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タネ明かし①――事件の真相とアヘン戦争
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「いや、こいつはたまげた。本当だ」
場所はかわって、本所にある善八の小料理屋である。
律はぬるく燗した酒を片手に、餡かけ豆腐を三丁も、たいらげていた。
「佐々木さま、姫さんの言ったことは本当ですぜ。こいつはいける」
初栄と律にしつこく勧められて、渋々と箸をつけた千冬だったが、
「む――」
と唸ったきり箸がとまらなくなったのを、ふたりが面白がって笑うものだから、またぷいと横を向いてしまった。
「で、いったいぜんたい、何だったんでしょうかね」
いい加減に慣れて来た律が、事件のことを切り出した。
「世が世だからの。盗賊もいろんな手を使うようになったと聞くが、まさか【津軽】とはの」
「それだ。その津軽ってのは、結局なんなんで?」
「阿片の俗名だ。芥子の実から出る液を、飴状になるまで煮詰めたものが阿片で、少量であれば薬になる。津軽の特産である【一粒金丹】は、これに様々な生薬を混ぜ合わせてつくる」
「姫さんは、何でも知っていますねえ」
「その阿片を専用の煙管につめ煙草のように火をつけて煙を吸うと、酒など問題にならぬほど酔いがまわって、わけもなく楽しくなり、悩みもすべて忘れ、この世から怖いものがなくなるそうだ」
「なんだか、夢でもみてるような」
「起きながら夢をみることもあるそうだが、じっさいには体を蝕む毒なのだ。しかも一度でも味をしめるや、必ずたちの悪い癖になる。阿片を求めずには生きられず、そのうちに痩せていき、やがて苦しみ死に至る。清国ではこれをめぐり、いくさまで起こったそうだ」
阿片戦争――。
この時代より二十年ほど昔におこった、清(中国)とイギリスのあいだに勃発した戦争は、阿片禍に手を焼いた清国政府が、イギリスが持ち込む阿片を取り締まったことが発端だと、こんにちでは誰でも知っている。
「その常習性を橘屋庄右衛門の一味が利用したのだ。まず商家の若い者に博打をけしかけ、最初はわざと勝たせる――といった手口だろう」
「ふん。惰弱な習いに、手を染めるからだ」
と、吐き捨てるように言ったのは、すっかりふてくされた千冬だった。
もちろん、善八へのあてつけでもある。善八は小さな板場の隅で、さらに小さくなっていた。
「伝一郎が夜遊びから帰り、妙に機嫌がよかったのはその頃だろう。博打に勝たせて阿片を買わせ、最初は少しだけ嗅がせるにとどめ、徐々に量を増やして溺れさせていく。昼まで帰らなかった時には、もう、そこまできていたであろうの」
「ふむ、それで?」
「そのうち金がなくなるが、もう阿片なしではいられなくなる。金を借りてでも欲しがるようになるが、借金にも限度がある」
「何だか、酒で身を持ち崩す野郎に似てますねえ」
「それどころではない。やがて骨の髄まで阿片にはまりこみ、善悪の分別すらなくなって、どんなことをしても手に入れようという状態にしてから、おぞましい取り引きを持ちかけたのであろう」
「押し込み強盗の片棒を担げ、と――」
「おそらくは、家人の人数や屋敷の間取りを聞き取ったうえで、いったんは家に帰し、皆が寝静まるのを待って内側から侵入の手引きをさせた――こんなところではないかの」
「ちっ、悪い奴がいたもんで」
律は酒のはいった茶碗を、ぐいと煽った。
場所はかわって、本所にある善八の小料理屋である。
律はぬるく燗した酒を片手に、餡かけ豆腐を三丁も、たいらげていた。
「佐々木さま、姫さんの言ったことは本当ですぜ。こいつはいける」
初栄と律にしつこく勧められて、渋々と箸をつけた千冬だったが、
「む――」
と唸ったきり箸がとまらなくなったのを、ふたりが面白がって笑うものだから、またぷいと横を向いてしまった。
「で、いったいぜんたい、何だったんでしょうかね」
いい加減に慣れて来た律が、事件のことを切り出した。
「世が世だからの。盗賊もいろんな手を使うようになったと聞くが、まさか【津軽】とはの」
「それだ。その津軽ってのは、結局なんなんで?」
「阿片の俗名だ。芥子の実から出る液を、飴状になるまで煮詰めたものが阿片で、少量であれば薬になる。津軽の特産である【一粒金丹】は、これに様々な生薬を混ぜ合わせてつくる」
「姫さんは、何でも知っていますねえ」
「その阿片を専用の煙管につめ煙草のように火をつけて煙を吸うと、酒など問題にならぬほど酔いがまわって、わけもなく楽しくなり、悩みもすべて忘れ、この世から怖いものがなくなるそうだ」
「なんだか、夢でもみてるような」
「起きながら夢をみることもあるそうだが、じっさいには体を蝕む毒なのだ。しかも一度でも味をしめるや、必ずたちの悪い癖になる。阿片を求めずには生きられず、そのうちに痩せていき、やがて苦しみ死に至る。清国ではこれをめぐり、いくさまで起こったそうだ」
阿片戦争――。
この時代より二十年ほど昔におこった、清(中国)とイギリスのあいだに勃発した戦争は、阿片禍に手を焼いた清国政府が、イギリスが持ち込む阿片を取り締まったことが発端だと、こんにちでは誰でも知っている。
「その常習性を橘屋庄右衛門の一味が利用したのだ。まず商家の若い者に博打をけしかけ、最初はわざと勝たせる――といった手口だろう」
「ふん。惰弱な習いに、手を染めるからだ」
と、吐き捨てるように言ったのは、すっかりふてくされた千冬だった。
もちろん、善八へのあてつけでもある。善八は小さな板場の隅で、さらに小さくなっていた。
「伝一郎が夜遊びから帰り、妙に機嫌がよかったのはその頃だろう。博打に勝たせて阿片を買わせ、最初は少しだけ嗅がせるにとどめ、徐々に量を増やして溺れさせていく。昼まで帰らなかった時には、もう、そこまできていたであろうの」
「ふむ、それで?」
「そのうち金がなくなるが、もう阿片なしではいられなくなる。金を借りてでも欲しがるようになるが、借金にも限度がある」
「何だか、酒で身を持ち崩す野郎に似てますねえ」
「それどころではない。やがて骨の髄まで阿片にはまりこみ、善悪の分別すらなくなって、どんなことをしても手に入れようという状態にしてから、おぞましい取り引きを持ちかけたのであろう」
「押し込み強盗の片棒を担げ、と――」
「おそらくは、家人の人数や屋敷の間取りを聞き取ったうえで、いったんは家に帰し、皆が寝静まるのを待って内側から侵入の手引きをさせた――こんなところではないかの」
「ちっ、悪い奴がいたもんで」
律は酒のはいった茶碗を、ぐいと煽った。
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