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 「こ、これはその……」

 最悪としか言いようがないタイミングだった。
 姉貴の部屋で、姉貴の制服を持ち、その匂いを嗅いでいる。
 はたから見ればもう、犯罪と言えなくもない光景だ。
 口の中がからからに乾いて、視線が泳いでいるのが自分でも分かる。

 なんと返そうか迷っていると、先にしびれを切らしたらしい姉貴が声をかけてきた。

 「意外だったわ。あんたがあたしの制服に欲情する変態だったなんてね」
 「ち、違うって! これにはワケが」
 「へ~え? シスコンだって認める以外の理由があるっての?」
 「……っ」

 高圧的な物言いに、思わず言葉を詰まらせる。

 ……言っておくが俺は断じてシスコンなワケではない。
 お遣いを頼まれても普通に断るし、気に入らないことがあればちゃんと指摘だってする。
 コイツが肌色成分多めな姿でうろうろしてると目線のやり場に困るが、姉弟であってもそんなの普通のことだろう。

 そうだ。きちんと事情を説明さえすれば分かってもらえるはずなのだ。
 
 俺は手に持っていた制服をベッドの上に戻し、事の顛末を話した。
 すべてを聞き終えた姉貴は、適当な相槌を打つと、

 「ふ~ん、貸してたお金を取り返すついでに、散らばった物を片付けようと、ねぇ……」
 「そ、そうだよ」
 
 大きく頷いてみせると、亜里沙の勝気そうな目元がこちらを向いた。
 そのままずかずかとこちらに近づいてきた次の瞬間、思いっきり頬を抓られた。

 「いたたたたた!?」
 「あんたなに勝手に利子とかなんとか言って人の金多めに持ってってんのよ!」
 「キレるのそこかよ!」

 理不尽にもほどがある。
 つーか元は自業自得だろうに。

 「返せ! あたしの野口!」
 「わ、分かったよ!」

 頬の感覚がだんだんなくなってきたので、仕方なく利子として回収した千円を手渡す。
 手に持った五千円にも姉貴は一瞥くれたが、少しは温情があったようで手を出すことはなかった。
 良かった……とっとと自分の部屋に戻ろう。

 「ちょっと待ちなさいよ」
 「は? まだなんかあるのか」

 腕組みをした亜里沙は、意味深な目を向けてくる。
 なにかを察しろと言うことなんだろうがさっぱり分からん。

 首を傾げてみれば、指をさされた。
 
 「あんたこれ、着てみて」
 「これ?」
 
 これ、とはベッドの上にある制服のことである。

 は? なに言ってんだコイツ?
 
 「興味あるんでしょ。女装」

 は? マジでなに言ってんだコイツ?
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