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チャプター3 すべての陰謀を終わらせる陰謀、壮麗祭
059 兄として振る舞うということ1️⃣
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壮麗祭、当日。
様々な思いが交差するなか、学生たちにとってもっとも重大なイベントがはじまった。
とはいえ、真打ちである「武道会」は、きょうをもって開催されるわけではない。
壮麗祭は多岐に渡る。体育会系の部活へ入っている生徒たちは、他の学校との交流戦を行うし、学生魔術師たちが子どもたちに魔術を教えることもイベントのひとつとして入っている。
「アロマ、キャメルちゃんになめた真似したんだって? フランマ・シスターズへの宣戦布告とも捉えられるぞ? どうケジメつけるんだ?」
しかし結局のところ、陰謀が蔓延しているのは変わらない。
「してねえよ。あたしはただ、あんなクソ女と強制的に付き合う羽目になるくらいなら、いっそのことあたしと付き合えってアークにいっただけさ」
「それをなめた真似っていってるんだよ。キャメルちゃんをクソ女だと? オマエのほうがよっぽどクソ女だろうが」
アロマを囲むのは、ランクB以上の女子生徒10人だ。たいしてアロマはランクC。どうあがいても、アロマに勝機はない。
されど、舌戦ではアロマも負けない。
「ケツの穴が小せえ女だなぁ、キャメルは。アークになめられたら、一瞬で絶頂するんじゃねえの? で? オタクら、やっぱキャメルが命じてあたしのこと潰しに来たわけ?」
「私たちはキャメルちゃんの命令で動いてない。ただ、あの子を心配してアンタを潰そうとしてるだけよ」
「その愛をすこしでもキャメルに分けてやりゃ良いのにな」
これから、アロマの顔はぐちゃぐちゃになる。見るに堪えない姿になって、アークへすがりつくしかなくなる。それはもはや確定事項なのだ。
「ま、でも、アークは人を顔じゃ選ばんよ」
「なら膜を破ろうかしら?」
「アイツはそんなこと気にしねえ」
「だったら両腕もがれて、一生介護されれば良いのよ」
「怖えな。温室育ちのお嬢様たちが、そんなこといって良いのかよ」
「さあ?」
アロマの顔に拳が降りかかる。
しかし、アロマは動じない。鼻血を垂らし、すこし脳震盪(のうしんとう)を起こしているようにすら見えるが、それでもアロマは動じなかった。
「痛てえな。善意ってのはろくな結果を生み出さねえ。いっておくけど、屈服しねえぞ?」
「だからこそ殴り甲斐があるのよ。最後には私たちにガタガタ震えながら命だけは、と懇願するまで、アンタは殴られ続けるし、アンタは魔術を受け続ける」
「そりゃ……最悪だな」
暗闇。しかし、この程度の暗闇、ランプでも灯せば消えてなくなる。
その証拠に、彼女たちの後ろには、アーク・ロイヤルが立っていた。
「キャメルの命令? それとも自主的? まぁ良いや。ぼくはアロマを守るって決めたんだから、それを果たすまでさ」
「はっ、ランクDの落ちこぼれが──」
アークへ突っかかろうとした少女は、アークの拳を侮っていた。彼は片鱗を使い、その少女の顔面に手のひらを叩きつける。
「っっっ!?」
これは痛みなのか。それを判断するまで、彼女には時間が必要だった。ただわかることは、アークのような人畜無害を地で行くような人間が、女子生徒であろうと構わずに拳を振るったことである。
「い、いったいなにが……!?」
「魔力を腕にまとった、ってところかなぁ」
説明する気などさらさらない。考える時間を与えるつもりもない。
アークによる虐殺は、わずか1分で決着を迎えた。
「大丈夫? アロマ」
「そこに転がってるヤツらに比べりゃな」
不思議な光景であった。アークはたしかに彼女たちの顔を殴ったはずなのに、彼女たちの顔には一切の痕がついていない。いや、鼻血程度は垂らしているが、むしろそれだけで済んだこと自体が奇跡だと思えるほどに、アークの攻撃は無慈悲に感じ取れた。
「ありがとよ、アーク」
「人として当然のことしたまでだよ。でもね、アロマ。ひとつ断っておきたいことがあるんだ」
「なんだ?」アロマは笑みを浮かべる。
「キャメルは壮麗祭をもってぼくとの関係を清算しようとしてる。だから……」
「分かってるよ。オマエはとても優しいヤツだからな。あくまでもキャメルを正しい道へと導きたいんだろう?」
「……そういうことになる。アロマがあのことをいってくれたとき、ぼくは救われた。ぼくに寄ってくる女の子はみんな、ぼくになにを求めてるのかわかんなかった。でも、それはアロマが教えてくれたんだ。ぼくはみんなの良いお兄ちゃんでいなきゃならないんだって」
アーク・ロイヤルは名家、いや、この国でもっとも高貴な家の血を引く存在だ。当然厳しさと暖かさをもった家庭で育ち、やがて彼はすこしずつ「兄」であることを周りの者から求められるようになった。人当たりの良い性格や、おおらかさ、どんなときでも味方でいてくれるような、そんな兄としての役割を求められるようになったのだ。
その責任があるから、アークはキャメルのことを放ってはおけない。彼女は苛烈なまでに兄を求めているからだ。
「ふっ……良い男になったじゃねえか。もう髪の毛焼くためにライター持たされてたときが嘘みたいだな?」
「そうだね……」アークは空を見据え、「だから、キャメルとの関係改善は必ずやる。キャメルがひとりぼっちなんて、かわいそうだもん」
「幼なじみとしてそう思ってるのか?」
「そうだろうね。目がくらむような活躍してきたキャメルも、最後は誰かに依存してたいんだ。あの子はずっとひとりで強い自分を演出し続けてきた。その流れを、この壮麗祭をもって断ち切る。それがあのとき、キャメルの考えを理解できなかったぼくにできる最大の贖罪(しょくざい)なんだよ」
もはやアークの考えに一切の迷いはない。ならばアロマも従うほかない。
それでもなお、アロマですら、1歳年上であるアロマですら、アークへは兄として振る舞ってほしかった。
「……ああ、とても残念だ」
「……ぼくはアロマのことを、裏切ることになるんだね」
「そうだ。あたしをオマエは裏切るんだ。でも……」
アロマだって悔しかった。アークのことを弟のように心配していた彼女は、いつの間にかアークを真剣に知りたいと思うようになって、それが進んで恋愛感情も抱いていた。だから、そう安々とアークの決断を尊重できるわけではない。
だが、
「あたしたちは親友だ。だから、どんなに嫌でも、正直泣き落とししたくても、笑ってオマエの判断を受け入れるよ」
それでも、アロマは先輩として振る舞う。
「……ごめんね。アロマ」
「謝んなよ。惨めになっちゃうだろ?」
笑っているのか泣いているのかわからない表情で、アロマはそういう。
「……うん。大好きだよ、ぼくの唯一の親友」
様々な思いが交差するなか、学生たちにとってもっとも重大なイベントがはじまった。
とはいえ、真打ちである「武道会」は、きょうをもって開催されるわけではない。
壮麗祭は多岐に渡る。体育会系の部活へ入っている生徒たちは、他の学校との交流戦を行うし、学生魔術師たちが子どもたちに魔術を教えることもイベントのひとつとして入っている。
「アロマ、キャメルちゃんになめた真似したんだって? フランマ・シスターズへの宣戦布告とも捉えられるぞ? どうケジメつけるんだ?」
しかし結局のところ、陰謀が蔓延しているのは変わらない。
「してねえよ。あたしはただ、あんなクソ女と強制的に付き合う羽目になるくらいなら、いっそのことあたしと付き合えってアークにいっただけさ」
「それをなめた真似っていってるんだよ。キャメルちゃんをクソ女だと? オマエのほうがよっぽどクソ女だろうが」
アロマを囲むのは、ランクB以上の女子生徒10人だ。たいしてアロマはランクC。どうあがいても、アロマに勝機はない。
されど、舌戦ではアロマも負けない。
「ケツの穴が小せえ女だなぁ、キャメルは。アークになめられたら、一瞬で絶頂するんじゃねえの? で? オタクら、やっぱキャメルが命じてあたしのこと潰しに来たわけ?」
「私たちはキャメルちゃんの命令で動いてない。ただ、あの子を心配してアンタを潰そうとしてるだけよ」
「その愛をすこしでもキャメルに分けてやりゃ良いのにな」
これから、アロマの顔はぐちゃぐちゃになる。見るに堪えない姿になって、アークへすがりつくしかなくなる。それはもはや確定事項なのだ。
「ま、でも、アークは人を顔じゃ選ばんよ」
「なら膜を破ろうかしら?」
「アイツはそんなこと気にしねえ」
「だったら両腕もがれて、一生介護されれば良いのよ」
「怖えな。温室育ちのお嬢様たちが、そんなこといって良いのかよ」
「さあ?」
アロマの顔に拳が降りかかる。
しかし、アロマは動じない。鼻血を垂らし、すこし脳震盪(のうしんとう)を起こしているようにすら見えるが、それでもアロマは動じなかった。
「痛てえな。善意ってのはろくな結果を生み出さねえ。いっておくけど、屈服しねえぞ?」
「だからこそ殴り甲斐があるのよ。最後には私たちにガタガタ震えながら命だけは、と懇願するまで、アンタは殴られ続けるし、アンタは魔術を受け続ける」
「そりゃ……最悪だな」
暗闇。しかし、この程度の暗闇、ランプでも灯せば消えてなくなる。
その証拠に、彼女たちの後ろには、アーク・ロイヤルが立っていた。
「キャメルの命令? それとも自主的? まぁ良いや。ぼくはアロマを守るって決めたんだから、それを果たすまでさ」
「はっ、ランクDの落ちこぼれが──」
アークへ突っかかろうとした少女は、アークの拳を侮っていた。彼は片鱗を使い、その少女の顔面に手のひらを叩きつける。
「っっっ!?」
これは痛みなのか。それを判断するまで、彼女には時間が必要だった。ただわかることは、アークのような人畜無害を地で行くような人間が、女子生徒であろうと構わずに拳を振るったことである。
「い、いったいなにが……!?」
「魔力を腕にまとった、ってところかなぁ」
説明する気などさらさらない。考える時間を与えるつもりもない。
アークによる虐殺は、わずか1分で決着を迎えた。
「大丈夫? アロマ」
「そこに転がってるヤツらに比べりゃな」
不思議な光景であった。アークはたしかに彼女たちの顔を殴ったはずなのに、彼女たちの顔には一切の痕がついていない。いや、鼻血程度は垂らしているが、むしろそれだけで済んだこと自体が奇跡だと思えるほどに、アークの攻撃は無慈悲に感じ取れた。
「ありがとよ、アーク」
「人として当然のことしたまでだよ。でもね、アロマ。ひとつ断っておきたいことがあるんだ」
「なんだ?」アロマは笑みを浮かべる。
「キャメルは壮麗祭をもってぼくとの関係を清算しようとしてる。だから……」
「分かってるよ。オマエはとても優しいヤツだからな。あくまでもキャメルを正しい道へと導きたいんだろう?」
「……そういうことになる。アロマがあのことをいってくれたとき、ぼくは救われた。ぼくに寄ってくる女の子はみんな、ぼくになにを求めてるのかわかんなかった。でも、それはアロマが教えてくれたんだ。ぼくはみんなの良いお兄ちゃんでいなきゃならないんだって」
アーク・ロイヤルは名家、いや、この国でもっとも高貴な家の血を引く存在だ。当然厳しさと暖かさをもった家庭で育ち、やがて彼はすこしずつ「兄」であることを周りの者から求められるようになった。人当たりの良い性格や、おおらかさ、どんなときでも味方でいてくれるような、そんな兄としての役割を求められるようになったのだ。
その責任があるから、アークはキャメルのことを放ってはおけない。彼女は苛烈なまでに兄を求めているからだ。
「ふっ……良い男になったじゃねえか。もう髪の毛焼くためにライター持たされてたときが嘘みたいだな?」
「そうだね……」アークは空を見据え、「だから、キャメルとの関係改善は必ずやる。キャメルがひとりぼっちなんて、かわいそうだもん」
「幼なじみとしてそう思ってるのか?」
「そうだろうね。目がくらむような活躍してきたキャメルも、最後は誰かに依存してたいんだ。あの子はずっとひとりで強い自分を演出し続けてきた。その流れを、この壮麗祭をもって断ち切る。それがあのとき、キャメルの考えを理解できなかったぼくにできる最大の贖罪(しょくざい)なんだよ」
もはやアークの考えに一切の迷いはない。ならばアロマも従うほかない。
それでもなお、アロマですら、1歳年上であるアロマですら、アークへは兄として振る舞ってほしかった。
「……ああ、とても残念だ」
「……ぼくはアロマのことを、裏切ることになるんだね」
「そうだ。あたしをオマエは裏切るんだ。でも……」
アロマだって悔しかった。アークのことを弟のように心配していた彼女は、いつの間にかアークを真剣に知りたいと思うようになって、それが進んで恋愛感情も抱いていた。だから、そう安々とアークの決断を尊重できるわけではない。
だが、
「あたしたちは親友だ。だから、どんなに嫌でも、正直泣き落とししたくても、笑ってオマエの判断を受け入れるよ」
それでも、アロマは先輩として振る舞う。
「……ごめんね。アロマ」
「謝んなよ。惨めになっちゃうだろ?」
笑っているのか泣いているのかわからない表情で、アロマはそういう。
「……うん。大好きだよ、ぼくの唯一の親友」
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