同い年のはずなのに、扱いがおかしい!

葵井しいな

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幼馴染みと、朝のひと悶着①

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 「――あおい、朝よ。ほら、起きて」
 「う、うぅ~ん……」

 朝、ベッドの上でまどろんでいると、耳に心地の良い声が届いた。
 言葉とは裏腹にこちらの眠気を誘発しそうなソレは、すぐ近くから聞こえてくる。
 つーか耳がくすぐったいんだけど……。

 ゆっくりと瞼を開けた俺は、ぼんやりとした視界の先に、見覚えのあるシルエットがあることに気付いた。
 少しずつ明瞭になっていく中、ふと思う。
 いや、なんか近くね……?

 「綾莉あやり……?」
 「おはよ。目、ちゃんと覚めた?」
 「……待って待った待ってくれ。もしかしたら、幻覚を見ているのかもしれない」

 きっとまだ夢の中にいて、都合のいい描写がなされているだけなのだろう。
 朝起きたら、すぐ真横に女の子がいるとかそんなの漫画やラノベじゃあるまいしな。
 うんうん、そうに決まってる。

 再び瞼を閉じてみれば、つつーっと頬をなにかが撫でた。

 「――うひゃあっ!?」
 「ふふっ、なに今の声、可愛い」
 
 くすくすっ、と押し留めたような声を上げるソイツは、けっして幻覚なんかじゃなかった。
 そこにいたのは幼馴染みの女の子――柚原ゆずはら綾莉だった。

 まぁ、本当は分かってたけど! 耳にめっちゃ息かかってたからな!

 いつものことなので、事実としてきちんと受け止め、気を落ち着かせるべく大きく息を吐いた。
 すると横から手が伸びてきて、

 「葵っ、今日もしっかり起きられたね。瞼ちゃんと開けられて、えらいえらい」
 「や、やめろって……」

 優しい手つきで、彼女は髪を撫でてくる。ときおり、手櫛で梳くようにしながら。
 抵抗をしようにも毛布がジャマで腕が動かせない。
 なすすべなく、あるがままを受け入れるしかなかった。

 「顔を真っ赤にしてる葵ってば、やっぱ可愛いよね」
 「う、うるさいな……つーか男に向かって可愛いって言うなよ」
 「本当は『かっこいい』って言ってほしいんだっけ?」

 彼女の問いかけに、俺は小さく頷く。
 男たるもの、やっぱりすごーい! かっこいい! とか思われたいし、誰かをさっそうと救えるようなヒーローにも憧れたりするものだろう?
 俺もそうだ。少年漫画やアクション映画なんかを見たりするたびに、強く思う。
 ただ、その実現を目指そうにも、現実はこの俺にとても厳しすぎるのだが。
 
 「なーんて背伸びしちゃう姿も、子どもっぽくてすごく可愛いんだけど」
 「こ、子ども扱いするなっ!」
 「ふふふっ、ごめんごめん。それじゃ、起きてリビングに行こっか?」

 くすりと慈愛に満ちたような笑みを浮かべた彼女は、身を起こしながら毛布を剥ぎ取ってきた。
 ぶるるっと肌寒さを感じたのはほんのわずかな間だけ。
 すぐに、温もりと柔らかな感触が俺を包み込んでくる。

 「よい、しょっと」
 「ちょっ、おま――んむっ!?」

 彼女は背中に手を回すと、抱きかかえるようにして俺を持ち上げた。
 やめろと叫んでいるのだが、きっとくぐもった音にしか聞こえていないだろう。

 なぜかって……? 俺の顔面がコイツの胸の谷間にすっぽりと収まっていて、声がかき消されてしまっているからだ。
 豊かなソレはとても柔らかく、それでいて甘い香りがして、抜け出るためのプロセスがまとまらない。
 
 「もうっ、そんなに暴れないの。葵がおっぱい好きなのは知ってるけど、今はじっとしてて」
 「んんんーっ!(訳:押し当ててんのお前だろうが!)」

 必死にもがきながら、抵抗を試みるも、寝起きで力が入らない。
 これまたいつものことなので、もう諦めの境地に至った俺は、流れに身を任せることにした。

 「それじゃ降ろすから。スリッパ、下にあるの分かる?」
 「ん(訳:あぁ)」
 
 真っ暗で周りがなにも見えない中、ブラブラと振り子のように足を動かし、スリッパに引っかけた。
 ゆっくりと身体が地面に下ろされ、ベッドの端に座らされる。
 ぷはっ……や、やっと空気が吸えるぞ。

 ぜぇはぁと荒い息をつきながら、俺は視線を上げてみる。
 目の前ではしわになった制服をポンポンと軽く整える幼馴染みの姿があった。
 あ、相変わらず大きいな。
 
 「どうしたの、ため息なんかついて?」
 「いや、その……綾莉は大きくて羨ましいなって……」
 「おっぱいのこと?」
 「ち、違っ……いや、違わないけど……じゃなくて! 身長の方がだよ!!」
 
 叫び声を上げるようにして言うと、彼女は納得したように頷いてみせた。
 
 「う~ん、葵の方は高校生になっても小さいままだもんね。まぁ私は、可愛いくていいと思うけど」
 「お前がよくても、俺はよくないんだよ」

 ジト目を向けてみるが、冗談かなんかだと受け取られたらしく、またも頭を撫でられる始末だ。
 虚しくてガックリと肩を落とすしかない。


 俺――柊木ひいらぎ葵には、どうしても直視したくない現実が三つある。
 その内のひとつで、最も大きな悩みがこれだ。

 ――背が、ものすっっっごく低い。

 もう高校生になったというのに、未だ百四十センチにすら到達していないのだ。
 一の位を四捨五入すれば、ギリギリ届くか届かないかぐらいだろう。

 そのせいで、『は? お前、小学生じゃねぇの』と、言われたことは一度や二度じゃない。
 学年集会なんかで集まる際は、いつも一番前のポジション。
 公共交通機関とかテーマパークに行った時も、子ども料金で行けそうな雰囲気があった(さすがの俺にもプライドはあるので、ちゃんと大人料金を支払ってるけど)。
 夜中にちょっとコンビニに寄ろうとして、補導されかけたことだってある。
 
 そんな自分に、俺はふがいなさを感じていた。
 俺がこんなにチビじゃなかったら、今もこうして、幼馴染みである彼女に迷惑をかけることなんてなかったのに……。

 「――ま~た暗い顔してる」

 ふいに眉間の辺りを押しやられ、反動から顔を上げると、綾莉の顔が目に入った。
 それは、呆れたような、困り果てたような、明らかに子どもをたしなめるような表情で。

 なんと反応したらいいか分からないでいる俺を、彼女は優しく抱きしめてきた。
 くすぐったいぐらいの柔らかな声音が耳朶に響く。

 「小さいからって悩まなくたっていいの。あなたはそのままでも充分すぎるほど素敵なんだから」
 「でも、綾莉に世話ばっか焼かせて」
 「私が勝手にしてることなんだから気にしないの。それに、長いものには巻かれよ、って言うでしょ?」
 「うっ、確かにそうかもしれないが……」
 「そもそも、可愛い子には楽をさせろ、ってことわざもあるくらいだし」
 「それはぜっっっったいに違う。――つーか可愛いって言うなし」
 
 ぶつぶつとツッコんでみるも、彼女はくすくすと笑い声を絶やさない。
 いつもだったら小馬鹿にしていると怒るところだったが、今だけは毒気を抜かれてしまったらしい。
 心がぽかぽかと温まるのを感じてしまっている。
 
 そんな子どもおれをあやすかのように、綾莉はなんども背中をさすってくる。
 落ち着いてと願うかのように。悩み事を払いのけるかのように。

 それが思いのほか心地よかったせいか、情けないことに急激な眠気が襲ってきた。
 まぶたが重くて仕方がない。

 「あれ、もしかして眠いの? 学校休むって連絡入れる?」
 「い……や、行く……に決ま、って」
 「そっか。なら、朝ご飯が出来るまでは寝てていいから」
 「ん……」

 かろうじて答えれば、綾莉はポンポンと頭を撫でてくる。
 俺を抱えてベッドに横たわらせた彼女は、まぶたにそっと手を置いた。
 真っ暗な世界が、一瞬で広がっていく。

 「おやすみ」
 「……っ」
 
 どうにかその声に答えようとしたけど、なにかが俺の口を塞いだせいで返事を返すことが出来なかった。
 柔らかくて、温かくて、ほどよく湿り気を帯びていたソレがなんなのかは分からない。
 考えようにも意識はもう飛び飛びで、思考回路は破綻していた。

 振り返る間もなく、俺は眠りについた。
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