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あまりの眩しさに視界が揺れ身体がグラつく
瞬きを繰り返し、目を細めながら穴の左右を確認した。
左手に広がる草原と、右に建つ家


「は?、…家?…小屋?」


家と言うには小さい、古ぼけた小屋のような建物
そう、建造物だ。木造で出来た小さな小屋…ボロボロに見えるが屋根はある、割れているが窓もある、扉もある。

もしかしたら人がいるかも

頭の隅に金髪で弓を持った人物がチラついた
今のところ攻撃は無い。そもそも人が居るかどうかすら分からない

まずは確認しよう、と意を決してドアの前へとやって来る。そしてボロボロの扉をノックした


「すいませーん!誰かいますかー?」


言葉が通じるか分からないので、出来るだけ優しい声色で扉の奥へと呼びかけるが返事はない。
もう一度扉を叩き呼びかけるが、やはり返事は無い
ボロボロになったドアノブの様なものをゆっくりと引くと、ギギギッギと不気味な音と共に扉が開いた

少し埃っぽさを感じる小屋の中はガランとしていて、殆ど何も無い。
ある物といえば、隅に置かれた小さな本棚の様なものだけ。後は床に散らばる枯れた葉
人が住んでいそうな気配は微塵も感じられない

とりあえず一旦扉を閉める。
俺の拠点候補第二号に採用だ。第一号は勿論、飲み水があるあのトンネル
拠点の有力候補が増えた事だし、今は先に海を探しに行こう。近くにあれば良いが…見つからなければ諦めてキノコを食べよう。
そう決めて、トンネルと小屋を背に直進することを決めた。

くるぶし程の高さまで生えた草を踏みしめながら、歩く事10分程、キラリと光るものを視界が捉える
もしや?と駆け出すと、見えてきたのは何処までも青い景色。
目下に広がるのは断崖と、その下を埋め尽くす白い砂浜、キラキラと太陽を反射させる広大な青い海

見つけた!見つけたぞ海!!
だが、海へと降りるにはこの足がすくむほどの断崖をどうにかしなくてはならない…どうしようか、と辺りを見渡すと、少し離れた場所に坂道が見えた
期待を込めてそちらの方へと歩くと、恐らく人工的に作られたであろう道が崖沿いに真下にある砂浜へと続いている。

これは大変有り難い
高まる鼓動を感じながら、俺は坂道を降りその白い砂浜へと走り出していた
柔らかい砂へと靴が沈み歩きにくいが、浮き立つ思いで波打ち際を目指す

いるかないるかな!魚いるかな?!


「なんだ?」


ウキウキした足取りで進むと、波打ち際に見えた、白く大きな塊
不思議に思い目を凝らしながら近づくと、次第にその白い塊の輪郭がはっきりと見えてくる
犬?いや、それにしては大きい
狼?狼ってあんなに大きかっただろうか?狼なんて子供の頃に行った動物園で見て以来だ。正直大きさなんて覚えていない。

ゆっくりと近づき、身体一つ分離れた場所で、その獣を見下ろした
ピクリとも動かず生きているようには見えない

真っ白な体毛を主体に、耳から額にかけて八割れ型に入った薄茶色の毛。手足は靴下を履いたように茶色がかっている
きっと、本来は美しい毛並みだったのだろうが、塩水と細かい砂で汚れきっていた


《四足歩行の獣》
瀕死


《鑑定》する事によって浮かび上がった文字列
瀕死という事は、まだ生きているのか?
恐る恐るその獣の顔を覗き込むが、息をしているようには見えない…
だが《鑑定》がまだ生きているというのだ
インベントリからポーションを取り出し、獣目掛けてかけてみる。反応は無い
毛に覆われていてよく分からないが、どこか怪我をしているようには見えない

今度は口の端にポーションを垂らしてみる。反応はない

もう、ダメなのだろうか…


その時、ふと、ある一文を思い出す。

飲んでよし、かけてよし、まいてよし

バケツ一杯に入った、魔素が多く含まれるという水を全て、その大きな身体へとかけた。
忽ちキラキラと小さな光が瞬いたかと思うと、薄汚れていた毛並みが美しいものへと変わり、大きな獣の瞼がゆっくりと開き、俺を見つめ、またすぐ閉じた。

どうやら少しは効果があったみたいだ。
この水には汚れを落とす作用もあるのだろうか?もしそうなら、後で頭からかぶろう
もう一度ポーションを口の端へと流し込み、次に魔力水も流し込むと、大きく息を吐いた獣が静かに浅く呼吸をし始めた。
だが、触れてみたその大きな身体はひどく冷たい


「ごめんな」


獣の頭へと回り込み、頭を撫でて先に謝る
そして、その大きな身体へと無理矢理腕を滑り込ませ、頭の血管が切れるんじゃ無いかと思うくらい力一杯引っ張った
ずるり、とほんの少し大きな身体が砂浜の上を滑る。大きく息をついてもう一度引っ張る。
同じ動作を何度も繰り返し、額に汗を滲ませながらも、どうにか波打ち際から海水に浸からない砂浜まで大きな獣を動かす事ができた。

チラリ、とまた瞼が開き青灰色の瞳が静かに俺を見つめる
まだグッタリとした獣に、動く気配はない。

何か食べさせてやりたいが、今の俺は犬や狼が好みそうな食材は持っていない。もしあるとすれば…海に、魚が居るかも

とりあえず1番大きく底の浅い皿を出し、そこにバケツから魔素水を流し入れた
その皿を獣……いや、犬だ、犬。犬の前へと起き、俺は自分の衣服に手をかける。
行くぞ…海に!

手早く下着以外全て脱ぎ捨て、インベントリへと収納し、未だグッタリとした犬の頭を優しく撫でた


「ちょっと待ってろよ、もう少し頑張れ」


フワフワとした頭を毛並みに沿って撫で、いざ、出陣だ
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