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シーズン3 自分から助かろうとする者のみが助かる

047 勝者、メビウス。

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 イースト・ロスト・エンジェルス市、“パクス・マギア”を巡るメビウスとルーシの対決。

 勝者、メビウス。

「やっぱりバンデージさんはすごいヒトだったんですね。あのルーシ先輩とスターリング工業に勝つなんて!」

「いや……運が良かっただけじゃ。みんなの助けがなければ、私はとうの昔に殺られていた」

 地上へ緩やかに復帰していくメビウスとラッキーナ・ストライクは、短い会話を交わした。そして白い髪の少女は安心しきった表情で、目を閉じるのだった。

「……ふふっ」

 あんなに恐ろしい魔力をまとう者が、いまとなれば自分の腕の中で目を閉じている。ラッキーナを信用してなければできない芸当だ。
 そんなメビウスを見て、ラッキーナは明るい笑顔を見せるのだった。

 *

「おめェ、仕事放り出して戦場来ちゃダメだろ」

「場面というものだよ、ジョン・プレイヤーくん。どうせオマエもメビウスさん救いに来たんだろ? 大統領もセブン・スターの切り込み隊長も関係ねェ。そう教わって来たんでね」

「へえ。なら、おめェンところの馬鹿娘はどうするよ?」

 ジョン・プレイヤーとクール・レイノルズが肩を並べている。思わずモアとミンティは写真を撮り始めた。ロスト・エンジェルス屈指の人気者たちが眼前で並ぶことなんて異常事態のとき以外あり得ない。

「ルーシのことか? アイツはおれの娘だ」

「答えになってねェよ。“パクス・マギア”による平和への願いが成就しちまった以上、あのガキを生かしておいたら仮想敵国にいちゃもんつけられるぞ?」

「オマエだってヒトの親になったんだろ? 血がつながってないとか、異世界人だとか関係ねェ。親が子見捨ててどうするって話だよ。オマエにだって息子がいるんだろ? ジョン」

「フロンティアはこんなくだらん真似しないさ。おれら実力は互角かもしれねェが、育児力じゃだいぶ差がついたみたいだな!!」

「おォ!? 張り合うつもりか!? こン前はじゃんけんで蹴りつけたし、きょうこそどっちのほうが強ェーかやってみるか!?」

「あァ!? 上等だごらァ!!」

 やがて怒号に変わったジョンとクールの会話に、モアとミンティはそっとスマートフォンをしまい込み知らぬ顔をし始める。

 そんな頃、治療の副作用で昏睡していたフロンティアが目を覚ます。

「……あれ? なんで父ちゃんとクールさんが?」

「父さん、あの幼女の親なんだってさ」

「はあ?」

「すこしくらい説明してくれても良かったと思うけどなぁ。血がつながってないとはいえ、実質妹……いや転生者だから姉? そもそも性別が変わってるから兄? まあともかく……」

 意識を失い、白目を剥き凍傷まみれの銀髪碧眼の幼女ルーシに、ミンティは近づいていく。獣人の少年は、彼女の傷口に手をかざした。

「……。誰だ」

「ミンティだよ。アンタとは異母きょうだいだ」

「…………。魔力なんて渡したら、いますぐトンズラするぞ?」

「良いよ。だって放っておいたら、ジョンさんがアンタ殺すと思うし。それに……おれから見りゃアンタは外道のようにも思えないし見えないもん」

 その銀髪碧眼の幼女は、面食らったような表情になった。

「……。私が外道にも思えないし見えない? なにを言っているんだ?」

「だって、アンタは世の中を良くしようと思って行動したんでしょ?」ミンティはルーシの生々しい傷口を塞ぎ、「だから、そこいらの私利私欲にまみれた悪党とは違うと思った。それだけさ」

 *

 メビウスは病院の個室で目を覚ました。高級ホテルのような部屋の中では、モアとラッキーナがふかふかのソファーに座りリラックスした様子であった。

「あ、お姉ちゃん。おはよ」

「思ってたより早く目を覚ましましたね。……。嬉しいで──嬉しいよ」

 軽い態度だ。メビウスがこれしきで死なないと知っていたのであろう。ふたりの少女は、それだけメビウスのことを信じている。

「……。心配をかけたな。申し訳ない」

 されど身体はまったく動かない。高熱に筋肉痛が加算されているかのような苦しさに苛まれていた。

「心配? なに言ってるのさ、お姉ちゃん」

「そうです──そうだよ。むしろ謝るべきは私たちだと思うもん。ごめんなさい、バンデージさん」

「……。そうか」

「まあ悪いのはルーシ先輩だし、ラッキーナちゃんが謝る理由なんてないんじゃない?」

 ラッキーナは微笑む。オドオドした態度しか見せてこなかった少女は、いつの間にか柔和な笑顔を交える素敵な子になっていた。

「でもさぁ、ルーシ先輩たちはなんのお咎めも受けてないらしいんだよね」

「そうなのか?」

「うん。クール大統領が裏で手を回したって話だけど」

「クールの狙いはなんじゃろうなぁ……」

 怪訝そうな表情すらも愛らしいのか、モアとラッキーナはあられもなく表情を緩めた。

「バンデージさんって美人ですよね」

「当たり前だよ!! 昔の写真見てみ? めちゃカッコいいから!」

 モアはラッキーナへスマートフォンに入っている、30代頃の軍人だったメビウスの写真を見せた。40年ほど前、カメラというものが誕生し、そのときに撮った代物である。

「か、カッコいい……」

「でしょ? こんなカッコいいヒトなんだから可愛くなれるのも当然だよね」モアは火が点いたように、「かっこよさと可愛さは両立できると思うんだ。普段は穏やかな美人さんだけど、いざとなればどんなヒトよりも格好いい。それがあたしのおじいちゃんであり、お姉ちゃんなんだよ!!」

「え? おじいちゃん? 確かに男性用の軍服着てるけど……」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「いや、私から言おう」

 モアとラッキーナの間になんとも形容し難い奇妙な時間が流れた。メビウスは微笑みを浮かべ、ラッキーナへ改めて自己紹介するのだった。

「私はメビウスという者だ。現在72歳だが、なんの因果かこんな姿になってしまった」

「え、え?」

 ラッキーナの顔がひきつる。当然の反応だろう。16歳程度の少女の中身があの蒼龍のメビウスなんて、正直誰にも予想できない。

「え、え、あ……」

「いつ告白しようか迷っていたが……このタイミングしかないとも思ったのだ。ラッキーナくん、騙して悪かった。72歳と16歳が友だちでいられるわけがないのだから」

 というセリフに、オドオドと言葉を詰まらせていたラッキーナは、なにか過去の自分と決別するように凛とした態度で返事した。

「と、友だちでいられるよ!! だってバンデージさんはこんな私にも優しくしてくれたから!!」

「そうか……」

 メビウスは苦虫を噛み潰したような表情で、されど笑みを見せるのだった。
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