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ラスト・チャプター 共に過ごした時間こそ、すべて

076 勇者なき平和

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 ルーシ・スターリング最大の危機。 
 それをあざ笑うかのごとく、天候も悪くなってきた。
 されども、ルーシは不気味な笑顔を崩さない。

「悪い天気だ。おれがなにかしようとすれば、いつもお天道様はツバを吹きかけてきやがる」

 パーラの暴走。それを止める手立てはひとつしか思いつかない。
 それは超能力を使うことだ。
 ルーシは前世にてであった。存在しない現象を引っ張り出し、それを自在に操る怪物だったのだ。
 ならば、パーラがもとの状態へ戻るような法則・現象を引っ張り出せば良い。

「まずは干渉からだな」

 現在、パーラは魔力をまとっている。触れればシュレッダーのように身体を粉々にするだろう。
 そして、さしものルーシも攻撃を受けながら原理を導き出す器用な人間でもない。

「ポールかみねを……。いや、アイツらはクールへ向かわせたな。あのイカれた攻撃を受け止められるヤツらといえば──」

 刹那、ルーシのもとに瓦礫が飛んでくる。
 しかし、ルーシは一歩も動かない。
 その態度に呆れ、それを壊したのはメリットだった。

「よォ。調子は?」
「便秘3日目」
「メントとホープはどこ行きやがった? この忙しいときに」
「さあ。気絶してるんじゃない?」
「情のねェヤツだな。友だちだとは思わねェのかよ?」
「死ななきゃ良いでしょ。で? あれ止める方法考えた?」
「一応は」
「私の役割は?」
「私を守れ。崩すのに時間がいる。私の脳髄が吹き飛んだら、ロスト・エンジェルス本島も吹き飛ぶと思え」

 メリットはメガネを外し、ケースのなかにそれをしまい込む。

「3分稼ぐ。カートンね」
「あいよ」

 そのままメリットは薄い膜をルーシの正面に貼る。
 メリットだって痛いほど理解しているのだ。この場面を切り抜けるには、どうあがいてもルーシが必要であると。

「勇者になったみてーだぜ」
「アンタ、ロスト・エンジェルスの国歌名知ってる?」
「あ? なんだよ藪から棒に」
「『勇者なき平和』って名前。クソガキ、アンタには勇者は似合わないし、そもそも勇者なんて現れちゃならない」
「退屈だねェ……」

 メリットが3分間の時間稼ぎを約束し、ルーシはパーラの脳内へ入り込む。

「……だいたい3000億個ってところか」
「バグの数?」
「そうだ」
「3分じゃ保たなそう」
「いや、なんとかして見せる。任せたぞ、盟友」

 メリットはぴくりとも笑わない。この無表情も見慣れたものだ。
 そんな見慣れた光景を守るため、殺人鬼が勇者になろうとするのだから、現実とは陳腐だ。

「おい、自称天使」
「……なんですか」

 ヘーラーは怯えているが、脳くらい動くだろう。

「演算補助しろ。連合軍の最高司令官みてーに梅毒じゃなければ、すこしばかり状況がマシになるはずだ」
「……ルーシさんは本気で勝つつもりですか? こんな状況、神でないと切り抜けられないのに」
「勝つ? 違うな。終わらせるんだよ」

 ヘーラーは怪訝そうな顔になる。ルーシは気にする素振りも見せずに続ける。

「すべての戦争を終わらせる戦争……ってところかね。考えたんだ。パーラがなぜ『実力と陰謀の学校』に属していたのかを」

 メイド・イン・ヘブン学園。通称MIH学園。実力主義の学校で、弱者には文字通り人権など存在しない。美少年の髪がライターで焼かれるような学校だ。入学して初登校したときから、その闇は垣間見えていた。

「アイツは弱い。魔術は使えず、魔力もなく、頭も良くない。そんな被差別民があの空間でメントのようなヤツがいるからと、いじめに遭わないはずがない」

 パーラの親友であるメントは対照的に実力者だ。だが、メントが常にパーラの隣にいるわけではない。パーラと始めて話したとき、メントは別のクラスにいた。

「なら、なにがアイツを守る? 女子のいじめは苛烈だ。男を交えて強姦されていてもおかしくない。ただでさえでも裏表のないヤツだから、嫌われるのは目に見えている」
「……隠された力が無自覚のうちにパーラさんを守っていたと?」
「そのとおり。無法者は恐れられてなんぼの世界だが、アイツは自覚なく恐れられていた。羨ましいよ。まあ、そのデタントを超えたヤツらもいたが……ソイツらは耐えることに限界を覚えたんだろう」

 人間、案外直感で動く生き物だ。パーラがメント以外の生徒と溝があったのは、なにもその性格が起因したわけではない。いつか爆発するかもしれない時限爆弾に近づこうとする愚か者などいないのだ。

「そして、爆弾に着火したのはおれだ」

 こうやって話している間にも、ルーシはあまり暖かいとはいえないロスト・エンジェルスにて汗を垂らしている。つまりはパーラのバグを取り除いているのだ。

「魔力を与えればその分を放出する。拒絶反応術式ってところだな。アークとおれが闘ったとき、パーラも間違いなくあおりを受けていたはずだ」

 あれだけの魔力を放出しながら闘って、拒絶を起こさないはずがない。そしてその演台を仕掛けた張本人はルーシ自身だ。

「だからすべての戦争が終わる。プランはふたつ。このままロスト・エンジェルスが沈んでいくか、このふざけた10歳の幼女が英雄となるかだ」
「……死ぬつもりではないと?」
「自分を殺せる者に怖いものはない。だが、おれは怖い。なら死ねない。それだけだ」

 ヘーラーのもとへも途方のない処理が送られてくるが、彼女もまた天使としての矜持を守るべく、弱音を吐かない。

「1分半か……。残り1800億。どうしたものか」

 ルーシは静まり返っていた。いつもの笑顔がない。『自分を殺せない』者として、死が間近に来ていることを悟りつつあるのだ。

 そんなとき、

「ゲホッ!! ありがとよ優等生!!」
「お構いなく!!」

 メントとホープが廃墟から蘇った。

「墓場はまだ似合わねェな、おめェら」
「あったりめえだ!! パーラ!! いますぐ行くぞ──」
「だめだ。魔力を与えるな」
「あぁ!? 親友がこんな目にあっててもなんもしちゃいけねえのかよ!?」
「こっちは恋人がこんな目にあっているんだ!! 冷静になれ!!」

 ルーシはこんなときでもボスだ。帝王としての哲学は、いつだって生きている。
 剣幕にメントは我を取り戻す。
 その最中。

「……メント、ホープ。この状況で特をする連中を考えろ。警察機関が麻痺している状況で……ぐほッ!?」

 ルーシはついに吐血した。だが、泣き言はいえない。1番泣きたい者の気持ちに寄り添えば、そんな安易な逃げはできないのだ。

「……スパイどもだ。地下から面倒なヤツらがやってくるぞ。だが、所詮は戦闘能力の弱ェー連中だ。この国に侵入できるのなら、あまり強ェーのは使えねェからな」
「……どうしろって?」ホープは真剣に聞く。
「ヤツらを潰せ。私もメリットも動けねェ。だが、ロスト・エンジェルスは必ず守る。泥舟に乗って死んでいくなんてゴメンだ」

 ホープはメントと目をあわせ、この危機的状況を理解する。
 ロスト・エンジェルスが危ない。パーラの暴走でMIH学園周辺は不毛の地と化し、上空では天地変動でも起きそうな爆発音と衝撃がつたわってくる。
 こんなとき、仮想敵国に囲まれたロスト・エンジェルスの偉大さが試されるのだろう。

「異論ねェな? よし……行ってこい!!」
「いわれなくとも!!」
「ロスト・エンジェルスを死なせはしねえ!!」

 ホープにメントが掴まって糸を頼りに、空中浮遊をしながらふたりは内地に潜む敵に向かっていく。

「……猫の手も借りたいんじゃないんですか?」
「アイツらが死んだら誰がパーラの面倒見るんだよ。……親も殺されたアイツを誰が支えるんだッ!!」

 ルーシの目の虹彩が紫色へ変化していく。
 その気迫に圧され、ヘーラーも挑んでいく。

 だが、現実はあまりにも非情であった。

「メリット!!」

 ついにメリットを支える魔力が消え去った。彼女はレジ袋のように盛り上がった地面を滑り落ちていく。

「まだ除去できていねェぞ……」

 ルーシはうつむき、残り200億に迫ったパーラ浄化の方程式から離れそうになった。
 されども、ルーシは諦めない。

(そうだな……怖い? 20000人も殺しておいて怖いことなんてあるか?) 
「ははッ……」

 紫に染まった目が、妖しく光る。

「ヘーラー。メリットの治療をしろ」
「えっ!? で、でも、このまま止めちゃうんですか?」
「良いからやれ!! こっから先はおれが決める!!」
「は、はいっ!!」

 ルーシは首をゴキゴキ鳴らす。
 そして空を見上げる。だいぶ小さくなった悪意の塊を見据える。

「もうブレーキは効かねェ。効かねェのなら壊してしまえ。壊したのなら、あとは真っ逆さまに暴走するだけだろ……!!」

 天に向かって唾を吐くかのごとく愚かしい行為。主文なんていらない。ルーシはいまこのときをもって、死刑囚となったのだ。

「21世紀最大の怪物、いまここで死に花咲かせてやるよ」

 黒い鷲の翼が背中に現れる。ルーシは不敵に笑う。
 もう翼で突っつくような真似をしたところで意味がない。ルーシの身体能力を事実上決定する魔力が尽きかけている。
 しかし、あと30秒保てば解決する。

「墓荒らしに遭わなさそうで安心だ。おれの死体を見てェクソどもは多いからな」

 ルーシは塊へと突っ込んでいった。
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