鬼姫吟味帳

あしき×わろし

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間合いの達人、さらにそれを超える天賦の才

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 初栄は脳天を打たれて転がる浪人を見おろしながら、

「善八、殺してはおるまいの」
「はあ、それは大丈夫かと」

 傍らには、ならずもの達を斃した千冬が、怒りに全身を震わせていた。

「貴様というやつは!」

 すっかり血がのぼり、容易に言葉も出てこない。

「これほどの、これほどの天分がもちながら――」
「あのう、いったい何が起こったんで?」

 釈然としない律が訊くと、

「言うなれば、間合いの達人といったところかの」
「間合いの達人?」
「この善八はの。相手が誰であれ、また何人であれ、すべての動きを先読みして、然るべき自分の間合いに身を置くことができるのだ。攻撃しようと思えば剣の届かぬ間合いに離れている。防御しようと思えば躱せぬ間合いに寄られている。考えてのことではない。皮膚がそれを感じて自然と身体が動くらしい。まさに天賦の才よの」
「へええ――」
「脚力は先ほどみたであろう。膂力のこの通りじゃ。本来であれば、まさに戦うために生まれついたような男なのだ」

 千冬は歯軋りをして善八を睨みつけた。

「千冬。そう怒るな」
「貴様が真面目に修行を積んでおれば、江戸一の剣士、いや天下一も夢ではなかったものを!」

 積もり積もった感情があるのだろう。
 怒りは、なかなかおさまりそうもなかった。

「それでも、わたしは剣というものを、どうしても好きになれませんでした」

 善八はそう言って、寂しげな笑みを浮かべた。

「争いが嫌い、血が嫌い。身体の天分は十分だったが、心の天分は備わってなかったということよ。人は望んだものを持てるわけでもないが、望まぬものを持っていることもあるのだ」

 初栄が、ふたりを取りなすように、

「それにな、千冬。天下一と言うが――どうも我らの知る天下の向こうには、まだ見ぬ天下もあるようだ」
「それがしは、それがしの知る天下だけで結構」

 憮然としたままの千冬に笑顔をみせて、

「そんな千冬の頑固なところを私は好いておる。しかし誰よりも強いくせに、さむらいを捨てるほど心優しい善八も、私は好いておるのだ」

 千冬は火を噴くような目つきで睨みつけた。

「なりませぬ!滅相もございませぬぞ」
「勘違いいたすな――それに善八は剣を捨てたが、なんの、包丁の天分は剣それを凌駕するやもしれぬぞ」
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