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シーズン3 自分から助かろうとする者のみが助かる

038 だから安心して死ね

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「効果が出るのは?」

「研究機関の報告によれば、人間相当だと30分くらいらしい」

「遠足の前の日みてーにワクワクしちまうぜ……」

 ルーシ・レイノルズは廃工場の工具の上に座り、葉巻を咥える。

「危ねェクスリはやめたのか?」

「まあな。結局、タバコが一番だ。この場に限るかもしれないが」

「そういえば、まだ訊いてなかったな。オマエが平和の魔術なんて酔狂なものを狙ってたわけをさ」

「ああ? 喋っていなかったか?」ルーシは脚をパタパタ動かし、「私のお願い事は『200年先の技術を全世界に広める』というものだよ。21世紀からやってきた身としては、18世紀末期っていうのはちょいと退屈過ぎる」

「なるほど。そうするとロスト・エンジェルスの技術的優位性がなくなってしまうが?」

「だからふたつの軍をクールにつくってもらったんだよ。『魔術総合軍』と『宇宙方面軍』だ。200年をも上回る技術力を連中が手にしたって、魔法と科学が交わるハイブリット戦争や宇宙開発がいきなりできるわけないだろ?」

「技術力を魔法で大幅向上させ、それに適応できないはずの諸国を最短で征服するってことか?」

「そんなところだ。もちろん外交的な平和が一番だがな」

 そんなわけでふたりは数分ほど話したわけだが、もうすでに意識を失っているラッキーナに変化が訪れていた。彼女は口から吐血し、鼻血を垂らしながら白目を剥いている。すなわち、なにかしらの効果はあったというわけだ。

「代わりはいくらでもいる。怪獣みてーに暴れそうならその前にぶち殺す。だから安心して死ね」

 *

 メビウスとエアーズが激戦を繰り広げていたMIH特別区であったが、その対決はロスト・エンジェルス中を包む警報音で取りやめになった。

「いったいなにが起きてるんだ? ヘリコプターが東街ひがしまちまで飛んでいってらぁ」

「この衝突を無視してまでクールが止めたいこと……。まさかッ」

 矢先、爆音が耳に響き渡った。隕石のような物体が戦闘機並みの速度でイースト・ロスト・エンジェルスへ飛んでいる。それらの数は5つ。
『ブリタニカ』『ガリア臨時政府』『帝政ルーシ』『アストラリア帝国』『ロマーナ枢密院』……。世界を代表する列強国家を思い浮かべたのは必然だ。

「ラプラスを……パクス・マギアが起きようとしているのかッ!?」

 それに反応したのはエアーズであった。彼は眉をひそめ、メビウスの言っていることを理解できていないかのような態度だ。

「パクス・マギア? 教科書に載ってる、平和への願いならなんでも叶う童話みてーな魔術がなんだって? そんなモンロスト・エンジェルスにァねェだろ」

「いや……ある。あるのだ。高い魔力量を持ち、若く、平和であることを誰よりも祈っており有事の際には命すらも捨てられる。そんな者がいるとは思ってもいなかった……」

「おい、さっきからなに言ってるんだ? 意味分かんねェぞ?」

「……。ロスト・エンジェルス連邦国防軍は、パクス・マギアを成立させるために禁忌を犯しすぎた」

 軍隊のトップでもあったメビウスからすれば、耳の痛い話だ。
 平和を求めようとしているのに人身御供を用意するなんて本末転倒にも程がある。しかも成功率は10パーセント程度。9割の者は犬死にする。せめてネズミやモルモットあたりに試したところで廃棄しておくべきだったのだ。

「一旦停戦しよう」メビウスは空中にて手を広げ、「国防軍が出張るほどの緊急事態だ。私の首を獲る前にセブン・スターへまとめてやられるぞ?」

「……。分かったよ。チクショウ。こんな形で終わりとは」

 戦闘を停止したふたりは、空中にいるのにも関わらず、さらに空高く遠い場所を見据える。いや、轟音と熱波、驚異的な魔力の所為で目視せざるを得ない。

「台風みてーだな」

「ああ。黒いハリケーンといったところか」

 メビウスは自らの皮膚が再生し始めていることを確認し、首をゴキゴキ鳴らす。

「あ? オマエ、行くつもり?」

「君も来るか?」

「行くわけねーだろ。おれァルーシ・レイノルズを倒せればそれで良いんだ。オマエに協力する義理は断じてない」

「しかし、この状況はあの薄気味悪い幼女がつくったものだと思わんかね?」

「……あ?」

「君はウィンストンという者に雇われたのであろう? しかしウィンストンの雇い主があの幼女だとしたら? 私と君は共に彼女と不倶戴天ふぐたいてんだ。しかし我々は協力関係にない。それならば利用してぶつけ合わせれば良い。そう考えたとは思わんか?」

 エアーズはしばし首をかしげるが、やがて地上へ降りるようにジェスチャーする。メビウスはそれに従って着陸した。

「……あのガキィ!! ルーシ・レイノルズが絵を描いてたってことか? おれがアイツの所為でどれだけ失ったと思ってんだ? ……。バンデージ、だよな」

「ああ」

「協力する義理はねェが、共通の敵は生まれた。スターリング工業、さらにはルーシ・レイノルズを必ずぶっ潰すぞ」

「そうだな……!!」

 *

「お姉ちゃん、上にいる……」

「あれってエアーズさんじゃねぇの?」

「ケーラ、知ってるの?」

「飛ぶ鳥を落とす勢いで名を上げたんだけど、ルーシ先輩とその部下に殺されかけてもう復活できないって聞いてた。だってイモムシみたいになって病院へ搬送されたらしいぜ? 普通そこからバンデージさんと張り合えるまで復活できねぇよなぁ」

「ほへー。変なヒトもいるモンだね。まあ隣にもいるけどさ」

「……。オレのこと指してるのか?」

「そりゃそう。面と向かって嫌いと言ってきた相手の隣にいられる精神力、正直意味分かんない」

「ま、まあ。落ち着けよ、ふたりとも。いまやるべきことはバンデージさんとルーシ先輩を室内非難させることだろ?」

 MIH学園の校舎はすべて対空仕様となっている。まだ飛行機すらロスト・エンジェルスしか開発できていない時代にそんな装備は不要かもしれないが、こうなってくると非常に重要になってくる。魔術による大攻撃にもある程度は耐えられるはず、だと科学者たちが太鼓判を押していたからだ。
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