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ラスト・チャプター 共に過ごした時間こそ、すべて
078 怪物に花束を
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──ルーちゃんはワタシを見てくれる。それだけで優しいんだよ。
──やり捨てされるとは思わねェのか?
──それでも良いんだよ。
ルーシ・スターリングは過去の会話を思い出し、鼻でふっと笑う。
「……おまえは頭の良いヤツだなぁ。オレは本気でやり捨てしようとしていたんだぞ? だがあの言葉を聞いてから、それができなくなっちまった」
鬼畜を極めるルーシを愛でつなぎとめたパーラは、ひょっとしたら相当な豪傑なのかもしれない。
最終戦闘。パーラを正気に戻せるはずの術式は打ち終わった。あとは心ごと身体でぶつかって砕けるだけだ。
「……死にたくねェ? 今更そんな御託が通用するわけない。たくさん殺してきた。たくさん地獄へ叩き落としてきた。だったらおれに生きていることは似合わねェ。死と直面して、それで死んでしまっても良いんだ」
紫色の虹彩が妖しく光る中、ルーシは人生最後になるかもしれないタバコを携帯灰皿に落とす。
そして、背中には永久不滅の黒鷲の翼が広がる。
「全部おしまいだ」
空を駆けていく。
その姿をメリットはたしかに見ていた。
「……かっこつけてなにがしたいんだか」
ヘーラーから治療を受けていたメリットは、彼女の手を振り払う。ヘーラーは怪訝そうな顔になるが、メリットが指差すパーラを中心とする塊を見て、彼女も納得する。
「ルーシさん……。意識が」
「……あのクソガキは魔力に身体の自由を任せてる。さっきの術式でだいぶ魔力をもってかれたはず。アイツ、恋人の前でカッコつけて死ぬつもりみたい」
「だ、だったら止めないと!! ルーシさんが死んじゃう!!」
「……もう止められない。ラスト・ダンスを眺めるほかない」
それでもなお、メリットはルーシを助けようと術式を展開していた。それが無駄な抵抗だと知りながら、メリットはこのときだけはルーシ最大の盟友としていようとしたのだ。
「スパイなんていねえじゃねえか!! ルーシ──!?」
メントとホープがトンボ返りしてくる。どうやら騙されたらしい。
「スパイだって動けないでしょうに。クソガキはアンタらを遠ざけるために嘘ついたんでしょ」
「……おめえ、よく冷静でいられるな。翼以外なんも見えねえのに」
「慌てればクソガキが死なないの? お姫様が死なないと? 冷静であるように努められないんなら、この場にいる資格もない」
それはメリットなりの覚悟だった。
「とりあえず……ルーシの援護をしよう。街も見る影ないしね」
ホープは糸を展開し、黒い鷲の翼へ導かれるように、空を舞った。
「えっ!? なんで空をっ!?」
それに驚いたのはホープだった。ルーシへ極力瓦礫が飛んでこないように糸を伸ばしたはずだったのだが、なぜか彼女の糸はルーシの翼をつかみ、ホープを空に飛び跳ねさせた。
「なにかが起きてるな……。あの黒い翼がなにかを引き起こしてるんだ」
メントは怪訝な表情で、空を見る。
存在しない現象が荒ぶり、それがほかの魔術使いにも影響を与え始めているのだ。
「さすがの怪物。でも、アイツもう息もしてない。まるで概念のようにそこへ存在してるだけ」
死してもなお残る怪物の影響力。メリットとメントの身体も震え始める。
「……いったいなにを起こそうってんだ? アイツは」
「さあ」メリットは淡泊に返す。
*
走馬灯というヤツだろうか。ルーシの脳内に過去が走る。
「処女である私を抱くことです……とでもいうのかい?」
──これはあのときだ。あの自称天使が色ボケであることを見抜かれたときだ。
「宗教放棄者ですか……ならふさわしい場所がありますよ」
──あのとき、もしも敬虔に神を信じていればなにかが違ったのだろうか。いいや……すべては初めから決まっている。神は自分の内皮に潜んでいるのだから。
「おれは暴れられればそれで良い」
──暴れてなにを得られた? 結局人殺しで、結局自分すらも殺してしまう。そこにいるのは惨めな男娼だ。
「ここがロスト・エンジェルスか。ずいぶん発展してやがる」
──発展した街だった。無神論者は自らを神だと断言するような連中の集まりなのかもしれない。そして、この街でオレはたしかに生きていたんだ。
「あ? オレが9か10歳程度のガキに見えるってこと?」
──怒涛だったな。自分を恨んで、他人を恨んだ末がこのザマだ。二一世紀最大の怪物が銀髪の幼女になっちまったなんて、笑い話にしちゃおもしろくもねェ。
「与えられたカードで勝負するしかない」
──歯切れの良い言葉ばかり選ぶ人生だ。逃げた先になにがあったんだ? もしかしたら真正面から挑んだほうが良かったのかもしれない。
「この世界に存在しない攻撃を防げるヤツなんていない」
──こじつけみてーだが、それでも世の中が回転するんだからわからねェな。
「私とおまえは姉弟だ」
──クール。おれもおまえのいねェ世界なんて嫌だぜ? ジョンに勝ってこいよ?
「あのー……キャメルお姉ちゃんって呼んで良いですか?」
──腹の中とはいえ、あれだけ爆笑したのも久しぶりだ。小娘相手にへりくだった態度取るとは……落ちぶれたものだと思ったが……案外悪くない。アークとの関係、しっかり清算しろよ? キャメルお姉ちゃん。
「ああいうヤツは客として来なかったしな」
──ひょっとしたら、あれがスタンダードなのかもな。いいや……すこしずれているか?
「それとこれは友だちに」
──メンソールの一ミリを学生が吸って粋がりやがって。それでも、オマエは唯一無二の盟友だ。メリット。
「なかなか凄惨ないじめ受けているようだが、ずいぶん元気じゃねェか」
──おまえが満足できる世界ってなんだろうな。キャメルが満足できる世界か? 人が良いってのも難儀だな。でも……オマエは尊敬に値するよ、アーク・ロイヤル。
「ルーちゃんって呼んで良い!?」
「ルーちゃん……愛してるよ」
「ルーちゃんはとっても優しい人なんだよ。だって、私のことを見てくれるんだもん」
──クソッタレ。悪りィな……。二回も苦しい思いさせちまった。オレの死でおまえがまた悲しむところを見なくて済むのなら、オレは喜んで死ぬよ。臆病者だと罵倒してくれたって構わねェ。パーラ。
──やり捨てされるとは思わねェのか?
──それでも良いんだよ。
ルーシ・スターリングは過去の会話を思い出し、鼻でふっと笑う。
「……おまえは頭の良いヤツだなぁ。オレは本気でやり捨てしようとしていたんだぞ? だがあの言葉を聞いてから、それができなくなっちまった」
鬼畜を極めるルーシを愛でつなぎとめたパーラは、ひょっとしたら相当な豪傑なのかもしれない。
最終戦闘。パーラを正気に戻せるはずの術式は打ち終わった。あとは心ごと身体でぶつかって砕けるだけだ。
「……死にたくねェ? 今更そんな御託が通用するわけない。たくさん殺してきた。たくさん地獄へ叩き落としてきた。だったらおれに生きていることは似合わねェ。死と直面して、それで死んでしまっても良いんだ」
紫色の虹彩が妖しく光る中、ルーシは人生最後になるかもしれないタバコを携帯灰皿に落とす。
そして、背中には永久不滅の黒鷲の翼が広がる。
「全部おしまいだ」
空を駆けていく。
その姿をメリットはたしかに見ていた。
「……かっこつけてなにがしたいんだか」
ヘーラーから治療を受けていたメリットは、彼女の手を振り払う。ヘーラーは怪訝そうな顔になるが、メリットが指差すパーラを中心とする塊を見て、彼女も納得する。
「ルーシさん……。意識が」
「……あのクソガキは魔力に身体の自由を任せてる。さっきの術式でだいぶ魔力をもってかれたはず。アイツ、恋人の前でカッコつけて死ぬつもりみたい」
「だ、だったら止めないと!! ルーシさんが死んじゃう!!」
「……もう止められない。ラスト・ダンスを眺めるほかない」
それでもなお、メリットはルーシを助けようと術式を展開していた。それが無駄な抵抗だと知りながら、メリットはこのときだけはルーシ最大の盟友としていようとしたのだ。
「スパイなんていねえじゃねえか!! ルーシ──!?」
メントとホープがトンボ返りしてくる。どうやら騙されたらしい。
「スパイだって動けないでしょうに。クソガキはアンタらを遠ざけるために嘘ついたんでしょ」
「……おめえ、よく冷静でいられるな。翼以外なんも見えねえのに」
「慌てればクソガキが死なないの? お姫様が死なないと? 冷静であるように努められないんなら、この場にいる資格もない」
それはメリットなりの覚悟だった。
「とりあえず……ルーシの援護をしよう。街も見る影ないしね」
ホープは糸を展開し、黒い鷲の翼へ導かれるように、空を舞った。
「えっ!? なんで空をっ!?」
それに驚いたのはホープだった。ルーシへ極力瓦礫が飛んでこないように糸を伸ばしたはずだったのだが、なぜか彼女の糸はルーシの翼をつかみ、ホープを空に飛び跳ねさせた。
「なにかが起きてるな……。あの黒い翼がなにかを引き起こしてるんだ」
メントは怪訝な表情で、空を見る。
存在しない現象が荒ぶり、それがほかの魔術使いにも影響を与え始めているのだ。
「さすがの怪物。でも、アイツもう息もしてない。まるで概念のようにそこへ存在してるだけ」
死してもなお残る怪物の影響力。メリットとメントの身体も震え始める。
「……いったいなにを起こそうってんだ? アイツは」
「さあ」メリットは淡泊に返す。
*
走馬灯というヤツだろうか。ルーシの脳内に過去が走る。
「処女である私を抱くことです……とでもいうのかい?」
──これはあのときだ。あの自称天使が色ボケであることを見抜かれたときだ。
「宗教放棄者ですか……ならふさわしい場所がありますよ」
──あのとき、もしも敬虔に神を信じていればなにかが違ったのだろうか。いいや……すべては初めから決まっている。神は自分の内皮に潜んでいるのだから。
「おれは暴れられればそれで良い」
──暴れてなにを得られた? 結局人殺しで、結局自分すらも殺してしまう。そこにいるのは惨めな男娼だ。
「ここがロスト・エンジェルスか。ずいぶん発展してやがる」
──発展した街だった。無神論者は自らを神だと断言するような連中の集まりなのかもしれない。そして、この街でオレはたしかに生きていたんだ。
「あ? オレが9か10歳程度のガキに見えるってこと?」
──怒涛だったな。自分を恨んで、他人を恨んだ末がこのザマだ。二一世紀最大の怪物が銀髪の幼女になっちまったなんて、笑い話にしちゃおもしろくもねェ。
「与えられたカードで勝負するしかない」
──歯切れの良い言葉ばかり選ぶ人生だ。逃げた先になにがあったんだ? もしかしたら真正面から挑んだほうが良かったのかもしれない。
「この世界に存在しない攻撃を防げるヤツなんていない」
──こじつけみてーだが、それでも世の中が回転するんだからわからねェな。
「私とおまえは姉弟だ」
──クール。おれもおまえのいねェ世界なんて嫌だぜ? ジョンに勝ってこいよ?
「あのー……キャメルお姉ちゃんって呼んで良いですか?」
──腹の中とはいえ、あれだけ爆笑したのも久しぶりだ。小娘相手にへりくだった態度取るとは……落ちぶれたものだと思ったが……案外悪くない。アークとの関係、しっかり清算しろよ? キャメルお姉ちゃん。
「ああいうヤツは客として来なかったしな」
──ひょっとしたら、あれがスタンダードなのかもな。いいや……すこしずれているか?
「それとこれは友だちに」
──メンソールの一ミリを学生が吸って粋がりやがって。それでも、オマエは唯一無二の盟友だ。メリット。
「なかなか凄惨ないじめ受けているようだが、ずいぶん元気じゃねェか」
──おまえが満足できる世界ってなんだろうな。キャメルが満足できる世界か? 人が良いってのも難儀だな。でも……オマエは尊敬に値するよ、アーク・ロイヤル。
「ルーちゃんって呼んで良い!?」
「ルーちゃん……愛してるよ」
「ルーちゃんはとっても優しい人なんだよ。だって、私のことを見てくれるんだもん」
──クソッタレ。悪りィな……。二回も苦しい思いさせちまった。オレの死でおまえがまた悲しむところを見なくて済むのなら、オレは喜んで死ぬよ。臆病者だと罵倒してくれたって構わねェ。パーラ。
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