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チャプター2 実力と陰謀の学び舎、メイド・イン・ヘブン学園
051 されど青春物語は終わらない
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「ま、まさか……死ぬつもりじゃないでしょうね!?」
「ミイラ取りがミイラになってどうするんですか?」あくまで半笑いを浮かべ、「常に最高の結果と最悪の結末を想定するのが、私のやり方です。では、行ってきます」
そのとき、あんなに大人びて見えた幼女が、最後を悟って死んでいく老人のような柔らかい表情になった。
だから、キャメルはその先へは進めなかった。
「死ぬんじゃねェぞ。パーラ。まだまだオマエの世界は変わっていねェだろ……? こんなふざけた世界にも、まだ希望って魔法があることを証明してやるよ……」
パーラの病室へルーシは押し入る。即座にスカートの裏から拳銃を抜き出し、臨終でも見守るかのような医者へ向けた。
「どけ」
「なんだ、キミは!? この患者はもう両親ともに死んでるんだぞ!? それをわざわざ殺すつもりか!?」
「逆だ。おれがコイツを生かす」
「そんなことは不可能だ!! 血液の流れが止まっていて、脳は動かず、どんな技術を使っても植物状態で1週間も保たない!! もう助からないんだよ!!」
「不可能かどうかはおれが決めるんだよ!!」
凄まじい剣幕だった。普段のルーシではありえない、余裕など一切ない声だった。
「……そうさ。怪物の手は殺すことしかできねェ。だったら、自分を殺せば良いのさ」
医者を押しのけ、ルーシはパーラと対面する。
なんと哀れな姿だ。もう原型だって留めてないじゃないか。こんなの、生きているだけじゃないか。
だから、ルーシは猛り狂うように、笑い、涙を流す。
やがてそれが終わり、ルーシ・スターリングは、パーラに手をかざした。
「おれみてーな外道の血なんて欲しくねェだろ? だから、ここはスマートに決めようぜ?」
ルーシは目をつむった。
「すべての再生機能をパーラへ譲渡……いや、渡せる法則はすべて注げ。ここが最後の晴れ舞台だ。人殺しが病院で死ねるなんて、素敵なことじゃねェか……!」
心拍数がすこしずつ上昇していく。無残な見た目になっていたパーラの身体が、再生されていく。
代わりにルーシの口から血が流れていく。激しい頭痛にも襲われる。
「オマエはきれい好きだもんな? だから再生し終わったらちゃんと風呂入れよ? 猫耳もしっぽもきれいに洗うんだ」
あからさまな吐血をした。医者はルーシの暴走を止めようと、腕を掴む。
だが、ルーシは医者をいまから殺すかのような目つきで睨む。
「死にかけの病人を救うために未来ある子どもが命を落としてどうするんだ!? それでもやめないのなら、キミを撃つぞ!?」
「やめとけよ」ルーシは振り向き震える左腕で医者を指差し、「人を救う人間が人を殺してどうするんだい? この子の療養は誰がサポートするんだい? 分かったら、拳銃を降ろせ──」
ついにルーシは倒れ込んだ。血を流しすぎたのだ。また、脳へも取り返しのつかない損害を負っているだろう。
それでも、ルーシは笑いながら煙草を咥える。
「ざまあみろ。ついに自分すら殺してやったぞ……。しかも2回も、だ。へへッ……死にたくねェな……。だが…………パーラ、愛している。ありがとう」
ルーシ・スターリングの意識はそこで途絶えた。火がついていない煙草を落とし、なにか満足げな顔で。
*
「はあ、はあ……」
メントは埒が明かないと感じていた。それは闘いを見ればわかる話である。
アーク・ロイヤルは決してメントへ攻撃をしない。ただ、くらった攻撃をそらすだけだ。
「てめえ!! トドメ刺してえんなら刺しやがれ!!」
「ボクはさ、臆病者なんだよ」
小声で、自戒するかのような声だった。
「……あぁ?」
「そこで顔面が崩壊してる子たちを救って、さらにメントさんを救おうって思ったんだけど……やっぱりボクは臆病なんだ。どちらかを救えば、どちらかが不幸になる。だからといってどちらとも救わないのは全員が不幸になる。ひどく怯えてたときからなにも変わってないボクは、その決断すらくだせない。だから、もう訴えかけるしかない」
アークの胴体から魔力が抜けていくのを、ただ傍観していたメリットは知った。
この状態でメントに近づくのは、自殺にも等しい。メントは人を殺せるのだから。
それでも、アークはすこしずつメントとの距離を狭めていく。
「もう終わりにしよう。そんなにヒトを傷つけたいんなら、いっそのことその怒りをボクにぶつければ良い。弱いボクにできる、たったひとつの選択肢がそれだから」
殺意に感情を支配されているメントに、その言葉は届かない。
だからメントは、一切の思考なく、アークへ攻撃を放った。
*
「……ひどい夢を見た。ルーちゃんに愚痴ろ」
パーラは目を覚ました。寝ぼけている彼女には、ここが病院であることに気がつけない。
携帯電話で、パーラはルーシへ電話をかける。
「もしもしルーちゃん!! おはよ~!! パーラだよ~!!」
電話越しの相手は、その声を聞いて、不意に力が抜けたようなため息をついた。
「……キミがパーラちゃんか。ウチの娘が世話になってたみたいだな。良いか? これからの話を聞いても、キミは決して絶望しちゃいけない。キミの家族、友だち、恋人になにがあったのか。それをすべて明かす」
*
すべてを明かしたクール・レイノルズは、もはや死を待つ人形となったルーシを一瞥し、ルーシが好んで吸っていた煙草を咥える。
「なあ、姉弟。このままバッドエンドなんてつまんねェよな? 姉弟が死んじまったら、みんな寂しいじゃ済まねェぜ? 姉弟がいなきゃ世界は回らねェんだ」
一服し終わると、
「アニキ、なんとか説得しました。値段のほうですが……スターリング工業の全資産のほぼすべてを使わざるを得ないかと……」
ポールモールの報告を受けた。
「おれァスターリング工業の2代目になるつもりなんてねェよ。だから、これが最初で最後の命令であることを望もう。大丈夫、おれたちはこれからもっともっと上に上がれる。なあ……」
ルーシ・スターリングが塗り替えてきた世界。ここはルーシの世界。
だから、まだ死ねない。死ぬことは許されない。
スターリング工業CEO。MIH学園の高校生。クールの姉弟。パーラの恋人。
まだ、終わらない。
「ミイラ取りがミイラになってどうするんですか?」あくまで半笑いを浮かべ、「常に最高の結果と最悪の結末を想定するのが、私のやり方です。では、行ってきます」
そのとき、あんなに大人びて見えた幼女が、最後を悟って死んでいく老人のような柔らかい表情になった。
だから、キャメルはその先へは進めなかった。
「死ぬんじゃねェぞ。パーラ。まだまだオマエの世界は変わっていねェだろ……? こんなふざけた世界にも、まだ希望って魔法があることを証明してやるよ……」
パーラの病室へルーシは押し入る。即座にスカートの裏から拳銃を抜き出し、臨終でも見守るかのような医者へ向けた。
「どけ」
「なんだ、キミは!? この患者はもう両親ともに死んでるんだぞ!? それをわざわざ殺すつもりか!?」
「逆だ。おれがコイツを生かす」
「そんなことは不可能だ!! 血液の流れが止まっていて、脳は動かず、どんな技術を使っても植物状態で1週間も保たない!! もう助からないんだよ!!」
「不可能かどうかはおれが決めるんだよ!!」
凄まじい剣幕だった。普段のルーシではありえない、余裕など一切ない声だった。
「……そうさ。怪物の手は殺すことしかできねェ。だったら、自分を殺せば良いのさ」
医者を押しのけ、ルーシはパーラと対面する。
なんと哀れな姿だ。もう原型だって留めてないじゃないか。こんなの、生きているだけじゃないか。
だから、ルーシは猛り狂うように、笑い、涙を流す。
やがてそれが終わり、ルーシ・スターリングは、パーラに手をかざした。
「おれみてーな外道の血なんて欲しくねェだろ? だから、ここはスマートに決めようぜ?」
ルーシは目をつむった。
「すべての再生機能をパーラへ譲渡……いや、渡せる法則はすべて注げ。ここが最後の晴れ舞台だ。人殺しが病院で死ねるなんて、素敵なことじゃねェか……!」
心拍数がすこしずつ上昇していく。無残な見た目になっていたパーラの身体が、再生されていく。
代わりにルーシの口から血が流れていく。激しい頭痛にも襲われる。
「オマエはきれい好きだもんな? だから再生し終わったらちゃんと風呂入れよ? 猫耳もしっぽもきれいに洗うんだ」
あからさまな吐血をした。医者はルーシの暴走を止めようと、腕を掴む。
だが、ルーシは医者をいまから殺すかのような目つきで睨む。
「死にかけの病人を救うために未来ある子どもが命を落としてどうするんだ!? それでもやめないのなら、キミを撃つぞ!?」
「やめとけよ」ルーシは振り向き震える左腕で医者を指差し、「人を救う人間が人を殺してどうするんだい? この子の療養は誰がサポートするんだい? 分かったら、拳銃を降ろせ──」
ついにルーシは倒れ込んだ。血を流しすぎたのだ。また、脳へも取り返しのつかない損害を負っているだろう。
それでも、ルーシは笑いながら煙草を咥える。
「ざまあみろ。ついに自分すら殺してやったぞ……。しかも2回も、だ。へへッ……死にたくねェな……。だが…………パーラ、愛している。ありがとう」
ルーシ・スターリングの意識はそこで途絶えた。火がついていない煙草を落とし、なにか満足げな顔で。
*
「はあ、はあ……」
メントは埒が明かないと感じていた。それは闘いを見ればわかる話である。
アーク・ロイヤルは決してメントへ攻撃をしない。ただ、くらった攻撃をそらすだけだ。
「てめえ!! トドメ刺してえんなら刺しやがれ!!」
「ボクはさ、臆病者なんだよ」
小声で、自戒するかのような声だった。
「……あぁ?」
「そこで顔面が崩壊してる子たちを救って、さらにメントさんを救おうって思ったんだけど……やっぱりボクは臆病なんだ。どちらかを救えば、どちらかが不幸になる。だからといってどちらとも救わないのは全員が不幸になる。ひどく怯えてたときからなにも変わってないボクは、その決断すらくだせない。だから、もう訴えかけるしかない」
アークの胴体から魔力が抜けていくのを、ただ傍観していたメリットは知った。
この状態でメントに近づくのは、自殺にも等しい。メントは人を殺せるのだから。
それでも、アークはすこしずつメントとの距離を狭めていく。
「もう終わりにしよう。そんなにヒトを傷つけたいんなら、いっそのことその怒りをボクにぶつければ良い。弱いボクにできる、たったひとつの選択肢がそれだから」
殺意に感情を支配されているメントに、その言葉は届かない。
だからメントは、一切の思考なく、アークへ攻撃を放った。
*
「……ひどい夢を見た。ルーちゃんに愚痴ろ」
パーラは目を覚ました。寝ぼけている彼女には、ここが病院であることに気がつけない。
携帯電話で、パーラはルーシへ電話をかける。
「もしもしルーちゃん!! おはよ~!! パーラだよ~!!」
電話越しの相手は、その声を聞いて、不意に力が抜けたようなため息をついた。
「……キミがパーラちゃんか。ウチの娘が世話になってたみたいだな。良いか? これからの話を聞いても、キミは決して絶望しちゃいけない。キミの家族、友だち、恋人になにがあったのか。それをすべて明かす」
*
すべてを明かしたクール・レイノルズは、もはや死を待つ人形となったルーシを一瞥し、ルーシが好んで吸っていた煙草を咥える。
「なあ、姉弟。このままバッドエンドなんてつまんねェよな? 姉弟が死んじまったら、みんな寂しいじゃ済まねェぜ? 姉弟がいなきゃ世界は回らねェんだ」
一服し終わると、
「アニキ、なんとか説得しました。値段のほうですが……スターリング工業の全資産のほぼすべてを使わざるを得ないかと……」
ポールモールの報告を受けた。
「おれァスターリング工業の2代目になるつもりなんてねェよ。だから、これが最初で最後の命令であることを望もう。大丈夫、おれたちはこれからもっともっと上に上がれる。なあ……」
ルーシ・スターリングが塗り替えてきた世界。ここはルーシの世界。
だから、まだ死ねない。死ぬことは許されない。
スターリング工業CEO。MIH学園の高校生。クールの姉弟。パーラの恋人。
まだ、終わらない。
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