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もう一人の第六感
帰ろう。
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「夢じゃあなかったんだな。俺は生きている。」
イリイチが目覚めたのはあれから15時間後のことであった。現在時刻は16時。あの科学者はこの世から消滅した。今イリイチが受信している意思の中には坂本千畝の意思はない。それは彼が生きているわけでも死んでいる訳でもない。文字通り消滅して、あらゆる記憶から消されたのだ。
イリーナは横で寝ていた。彼女がなぜイリイチを助けたのか、それは理屈や理由がないものだ。シックス・センスというものがひかれあい、きっと彼女もそれに従ってイリイチという虚数になりかけた人間を助けたのだ。寝すぎてしまった身体は不思議と軽く、従来のシックス・センスは相変わらず使用不能ではあるが、それでも呪縛から開放されたかのように頭は回る。
「イリーナはまだ寝かせとくか。東京にいる意味も完全になくなったし、この子をつれて横浜に帰るか。」
明日の朝方に帰るために手配を始める。もう東京にいる意味は本当に無い。復讐だとか仕事だとかはもう終わったことなのだ。
シャワーを浴びて、部屋に戻ればイリーナは目を覚ましていた。物憂げな表情は、失ったものがある事があってもそれがなにであるかわからないを証明している。恐らく千畝のことを覚えているのは、イリイチだけだ。たとえ彼が生命を懸けてイリーナという少女を生かそうとしたことも、イリイチという巨悪を打倒できる寸前まできたことも、全ては終わったことだ。夢のような時間は醒めて、現実という限りなく巨大なペテンに立ち向かう時なのだ。
「イリーナ。大丈夫か?」
「うん、元気だよ!」
子どものもつ力は凄まじい。イリイチだって年齢だけで言えば17歳と子供ではあるがそんな彼が子供らしさを感じないのは、人生経験が他の連中と比べてあまりにも濃すぎるからだ。その点イリーナはまだ子供らしさの残る少女だ。きっとシックス・センス自体の才能は彼女の方が強いのだろう。
「そう来なくてはな。夜飯がそろそろ来るだろうから、それまでにこれからのことを大雑把に説明しとこう。まず、俺は横浜に戻らなくては行けない。学園の横浜校にな。それに着いてくるか?」
「ついて行くよ。イリーナは何処にも居場所がないみたい。今まで誰かと一緒にいた気がするけど思い出せないんだ。」
「そうか。それはそのうち思い出せるさ。まぁいい、横浜に行こうか。イリーナはいい子だから、直ぐに生徒になれるはずさ。それと…。」
少し切り出そうか迷いが生じる。シックス・センスそのものに触れてしまうのはまた彼の存在が改竄される可能性がある。今イリーナがイリイチの意思を補強していることでイリイチが存在しているなら尚更のことだ。
「…あぁ、まぁいいや。明日の8時頃にはここを出よう。手配は済ませたから、あとは飯食ってまた寝るだけだな。」
ここには触れないのが正解だ。イリイチ自身は殆ど自覚がないが、彼は今71億人程の意思の集合体と化している。イリーナがイリイチの存在や意思に少しでも迷いが起きれば、イリイチは消滅してしまう。遅かれ早かれ起こる現実ではあるものの、今死ぬことにはそこまでの意味が無い。
「まぁ、気楽に行こうか。長い付き合いになりそうだ。頼りたいことがあればなんでも頼ってくれ。俺の事は兄のように思ってくれていい。」
何処か他人のような気がしないイリイチのことをイリーナは兄を見るような目で見ていた。そんな思い出があったはずなのに全く思い出せない。
「分かったよ。イリイチ。」
「…取り敢えず日本語を話せるようにならねぇとな。あの馬鹿どもにロシア語というものは理解出来るはずがねぇ。」
馬鹿に馬鹿と呼ばれる馬鹿どもは今日も今日とてくだらない日々を過ごしているのだろう。不良にオタクにイカれたレズに欲求不満のカマ野郎にまともな人にそして、翔も。
「まぁ、そのうちなれるか。つうか、今の段階でもシックス・センスを使えば話せるんじゃねぇか?日本人限定で脳波受信してみろ。言語なんて一瞬で覚えるよ。」
「…本当だ。シックス・センスってすごいね。便利。」
「人間の都合の良いように出来ているのさ。超能力ってのはな。」
2人分の飯を手配していなかったため、イリーナに全部与えて、イリイチは連中に帰るという布告をしておく。
「もしもし、随分長引いたなぁ。そろそろそちらに戻るわ。あぁ、色々あったが話すには通話代がもったいねぇ。明日の12時頃に学園に入校する。あいよ。」
大智の声も久しぶりだ。相も変わらずに元気だった。長引いた東京観光はもう終わりだ。東京の夜景を眺めて下界の民に思いを馳せるのも今日で終わり。イリーナという必要不可欠な存在も手に入れた。ジダーノフという最期の盟友も失った。様々な思いを胸に煙草の煙は空に消えていった。
イリイチが目覚めたのはあれから15時間後のことであった。現在時刻は16時。あの科学者はこの世から消滅した。今イリイチが受信している意思の中には坂本千畝の意思はない。それは彼が生きているわけでも死んでいる訳でもない。文字通り消滅して、あらゆる記憶から消されたのだ。
イリーナは横で寝ていた。彼女がなぜイリイチを助けたのか、それは理屈や理由がないものだ。シックス・センスというものがひかれあい、きっと彼女もそれに従ってイリイチという虚数になりかけた人間を助けたのだ。寝すぎてしまった身体は不思議と軽く、従来のシックス・センスは相変わらず使用不能ではあるが、それでも呪縛から開放されたかのように頭は回る。
「イリーナはまだ寝かせとくか。東京にいる意味も完全になくなったし、この子をつれて横浜に帰るか。」
明日の朝方に帰るために手配を始める。もう東京にいる意味は本当に無い。復讐だとか仕事だとかはもう終わったことなのだ。
シャワーを浴びて、部屋に戻ればイリーナは目を覚ましていた。物憂げな表情は、失ったものがある事があってもそれがなにであるかわからないを証明している。恐らく千畝のことを覚えているのは、イリイチだけだ。たとえ彼が生命を懸けてイリーナという少女を生かそうとしたことも、イリイチという巨悪を打倒できる寸前まできたことも、全ては終わったことだ。夢のような時間は醒めて、現実という限りなく巨大なペテンに立ち向かう時なのだ。
「イリーナ。大丈夫か?」
「うん、元気だよ!」
子どものもつ力は凄まじい。イリイチだって年齢だけで言えば17歳と子供ではあるがそんな彼が子供らしさを感じないのは、人生経験が他の連中と比べてあまりにも濃すぎるからだ。その点イリーナはまだ子供らしさの残る少女だ。きっとシックス・センス自体の才能は彼女の方が強いのだろう。
「そう来なくてはな。夜飯がそろそろ来るだろうから、それまでにこれからのことを大雑把に説明しとこう。まず、俺は横浜に戻らなくては行けない。学園の横浜校にな。それに着いてくるか?」
「ついて行くよ。イリーナは何処にも居場所がないみたい。今まで誰かと一緒にいた気がするけど思い出せないんだ。」
「そうか。それはそのうち思い出せるさ。まぁいい、横浜に行こうか。イリーナはいい子だから、直ぐに生徒になれるはずさ。それと…。」
少し切り出そうか迷いが生じる。シックス・センスそのものに触れてしまうのはまた彼の存在が改竄される可能性がある。今イリーナがイリイチの意思を補強していることでイリイチが存在しているなら尚更のことだ。
「…あぁ、まぁいいや。明日の8時頃にはここを出よう。手配は済ませたから、あとは飯食ってまた寝るだけだな。」
ここには触れないのが正解だ。イリイチ自身は殆ど自覚がないが、彼は今71億人程の意思の集合体と化している。イリーナがイリイチの存在や意思に少しでも迷いが起きれば、イリイチは消滅してしまう。遅かれ早かれ起こる現実ではあるものの、今死ぬことにはそこまでの意味が無い。
「まぁ、気楽に行こうか。長い付き合いになりそうだ。頼りたいことがあればなんでも頼ってくれ。俺の事は兄のように思ってくれていい。」
何処か他人のような気がしないイリイチのことをイリーナは兄を見るような目で見ていた。そんな思い出があったはずなのに全く思い出せない。
「分かったよ。イリイチ。」
「…取り敢えず日本語を話せるようにならねぇとな。あの馬鹿どもにロシア語というものは理解出来るはずがねぇ。」
馬鹿に馬鹿と呼ばれる馬鹿どもは今日も今日とてくだらない日々を過ごしているのだろう。不良にオタクにイカれたレズに欲求不満のカマ野郎にまともな人にそして、翔も。
「まぁ、そのうちなれるか。つうか、今の段階でもシックス・センスを使えば話せるんじゃねぇか?日本人限定で脳波受信してみろ。言語なんて一瞬で覚えるよ。」
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