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第1章

1 . クレアの提案

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 オーウェン・ハミルトン。
 これが老夫の名前だ。かつては、この牧場を含む広大な土地の領主で ハミルトン伯爵と呼ばれていた。数多あまたの欲望にまみれた策略を裁き、領民のために身を尽くしてきた。

 しかし、数年前にどんな時も支えてくれた最愛の妻を亡くした。喪失感からか、体をこわした オーウェンは45歳という若さで隠居し、息子に跡を継がせた。

 オーウェンは心の傷を癒すため、一人で小さな牧場を営むことにした。その生活は今まで送ってきた人生とは真逆の穏やかな日々だった。

 だが、その日々が完全に傷を治してくれた訳ではなかった。最愛の妻を亡くすというのは、身に起こってみなければ分からない程の大きな傷みだ。緑豊かな自然と悠長な時の流れだけでは足りなかった。

 人を癒すのはやはり、人とのふれあいだけなのだから。




 そんな時に玄関の表で捨てられた赤ん坊を腕に抱いた。なんと愛くるしいのだろうとオーウェンは思う。
 未来があり、希望があり、光溢れる赤ん坊。その光は眩しすぎたが、燃え切って灰同然となったオーウェンに新しい火を灯し始めていた。

 
 しかしここで、かつての 冷静だった伯爵時代のオーウェンが戻ってくる。




 「いやいや、この老いぼれがこの子をどうしろというのだ。」



 今や50歳になったオーウェンは、赤ん坊を引き取って育てることはできない。

 少し離れたところに住んでいる幼馴染のところへ相談しにいくことにした。











 木籠に入れた赤ん坊を自分の隣に乗せて、馬車で1時間ほど。そこは、旅人が往来する宿場町だ。華やかな旅亭が立ち並び、道端では芸人たちが踊りやら劇やらを繰り広げている。この辺りで一番大きな町である。

 
 その町でクレア・マーティンという女性が居酒屋を切り盛りしている。
 
 

 クレアは、オーウェン・ハミルトンより5歳上。頼りになり、明るく、気が強い性格だ。喧嘩っ早いので息子の嫁とのいざこざが絶えないらしい。
 
 クレアはオーウェンが10歳の時から、メイドとしてハミルトン伯爵家に奉公していた。よく一緒に遊んでもらっていたので、姉のような存在だ。


クレアは元々それなりの家柄の娘だったが、家が父の借金で没落してしまった。
 そんなクレア一家を裏で支えたのがハミルトン伯爵家だった。クレアの家は代々、厚い忠誠心で仕えてくれたので、その恩に報いようとした。
 
 貴族には戻れないが、どこかで生活ができるようにと今の居酒屋を紹介したのだ。

 クレアは家族のために必死に働き、今や居酒屋の女主人だ。





 オーウェンは、クレアの居酒屋の扉を開ける。酒臭ささが立ちこめ、昼間から酒を飲んでいるタチの悪い連中が大声をあげながら騒いでいた。 

 こんな所にかわいい赤ん坊を連れて来るのは気が引けたが仕方がない。
 旧友はまだ、現役の伯爵や侯爵ばかり。邪魔になるので、さすがに頼れない。まして息子に頼るなど、父として恥ずべきことだ。そうとなると、やはりクレア以外に頼れる人などいなかった。



 カウンターで酔っ払いを相手にしていたクレアを呼ぶ。 

 

 「まぁ、坊っちゃま!お久しぶりです!お元気にしておりましたか?」

 「坊っちゃまはやめてくれ。恥ずかしい。もう50歳の老いぼれだ。」

 「いーえ、私にとっては永遠の坊っちゃまです。それはさておき、何かあったのですね?そうでないと、あんな遠い所からいらっしゃるはずありませんもの。」

 

 長年仕えていたクレアは察しがよく、オーウェンが抱いている木籠の中の赤ん坊をちらっと見ながら言った。

 オーウェンはクレアの目を見つめて、何かを決心したかのように話し始める。 そして、朝の事を一通り話した。

 

 「だから、良い引取先を探したいのだ。安全に幸せにこの子が生きていけるように。そこでだ、見つけるまで時間がかかるだろうからその間、預かっていて欲しい。」

 「承知しました。と申し上げたいのですが...実は今、孫が3人おりまして。半年後にはもう1人生まれる予定なのです。嫁と私で手一杯なのです。誠に申し訳ありません。」

 
 オーウェンは、打つ手がなくなってしまった。打開策を練るが思いつかない。 

 それを見かねたクレアがオーウェンに提案をする。

 
 「孤児院に預けてはいかがですか?坊っちゃまがその赤ん坊を、随分可愛がっておられるは分かります。だから、良い家に引き取って欲しいのですよね?」

 「そうだ。だから孤児院は最初から選択肢に入れていない。」

 「でも、今の現状では孤児院にしか頼めません。それに、孤児院にいた事を隠すのは 坊っちゃまの得意技でございましょう?」
 
 「やはり孤児院か。それだけは避けたかったが。今ここで伯爵時代の腕がなるとはな。」


 欲望にまみれたあの時代が好きではない。しかしその時の力が今、皮肉にも役に立つのだ。 




 オーウェンは孤児院に預けることにした。





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