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天代つぐみとのお出かけ③
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「……ひーらぎくんは、すごいね」
後ろで小さく、天代が感嘆の声を上げている。
俺はその声になにか反応を返したくなって。
小さくこぶしを突き上げた。
長かった、ほんっっっとに長かった。
三十分ぐらい台の前にいた気がするもの。
俺はそのぐらいの長い激闘をぬいぐるみとくり広げ、ついにやったのだ。
かがんで取り出し口のところに目をやる。
そこには天代が求めたぬいぐるみが、あと俺の汗と涙の結晶があったのだ。
「まさか、ほんとに取っちゃうなんて」
「約束しただろ。ほら、これ」
天代の言葉に俺は得意げに返しながら、ぬいぐるみを渡した。
受け取ったそれを彼女は大事そうに、胸で抱え込んでみせる。
むぎゅりっとぬいぐるみがめり込んでいった。
「ありがと、ひーらぎくん。大事にするね」
「お、おう」
そっけない返事なのは許してほしい。
だってぬいぐるみの野郎があの胸に……じゃなくて、満身創痍なのだから。
この光景を見るがために俺は結局、五千円以上も使ってしまった。
途中で泣きそうになってたのをみかねたらしい店員さんが、中のぬいぐるみをちょっと動かしてくれたとかもあったが、俺は頑張ったんだぞ! 最後まであきらめなかったんだ!
「えへへ……」
「……っ」
満面の笑みを浮かべて、ぬいぐるみと戯れる天代は輝いていた。
その光がまぶしいからだろう、俺は視線を合わせることが出来ない。
背中を向けると、そこにはガラスに反射した自分自身の姿があった。
表情が真っ赤に色づいていて、熱でもあるんじゃないかと疑ってしまう。
おでこを触ってみるが別に熱くない。
とすると、頑張り過ぎた反動なのかもな。
「あ、そうだ、ひーらぎくん」
呼ばれて、ハッと我に返る。
振り返れば、天代はいつものような表情になっていた。
よかった、まぶしすぎなくて見やすいぞ。
「そろそろお昼どきじゃないかな?」
「ん、もうそんな時間か」
スマホを取り出し確認してみる。
確かに、十二時近くになっていた。
すると、ぐうぅぅぅぅっと間抜けな音が。
「…………っ!」
「ふふ、すごく素直なお腹」
天代にからかわれ、恥ずかしさで顔が熱くなる。
俺の体内時計はズレているらしい。成長期で食欲旺盛なんだろう。
クレーンゲームでひと汗流したのも一役買ってるに違いないけど。
つーかぐうぐううるさいな、俺の腹っ!
「――じゃあ、ここからはわたしのプランだね」
その言葉は、俺の腹の虫を黙らせるのにも一役買ってくれたらしい。
おそるおそる、彼女の方を振り返ると、あの小悪魔めいた笑みを口元に浮かべていて。
今日この日の本来の目的を、俺に思い起こさせた。
もちろん、忘れていたわけじゃない。
ただあまりにもさっきまでが楽しくて、このまま時間が過ぎ去ってくれればいいのにとかぼんやり考えてた。
でも、現実はそううまくはいかないようで。
「お昼はもう決めてあるんだぁ」
弾んだような声が耳朶に響く。
頬をつつーっと汗が流れて、ぽたりぽたりと床をぬらした。
店内のうるさいはずのBGMが遠くに行ってしまったような気がした。
彼女の声だけが、よく聞こえて。
「そのあとのことも、ね?」
ヤバい、おもちゃにされる。
女装、させられる……!
「そろそろ、行こ?」
スッと差し出された手のひらが、俺の手を握って。
引かれていく。抵抗することはできない、言う通りにしてとお願いされているから。
「ふふ、楽しみだねっ」
「…………」
ああもう、どうにでもなれ。
◇
「ここは……」
「喫茶店だよ。わたしの行きつけなんだ」
俺と天代がやってきたのは、意外にも昔ながらの喫茶店だった。
ドアを開けるとカランコロンとベルの音が鳴り、なんだか懐かしさのようなものを感じさせる。
店内は木の内装が主なようで、不思議と落ち着ける匂いがした。
キョロキョロ辺りを見渡すが、大型連休にもかかわらずあんまり人がいない。
立地が大型通りから外れたとこにあるから、まぁそのせいなんだろうな。
「ここ、座ろ?」
「おう」
天代の合図で、一番奥の方にあるテーブル席へといざなわれる。
窓の外に目を向けても木々がさざめく様子しかない。
視線を戻し、対面でメニュー表を眺めている天代へ声をかける。
「こういうとこ来るんだな。もっとこう、オシャレなカフェに行くのかと」
「行きつけっていってもたま~にだけどね。カフェとかはさ、ちょっとお値段張るじゃない?」
確かに。綾莉と前に行ったどこぞのパンケーキ専門店は一皿二千円近くして度肝を抜かれたっけな。うまかったけど。
「それに比べてここは、どれも安くて味も絶品だから」
「なるほど……」
「今回は、ひーらぎくんの洋服にお金をかけたいし」
「ぶふっ! ……あの、別に買わなくても」
「わたし今日は、ひーらぎくんの女の子らしさを引き出す、そのことに全力を尽くすつもりだから」
やめろよ、真顔でなんてこと言ってんだ!
俺に女の子らしさとかねーから! だいたい男だから!
と、声を大にしたところで聞き入れてはくれないんだろうな。
はぁっ、と大きなため息を吐き、とりあえずはご飯を食べることにする。
メニュー表に顔を近づけ……おっ、ハンバーグあるじゃん。これにしよっと。
「天代は決まったか」
「んー、わたしはオムライスかな。来たときだいたい食べてるけどね」
「そうなのか。やっぱ、うまいのか?」
「気になるの?」
「そりゃ、まぁ……」
「ふぅん」
なんだよ、その目は。
相変わらずなにを企んでるのか分からん。まぁいいや。
俺は喫茶店のマスターを呼んで、注文を済ませた。
しばらくして、二人ほぼ同時に料理が運ばれてくる。
「おぉっ! うまそう」
ジュージューと音をたてるハンバーグ。
その上から滝みたいに流れるデミグラスソース。
付け合わせでついてくるじゃがいもやにんじん、とうもろこし。
ザ・スタンダードで一番おいしいといっても過言じゃない。
じゅるりとよだれがこぼれそうになった。
「いただきまーす」
天代の方はもうすでに、スプーンを持っていた。
届いたオムライスはよく見る形をしていて、表面を覆う卵がキラキラと眩しい。
スプーンを入れれば、中のケチャップライスが真っ赤な顔を覗かせた。
ひと口ぶんすくったそれを、天代は口へと運んでいく。
「んんっ、おいひぃ」
頬っぺたが落ちそうってのはいまのコイツの状態を指してるのかもしれない。
緩みきった口元からもれる声は、どうしようもないほどに甘くて。
聞いてるこっちをドキリとさせるものだった。
「……っ」
いやいやいや、眺めてる場合じゃないだろ。
かぶりを振り、俺もナイフとフォークでハンバーグに挑みかかる。
「――っ、うま!」
なんだこれ、うますぎるぞ!
味付けも、柔らかさも絶妙で、ナイフを入れる手が止まらない。
綾莉の作るハンバーグといい勝負……いや、それ以上……かも、しれない。
「ひーらぎくん……ひーらぎくんっ」
「ん、む?」
無我夢中でもぐもぐ食べ進めてると、天代の声が聞こえてきた。
「どうひた?」
「さっき、気になるって言ってたよね。オムライス」
まだ口の中に入ったままなので、頷きで返す。
つーか、結局くれないんじゃないのか。そっけなかったし。
「分けて、あげよっか?」
「……ごくんっ……え、いいのか」
「ん、いいよ」
なんだろう、やけに声が弾んでるのが気になる。
そんな俺の直感は、どうやら正しかったようで。
天代はスプーンで一口ぶんすくうと、俺に差し出してきた。
「はいっ」
「……は?」
なにやってんのコイツ。
内心で悪態をつくのと同じぐらい、いやそれ以上に、心臓がドキドキさせられていて。
だ、だって、あのスプーン、さっきまで天代が口にしてたやつで、それをそのまま。
顔が熱くなっているのが自分でも分かる。
ダメだろ、これは、なんか……、
「あ、ごめんね? これじゃ食べられないよね」
どうやら俺がしぶっている様子から察してくれたらしい。
ひっこめてくれたのを確認し、小さく、息をつく。
あ、危なかった……いや、なにが危ねーのか自分でも分からんけど。
「んじゃ、俺代わりのスプーン……を」
「ふぅふぅっ……はい、どーぞ」
ホッとしたのもつかの間、二度目の衝撃が俺をおそってきた。
なんせ引っ込めたものに息を吹きかけ、再び差し出してきたのだから。
「お、おおおお前っ!」
「ひーらぎくん猫舌だったんでしょ? 冷ましておいたから食べやすいよ」
ぎゃ、逆に食べづらいわ!
そわそわする俺を天代がじっと見つめてくる。
目に入った可憐な口元が無邪気な子どもみたいに緩んでいて。
すごく楽しげだった。まるで、おもちゃで遊んでるときのような。
「……っ」
そこで、気づいた。
そういや俺、いまはコイツにおもちゃ扱いされてるんだっけ。
「ほら、早く食べて」
「ぐ……っ」
これ以上ためらい続けるのはムリそうだ。
もうどうにでもなれとばかりに、俺はそのスプーンを口に運んだ。
「どう、おいしいかな?」
「……」
味なんて分かんねーよ。
とはいえここで分からんなんて言ったら二回目もやらされそうだ。
大人しく、頷きで返した。
まだ心臓がうるさい。
全身が火照った俺を、天代がニヤニヤと意地の悪い笑みで見つめてくる。
窓の外から差し込んでくる陽射しが、彼女の顔を照らしていて。
そのせいか、頬が赤く色づいているように感じられた。
「じゃあ次は、ひーらぎくんね」
「な、なにがだ?」
早いとこハンバーグを食べてしまおうと思っていたら、また声をかけてくる。
こっちは落ち着いて食べたいってのに、今度はなんなんだ……。
「わたしがオムライスを分けてあげたんだから、そっちのハンバーグも一口ちょうだい」
「なんだそんなことか」
ほらよ、とばかりに皿を渡してやるが、なぜか首を振られた。
「一口、なんだからさ、ひーらぎくんも同じようにしてよね」
「え! イヤに決まってんだろ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって……恥ずかしいし」
「わたしはキミの恥じらい顔が見たいんだけどなぁ」
「これ以上醜態をさらしてたまるかっ」
「……今日一日はわたしのいう通りにするって約束だったよね……?」
「うぅ……」
天代の眼光が鋭く光り、俺は子どもみたいに背を縮こまらせた。
なんかもう泣きたくなってきたぞ。
「わ、分かったよ……やればいいんだろ」
しぶしぶ、ほんっとーにしぶしぶといった感じで、俺はハンバーグを切り分ける。
ふぅふぅしたそれを、天代に向かって突き出した。
「ふふ、あーむ……んんっ、こっちもおいひぃ」
「それは良かったな……」
天代の笑顔から目を逸らし、俺は黙々とハンバーグを食べ進める。
味はもう正直、よく分からなかった。
後ろで小さく、天代が感嘆の声を上げている。
俺はその声になにか反応を返したくなって。
小さくこぶしを突き上げた。
長かった、ほんっっっとに長かった。
三十分ぐらい台の前にいた気がするもの。
俺はそのぐらいの長い激闘をぬいぐるみとくり広げ、ついにやったのだ。
かがんで取り出し口のところに目をやる。
そこには天代が求めたぬいぐるみが、あと俺の汗と涙の結晶があったのだ。
「まさか、ほんとに取っちゃうなんて」
「約束しただろ。ほら、これ」
天代の言葉に俺は得意げに返しながら、ぬいぐるみを渡した。
受け取ったそれを彼女は大事そうに、胸で抱え込んでみせる。
むぎゅりっとぬいぐるみがめり込んでいった。
「ありがと、ひーらぎくん。大事にするね」
「お、おう」
そっけない返事なのは許してほしい。
だってぬいぐるみの野郎があの胸に……じゃなくて、満身創痍なのだから。
この光景を見るがために俺は結局、五千円以上も使ってしまった。
途中で泣きそうになってたのをみかねたらしい店員さんが、中のぬいぐるみをちょっと動かしてくれたとかもあったが、俺は頑張ったんだぞ! 最後まであきらめなかったんだ!
「えへへ……」
「……っ」
満面の笑みを浮かべて、ぬいぐるみと戯れる天代は輝いていた。
その光がまぶしいからだろう、俺は視線を合わせることが出来ない。
背中を向けると、そこにはガラスに反射した自分自身の姿があった。
表情が真っ赤に色づいていて、熱でもあるんじゃないかと疑ってしまう。
おでこを触ってみるが別に熱くない。
とすると、頑張り過ぎた反動なのかもな。
「あ、そうだ、ひーらぎくん」
呼ばれて、ハッと我に返る。
振り返れば、天代はいつものような表情になっていた。
よかった、まぶしすぎなくて見やすいぞ。
「そろそろお昼どきじゃないかな?」
「ん、もうそんな時間か」
スマホを取り出し確認してみる。
確かに、十二時近くになっていた。
すると、ぐうぅぅぅぅっと間抜けな音が。
「…………っ!」
「ふふ、すごく素直なお腹」
天代にからかわれ、恥ずかしさで顔が熱くなる。
俺の体内時計はズレているらしい。成長期で食欲旺盛なんだろう。
クレーンゲームでひと汗流したのも一役買ってるに違いないけど。
つーかぐうぐううるさいな、俺の腹っ!
「――じゃあ、ここからはわたしのプランだね」
その言葉は、俺の腹の虫を黙らせるのにも一役買ってくれたらしい。
おそるおそる、彼女の方を振り返ると、あの小悪魔めいた笑みを口元に浮かべていて。
今日この日の本来の目的を、俺に思い起こさせた。
もちろん、忘れていたわけじゃない。
ただあまりにもさっきまでが楽しくて、このまま時間が過ぎ去ってくれればいいのにとかぼんやり考えてた。
でも、現実はそううまくはいかないようで。
「お昼はもう決めてあるんだぁ」
弾んだような声が耳朶に響く。
頬をつつーっと汗が流れて、ぽたりぽたりと床をぬらした。
店内のうるさいはずのBGMが遠くに行ってしまったような気がした。
彼女の声だけが、よく聞こえて。
「そのあとのことも、ね?」
ヤバい、おもちゃにされる。
女装、させられる……!
「そろそろ、行こ?」
スッと差し出された手のひらが、俺の手を握って。
引かれていく。抵抗することはできない、言う通りにしてとお願いされているから。
「ふふ、楽しみだねっ」
「…………」
ああもう、どうにでもなれ。
◇
「ここは……」
「喫茶店だよ。わたしの行きつけなんだ」
俺と天代がやってきたのは、意外にも昔ながらの喫茶店だった。
ドアを開けるとカランコロンとベルの音が鳴り、なんだか懐かしさのようなものを感じさせる。
店内は木の内装が主なようで、不思議と落ち着ける匂いがした。
キョロキョロ辺りを見渡すが、大型連休にもかかわらずあんまり人がいない。
立地が大型通りから外れたとこにあるから、まぁそのせいなんだろうな。
「ここ、座ろ?」
「おう」
天代の合図で、一番奥の方にあるテーブル席へといざなわれる。
窓の外に目を向けても木々がさざめく様子しかない。
視線を戻し、対面でメニュー表を眺めている天代へ声をかける。
「こういうとこ来るんだな。もっとこう、オシャレなカフェに行くのかと」
「行きつけっていってもたま~にだけどね。カフェとかはさ、ちょっとお値段張るじゃない?」
確かに。綾莉と前に行ったどこぞのパンケーキ専門店は一皿二千円近くして度肝を抜かれたっけな。うまかったけど。
「それに比べてここは、どれも安くて味も絶品だから」
「なるほど……」
「今回は、ひーらぎくんの洋服にお金をかけたいし」
「ぶふっ! ……あの、別に買わなくても」
「わたし今日は、ひーらぎくんの女の子らしさを引き出す、そのことに全力を尽くすつもりだから」
やめろよ、真顔でなんてこと言ってんだ!
俺に女の子らしさとかねーから! だいたい男だから!
と、声を大にしたところで聞き入れてはくれないんだろうな。
はぁっ、と大きなため息を吐き、とりあえずはご飯を食べることにする。
メニュー表に顔を近づけ……おっ、ハンバーグあるじゃん。これにしよっと。
「天代は決まったか」
「んー、わたしはオムライスかな。来たときだいたい食べてるけどね」
「そうなのか。やっぱ、うまいのか?」
「気になるの?」
「そりゃ、まぁ……」
「ふぅん」
なんだよ、その目は。
相変わらずなにを企んでるのか分からん。まぁいいや。
俺は喫茶店のマスターを呼んで、注文を済ませた。
しばらくして、二人ほぼ同時に料理が運ばれてくる。
「おぉっ! うまそう」
ジュージューと音をたてるハンバーグ。
その上から滝みたいに流れるデミグラスソース。
付け合わせでついてくるじゃがいもやにんじん、とうもろこし。
ザ・スタンダードで一番おいしいといっても過言じゃない。
じゅるりとよだれがこぼれそうになった。
「いただきまーす」
天代の方はもうすでに、スプーンを持っていた。
届いたオムライスはよく見る形をしていて、表面を覆う卵がキラキラと眩しい。
スプーンを入れれば、中のケチャップライスが真っ赤な顔を覗かせた。
ひと口ぶんすくったそれを、天代は口へと運んでいく。
「んんっ、おいひぃ」
頬っぺたが落ちそうってのはいまのコイツの状態を指してるのかもしれない。
緩みきった口元からもれる声は、どうしようもないほどに甘くて。
聞いてるこっちをドキリとさせるものだった。
「……っ」
いやいやいや、眺めてる場合じゃないだろ。
かぶりを振り、俺もナイフとフォークでハンバーグに挑みかかる。
「――っ、うま!」
なんだこれ、うますぎるぞ!
味付けも、柔らかさも絶妙で、ナイフを入れる手が止まらない。
綾莉の作るハンバーグといい勝負……いや、それ以上……かも、しれない。
「ひーらぎくん……ひーらぎくんっ」
「ん、む?」
無我夢中でもぐもぐ食べ進めてると、天代の声が聞こえてきた。
「どうひた?」
「さっき、気になるって言ってたよね。オムライス」
まだ口の中に入ったままなので、頷きで返す。
つーか、結局くれないんじゃないのか。そっけなかったし。
「分けて、あげよっか?」
「……ごくんっ……え、いいのか」
「ん、いいよ」
なんだろう、やけに声が弾んでるのが気になる。
そんな俺の直感は、どうやら正しかったようで。
天代はスプーンで一口ぶんすくうと、俺に差し出してきた。
「はいっ」
「……は?」
なにやってんのコイツ。
内心で悪態をつくのと同じぐらい、いやそれ以上に、心臓がドキドキさせられていて。
だ、だって、あのスプーン、さっきまで天代が口にしてたやつで、それをそのまま。
顔が熱くなっているのが自分でも分かる。
ダメだろ、これは、なんか……、
「あ、ごめんね? これじゃ食べられないよね」
どうやら俺がしぶっている様子から察してくれたらしい。
ひっこめてくれたのを確認し、小さく、息をつく。
あ、危なかった……いや、なにが危ねーのか自分でも分からんけど。
「んじゃ、俺代わりのスプーン……を」
「ふぅふぅっ……はい、どーぞ」
ホッとしたのもつかの間、二度目の衝撃が俺をおそってきた。
なんせ引っ込めたものに息を吹きかけ、再び差し出してきたのだから。
「お、おおおお前っ!」
「ひーらぎくん猫舌だったんでしょ? 冷ましておいたから食べやすいよ」
ぎゃ、逆に食べづらいわ!
そわそわする俺を天代がじっと見つめてくる。
目に入った可憐な口元が無邪気な子どもみたいに緩んでいて。
すごく楽しげだった。まるで、おもちゃで遊んでるときのような。
「……っ」
そこで、気づいた。
そういや俺、いまはコイツにおもちゃ扱いされてるんだっけ。
「ほら、早く食べて」
「ぐ……っ」
これ以上ためらい続けるのはムリそうだ。
もうどうにでもなれとばかりに、俺はそのスプーンを口に運んだ。
「どう、おいしいかな?」
「……」
味なんて分かんねーよ。
とはいえここで分からんなんて言ったら二回目もやらされそうだ。
大人しく、頷きで返した。
まだ心臓がうるさい。
全身が火照った俺を、天代がニヤニヤと意地の悪い笑みで見つめてくる。
窓の外から差し込んでくる陽射しが、彼女の顔を照らしていて。
そのせいか、頬が赤く色づいているように感じられた。
「じゃあ次は、ひーらぎくんね」
「な、なにがだ?」
早いとこハンバーグを食べてしまおうと思っていたら、また声をかけてくる。
こっちは落ち着いて食べたいってのに、今度はなんなんだ……。
「わたしがオムライスを分けてあげたんだから、そっちのハンバーグも一口ちょうだい」
「なんだそんなことか」
ほらよ、とばかりに皿を渡してやるが、なぜか首を振られた。
「一口、なんだからさ、ひーらぎくんも同じようにしてよね」
「え! イヤに決まってんだろ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって……恥ずかしいし」
「わたしはキミの恥じらい顔が見たいんだけどなぁ」
「これ以上醜態をさらしてたまるかっ」
「……今日一日はわたしのいう通りにするって約束だったよね……?」
「うぅ……」
天代の眼光が鋭く光り、俺は子どもみたいに背を縮こまらせた。
なんかもう泣きたくなってきたぞ。
「わ、分かったよ……やればいいんだろ」
しぶしぶ、ほんっとーにしぶしぶといった感じで、俺はハンバーグを切り分ける。
ふぅふぅしたそれを、天代に向かって突き出した。
「ふふ、あーむ……んんっ、こっちもおいひぃ」
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天代の笑顔から目を逸らし、俺は黙々とハンバーグを食べ進める。
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