。そしてそんな自分が不甲斐なかった。騎士になったというのにまだ守られる立場にいるということに。ウィルベールはレフィナの肩に手を置く。ウィルベールは彼女が自分を責めていることに気が付いていた。
「レフィナ、お前は強くなる。儂なんかよりもずっとな。今は確かに儂の方が比べる必要もなく上だが、お前の何処までも真摯な性格と根性は既に儂よりも上だ。儂はこう見えて、心は弱いからな。だからこうしてお前を手放そうとしないのだが・・・まあ、それは置いとくとして、お前はもっと強くなる。希望的観測でも楽観的予想でもないぞ。」
「・・・」
「強くなれ、レフィナ。儂よりももっと強く・・・儂なんかとっとと追い抜いてしまえ。どんどん前に進め、足を止めるな。良いな?」
ウィルベールはレフィナに発破をかける。レフィナはいつもの凛とした顔になり、きりっとした目でウィルベールを捉える。
「はい!必ずお爺様を超えてみせます!お爺様を守れるほど、強くなります!」
レフィナの凛とした声を聞いて、ウィルベールは微笑んだ。彼女の声を聞いた瞬間、妻の姿がレフィナと重なった。
『やはり・・・あいつにそっくりだ。眼も気迫も何もかも・・・』
「よし、なら早く出立の準備を整えて来るんだ。今すぐここを出るぞ。」
「はい!」
レフィナは返事をして、支度を整えるためにウィルベールから離れて行った。ウィルベールはレイチェル含めて無数の死体が転がってる方に体を向け、黙祷を捧げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ウィルベールはその後直ぐにレフィナとブレイズを連れてガロックの街を出た。曇天が陽の光を遮断し、大地の色を褪せさせている。ウィルベールは馬を走らせながら、レフィナとブレイズに今後の予定を話す。
「レフィナ、ブレイズ。まずは『アフターグロウ』の街を目指すが、そこで少し用を済ませる。しばらく滞在するぞ。」
「分かりました。因みにアフターグロウで何の用を済まされるおつもりで?」
「先程の魔物についての分析だ。あの魔物の体表には不明な言語が書かれていてな・・・『あいつ』なら何か分かるんじゃないかと思ってな。」
「あいつ?」
「俺の古い友人さ。・・・最も、向こうがそう思っているかは知らないが。」
ウィルベールはそう告げると、更に馬を加速させる。レフィナとブレイズの馬もウィルベールから離されないように足を速める。薄暗くなった大地を三つの影が北へ向かっていた。
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・五月___アルヴェント大陸南部・中継都市ガロック
「これは・・・酷いな。」
ロベリオは魔物の死体を剣でつつきながら呟く。レフィナも彼の傍におり、思わず鼻と口を手で塞ぐ。その魔物の中から無数の騎士達の死体が現れたからだった。皆触手に取り込まれた後、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせられ、団子状にされていた。もうこの手が誰の手なのか分からない。吸収途中で原型が残っている者もあれば、殆ど原型が残っていないか骨しか残っていない者もいる。
レフィナが調べていると、その死体の中に自分達に嫌がらせをしていた者達を見つけた。リーダー格の女騎士の姿も確認でき、顔が半分溶かされて脳が液状に蕩けだしていた。レフィナは彼女達の死体を見た時に不思議と安堵の気持ちが心の中で生まれた事に少し嫌悪感を抱いた。
『好きじゃない人とは言え、亡くなったことにほっとするなんて___何て低俗・・・』
レフィナは彼女から視線を逸らし、作業を続ける。その頃、分隊長達がウィルベールの元へ訪れ、話をしていた。
「ウィルベール殿、先程の戦いは見事なモノでしたね。流石は『八英雄』の頭領、今でも当時の剣術は健在のご様子で。」
「世辞はいらん。それよりもお前達は何者だ?」
「失礼しました、まだ名を名乗っておりませんでしたね。私はロベリオ・グリューン、第一師団第七騎兵分隊の分隊長を務めております。」
『第七騎兵分隊・・・レフィナの隊の隊長か。』
ウィルベールはロベリオを観察する。ロベリオに続いて他の二名の分隊長が自己紹介を行った。第二騎兵分隊分隊長の名はオルグ、第六騎兵分隊分隊長はエドワードというらしい。
「ウィルベール殿、今回の礼と言っては何だが、何か我々に出来ることはあるか?レフィナから王都へ向かう予定だと聞きましたが・・・」
「なら三つ、頼みを聞いてくれるか?」
ウィルベールがそう言うと、ロベリオは『何なりと』と言って頷いた。
「ではまず一つ目、今儂の後ろにいるこの青年の恩赦だ。こいつは今から儂と共にこの街を出る。これ以上迷惑はかけんから許してやってくれないか?」
「・・・ウィルベール殿、分かっているのですか?彼は『災転幸来』の持ち主___何が起こるか分からな___」
「何でも聞くんじゃなかったのか?」
ウィルベールがロベリオの言葉を遮る。ロベリオたちは互いに顔を見合わせた後、ウィルベールに告げる。
「承知した。彼の罪は清算されたものとします。彼のことは他の町にも伝えておきましょう。」
「よし、では続けて二つ目だ。彼に馬を一つくれ。長距離走れる馬を一頭だ。」
「・・・分かった、用意しましょう。」
ロベリオは謎の間をおいて返事をした。___なんでもするんじゃなかったのか?
「そして三つ目、儂の孫娘のレフィナを同行させろ。理由は王都へ向かう八英雄、ウィルベール・グランディオーツ___儂の護衛任務ということで。」
「レフィナをですか?確かに彼女は非常に優秀な騎士ですが、他にももっと優秀な騎士は___」
ロベリオが発言していたが、ウィルベールが無言で彼を睨みつける。ロベリオは軽く髪の毛を掻きむしる。
「分かりました。彼女をウィルベール殿の護衛につけます。・・・これで以上ですか?」
「以上だ。・・・ブレイズ、儂が先に馬小屋で待ってろ。」
ブレイズはこくりと頷き、駐屯基地から出ていった。ウィルベールはブレイズを見送ると、ロベリオ達と話を続ける。
「それで、あの魔物は一体なんだ?何故基地の中に沸いた?心当たりはあるか?」
「魔物の出現に関しては私達も把握しておりません。何故突如降って湧いたの如く現れたのか、さっぱりで・・・ただ、気になるものを発見しました。」
ロベリオはそう言ってウィルベールを連れて魔物の傍へ移動する。ロベリオはドロドロに溶けていた魔物の皮膚の一部を剣で切り取り、それをウィルベールに見せる。
「この魔物の体表には無数にこのような謎の文字が刻まれていました。人間が用いる魔術言語でも無ければ、魔族が用いる言語でもない・・・」
「未知の言語、という訳か。」
ウィルベールは懐から麻の袋を取り出して、ロンベルの前に広げると彼にその袋を持たせる。
「この袋を持っててくれ。中に入れる。魔術に詳しい『知人』に聞いてみる。他にもあと少し、サンプルとして回収させてもらうがいいか?」
「構いませんが・・・まさかそれを持ち歩く気ですか?袋から漏れ出たりとか・・・」
「肌身離さず持ち歩く訳じゃない。それに今までこれ以上に汚いものを持ち運んだことがあるから大丈夫だ。ドラゴンやトロルの内臓とかな。」
ロンベルはウィルベールの話を聞きながら少し顔を引きつりながら、麻の袋を広げたまま持つ。ウィルベールは魔物の皮膚の一部をはぎ取ると、袋の中へと放り込んでいく。
「よし、これだけあれば問題は無いだろう。分かったら鳩を飛ばそう。」
「助かります。私達も何か些細な事でも分かりましたら、お伝えします。」
「頼む。」
ウィルベールがそう言うと、分隊長達は彼から離れて行った。彼は異臭を放つ魔物の皮膚が入った麻の袋を持ったまま、辺りを見渡す。少し離れた所にレフィナが両手で鼻と口を押えて、固まっているのが見えた。瞼が大きく見開き、わなわなと震えている。レフィナの元へ近づき、声をかける。
「レフィナ、どうした?」
ウィルベールがレフィナの視線を先に目をやると、そこにはドロドロに溶けたレフィナの親友、レイチェルの変わり果てた姿があった。顔の下半分が溶けており、体も殆ど溶けて原型を留めていない。瞼が大きく見開かれており、まるで訴えかけるかのようにレフィナを映していた。そっとウィルベールが優しくレフィナを抱きしめると、レフィナは彼の胸に顔を埋めてしまった。そして静かに嗚咽混じりに泣いた。
「辛いな、レフィナ。・・・もうこれ以上、見るんじゃない。記憶に焼き付けてしまうと、彼女のことを思い出した時にこの姿を思い出してしまうからな。亡くなった事実だけを受け入れて、死体のことは忘れろ。」
「・・・はい。」
ウィルベールはレフィナの背中を優しく撫でる。ウィルベールもレフィナの気持ちは痛い程良く分かる。今まで生きてきた中で___特に人魔戦争では親しい戦友達が多く散っていったから。彼らの死に様は綺麗なモノから思い出したくない程のものまで千差万別。さっきレフィナにあんなことを言ったが、ウィルベール自身も上手く彼ら彼女らの死体を忘れることは出来ていない。だからこそ、ウィルベールは元気だった頃の姿を頭の中でループさせている。最期の姿を思い出さないように・・・
ウィルベールはゆっくりとレフィナを体から離す。彼女の涙で胸が少し濡れている。彼女は目元の涙を拭うと、目の周りを赤くしながら見つめてきた。
「すみません、お爺様・・・年甲斐もなく泣いてしまい・・・」
「泣くのは恥ずかしい事でもなんでもない。親友の死を目の当たりにして動揺し、感情を抑えられないのは至極当然の感情だ。我慢するものではない。男だろうが、女だろうが関係ない。」
「・・・はい。」
「レフィナ、お前に言っておくことがある。儂はこれからブレイズと共に王都へ目指すが、お前にも同行してもらう。お前の隊の分隊長には既にこの件を伝えて了承済みだ。任務としては、儂の王都迄の護衛としている・・・が、本当はお前を守るためだ。儂の近くにいた方が守りやすいからな。」
「そんなッ・・・たった私一人の為に王都軍と交渉するなんて何を・・・」
「関係ない。ずっと言っているが、お前は儂の命よりも大切な存在だ。王都軍の規律だろうが何だろうが他人が勝手に決めたルールなど関係ない。明らかに異常事態が立て続けに起こっている現状で、お前を単独で行動させる訳にはいかん。先程の魔物は儂だから倒すことが出来たが、もし儂がいなければ全滅していた。勿論、今のお前の実力でも歯が立たず、亡くなった騎士達同様、奴の血肉となっていただろう。」
ウィルベールはこれまで以上に真剣な顔でレフィナに言う。彼女も自分の実力が足りていないのを痛感している。そしてそんな自分が不甲斐なかった。騎士になったというのにまだ守られる立場にいるということに。ウィルベールはレフィナの肩に手を置く。ウィルベールは彼女が自分を責めていることに気が付いていた。
「レフィナ、お前は強くなる。儂なんかよりもずっとな。今は確かに儂の方が比べる必要もなく上だが、お前の何処までも真摯な性格と根性は既に儂よりも上だ。儂はこう見えて、心は弱いからな。だからこうしてお前を手放そうとしないのだが・・・まあ、それは置いとくとして、お前はもっと強くなる。希望的観測でも楽観的予想でもないぞ。」
「・・・」
「強くなれ、レフィナ。儂よりももっと強く・・・儂なんかとっとと追い抜いてしまえ。どんどん前に進め、足を止めるな。良いな?」
ウィルベールはレフィナに発破をかける。レフィナはいつもの凛とした顔になり、きりっとした目でウィルベールを捉える。
「はい!必ずお爺様を超えてみせます!お爺様を守れるほど、強くなります!」
レフィナの凛とした声を聞いて、ウィルベールは微笑んだ。彼女の声を聞いた瞬間、妻の姿がレフィナと重なった。
『やはり・・・あいつにそっくりだ。眼も気迫も何もかも・・・』
「よし、なら早く出立の準備を整えて来るんだ。今すぐここを出るぞ。」
「はい!」
レフィナは返事をして、支度を整えるためにウィルベールから離れて行った。ウィルベールはレイチェル含めて無数の死体が転がってる方に体を向け、黙祷を捧げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ウィルベールはその後直ぐにレフィナとブレイズを連れてガロックの街を出た。曇天が陽の光を遮断し、大地の色を褪せさせている。ウィルベールは馬を走らせながら、レフィナとブレイズに今後の予定を話す。
「レフィナ、ブレイズ。まずは『アフターグロウ』の街を目指すが、そこで少し用を済ませる。しばらく滞在するぞ。」
「分かりました。因みにアフターグロウで何の用を済まされるおつもりで?」
「先程の魔物についての分析だ。あの魔物の体表には不明な言語が書かれていてな・・・『あいつ』なら何か分かるんじゃないかと思ってな。」
「あいつ?」
「俺の古い友人さ。・・・最も、向こうがそう思っているかは知らないが。」
ウィルベールはそう告げると、更に馬を加速させる。レフィナとブレイズの馬もウィルベールから離されないように足を速める。薄暗くなった大地を三つの影が北へ向かっていた。
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