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チャプター2 実力と陰謀の学び舎、メイド・イン・ヘブン学園

030 "積み木くずし"アーク・ロイヤル

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「うう……」
「なんでこの人数でかなわねェんだよ……」

 そんなうめき声が聞こえるなか、ルーシは体力でも回復するかのように煙草を咥える。

「……まーたつかねェよ。なんだこれ。マッチにしろよ、ということか? だが、マッチなんて火事が起きても燃えねェものだろうに」

 ルーシは携帯を開き、怒涛の『スターリング工業』からの連絡をすべて消して、アークへ電話をかける。

「よォ。悪いんだが、ライター持っていねェか? ……って、オマエアークじゃないな? オマエ、もっとガキみてーな声しているだろ。……なに? てめェもいますぐ来い、だ? 逆にてめェが来いよ。私だって忙しいんだ。これからカラオケに行かなきゃならねェ。秒で済ませるからよ」

 面倒事ばかり重なる。どうしてこうなるのか、ルーシも不思議である。あのレイノルズ家の子どもということになっているからか、未だによくわかっていない派閥のメンバーをとりあえず潰したからか、10歳児がランクAになっていることが気に食わないのか。
 だが、時間が惜しいのも事実だ。仕方がないので、ルーシは能力を一部開放する。

「……あー、悪リィ。オマエらの居場所わかった。いまから向かう。1分待て」

 ルーシの能力とは、というものだ。そしてルーシは前世では超能力者であった。なので、この世界には魔術は存在するがという利点をつき、即座に彼らの位置を割り出した。
 要するに、なんでもありなのだ。この学校に入学して1日目。存在しない法則を使えば、そもそも相手にふれることもなく相手を爆発でもさせて殺すことも可能である。

「まあ……時間経過で体力は戻るが、いまフルパワーでやれば1分も保たねェだろうな。ここらへんで新しい法則を試すのもありか」

 もっとも、苛烈な時間制限が設けられている、フルパワーで超能力を使えば、5分も経たずに地べたを這いつくばることになるだろう。

 そして、ルーシは瞬間移動をした。そう、瞬間移動である。居場所が割れているため、法則を乱して即座にアークのいる場所へ移動した。

「よォ、アーク。だいぶひでェいじめを受けているようだが……すこしおもしろいことしてみねェか?」
「…………」

 いじめっ子は5人。アークはとことん暴行を受けていた。端麗に女性的な顔も、ところどころ腫れているし、身体にも青あざはあるだろう。

「あァ? なに? おれらを無視するってこと?」
「ああ、オマエら程度ボコすのは容易いが、ここはアークの力で闘うのも一興だろ?」
「あァ?」

 アークは気絶寸前だった。倒れ込み、なんと意識は失っていないだけだった。

「アーク、会話できるか?」
「……無理」
「そうか。まーよ、オマエにはライターもらったし、ここらへんでオマエのスキルを開花させてやるよ」
「……どういうこと?」
「すぐにわかる」

 ルーシはアークへなにかの法則を与えた。アークのスキルはわからないし、魔力もわからない。だが、ルーシが下駄を履かせることで、なにかしら良いほうへ傾くかもしれない。

「一瞬で終わる。ほら」

 本当に一瞬だった。

「え、え? どういうこと?」
「別に私もオマエを助ける義理なんてほとんどねェ。だけど、ちょっと甘くなったのかもな。それに……たまには見ているだけってのも良いじゃないか。いままでやってばかりだったからな?」

 アークはあからさまに困惑していた。当然だ。ルーシが自分でもよく理解していない上に、そもそも試したこともないような法則をアークに書き込んだからだ。つまり、ここから先はまったくの不明瞭である。どう転んでもおかしくない。

「ま……行って来い。死んだらごめん」

 ただでさえでもガタガタなアークの背中を、ルーシは男時代の腕力を使い叩く。この状況でこんなことをすれば、彼へとどめを指しかねないが、アークがどこかふわふわと浮いていた足を地面へつけたかのように精悍な表情になった時点で、ルーシは壁にもたれて彼の勇姿を見届けることにした。

「……自分の身体じゃないみたいだ。天高く舞い上がるような……でも、不思議と怖くはない。なにかがボクを守ってるみたいに、なにかがボクを包み込んでる」
「あァ? さっきからヤク中みてェなこといってんじゃねェぞ、オタク野郎が!!」

 とことん放置されていた学生たちは、やっと現状を知った。そこにはふたりの学生がいる。いつもどおりのサンドバッグと、自身の派閥メンバーをことごとく潰した怪物。怪物に挑む必要はない。人間はより弱い人間でも食っていれば良いのだ。
 だから、彼はアークを殴ろうと足を運ぶ。

 そして、
「……ッ!?」
 結果は一目瞭然だった。

 アークの身体に彼の拳が触れた瞬間、彼の腕はシェルダーにでもかけられたかのように粉々になった。そう、粉々だ。あまりにも突然の出来事だったがゆえ、痛みも驚きもない。ただただ、自分の腕が粉薬のように消え去ったということだけを目にしただけなのである。

「ち、ちくしょう!! どういうことだ!?」

 だが、数秒もあれば異質性に気がつく。腕が消滅した。なのに痛みはない。一切の痛みがない。だが腕はない。そしてアークは魔術を持っていないはず。と、なれば、このイカれた10歳のガキがやったのか?

「よォ。私もそろそろ行かなきゃならねェからいっておくぞ? たぶんだが、オマエが腕にまとわせている魔力は……アークが崩した」

 幼女には似合わない嫌味ったらしい笑みも、いまは関係ない。
 刹那、アークはただこちらを見てゆるりと腕を動かした。そこに狂気はない。ただただ、邪魔な虫でも取っ払うような動作だった。
 そして、アークは、いや、アークなのか? もしかしたらこのガキかもしれない。……いや、アークだ。間違いなくアークがやったことだ。
 そう思いながら、それだけを知りながら、彼は身体の一部が少しずつ消滅していくのを受け入れるほかなかった。

「どんな壮麗な建物も、柱一本とってしまえば崩れてしまうものだ。腕だけで良かったな? アーク、そうだな……積木くずしとでも名乗れば良いんじゃないか? そのスキルはよ」

 アークは、
「ふふっ。そうだね」
 愛らしい笑みとともに、あっさり同意した。

 やがて、なにかを崩していくように、アークのはじめての反撃がはじまった。

「じゃ、私は行くから。だがその前にライターくれ。もうオマエには必要無いものだしな?」
「わかった」

 死屍累々といった感じであった。アークのスキル──ルーシすら全貌は理解していない能力の前に、彼へ絡んでいた連中は壊滅。慌ててスキルを使った結果、余計に痛めつけられることになってしまった。そして、スキルを使えば使うほど、闘いはアーク有利になっていくこともよくわかった。

「ふー……。やはりこれだな。もはや健康なんてどうでも良いくらいだ」
「世間話でもする? ここに止まるってことは?」
「あ。煙草の力はすげェな。約束していたんだ。アーク、このクソガキのお願いを聞いてくれないか?」
「たぶん実年齢はクソガキではないだろうけどさ……まぁ、ボクができることなら。きょうはやることないし」

 アークも一応は感謝しているようだった。また、満足もしているようだった。いままで苛烈ないじめを受けていたのだから、それを1回でも反撃できたのはおおきいのかもしれない。

「カラオケ、かわりに行ってくれ」
「……カラオケ? 誰と?」怪訝そうな顔だ。
「パーラとメリット、あとよくわからんヤツ。知っているか?」ルーシは余裕そうな笑みである。
 いや、パーラはすこしだけ知ってるけどさ。あの獣娘でしょ? キルレ0.2なのに男子生徒にちやほやされてて、ボクの周りの子たちも悪口大会になってたよ」
「へェ。モテるってことか?」
「それは……」
「話せよ~。このかわいいかわいい幼女さまが聞いてやるってんだぞ? ほら、銀髪で碧眼だぞ? しかも超絶美少女だ。おまけにわざわざ無理して低い声を出している。……これが本当なんだよ、私の声って」
「……なんでそのキャラで行かなかったの?」
「オタクどもに絡まれたくねェからだ」ルーシは煙草を携帯灰皿へ捨て、「だが、オマエは直感でおもしれェヤツだと感じる。おもしろいのなら、オタクだろうと獣だろうと大歓迎だ。ま……」

 ルーシは携帯電話を確認する。左腕に巻いた腕時計型の携帯と筒型の携帯をペアリングし、どちらでも連絡は確認できるのだが、仕事用のもの──元来のスマートフォンの原型をかろうじてとどめているそれは、異常なまでに鳴り響いていた。だからルーシはそれを確認し、いよいよ連絡が「クール・レイノルズ」になっていることを知った。

「先に行っておいてくれって話だ。30分後合流する」
「男子いるの?」
「いるわけねェだろ」ルーシは嫌味な半笑いを浮かべ、「ご褒美を与えようって話だ。だいたい、私は歌うのが好きじゃない。場がしらけるからな。だからオマエが先に行って、私の部下から渡された酒でお持ち帰りして良いって意味だよ」

「……そう」

 アークはやや苛立っているようだった。ルーシはそういった感情を鋭く感じ取る。

 そんな中、アークの肩を叩き、
「とにかく、先に行っていろ。別に詐欺や殺しをさせるわけでもねェんだ」
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