鬼姫吟味帳

あしき×わろし

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役者がそろって悪党どもがいつもの台詞

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 立派な【津軽】だの――そう言われてさっと顔色を変えた庄右衛門だったが、そこは海千山千の商売人、すぐに柔和な笑顔で、

「はて、何をおっしゃいますやら」
「さすがのわたしも、凶行の証拠をこうも大胆に、庭先へ放り出してあろうとは、さすがに思わなんだわ」
「あの白い花は、たしかに芥子でございますが――芥子など、今はそれほど珍しくはないというのに」
「語るに落ちたな、悪党め。しかし証拠というのは、そちらではない。親分、そこの雨傘を、一本、もって帰ろうか」

 それを聞いた律が、干してあった傘に気がついて、

「あッ! と、と、富岡屋あッ!」

 それは宣伝がてら、得意客にくばるものだろう。
 雨傘にはたしかに【富岡屋】の三文字。
 すなわち、凶賊の刃に主人以下全員が犠牲となった、呉服屋の屋号が書きこまれていた。

「ち、しまった」

 庄右衛門が舌打ちをした、その時――。
 音もなく開いた襖から、浪人風の男が疾風のように駆け寄って、ものも言わずに腰の大刀を抜きはなった。

「む!」

 一閃した刃を、千冬が鞘で受ける。
 その寸前、善八は初栄を抱えて、ひととびに庭まで跳んでいた。

「ほう。よく防いだな」
「こ、こやつらは――」
「うかつだったな、庄右衛門どの」

 刃を押し返した千冬も庭に降り、慌てて続く律とともに、初栄を護るべく肩を並べた。
 屋敷の奥からは、見る間に三人、五人とあらわれて、短刀を手に庭の四人を囲みにかかる。
 いずれも商人の風体ではなく、ならず者のそれであった。
 その囲みを静かに割って、

「富岡屋の得意客だったとでも言えば、とりあえず、この場はしのげたかもしれんがね。もっとも――」

 そう言いながら、浪人も庭におりてきた。

「その娘、呑んだとみせかけて、こっそり袂に丸薬を隠すなど、なかなか抜け目のないことよ」
「な、なんだと」
「おそらくは噂にきく、町奉行の娘だろう。子供ながら目端が利くと噂にきくが、なるほど侮れん」
「こやつらは、いったい――」

 浪人は千冬をみた。

「鬼同心・佐々木といえば、その道で知らぬ者はいまいよ。その名を聞いただけで、江戸中の悪党どもは、眠れなくなるだろうさ」

 と、刀の峰で肩を叩きながら目を細めた。

「その娘もまた神林流の達人という。さらに、その隣はにいる姐御は置網町の十手持ちだろう。女だてらに、なかなかの肝っ玉と評判のな。これだけ顔が揃って、ただの行き倒れもなかろうさ」
「密偵――?」
「まあ、斬り捨てるほか、ないだろう」

 ところが、初栄は涼しい顔で、善八をちらりと見ながら、

「ふん。ひとり忘れておるわ」

 そう言うと、袂から丸薬をとりだして、

「ひそかに持ちかえって漢方医にでも診せようかと思ったが、あからさまな証拠が庭にあるので、これも無駄になったの」

 律は油断なく十手を構えながら、

「そいつは、なんですかい?」
「一粒金丹――のまがい物といったところかの」

 当時の津軽藩が製造していた、芥子を主成分とする沈痛・強壮薬を【一粒金丹】といった。

「成分の割合がちがえば独自に阿片を調合している、という証拠にもなろうがの。粗忽にも富岡の雨傘などを持ちかえっているので、手間がはぶけた」
「アヘン――ってなんでしたかね?」
「まあ、そのあたりは、あとで話そう。親分はわたしの隣で護っていてくれればよい。あとは善八と千冬が片づける。そこの浪人は、善八が相手いたせ」

 それを聞いて、及び腰の橘屋庄右衛門も、どうやら腹を据えたらしい。

「殺せ! けっして生かして帰すでないぞ!」
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