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チャプター3 すべての陰謀を終わらせる陰謀、壮麗祭

054 壮麗祭前日、無法者の宴

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 壮麗祭前日。
 壮麗祭は、アークやルーシが属すメイド・イン・ヘブン学園──MIH学園における、最大の催し物である。様々なイベントが起きるが、なかでも注目すべきは、学生同士の魔術を使った武道会だ。この催しはMIH学園でしか行われておらず、武道会がある日は祝日になるほどの盛り上がりを見せる。

 アーク・ロイヤルは退院し、ポールモールがつきっきりで『悪魔の片鱗』を指導していた。ポールモールは彼の成長の早さに舌を巻いたという。

 一方ルーシ・スターリング。こちらはLTASの東街にある商業ビルに入っている、『スターリング工業』の会議席に座っていた。

『アネキ、とりあえずウィンストンってヤツの女は全員輪姦しておいたっす』
「ご苦労。気持ちよかったか?」
『レイプも悪くないっすね。まあ、アネキの命令がなきゃそんなことしないっすけど』
「そうかい」

 ルーシは電話を切り、ウィンストンというMIH学園次席にして、裏社会とのつながりも深く、因縁も強い相手の家を特定したとの情報を受取る。

「アネキ、いったいどうするおつもりで?」
「燃やす」
「え? ウィンストンのガキは二世代同居してるんですよ? しかもあのガキには妹と弟がいる。情けをかけてやろうとは思わないんですか?」

 ルーシは煙草を灰皿に捨てる。

「思わねェよ。虫潰すことをいちいち意識するか?」

 会議席には、押した瞬間精密にナパーム爆撃がはじまるケースが置かれていた。

「むしろ慈悲深いといってほしいものだ。こっちは私の女とその母親が輪姦されているんだぞ? 犯されて殺されるより、ただ殺されるほうがマシじゃねェか」

 ルーシは本気で自分を慈悲深いと思っているようだ。そしてクールもポールモールも反対しない以上、この攻撃は確定事項である。

「だいたい、結構高かったんだからな、これ。あーあ、なんとか金作る方法考えねェとな」
「投資などを始めてみたらいかがでしょうか?」

 スターリング工業最高幹部──CFO補佐のみねが、いつの間にかオフィスへ入ってきた。

「オマエ、影薄いなァ」ルーシはニヤッと笑う。
「私が目立ってしまうと、サクラ・ファミリーの運営がうまくいかなくなるものですから」

 峰という名前なのに、ハーフでもない純粋な黒人は、そう明な頭脳をもっている。それは間違いない。

「それもそうだな。あんな無能の下について、オマエもさぞかし大変だろう」
みやび会長のことですか……。親のことは悪く言えないので」
「ヤクザってのも大変だねェ。優秀なヤツが正しい立場に就くこともできねェ」
「先代にお世話になったもので」
「いまの会長には?」
「発言は差し控えます」

 峰も雅という男がいかに無能かわかっているだろう。中間管理職に組織のトップをやらせてみたらどうなるかという、良い例だからだ。
 そんな峰へ、ルーシはささやく。

「なァ……峰。もしも偶発的事態がサクラ・ファミリーにて起きた場合、スターリング工業はオマエを全面的に指示するぜ?」

「……それはつまり」
「言葉の意味が分からないほど、オマエはバカじゃないだろ?」
「しかし、我々はヤクザです。極道が親を殺しては、先代から受け付いできたものがめちゃくちゃになってしまう」
「フッ……だが、雅のアホがその親を殺した証拠があれば、御旗はそちらにあるよな?」

 ルーシはクール・ファミリーの部下たちに目を向け、この場から出ていくように無言で伝える。
 そして携帯を取り出し、ボイスレコーダーを起動した。

『先代を殺したのは……雅会長です。おれはその命令に従い、先代を消しました。でも、卑怯者で臆病な雅会長は、そのままおれを別の罪で刑務所へとぶちこんだ。その罪、聞いてみますか? 幼女への強姦ですよ? おかげで懲役20年だ』

 ルーシはケラケラと笑い、煙草を吸う。

「あのクソロリコンめ。私の膜すらもほしいんじゃねェの? これじゃオマエの親の親が危ないよな? ま……詳しくはコイツと話してくれ」

 指を鳴らした。
 そのころには、誰かが出てきた。

「お初にお目にかかります、峰若頭。私、八千代やちよという者でございます。帝ノ国にて忍者をやっておりましたが、この度ルーシCEOに招聘されロスト・エンジェルスへ越させていただいた新参者でありんす」

 黒髪に般若の被り物。背丈も体型も髪型も標準的なので、そこが1番の特徴だろう。

「……CEOは帝ノ国にすらコネクトを持つと?」
「そりゃおめェ、サクラ・ファミリーの統括者だからな?」挑戦的な笑みを浮かべる。
「ともかく、八千代は峰若頭のご命令には従います。なにも心配なさらず。これでも帝ノ国の忍者として、帝の露払いをしていた者ですから」
「そういうことだ。使い方はオマエ次第。だが先ほどもいったように、サクラ・ファミリーにおける偶発的事態が起きたとき、スターリング工業は必ずオマエとオマエに着いてくる者を支援する。その代わり……」

 ルーシは溜め息混じりで、なんとも面倒そうな顔つきで、
「ふたつ条件がある。まず、CFO補佐として投資に……いや、もうオマエがCFOやれ。ポールは金を運んでくるのは上手だが、運用はオマエのほうがうまい。種になる金はこちらが用意するから、それをうまく運用しろ。んで、次が……」
 ソファーを占拠している素っ裸の女を睨む。

 その女はヘーラー。ポールモールやキャメルに聞いたところ、ロスト・エンジェルスを除く国では天使と呼ばれる生物が身近にいるらしいので、コイツは天使なのだろう。
 ただ、欠点もある。酒を飲んでいないと手が震え、シャワーや歯磨きはいわれても行わず、まったく場の雰囲気を読むことができないため失言を繰り返し、トドメとばかりにこの国では被差別民と扱いの変わらないピンク色の髪色をしている。

「この生ゴミの世話を任せてェ」
「…………それはCEOのご命令であっても」
「だよなァ……」

 一緒に生活すれば習慣が治るのではないか……という甘い考えは、彼女の持つ天性の愚図さの前に敗れ去った。正直もう面倒を見たくないのだ。

「ああ、クソ。ならサクラ・ファミリーの連中にコイツの写真見せて、自分の女にしたいって言ったヤツにくれてやる。その代わり面倒見ないと毒ガスの実験体になるって条件でな」
「クール・ファミリーの方々は、彼女と付き合おうとはしないのでしょうか?」
「全員に見せた。全員即答だった。女は顔と胸がすべてでない、っていう良い証明じゃねェか……」

 ヘーラーを見ていると殺意が沸いてくるのか、ルーシは最前吸い終わったはずなのに煙草を吸い始めた。

「……ともかく、オマエの役職も変わったからスターリング工業の役職を一新するぞ。私は代表取締役兼社長プレジデント。クールは最高執務責任者──CEO、私の位置に就くってことだな。もっとも、スターリング工業の株式は私が100パーセントもっているので、いってしまえば副社長みてェなもんだ。んでポールがCOO。オマエがCFO。八千代は近々設立する私設軍隊の幕僚長。定例幹部会で正式発表するが、別にやることが変わるわけでもない」

 やることが変わらない、というのは大嘘だ。
 まず、次の定例幹部会までに雅はすべての権限を失う。いや、正式にいえば、その前にすべての権限を剥ぎ取られる。彼は名目上スターリング工業のNo.3だからだ。
 そして私設軍隊。これに関しては、ルーシの脳内でも見てみない限り内容はわからないし、聞いたところではぐらかされるのがオチである。

 ルーシは煙草を灰皿に押し付けることなく、ヘーラーの目を開けてそこへ押し付けた。

「いったあ!?」
「起きろ。帰るぞ」
「ルーシさん!! おはようのキスは!?」
「腐ったスカンクの尻舐めろと?」

 そのまま銀髪碧眼幼女は、女の髪を引っ張って去っていった。

「峰若頭。これからどうするおつもりで?」
「ああ。簡単だ。まずサクラ・ファミリーの親分衆を集めろ。完全極秘でな。そこで代表取締がくださったレコーダーの内容を見せつける」
「おお、天下取る気ですねえ!」
「おれは天下なんて似合わんさ。地味な人間だからな。こんなおれを抜擢してくれた先代の思いに答えるべく、雅にも着いてきたが……もはや許す理由がない。八千代、これから話すことを誰にも漏らさないと約束してくれるか?」
「ええ。色男の頼み事なんて断れませんよ」
「おれはヤクザなんてどうでも良い。メンツだってどうだって良い。そんなもので腹は膨れないからだ。それをルーシさんはよく理解なさっている。だが……クールさんはよくおわかりになっていないだろうな。あの人は理想主義者だ。その理想は、おれたちの世界では通用しない」

 貧困が生んでしまった無法者は、裕福な暮らしができるくせにあえてこちら側へ来た人間を好きにはなれない。
 そう言い残した峰は、クーデターのために歩みをすすめる。
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