黒猫クエスト

02.ある日森の中…

やっほ～☆

俺の名前は黒駒 翔くろこま しょう☆
17歳、射手座、オンラインゲームが趣味の普通の男の子☆

道路に飛び出した猫を助けようとして道路に飛び出し、猛スピードの小型乗用車に直撃…☆

目が覚めた時にはそこは見知らぬ森、しかも体は猫になってしまっていたんだ！！☆


そんな俺は今、とっても困った状況になっているんだ…☆

それはね…


「グルォォォォオオオオオオオオオ！！！！」


大気を震わせる雄叫びが、青々と茂る森を駆け巡る。

宙舞う木の葉、飛び散る枯れ枝。
茂みを引き裂きながら、大岩のような巨体が迫り来る。

一見するとそれはツキノワグマにも似ているが、その体格は２倍以上。異様なほど発達した双腕に、赤く染まった4つの瞳。
黒色の体毛から鋭い牙を覗かせ、荒い息を放ちながらその異形の生物は迫り来る。


（誰か…）

（誰か助けてくれえぇぇえええええ！！！）


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鬱蒼と茂る森で目を覚ましてから早数時間、俺は1人（1匹？）森を歩いていた。

まだ完全には慣れていないものの、少しずつ四足歩行でも動けるようになってきたと思う。


少し歩いてみてわかったのだが、どうもここは日本ではないらしい。


というのも、ここの森に生えてる木の多くは、平べったい濃い緑をした、ツヤツヤとした光沢のある葉をしている。
これは秋になっても葉を落とさない常緑広葉樹の一種である、“照葉樹しょうようじゅ”の特徴だ。

照葉樹は雨が多く、一年中気温の高い温暖な地域でよく見られる植物で、現在日本では九州や沖縄などの南の方の地域でしか見られなかったはずだ。


それだけじゃない。
先程、ソテツに似たシダ植物の葉の上に見た事ない種類のカエルを見かけた。

体長は2-3cm前後で、紫の体色に赤い斑点のある毒々しい見た目。オレンジ色の目の上に、ポツポツとした小さな突起のようなものが生えていた。

明らかに目立つド派手な体色。
恐らくこれは“警告色”と呼ばれるものだろう。

“警告色”とは自分を狙う外敵に対し、「自分は毒があるぞ！」と警告し身を守る生存戦略の一つだ。
アカハライモリやヒョウモンダコ、身近なものだとスズメバチやテントウムシなんかもこの警告色を持っている。

警察色を持つ有毒のカエルとなると、有名なのは南米の熱帯雨林などに生息する“ヤドクガエル”だろう。
俺が見たカエルも、もしかしたらその近縁種なのかもしれない。


となると、ここは少なくとも本州よりも暖かい南の方…マレーシアとかタイといった赤道に近い場所の可能性が高い。

でもなんで俺は、そんなところにいるんだ？

俺が猫になる前…人間だった時の最後の記憶は、雨の中車に轢かれそうになった黒猫を助けようと、道路に飛び出したところまで。
どうやってこんな森の中に来たのかは全く覚えていない。

テレポート？明晰夢？？異世界転生？？？
うーん…わからない…。

まぁ考えてても仕方ないし、今は森を出ることに専念しよう。


（これは…水の音？）


爪で木に印をつけながらしばらく森を進んでいると、ふと遠くからぴちゃぴちゃという心地よい水の音色が耳を撫でる。
どうやら近くに水場があるらしい。

そういえば、目が覚めてから何も飲んでいない。
特に急ぐ用がある訳でもないし、ここらで水分補給をしていた方がいいだろう。


心地の良い水の音色を頼りに茂みを掻き分けると、そこは小さな小川が流れていた。

その川は驚くほど透き通っており、泳ぐメダカのような小魚の鱗が日光に反射して、キラキラと光っている。
これなら飲んでも…まぁ、大丈夫だろう。

水を飲もうと川に近づくと、水面に黒い姿が映し出される。

漆でも塗ったかのような黒い毛並みに、その中から目立つ黄金色の瞳、頭の上にぴょこんと生えた三角の耳。

間違いない。
どこからどう見ても、完全に猫だ。

品種にはあまり詳しい方ではないのでわからないが、多分イエネコで合っている…と思う。

地面に寝転がっていたせいか毛はボサボサ、所々に土や木の葉が付いてお世辞にも綺麗とは言い難い。


（とりあえず水飲んで、その後軽く水浴びでも…ん？）


涼やかな水音を踏み潰すように、対岸の茂みから何かが歩み寄ってくる。


それはまるで、巨大な岩のようだった。

真っ黒な毛に覆われたそれは1歩、また1歩と、ゆっくりこちらの方向へと近付いてくる。

一見すると熊のようだが、茂みから出した頭には緋色の目が4つ。腕は異様なほど発達しており、辺りに生えた太い木々の幹より一回りほども大きい。

明らかに普通じゃない・・・・・・。

その熊に似た異形は息を荒くしながら、4つの瞳でこちらをじっと睨みつけている。

その間、わずが5mほど。

その巨体から滲み出る威圧感と、今にも襲いかかってきそうなまでの殺意に、思わず足が竦む。
どうやらここは、あの熊のような生物の縄張りらしい。

ひと目でわかる、生物としての圧倒的上下関係。


『逃げろ』

脳が必死にそう司令を出す。


「………ｯ」
「グルルゥ…」


今すぐ後ろを向いて走り出したい。
脇目も振らず逃げ出したい。

思考を埋め尽くす恐怖に駆られながらも、俺は1歩ずつ、ゆっくりと後ろへ下がる。

確か熊に遭遇した時は、相手の目を見ながらゆっくり後ろに下がるのが正しい逃げ方だ。
後ろを向いて走り出しなんてしたら、素早い動きに刺激された熊が、時速40kmを超える速度で襲いかかってくる。


下手に刺激しないように…


そっと…


1歩ずつ…


ゆっくりと…


パキッ!!


足元から突如、木の枝が折れる音がする。
どうやら枯れ枝を踏んでしまったらしい。

だが俺にそれを確認する余裕はなかった。

水の入ったコップを落としてしまった時のような、
授業中に携帯が鳴った時のような、
目の前ギリギリを車が通り過ぎた時のような、

そんな鋭い悪寒が、一気に肺を締め付ける。


同時に、ヤツが叫ぶ。
暴力的なまでの雄叫びが、大気を震わし森中に響き渡る。


「……ッッッ！！！！」


走り出す。
後ろを向いて、全力で。


直感で、本能でわかった。
こいつは今すぐ、俺を殺しにくると。

こうして、捕まったら即ミンチ。地獄の鬼ごっこが始まった。


_　_　_　_　_　_


「ハッ…ハッ……！！！」

流れる木を避けながら、俺は森を駆ける。
後方からはあの熊モドキが、4つ目を血走らせながら追ってくる。

猫の最高速度は確か48km程、熊よりも速い。
さらにここは森の中だ。木が多く、小回りの利かない巨体が圧倒的に不利のはず。

しかし、猫はどちらかというと待ち伏せ派の動物だ。体力はあまり多い方ではない。
それに俺もこの体に完全に慣れているわけではないし、このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。

なにか…なにか策を…！


その時だった。


ガクンッッ

「ッ！？」


突然、前足が葉を滑る。
意識していなかったせいで咄嗟に反応できず、走る勢いのまま体が傾く。


ザクッッッ


（あっっっがぁぁぁあああああ!?!?）


水袋に穴を開ける妙な感覚の後、身悶えるような激しい痛みが横腹を襲う。

慌てて痛みの走る横腹へと目を向けると、そこには10cmはあろうかという木片が深々と突き刺さっていた。
どうやら身体を傾けた先に、運悪く尖った枝があったらしい。

血が、これでもかと溢れ出てくる。体から大切な物が零れ落ちているような嫌な感覚がする。


（痛い、痛い痛い痛い…！！！）


あまりの痛みに、思考が赤く染っていく。今すぐこの場に蹲ってしまいたい。

しかし止まることはできない。

今止まったら死ぬ。


「っ…!!うがぁぁぁあ！！！！！」


死への恐怖が、止まりかけていた足を前へと動かす。

だがそれも長くは続きそうにはない。
相当な時間、休みなく走り続けているせいで、体力の限界が近い。

足には乳酸が溜まり、まるで鉛の塊がついているかように重い。
血を流しすぎたせいが思考が纏まらない。

肺が痛い。喉が熱い。
まるで全身が火だるまになってしまったかのようだ。

それでも、前へ前へと必死に足を動かす。


（死にたくない…死にたくない…！！）


ふと森が途切れる。

峡谷だ。
ほとんど垂直の断崖絶壁で、底の方には川が流れている。

対岸まではかなり距離があり、飛び越えるのは不可能に近い。

前方は崖、後方にはあの熊モドキ。
正しく絶対絶命。


「グモオオオオオオオオオオオ！！！」


ヤツの雄叫びが迫る。
考えている時間はない。


（……一か、八か…！！！）


泣け無しの覚悟を決め、恐怖と痛みで震える足で谷底へと跳ぶ。

永遠とも思える一瞬の後、身体が重力を思い出したかのように視界が落ちる。


（うぉおおおおぁぁあああ！！？）


気色悪い浮遊感と、腹の底から込み上げてくる吐き気に、思わず意識を手放しそうになる。

だがここで失神してしまう訳にはいかない。
いくら水とはいえ、打ちどころが悪ければ即あの世行きだ。


水面が迫る。


ザブンッッ


「がぽぁッ…！！？」


落下する勢いのまま、俺は水に沈む。
気は失わなかったものの、鼻や目に水が入り込み息苦しい。川の中は流れが激しく、平衡感覚がわからなくなってしまう。


垂れた蜘蛛の糸を掴むように、俺は光の射す水面へと足を水を掻く。


「ぷはぁッ…はぁッ…！！！」


水から顔を出し、剥がれかけの爪で流れてきた流木に掴まる。


「はぁ…はぁ…」


耳元で鳴る、バクバクと波打つ心臓の鼓動。まだ滲む脇腹の痛み。じんわりと肌を冷やす水の冷たさ。

それが、自分が“まだ生きている”ということを実感させる。

“生きている”

その安心感に、すうっと意識が薄れ始める。それに抗う気力はもはや残っていない。


消えゆく意識の狭間で、崖の上にあの熊モドキの姿が見えた気がした。