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シーズン3 自分から助かろうとする者のみが助かる

049 それでも自分のために生きていこう

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 7月12日、国葬。
 市民が見守る中、国旗を被せられた棺桶が首都ダウン・タウンを行進する。ついにひとつの時代が終わってしまったのだと、年配の市民は涙を流していた。

 一方その頃、MIH学園所属の白髮の少女バンデージ、基メビウスは、豪勢な邸宅に同級生を招いた。退院して飲酒もできるようになったことを祝うために、MIH学園で知り合った者たちが全員集まる予定である。

「ねえ、お姉ちゃん」

「なんじゃ?」

 “お姉ちゃんフォルダー”に1,000枚ほど写真を溜め込んでいるモアではあるが、まだまだ直視できないくらい美しい“姉”を写真に落とし込むことだけは忘れない。

「あ、ちょっと自分だけの世界入ってた」

「そうか。悪いことではないだろう」

「んでさ、ケーラ来るかなぁ」

「ケーラくんが? 来るだろう。彼は兄に似て義理堅そうな目つきをしていたからな」

「そ、そうだよね」

 なにか引っかかることがあるらしいし、その理由も分かる。メビウスはモアの頭をポンッと叩き、彼女に勇気を持たせる。

「ケーラくんのことが好きなのだろう? なら、素直に言ってみれば良い。私も応援するよ」

「う、うん」

 という会話の瞬間にはインターホンが鳴った。メビウスは立ち上がって客を出迎えようとするが、先にぐるぐるメガネを外したモアが玄関先へと向かって行ってしまった。

「ちぃーす、モアちゃん」

「バンデージさんは?」

 金髪彗眼の美少年ケーラ・ロイヤルと茶トラ猫の獣人ミンティがいた。ケーラはなにやら持参してきてフォーマルな格好だが、ミンティは荷物すら持っていない。服装もラフだ。

「……。ああ、おれちょっとバンデージさんに会ってくるわ」

 礼節がないように見えるミンティだが、空気を読むことはできるらしい。彼は足早にメビウスのいるリビングへと向かっていった。

 場にはモアとケーラが残される。ケーラが、「ンじゃ、お邪魔します」と言った矢先、モアが彼の進路に立ち塞がった。

「え、なに? おれなんか悪いことした?」

(あたしは蒼龍のメビウスの孫娘……。あたしは英雄の孫……。その遺伝子があるんだったら、恋愛だってリードできる!!)

「ケーラ!! あたしと付き合って!! さもないと顔の形が変わるまでミサイル撃ち込むわよ!?」

 *

 メビウスとミンティは国葬をテレビでながめていた。

「棺桶空っぽなのかな」

「さすがになにも入れていないだろう。クールらしいパフォーマンスだよ」

「中央委員会の大半も信じ込んでそうだしねぇ。父さんはやっぱ偉大な嘘つきだ」ミンティは不良っぽくタバコを咥えて、「まあ、目標は超えるためにあるしね。父さんがブリタニカに放り投げられたんなら、おれもぶん投げられるべきかもね。まあバンデージさんの判断に任すけど」

「何様目線なのだ?」素朴なツッコミだ。

「おれはおれだよ。詐欺じゃないし、クール・レイノルズの息子だし、ルーシ・レイノルズの異母異父きょうだいだし」

「そういえばルーシが死んだという情報が出回っていないが……まさか君が?」

「うん」

 あっさり認め、ミンティは携帯灰皿にタバコを捨てた。

「可哀想じゃん、あの子」

「どこが」強い語気だ。

「バンデージさんもルーシのアネキも目的は世界平和でいっしょなんだし、いがみ合う運命なのはなんとなく分かるけど、もうちょっと歩み寄れれば良いのにって思ってるよ」

「……。他人を許すのは許さないことの何十倍と難しいのだぞ」

「アンタが蒼龍のメビウスっていうんなら、それくらい許してやっても良いんじゃねーの?」

「それは彼女の今後の行動で決まるだろう。犠牲を出さずに平和を目指すか、数千万人死のうとも秩序を築くか。ふん、たしかに求めているものはいっしょかもしれんな」

 またインターホンが鳴ったので、今度こそメビウスが客のもとへ向かう。

「たぶんフロンティアじゃね?」

 と言い、ミンティもついてきた。そして彼の予想どおり、そこには赤毛の少女、基少年フロンティアがいた。

「よー。ミンティ」

「お疲れ。モアとケーラのアホは?」

「あそこにいる」

 フロンティアは呆れた眼差しを横に寄せた。メビウスが思わず頭を抱えたくなる光景が広がっている。孫娘とその友人が自宅の前で堂々と抱き合ってキスし合っていたら、すこしばかり寂しさすらも覚えてしまう。

「あんなアホのどこが良いんだか」

「な。ケーラもすこしは女選べよな」

「え?」

「え?」

 認識にズレがあるようだ。珍しくこのふたりがフリーズした。
 とはいえあまりチラチラ見ていたらミサイルが飛んできそうなのも事実。3人は暗黙の中邸宅へ戻っていく。

「あとはラッキーナくんだけか」

「ラッキーナ? 元王族の?」

「そうじゃ」

「美人さんは人脈もえぐいねぇ……」

 ミンティは目を細める。そういえば彼らは初めてラッキーナと会う。病院で会ったときは、なにか毒素が消えたようにすっきりとした表情だったので大丈夫だとは思うが、すこし不安もある。

 そして、とうとう最後の客が訪れる。高身長女子高校生のラッキーナ・ストライクだ。

「ラッキーナくん、ようこそ」

「うん! でもバンデージさん、家前でモアちゃんがケーラくん襲ってたけど大丈夫かな?」

「そちらの心配をしなくてはならなかったのか」

「え?」

 “妹”とその友人、いまとなればボーイフレンドが公然わいせつで捕まったら難儀だ。メビウスはふたりを止めに行く。

「いけるって!! いけるよ!! 強えー男になりたいならあたしくらい満足させろー!!」

「言ってること意味不明だぞモアちゃん!? 順序を踏ませてくれーぃ!!」

「こっちだって色々溜まってるんだよ! あ、お姉ちゃん……」

 モアをケーラから引き離し、メビウスは久々に彼女の頭にグリグリと拳を当てる。

「うぅ……ごめんなさい。ケーラ、お姉ちゃん」

「せめてそういうことは私のいないところでやってくれ……。なんとも言えん気分になるのだよ」

「え? 結局おれ襲われる感じ?」

 誰も得していないようにすら感じる関係性だが、とにかくメンバーは揃った。
 メビウス、モア、フロンティア、ケーラ、ミンティ、ラッキーナ。総勢6人の(ひとりだけ見た目だが)高校生は、15歳以上であれば自宅での飲酒が許されるロスト・エンジェルスの法律に従い、各々好みの酒を持つ。

 そして、メビウスが宣言するのだ。

「みんな、集まってくれてありがとう。知っての通り、私の正体は蒼龍のメビウスだ。まずはそれを伏せていたことへ謝罪したい。すまなかった」メビウスは深々と頭を下げ、「しかし、私はこの姿になれて本当に良かったと思う。みんなと知り合うことができたのは偶然と必定だとも思う。だから、繰り返しになるが、本当にありがとう」

 酒池肉林が始まった。

 *

 蒼龍のメビウス、享年72歳。英雄を失った街ロスト・エンジェルスは、それでも前身し続けるだろう。
 道を切り開いていく若者たちに夢を与えられた。もう“蒼龍のメビウス”の役目は終わったのである。

 だから、今度は自分の人生に立ち返ろう。ヒトの倍の人生を歩むことになるかもしれないし、その分数多の苦痛に見舞われるとしても、それでも自分のために生きていこうではないか。
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