12 / 19
女剣士の襲撃は素手の当て身でも強烈で悶絶
しおりを挟む
楠屋の店構えは市川屋に負けず、なかなかの豪商にみえた。
しかし、ぐるりと見てまわった初栄は、
「くさい」
と、緊張の面持ちを強めた。
「え? おいらじゃねえですぜ。なあ善の字、お前、やったか?」
律は鼻をつまんで、善八は尻をおさえて首を振る。
「ちがう」
初栄は小声で、
「往来にふたり。路地にもひとり。それ、そこの男も――顔を向けるな。目だけで見よ」
そこには男がひとり、風呂敷包みを背にウロウロしていた。
「あの野郎がなにか」
「袖口に入れ墨が見える」
「あ――なるほど、こいつはくせえや」
律は合点して、
「どうします。ちょいと締め上げますか」
「いや、あやつらはただの見張りだ。相手をしている暇はない」
言いつつ横目で善八を見るが、
「いけません。今度は肩も駄目です」
と、彼にしては珍しくきっぱり断った、そのとき――。
「ぐあっ」
善八がもんどりうって倒れた。
一瞬、身構えた初栄と律だったが、襲撃者の姿をみとめると、
「おぬしか」
そう言って、初栄は緊張を解いた。
それは大小を差した若い女だった。
しかも精悍な顔つき、隙のない佇まい、さらには動作のひとつひとつが機敏でムダのない【もののふ】である。
ただ、散々、走り回ったとみえて、さすがに肩で息をしていた。
もちろん、老同心・佐々木のひとり娘にして、神林流抜刀術の達人、千冬にほかならない。
そんな彼女が、陽炎のような怒気を全身からたちのぼらせていた。
「千冬。不意打ちは、さむらいのすることではないぞ」
「初栄さまをかどわかす、不埒な輩には、これで充分でござる」
「私が連れだしたのだ。千冬の当て身をまともにもらっては、善八も堪るまい」
「禽獣のごとき奴と思えばこそ。相手が人間なら、斬り捨ててござる」
千冬は、地べたで身悶える善八をひと睨みすると、律に目をうつした。
殺気を感じて、さすがの親分も身をすくませている。
「こやつは?」
「置網町の親分だ。手伝ってもらっている」
「同心のマネゴトはやめて、お屋敷に帰るのです」
「そうはいかん。件の押し込みまであと一歩なのだ」
「お戯れを」
「そうだ。どのみち善八が頑固なので、どうやって入り込むか思案していたが、千冬がいるなら話が早い」
そう言った初栄がくるりと白目を剥いて、
「あれえ――」
と、その場に倒れ込んだ。
「は、初栄さま」
悶絶していた善八が、よろめきながら駆け寄ったが、
「ええい、貴様は手を触れるな!」
「姫さん!どうしたんですかい」
初栄は喘ぎながら、
「走り回ったせいで、どうも立ち眩みのようだ」
「いえ、走り回ったのは私――痛てて」
内股をつねられた善八が口をつぐむ。
「千冬。少し休めば大丈夫だから、そこの薬屋で休ませてくれるよう、頼んでくれんかの。できれば気付けを少々、調合してくれると助かる」
「初栄さま。本当に気分を悪くされたのでありましょうな?」
「これも、千冬の言いつけを守らなかったせいだ。反省しておる」
あからさまな懐疑の目をむける千冬に、
「少し休めばきっと帰るが、このままでは帰らぬ人になるやもしれん。思えば、みじかい人生であった――」
「こいつはいけねえ。おい善の字、そっち持て。おさむらいさん、こういう場合によくねえのは、お天道様の下に放っておくことですぜ」
「さらばだ、千冬――父上と母上には、会いたかったと伝えてたもれ。お前も達者でな」
「ああ、もう!」
憤然としながらも、千冬は立ちあがって、
「半時ほど休んだら、きっと帰るのですぞ!」
そう言い残して、橘屋の暖簾をくぐっていった。
「へへ、うまくいきましたね。おさむらいに頼まれちゃあ、店のもんだって断れませんぜ。おまけに商売が商売ときてやがる。店先の病人を放っとくわけにゃいきませんや」
律が舌をだした。
しかし、ぐるりと見てまわった初栄は、
「くさい」
と、緊張の面持ちを強めた。
「え? おいらじゃねえですぜ。なあ善の字、お前、やったか?」
律は鼻をつまんで、善八は尻をおさえて首を振る。
「ちがう」
初栄は小声で、
「往来にふたり。路地にもひとり。それ、そこの男も――顔を向けるな。目だけで見よ」
そこには男がひとり、風呂敷包みを背にウロウロしていた。
「あの野郎がなにか」
「袖口に入れ墨が見える」
「あ――なるほど、こいつはくせえや」
律は合点して、
「どうします。ちょいと締め上げますか」
「いや、あやつらはただの見張りだ。相手をしている暇はない」
言いつつ横目で善八を見るが、
「いけません。今度は肩も駄目です」
と、彼にしては珍しくきっぱり断った、そのとき――。
「ぐあっ」
善八がもんどりうって倒れた。
一瞬、身構えた初栄と律だったが、襲撃者の姿をみとめると、
「おぬしか」
そう言って、初栄は緊張を解いた。
それは大小を差した若い女だった。
しかも精悍な顔つき、隙のない佇まい、さらには動作のひとつひとつが機敏でムダのない【もののふ】である。
ただ、散々、走り回ったとみえて、さすがに肩で息をしていた。
もちろん、老同心・佐々木のひとり娘にして、神林流抜刀術の達人、千冬にほかならない。
そんな彼女が、陽炎のような怒気を全身からたちのぼらせていた。
「千冬。不意打ちは、さむらいのすることではないぞ」
「初栄さまをかどわかす、不埒な輩には、これで充分でござる」
「私が連れだしたのだ。千冬の当て身をまともにもらっては、善八も堪るまい」
「禽獣のごとき奴と思えばこそ。相手が人間なら、斬り捨ててござる」
千冬は、地べたで身悶える善八をひと睨みすると、律に目をうつした。
殺気を感じて、さすがの親分も身をすくませている。
「こやつは?」
「置網町の親分だ。手伝ってもらっている」
「同心のマネゴトはやめて、お屋敷に帰るのです」
「そうはいかん。件の押し込みまであと一歩なのだ」
「お戯れを」
「そうだ。どのみち善八が頑固なので、どうやって入り込むか思案していたが、千冬がいるなら話が早い」
そう言った初栄がくるりと白目を剥いて、
「あれえ――」
と、その場に倒れ込んだ。
「は、初栄さま」
悶絶していた善八が、よろめきながら駆け寄ったが、
「ええい、貴様は手を触れるな!」
「姫さん!どうしたんですかい」
初栄は喘ぎながら、
「走り回ったせいで、どうも立ち眩みのようだ」
「いえ、走り回ったのは私――痛てて」
内股をつねられた善八が口をつぐむ。
「千冬。少し休めば大丈夫だから、そこの薬屋で休ませてくれるよう、頼んでくれんかの。できれば気付けを少々、調合してくれると助かる」
「初栄さま。本当に気分を悪くされたのでありましょうな?」
「これも、千冬の言いつけを守らなかったせいだ。反省しておる」
あからさまな懐疑の目をむける千冬に、
「少し休めばきっと帰るが、このままでは帰らぬ人になるやもしれん。思えば、みじかい人生であった――」
「こいつはいけねえ。おい善の字、そっち持て。おさむらいさん、こういう場合によくねえのは、お天道様の下に放っておくことですぜ」
「さらばだ、千冬――父上と母上には、会いたかったと伝えてたもれ。お前も達者でな」
「ああ、もう!」
憤然としながらも、千冬は立ちあがって、
「半時ほど休んだら、きっと帰るのですぞ!」
そう言い残して、橘屋の暖簾をくぐっていった。
「へへ、うまくいきましたね。おさむらいに頼まれちゃあ、店のもんだって断れませんぜ。おまけに商売が商売ときてやがる。店先の病人を放っとくわけにゃいきませんや」
律が舌をだした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路
和紗かをる
歴史・時代
時は平安時代末期。父木曽義仲の命にて鎌倉に下った清水冠者義高十一歳は、そこで運命の人に出会う。その人は齢六歳の幼女であり、鎌倉殿と呼ばれ始めた源頼朝の長女、大姫だった。義高は人質と言う立場でありながらこの大姫を愛し、大姫もまた義高を愛する。幼いながらも睦まじく暮らしていた二人だったが、都で父木曽義仲が敗死、息子である義高も命を狙われてしまう。大姫とその母である北条政子の協力の元鎌倉を脱出する義高。史実ではここで追手に討ち取られる義高であったが・・・。義高と大姫が源平争乱時代に何をもたらすのか?歴史改変戦記です
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる