鬼姫吟味帳

あしき×わろし

文字の大きさ
上 下
17 / 19

タネ明かし①――事件の真相とアヘン戦争

しおりを挟む
「いや、こいつはたまげた。本当だ」

 場所はかわって、本所にある善八の小料理屋である。
 律はぬるく燗した酒を片手に、餡かけ豆腐を三丁も、たいらげていた。

「佐々木さま、姫さんの言ったことは本当ですぜ。こいつはいける」

 初栄と律にしつこく勧められて、渋々と箸をつけた千冬だったが、

「む――」

 と唸ったきり箸がとまらなくなったのを、ふたりが面白がって笑うものだから、またぷいと横を向いてしまった。

「で、いったいぜんたい、何だったんでしょうかね」

 いい加減に慣れて来た律が、事件のことを切り出した。

「世が世だからの。盗賊もいろんな手を使うようになったと聞くが、まさか【津軽】とはの」
「それだ。その津軽ってのは、結局なんなんで?」
「阿片の俗名だ。芥子の実から出る液を、飴状になるまで煮詰めたものが阿片で、少量であれば薬になる。津軽の特産である【一粒金丹】は、これに様々な生薬を混ぜ合わせてつくる」
「姫さんは、何でも知っていますねえ」
「その阿片を専用の煙管につめ煙草のように火をつけて煙を吸うと、酒など問題にならぬほど酔いがまわって、わけもなく楽しくなり、悩みもすべて忘れ、この世から怖いものがなくなるそうだ」
「なんだか、夢でもみてるような」
「起きながら夢をみることもあるそうだが、じっさいには体を蝕む毒なのだ。しかも一度でも味をしめるや、必ずたちの悪い癖になる。阿片を求めずには生きられず、そのうちに痩せていき、やがて苦しみ死に至る。清国ではこれをめぐり、いくさまで起こったそうだ」

 阿片戦争――。
 この時代より二十年ほど昔におこった、清(中国)とイギリスのあいだに勃発した戦争は、阿片禍に手を焼いた清国政府が、イギリスが持ち込む阿片を取り締まったことが発端だと、こんにちでは誰でも知っている。

「その常習性を橘屋庄右衛門の一味が利用したのだ。まず商家の若い者に博打をけしかけ、最初はわざと勝たせる――といった手口だろう」
「ふん。惰弱な習いに、手を染めるからだ」

 と、吐き捨てるように言ったのは、すっかりふてくされた千冬だった。
 もちろん、善八へのあてつけでもある。善八は小さな板場の隅で、さらに小さくなっていた。

「伝一郎が夜遊びから帰り、妙に機嫌がよかったのはその頃だろう。博打に勝たせて阿片を買わせ、最初は少しだけ嗅がせるにとどめ、徐々に量を増やして溺れさせていく。昼まで帰らなかった時には、もう、そこまできていたであろうの」
「ふむ、それで?」
「そのうち金がなくなるが、もう阿片なしではいられなくなる。金を借りてでも欲しがるようになるが、借金にも限度がある」
「何だか、酒で身を持ち崩す野郎に似てますねえ」
「それどころではない。やがて骨の髄まで阿片にはまりこみ、善悪の分別すらなくなって、どんなことをしても手に入れようという状態にしてから、おぞましい取り引きを持ちかけたのであろう」
「押し込み強盗の片棒を担げ、と――」
「おそらくは、家人の人数や屋敷の間取りを聞き取ったうえで、いったんは家に帰し、皆が寝静まるのを待って内側から侵入の手引きをさせた――こんなところではないかの」
「ちっ、悪い奴がいたもんで」

 律は酒のはいった茶碗を、ぐいと煽った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...