鬼姫吟味帳

あしき×わろし

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病身の姫が回復するや目と鼻の先に【津軽】

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 店の者も数名でて、ぐったりした初栄を座敷に運びこむと、よく肥えた男があらわれて、店主の庄右衛門と名のった。

「まことに、かたじけない」
「どういたしまして。薬売りの冥利につきるというものです」

 庄右衛門は、鷹揚に笑った。

「今でこそ、こうして店を構えておりますが、私どもも、先祖は行李をせおった行商でしてな」
「さようか」
「病に苦しむ人々の、もとめに応じて薬をお分けする。この庄右衛門、やっと先祖に顔むけができる思いです」

 そう言いながら、庄右衛門はぽんぽんと手をうって手代を呼んだ。手代が捧げる盆には、丸薬と水差しがのっている。
 初栄はふるえる指で薬を口にふくみ、水で流しこんだ。

「雨上がりに、この陽気ですからな。若い娘さんには堪らぬことでしょう」

 庭を見やりながら、庄右衛門が眩しそうに目を細めた。
 池端に咲く白い花に、あたたかい陽光が降りそそいでいる。
 昨夜の雨にさしたのか、雨傘をみっつ、土蔵の脇に広げて干していた。
 その向こうには、やや水かさを増した山谷堀が流れている。

「して。この娘さんとは、どういうご関係ですかな。失礼ながら、ご身分が違うように見うけられますが」

 にこやかな笑顔の下で、相手を探っている。
 それが商売人の習性なのか、それとも別の理由があるのか――まだ、わかりかねた。

「むむ」

 千冬は渋い顔である。
 へたに素性を明かして、主君の家名が傷つくことを、おそれているのだろう。
 下座に座る律は、目だけで周囲を探っていた。襖の向こうに数人いて、さも物珍しそうに、こちらを覗いている。

「それがしは、池田播磨守の家臣にて、佐々木千冬と申す。散歩をしておったら、たまたま、この娘が行き倒れたところに出くわしたのだ」

 下手な嘘だが、すべてが嘘ではない。散歩をしていたのではなく、必死に探してまわっていただけだ。

「ほう。お知り合いでは、ないのでございますか」
「む――知り合いでは、ある」
「詮索するようで、何でございますが」
「せ、世話になった方の、ご息女でな」

 しどろもどろになってきて、

(こいつはいけねえ)

 と、律が首をすくめた時だった。
 初栄がむくりと起き上がって、

「世話になったの」
「おや、もうよろしいので?」
「うむ。用事は済んだ」
「用事?」
「立派な【津軽】だの、主人」

 そう言って庭を指さすと、庄右衛門の顔色が変わった。
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