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~新たなる旅の始まり編 第1話~

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[目覚め]

 グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・五月___アルヴェント大陸南西部・フィオル村

 「___夢、か。」

 ウィルベールは目を覚まし、静かに瞼を開く。窓から差し込む朝日が彼を優しく照らす。

 ウィルベールは体を起こすと、ベッドの外に足を出す。彼が寝ていたツインベッドは片方だけが酷く乱れており、もう片方には皴一つ無い。目を擦りながら、独り言を呟く。

 「・・・懐かしいな。今になってあの時の夢を見るとは・・・年寄りになった証か・・・」

 ウィルベールはベッドから立ち上がると、身支度を整える。顔を洗い、歯を磨き、寝間着から普段着へ着替える。身なりを整えると、ベッドのシーツを整え、皴一つない状態に戻す。寝室のある二階から一階へ降り、朝食を作る。朝食と言ってもベーコンとスクランブルエッグにパンだけの質素なものだ。四人用の机で一人、静かに食事をとり、食器を洗う。

 いつもと変わらない___退屈で静かな日常。小鳥の囀る音と共にまた新たな一日が始まった。ウィルベールは食器を洗い終えると、台所も水滴一つ残さないように、綺麗に拭き上げる。

 台所を拭き終えて一休みしようと椅子に座ったその時___玄関のドアが三回、軽くノックされる。玄関に向かい扉を開けると、扉の向こうには村の青年が立っていた。

 「ウィルベールさん、おはようございます!朝刊をお持ち致しました!」

 その好青年は爽やかな笑顔と共に新聞をウィルベールに手渡す。若々しい素敵な笑顔を向けられたウィルベールは優しく微笑む。

 「いつもありがとう、ジャック。お前さんの笑顔はいつ見ても良いな。元気が出てくるよ。」

 「そうですか⁉ありがとうございます。・・・へへっ、ウィルベールさんにそう言って頂けると、嬉しいです!___それでは、本日も良い一日を!」

 青年は嬉しそうにはにかむと、深く頭を下げて隣の家に新聞を配りにいった。隣の家でも彼は元気たっぷりな声を出していた。

 ウィルベールは扉を閉めて居間の椅子に座ると、先程もらった新聞に目を通す。新聞の表紙には大きく『人魔戦争から今日で45年。人間と魔族同士の争乱率が前年より88%減少!』と書かれていた。記事には今日の時事的話題が述べられた後に人魔戦争の後に締結された『人魔共生条約』の説明がされていた。

 『人魔共生条約』というのは、ウィルベールが主導して執り行った条約のことで、今後の世界の繁栄のために人間と魔族の間での取り決めの事だ。初め多くの人々が条約に不信感を抱いていたが、人間と魔族の激突が減ったという結果が如実に表れたことで今ではウィルベールのこの功績を認める人々が大半となった。勿論、今でもウィルベールの事を『魔王に媚びを打った歴代一情けない勇者』という者も一定数いるのも事実だ。

 ウィルベールは新聞を読み続ける。他の内容は『街の養豚所にいる豚が一斉に逃げ出して大パニックになった』とか『オークの野蛮飯特集!』、『今週の新婚さん特集!人間の男性とヴァンパイアの女性___種族を超えた禁断の愛⁉』といった他愛のない話題ばかりだった。ウィルベールは新聞を見ながら、小さく溜息をついた。

 新聞を読み終えると、目の前にある机の上に置く。ゆっくりと息を吐きながら、天井を何気なく見上げた。___そう言えば、風呂や家事をする際に使う薪が丁度さっき無くなったな。

 「・・・薪でも割に行くか。」

 ウィルベールが椅子から立ち上がり、薪を割る為の斧を手に持って玄関へ向かった。彼が玄関まで来た時、丁度狙ったかのようなタイミングでまた扉がノックされた。ノックの音からして男だろうがさっきの青年ではない。ウィルベールは斧を体で隠し、ドアを開けた。

 ドアを開けると、そこには黒いマントを纏っている黒髪の老人が立っていた。だが老人と言っても、背はまっすぐ伸びており、その目は歴戦の兵士の目そのもの・・・身に纏っているオーラや体つきからして並みの人間では相手にならないだろう。本来なら怖気づいたり、警戒するような相手だが、この時のウィルベールは頬を緩ませて笑っていた。

 「ヒュッセルか⁉」

 「・・・久しぶりだな、ウィルベール。」

 ウィルベールはヒュッセルというその男に左手を差し出し、固い握手を交わす。ヒュッセルは握手を交わしながら話を続ける。

 「相変わらず元気そうで安心したよ。・・・その右手に持ってる斧は何だ?」

 「あぁ、これか?気にするな、今から薪を割りにいこうと思ってただけだ。」

 「そうか。てっきり斧で頭を割に来るのかと思ったぞ。」

 「儂ってそんな野蛮な性格してたか?」

 ウィルベールがそう言うと、ヒュッセルは悪い悪いと笑いながら言った。

 彼の名前は『ヒュッセル・クリーガー』。かつてウィルベール達と共に魔王討伐に貢献した『八英雄』の一人だ。元々王都軍に所属していた剣士で、あの戦いが終わった後も王都軍に在籍し続け、世界の治安維持のために活動していた。勿論、今でも精力的に活動を続けている。

 ウィルベールはそんな彼が何故こんな朝早くから自分の家の前にいるのかふと疑問に思った。

 「ところでヒュッセル、何で儂の所に来た?何か用でもあるのか。」

 「あぁ、ちょっとこの付近を寄ったついでにお前に話しておきたいことがあってな。」

 ヒュッセルは表情を曇らせる。

 「四日前、この付近の村が魔族に襲われて壊滅した。」

 「何⁉そんな話聞いたこと___」

 「無いのも当然だ。その情報は直ぐに遮断したからな。」

 「・・・何て名前の村だ?」

 「ルハンって名前だ。」

 「・・・ここから西に行った先にある丘の上の村か。しかし妙だ、ルハンの村なら建物でも燃え上がれば異常に気付く筈・・・」

 「奴らは外から見えないよう妨害結界を周囲に張ったうえで襲撃したんだ。頭は悪いくせして、知恵ばかりは働くよ全く・・・」

 「しかし、よく気が付いたな?外から判別できないんじゃ、お前らでも気が付かないんじゃないか?」

 「偶々この付近を巡回していた兵士がオークの大軍を目撃してな。それで付近の村を全て確認したところ、ルハンが壊滅していたことが分かった。」

 ヒュッセルは鋭い眼光を向けながらウィルベールに告げた。

 「街に避難させるか?」

 「今付近の村から順を追って街の方へ退避させている。魔物が攻めてきた時の為の避難訓練と称してな。」

 「この村は?」

 「明日の予定だ。・・・安心しろ、俺の部下がこの村の周囲を隠れて警戒している。万が一、何かあったら対処するさ。それに・・・お前がいてくれるのなら、この村は問題ないだろ?」

 「・・・もう何年も剣を握ってない儂にそれを言うか?まだ戦えると本気で思ってるのか?」
 
 「あぁ、思ってるさ。冗談抜きでな。」
 
 ヒュッセルは小さく微笑むと、ウィルベールに背を向ける。

 「それじゃあな、ウィルベール。しばらく家を空ける準備をしておけよ?」

 ヒュッセルはそう言って去って行った。ウィルベールは彼の背中を見送りながら、その場に立ち尽くしていた。

 『オークの襲撃・・・魔王の意向に従わない『ならず者共』の一派か。それにしても下級種族のオークが高等魔法の一つである妨害魔法を使うとはな・・・何か嫌な予感がするな。』

 ウィルベールは斧を強く握り、外へ出ると玄関の扉を閉めた。
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