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女剣士も達人なれど木偶の坊の強さはチート
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「殺すのだ。けっして生かして帰すでないぞ!」
庄右衛門の号令で、ならず者が包囲をせばめてきた。
千冬もすかさず刀を抜きあわせ、左右から飛び込んでくるのを、
「う、うわっ!」
「ぎゃああッ!」
と、瞬く間に三人、四人と切り伏せて、さすがは神林流の免許皆伝、まったく息を乱さない。
一方の善八は、奇妙な動きをみせていた。
「こいつぁ、どうなってんだ」
律は目を疑った。
丸腰の善八は、ただ歩いているだけに見える。
まるで羽虫でも避けるように、ときおり、ひょいと上体を揺らすが、どうもそれだけの動きで、繰り出される刃を躱しているらしい。
らしい、というのは、ならずもの達が善八の間合いに入ることもできず、誰もいない宙を突いては、つんのめっているからだ。
何かの錯覚をおこしたのかと、律はなんども目をこすった。
善八は、顔だけまっすぐ浪人に向けて、立ちどまるでも急ぐでもなく、ゆっくりと相手に近づいていく。
その動きは修行を積んだ武芸ではなく、素人くさい足運びがどうにも頼りないが、それでいて無駄がない。
それを見ていた浪人が、
「思い出したぞ。姿が変わって気づかなかったが――」
と、殺気のこもる笑顔をみせた。
「長谷川――そう、長谷川宣為。かの長谷川宣以の血を引く男だな」
長谷川宣以――通称を長谷川平蔵という、火付盗賊改方として名高い【鬼平】が活躍した天明年間は、およそ七十年ほど昔になる。善八こと長谷川宣為は、平蔵からかぞえて四代目の子孫にあたった。
「その名は、捨てました」
「そのようだな。修行に耐えられず逐電し、家も勘当されたというが、どこでどうしていたのやら」
「おさむらい様には、かかわりのないことで」
浪人はふん、と鼻を鳴らした。
「一度、手合わせをしたいと思っていた。俺は――」
そう名乗りかけるのを、初栄が遮った。
「名のるな! 畜生にも劣る外道の名など、我らに興味のないことだ」
「立ち合おうとする侍に、女子供が口を出すな」
「厚かましくも、まだ、さむらいのつもりか。貴様ごときは白洲で裁かれ打ち首になろう。切腹など許されぬと思え」
「な、なんだと」
「嘘だと思うなら、善八に打ち込んでみることだ。ひとすじでも傷をつけたなら【さむらい】ということにしてやる」
「言わせておけば――」
怒り心頭の浪人が、中腰に身を沈めた。
善八は、ぶらりと両手を垂らしたままである。
「貴様、剣は」
「それも昔、捨てました」
「おのれ、剣もいらぬ相手と言うか」
「いらぬ!」
かわりに叫んだのは初栄だった。
「少しばかり剣をかじっていい気になり、罪なき人々を手にかけた外道め。本物の天賦の才を目に焼きつけて、驕りを恥じながら首を晒すがよい」
もはや怒りで言葉もなくした浪人が、気合とともに地を蹴って、嵐のような一撃を善八に見舞った――いや、見舞おうとした。
「!?」
いつの間にか、相手が目と鼻の先にいた。
飛び込むつもりが、飛び込まれたか――それすらも理解できないうちに、顔の中心に拳を打ちこまれ、鼻骨が砕けていた。
思わずのけぞって、がら空きになった脇腹に、胴に穴を穿つごとき強打が襲う。肋骨が粉々になって、がくりと膝が落ちた。
「ぐ――」
見上げると、霞む視界の向こうで善八が腕を振りあげていた。
その表情には何の感情もなく、無造作に、無感動に、ただ拳を振りおろそうとしている。
「お、鬼――」
脳天を打たれて転がった時には、浪人はもう昏倒していた。
庄右衛門の号令で、ならず者が包囲をせばめてきた。
千冬もすかさず刀を抜きあわせ、左右から飛び込んでくるのを、
「う、うわっ!」
「ぎゃああッ!」
と、瞬く間に三人、四人と切り伏せて、さすがは神林流の免許皆伝、まったく息を乱さない。
一方の善八は、奇妙な動きをみせていた。
「こいつぁ、どうなってんだ」
律は目を疑った。
丸腰の善八は、ただ歩いているだけに見える。
まるで羽虫でも避けるように、ときおり、ひょいと上体を揺らすが、どうもそれだけの動きで、繰り出される刃を躱しているらしい。
らしい、というのは、ならずもの達が善八の間合いに入ることもできず、誰もいない宙を突いては、つんのめっているからだ。
何かの錯覚をおこしたのかと、律はなんども目をこすった。
善八は、顔だけまっすぐ浪人に向けて、立ちどまるでも急ぐでもなく、ゆっくりと相手に近づいていく。
その動きは修行を積んだ武芸ではなく、素人くさい足運びがどうにも頼りないが、それでいて無駄がない。
それを見ていた浪人が、
「思い出したぞ。姿が変わって気づかなかったが――」
と、殺気のこもる笑顔をみせた。
「長谷川――そう、長谷川宣為。かの長谷川宣以の血を引く男だな」
長谷川宣以――通称を長谷川平蔵という、火付盗賊改方として名高い【鬼平】が活躍した天明年間は、およそ七十年ほど昔になる。善八こと長谷川宣為は、平蔵からかぞえて四代目の子孫にあたった。
「その名は、捨てました」
「そのようだな。修行に耐えられず逐電し、家も勘当されたというが、どこでどうしていたのやら」
「おさむらい様には、かかわりのないことで」
浪人はふん、と鼻を鳴らした。
「一度、手合わせをしたいと思っていた。俺は――」
そう名乗りかけるのを、初栄が遮った。
「名のるな! 畜生にも劣る外道の名など、我らに興味のないことだ」
「立ち合おうとする侍に、女子供が口を出すな」
「厚かましくも、まだ、さむらいのつもりか。貴様ごときは白洲で裁かれ打ち首になろう。切腹など許されぬと思え」
「な、なんだと」
「嘘だと思うなら、善八に打ち込んでみることだ。ひとすじでも傷をつけたなら【さむらい】ということにしてやる」
「言わせておけば――」
怒り心頭の浪人が、中腰に身を沈めた。
善八は、ぶらりと両手を垂らしたままである。
「貴様、剣は」
「それも昔、捨てました」
「おのれ、剣もいらぬ相手と言うか」
「いらぬ!」
かわりに叫んだのは初栄だった。
「少しばかり剣をかじっていい気になり、罪なき人々を手にかけた外道め。本物の天賦の才を目に焼きつけて、驕りを恥じながら首を晒すがよい」
もはや怒りで言葉もなくした浪人が、気合とともに地を蹴って、嵐のような一撃を善八に見舞った――いや、見舞おうとした。
「!?」
いつの間にか、相手が目と鼻の先にいた。
飛び込むつもりが、飛び込まれたか――それすらも理解できないうちに、顔の中心に拳を打ちこまれ、鼻骨が砕けていた。
思わずのけぞって、がら空きになった脇腹に、胴に穴を穿つごとき強打が襲う。肋骨が粉々になって、がくりと膝が落ちた。
「ぐ――」
見上げると、霞む視界の向こうで善八が腕を振りあげていた。
その表情には何の感情もなく、無造作に、無感動に、ただ拳を振りおろそうとしている。
「お、鬼――」
脳天を打たれて転がった時には、浪人はもう昏倒していた。
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