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ラスト・チャプター 共に過ごした時間こそ、すべて

079 金鷲の雷槌

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 最終決戦。
 戦局は相変わらずの悪天候。死傷者も現れ始めただろうに、あのふたりは戦闘をやめようともしない。集中し過ぎて周りが見えなくなっている。

「そもそも近寄れるのか。あれに」

 アーク・ロイヤルはそうつぶやいた。
 現在、クール・レイノルズとジョン・プレイヤーの闘いはピークを過ぎつつある。されども、漂う魔力の圧はアークひとりでどうにかできる話でもない。

「でも、できなきゃ死ぬだけだ。死にたいとは思わないね」

 どちらを叩くか。
 対峙するクールとジョンは頻繁に勝敗の優劣が揺れ動いている。だから不利なほうを止めて有利なほうを正気に戻す……なんて真似はできない。

「狙うは……クールくんだ」

 しかし手をこまねいている暇がないのも事実。もしかしたらアークの存在を認識するかもしれないと、知り合いの一手に懸ける他ない。
 アークは全速力でクールとの間合いを詰める。

「クールくん!! もう辞めるべきですよ!! これ以上死んだら……」

 だが、声は届くはずもない。アークは炎の塊による手痛い仕返しを食らい、地面まで真っ逆さまに転がり落ちていく。

「アーク!!」

 アークの意識が飛びかけていることを知ったのは、クールとジョンの戦闘の見届け人を行っていた、クールの懐刀ポールモールだった。
 ポールモールは空間移動でアークの元へ向かい、少年を回収する。

「オマエ、無茶な行動するなよ! ピークアウトはまだ来てないぞ!?」
「……ポールさん」
「あのアルビノの子が電気を溜めてるんだろ? だったら決着を急ぐな! 死にに行くようなものだからな?」
「……いや、あの雷は別の方法に使われるはずです」
「あ?」
「このNLAでもうひとつ戦争が起きてる……。それを解決するのはルーシだけど……このままじゃみんな死んじゃうんです」

 アークは吐血しつつ、なにかを知っているかのように語る。

「……内蔵やられてるだろ? 背負いすぎだよ、オマエ」
「誰かが責任を負わないと、いつまで経っても”勇者なき平和”は訪れないので……」
「……チッ」

 ポールモールは舌打ちをする。この頑固さ、まるでクールのようだ。
 しかし、クールと違ってアークは子どもである。ポールモールは外道なマフィアだが、それでも最低限の倫理性くらいある。

「……ルーシがなにをするんだ? それ次第で、アニキとジョンさんの動きは変わってくるんだろう?」
「ルーシは……」

 ゲホゲホと咳き込む。もはや限界が近い。されども、アークはルーシが吐露した最終手段を告げる。

『なあ、アーク。私は常に最悪と最善を考える。意味、分かるかい?』
『さあ、君は嘘つきだからね』
『言ってくれるなぁ。拗ねちゃうぞ? まあ良いや。最悪の状態に備えて、伝えておきたいことがある。クールにも、メリットにも話していないことだ。良いか──』

「最終的解決方法として、『金鷲』の翼を解除しすべてをぶっ壊すつもりです。でも、その先に待ち受けてる未来は、当人にもわからないと……」

 つまるところ、このままではこの場にいる全員が死ぬというわけだ。
 シエスタもピアニッシモもクールもジョンもキャメルもアークも。
 だが、そんなことをすれば後々首を締められるのはルーシだ。なにか裏があると考えられる。

「でも……クールくんとジョンさんが協力して魔力を放射すれば、ぼくたちも助かるだろうって……」

 それがゆえ、アークはふたりを止めようとした。このふたりの魔力ならば、奥の手が暴走することも防いでくれるとルーシは考え、アークは納得したわけだ。
 それでも、未だアークたちはクールを止められない。
 ならば、倫理性や人間性を懸けて、そんなことくらい大人がすべきではないだろうか。

「……わかった。あのお二方はおれたちが止める!!」

 背丈の高い黒人と狐のお面をした女が現れた。

「聞いての通りだ。全員で突破するぞ」
「御意」
「かしこまりました」

 時間は少ない。慣れっこだ。
 だからポールモールはふたり──みね八千代やちよを空間移動で空へ舞い上がらせ、自身もすべての魔力を空中高くから放射した。
 そしてついに、ふたりが揺るいだ。

「……あ?」ジョンが異変に気がつく。
「身体が動かねェな。ポーちゃん、横槍か?」
「大人が果たす義務を子どもが果たそうとしてたので、それを取り戻しただけです。いますぐ喧嘩をやめてください」

 クールとジョンは互いの目をにらみ合う。
 そして、首を振って不機嫌そうに地上へ降りていった。

「ッたく、ずいぶん荒れちまったな。なのに、蹴りがつかねェのか」
「仕方ねェだろ。まったく、オマエのところの子分は良い働きするねェ。始末書じゃ済まなかったぞ、こりゃあ」

 いい加減な態度。投げやりである。
 しかし納得してもらうほかない。このふたりが必ず鍵になるからだ。

「お二方、これからルーシがなにかをするつもりらしいので、魔力を開放する準備をしておいてください」
「ルーシ? たしかおめェの娘だよな?」
「ああ、腕が立つんだ。しかしなにかをする? なにをするってんだ──」

 刹那の出来事である。
 街からついに電気が消え去った。電流が半強制的に一点へ集められ始める。

「おお? 電気が抜けてくんだけど」
「お兄様……? なんで止まったのかしら──」

 そして、金色の翼が輝き始める。
 ロスト・エンジェルス本島はおろか、きっと海を挟んだ先にある他国からでも見えるであろう『金鷲』の翼だ。

「なるほどねェ……」クールはニヤリと笑う。
「魔術では動いてねェな。とんでもねェのを娘に持っちまったようで。クール」

 ふたりは顔をあわせ、少年期に戻ったかのような笑顔を浮かべる。
 だいぶ消耗しているが、これをはねのけられない『ロスト・エンジェルス最強』など、その称号にふさわしくないのは明白だ。

「さて、と。子どもたちを守るかぁ」
「つか、キャメルも来てたのか。おれら、やりすぎたみてーだ」

 ふたりの化け物が腕に魔力を溜め始める。
 峰と八千代もそれに乗り、合わせてポールモールも防衛を開始しようとするが。

「……ルーシのもとにいくらか魔術使ってる人がいるはずです」

 アークの視野は非常に広かった。あの場にはルーシの友人がいるのだろう。

「その人たちを助けなきゃならない。ポールモールさん、お願いします」

 ポールモールはなんとも優しげな笑みを見せる。

「わかったよ。こっちはもう戦力過剰だ。ただし覚悟しておけよ? 無神論国家と地獄は直通してるんだ」

 アークは首を縦にふる。
 その覚悟に満足したのか、ポールモールは彼の肩を叩いて、最大の戦地へ向かう。

 金鷲の雷槌が響いていた。
 すべてを葬り去る雷槌……とおもいきや、案外照準は絞れているようだ。
 標的はルーシの友人たちに向けられていた。
 アークはがむしゃらに走り、まずメントと青髪の少女に忍び寄る雷を魔力で静止した。

「アーク!? なんでここに──!?」
「良いから!! 伏せて! 手が来たら握って! ここにいたら必ず死ぬ!!」

 必死の説得だ。言葉も単調かつ短く済ませる。

「わ、わかった!」

 青髪の少女はその剣幕に圧倒され、了承した。

 続いてアークはこんな状況下でも動けないふたりを見つける。メリットとピンク髪の女だ。どうやら治療を行っていたようである。

「ふたりとも動けないの!?」
「……そんなにキレるんだったら動く」
「あのー……ルーシさんはなにをしようとしているんでしょうか?」
「すべての問題を解決する問題を起こそうとしてます! 説明はそれだけで充分でしょう!?」

 頷かざるを得ない。ピンク髪の女はメリットの手を握り、どこかへ消えていった。

「ルーシ……、もうすこし自分を大切にしたほうが良いよ。みんなが君のために動いてるんだ。それなのに、君は自分を大切にしないんだから」

 憂いは断った。アークはその金鷲の翼が黒い塊を食い散らかしたのを確認し、最後の力を振り絞る。

「最後に勝るのは愛なんかじゃない。それはきっと……」

 この戦争をどう終わらせるのか、ルーシは昔から考えていたはずだ。
 始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい戦争を。
 ルーシ自体が行っている仕事的にも、なにか嫌な予感が働くパーラという恋人的にも。

「人間の持つ、純粋な暴力性。君はそう言いたかったに違いない。だったらボクはこう答える」

 金鷲の翼の中心部にいるルーシの意識は、ない。
 だが、ルーシがアークに助けられることを良しとするか? 自分が誰かを助けても、誰かが自分を助けることに屈辱感すら覚えるのがルーシという人間だ。

「最後に勝つものは……自分自身だ。自分の意思なんだよ。そうでしょ、ルーシ……!!」

 意識だって飛んでいる。いまのルーシはなにもできない。ただ責任を放棄してふて寝する存在にすぎない。
 それでも、アークの考えをルーシが理解していれば、ルーシは最終手段の最終手段を使ってでも、この場をひとりで切り抜けられる。
 その瞬間。

 ノース・ロスト・エンジェルスが大雷鳴とともに再生されていった。
 その雷は破壊のためでなく、再生のために存在する。

「……心配したよ。やっぱりキミは」

 暗い空のなかから現れたのは、銀髪碧眼の幼女だった。
 ルーシ・スターリングは最後の最後で自分を取り戻したのだ。

「……死なねェものだな。地獄にいる盟友たちよ、再開はまた今度だ」

 金鷲の翼が静まり返っていく。それはつまり、ルーシがすべての問題を解決したということだ。
 最初から最後まで、すべては身長一五〇センチの幼女の掌に収められていた。
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