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タネ明かし②――事件の真相と最後の謎
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「ついでに、もうひとつ訊いても、よござんすかね」
「ふむ」
「姫さんは、強盗どものヤサは富岡屋から一里から一里半、山谷掘沿いかその近くだ、と言い当てなさった。ありゃあ、どういうカラクリなんですかね?」
「ああ、そこは確率のはなしでの」
「かくりつ?」
「いかに夜とはいえ大勢いては目だつ。賊は数人、多くても十人はいくまい。でないと、いたずらに分け前を減らすのみで、二十人からを音もなく葬る手練れを雇っておく意味がなくなる」
「なるほど。言われてみりゃあ、そうですな」
「さて、そうなると、どうやって三千両を運んだものであろう」
「さあて――たしかに、こいつは厄介だ」
小判の詰まった千両箱は、いまで言う二十五キロほどに相当する。合計で七十五キロ、仮に分けて運んだとしても、賊が五人であれば、ひとり十五キロ。十人であったとしても七・五キロを持たねばならない計算になるが、
「賊は千両箱ごと奪っている。これは手分けをしたのではなく、まとめて持ち去ったことを意味する。では、千両箱をみっつ、まとめて運んだ手段はなにか。ひと箱に二人つけば持てなくないが、いざというとき身動きがとりにくい。荷車であれば、みっつ乗せて運ぶこともできようが、町木戸を抜けられまい」
荷車をひけるような表通りには町ごとに木戸が設けられおり、夜間は木戸番がついていたので、目にふれず通り抜けることは難しい。
「――舟!」
そう叫んだのは、むくれていたはずの千冬だった。いつの間にか、話に引き込まれている。
「なるほど、舟ならいっぺんに運べて、自身番も町木戸もねえってわけだ。ムシロでもかけときゃあ、他の舟とすれ違っても、わかりゃしねえしな
「さよう。であるならば、三千両を運びこむ先は舟をつけられるか、それにほど近い場所にあるとみてもよいだろう。ただし夜であるうえに、雨も降っていたので、舟足は人が歩くくらいか、もう少し速いところが精一杯だろう。一方で、いかに目だたぬとはいえ、千両箱を舟から揚げるのは、日の出前にすましておくに違いない。凶行がおこなわれたのは、夜八つか八つ半(午前一~二時)以降であろうが――その理由は、親分が詳しかろうの
「からかっちゃいけません」
律は頭を掻いた。
「岡場所がひける時刻でさ」
「その時刻までは夜回りも出ようから、賊が押し入ったのは概ね夜八つ半から、明六つ(午前四時)までのあいだ、ということになる。富岡屋の凶行と、千両箱を舟から揚げるのに、それぞれ半時(約一時間)はかかるであろうから、舟が移動できるのは一里、せいぜいが一里半であろうな」
「薬種問屋が、くさいと思いなさったわけは」
「阿片は、ただ液を煮詰めて火をつけただけでは駄目での。焦がさず煙をたてるには、それなりの知識と経験がいるので、清国には専門の職人までいるときく。唐物(輸入品)をあつかう者なら、異国の知識も得られようし、薬種問屋であれば、実際にためして経験もつめるのではないか」
「白砂糖の件と、昔より商売がうまくいってねえってのは、どう見当をつけられたんで」
「人目につくところで、阿片の煙をたてるわけにもいくまい。締めきった蔵でもあれば、そこを使うだろう。ただ、表向きは商いをつづけねばならんので、そちらにも蔵がいる。薬種問屋があつかうもので、蔵をふたつも使うほど量があるのは砂糖だが、うちひとつを阿片を吸うのに使えるならば、表の商いは以前ほどではないと言えるだろう。減るとすれば流通の増えてきた讃岐産や奄美の黒砂糖ではなく、長崎にきていた白砂糖であろうな」
じつは日本の開国をうけて、二百余年つづいた長崎・出島のオランダ商館も近ごろ廃止になっていた。時代は、変わってきている。
「なんでもかんでも、ぽんぽん答えちまう姫さんだな」
もう笑うしかねえや、と律が茶碗を干したとき、板場の隅で小さくなっていた善八が、奇妙なものを小皿にのせて差し出した。
「これは、なんだ?」
さすがの初栄も首をひねった。
「ふむ」
「姫さんは、強盗どものヤサは富岡屋から一里から一里半、山谷掘沿いかその近くだ、と言い当てなさった。ありゃあ、どういうカラクリなんですかね?」
「ああ、そこは確率のはなしでの」
「かくりつ?」
「いかに夜とはいえ大勢いては目だつ。賊は数人、多くても十人はいくまい。でないと、いたずらに分け前を減らすのみで、二十人からを音もなく葬る手練れを雇っておく意味がなくなる」
「なるほど。言われてみりゃあ、そうですな」
「さて、そうなると、どうやって三千両を運んだものであろう」
「さあて――たしかに、こいつは厄介だ」
小判の詰まった千両箱は、いまで言う二十五キロほどに相当する。合計で七十五キロ、仮に分けて運んだとしても、賊が五人であれば、ひとり十五キロ。十人であったとしても七・五キロを持たねばならない計算になるが、
「賊は千両箱ごと奪っている。これは手分けをしたのではなく、まとめて持ち去ったことを意味する。では、千両箱をみっつ、まとめて運んだ手段はなにか。ひと箱に二人つけば持てなくないが、いざというとき身動きがとりにくい。荷車であれば、みっつ乗せて運ぶこともできようが、町木戸を抜けられまい」
荷車をひけるような表通りには町ごとに木戸が設けられおり、夜間は木戸番がついていたので、目にふれず通り抜けることは難しい。
「――舟!」
そう叫んだのは、むくれていたはずの千冬だった。いつの間にか、話に引き込まれている。
「なるほど、舟ならいっぺんに運べて、自身番も町木戸もねえってわけだ。ムシロでもかけときゃあ、他の舟とすれ違っても、わかりゃしねえしな
「さよう。であるならば、三千両を運びこむ先は舟をつけられるか、それにほど近い場所にあるとみてもよいだろう。ただし夜であるうえに、雨も降っていたので、舟足は人が歩くくらいか、もう少し速いところが精一杯だろう。一方で、いかに目だたぬとはいえ、千両箱を舟から揚げるのは、日の出前にすましておくに違いない。凶行がおこなわれたのは、夜八つか八つ半(午前一~二時)以降であろうが――その理由は、親分が詳しかろうの
「からかっちゃいけません」
律は頭を掻いた。
「岡場所がひける時刻でさ」
「その時刻までは夜回りも出ようから、賊が押し入ったのは概ね夜八つ半から、明六つ(午前四時)までのあいだ、ということになる。富岡屋の凶行と、千両箱を舟から揚げるのに、それぞれ半時(約一時間)はかかるであろうから、舟が移動できるのは一里、せいぜいが一里半であろうな」
「薬種問屋が、くさいと思いなさったわけは」
「阿片は、ただ液を煮詰めて火をつけただけでは駄目での。焦がさず煙をたてるには、それなりの知識と経験がいるので、清国には専門の職人までいるときく。唐物(輸入品)をあつかう者なら、異国の知識も得られようし、薬種問屋であれば、実際にためして経験もつめるのではないか」
「白砂糖の件と、昔より商売がうまくいってねえってのは、どう見当をつけられたんで」
「人目につくところで、阿片の煙をたてるわけにもいくまい。締めきった蔵でもあれば、そこを使うだろう。ただ、表向きは商いをつづけねばならんので、そちらにも蔵がいる。薬種問屋があつかうもので、蔵をふたつも使うほど量があるのは砂糖だが、うちひとつを阿片を吸うのに使えるならば、表の商いは以前ほどではないと言えるだろう。減るとすれば流通の増えてきた讃岐産や奄美の黒砂糖ではなく、長崎にきていた白砂糖であろうな」
じつは日本の開国をうけて、二百余年つづいた長崎・出島のオランダ商館も近ごろ廃止になっていた。時代は、変わってきている。
「なんでもかんでも、ぽんぽん答えちまう姫さんだな」
もう笑うしかねえや、と律が茶碗を干したとき、板場の隅で小さくなっていた善八が、奇妙なものを小皿にのせて差し出した。
「これは、なんだ?」
さすがの初栄も首をひねった。
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