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江戸マッパーで目鼻をつけたらスピード勝負
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賊の一味に剣の達人がいる――。
それは、このところ立て続けに起きている、連続強盗の特徴とも一致していた。
「実はこれまでの事件にも、殺められた人々にかならずひとり、伝一郎と同じく、他とは違う殺され方をした者がいるのだ」
「本当ですかい」
と、律が身をのりだした。
「うむ、親分は縄張りちがいで知るまいが、佃町の旅籠・田丸屋では、やはり跡継ぎが袈裟がけに斬られ、三河町の茶問屋・吉乃屋善治郎では、若くして暖簾を継いだ三代目当主が、肩口から腰のあたりをやられている」
「ちっ、むごいことをしやがる」
「漆器商の亀岡屋にいたっては、店主の三男が行方知れずとなり、三日して新川に浮いているのがみつかった。腕に抵抗したとみられる刀痕があったそうだ」
「ううむ――旅籠や茶問屋でも、他のホトケは、みんな寝てるところをひと突き、でございますか」
「うむ」
「どうやら筋書きが読めてきたぜ」
律は膝をたたいて、
「伝の字をはじめ、違う殺され方をした連中は、悪党どもの恨みをかっていたに違えねえ。そいつらに三日ばかりいたぶられて、這う這うの態で逃げたはいいが、とうとうヤサをつきとめられたんだ」
「ほう。そうみるかの」
「でなきゃ伝一郎たちだけが、違う殺され方ってのに合点がいかねえ。しばらく様子がおかしかったのは、悪いやつらに脅えてやがったんだな。聞いてみりゃあ、伝一郎にしろ茶問屋にしろ、若い連中ばかりじゃねえか。そいつら、どっかでつるんでたんじゃねえか」
「さすがは親分だの。目のつけどころがいい」
「それで悪いやつらと悶着をおこしで、恨みをかって殺られたんだろうぜ。家族や使用人はその巻き添えだ」
「いや、そこは恨まれたのではなく、ただ目をつけられたのであろうな」
初栄は腕を組みなおして、
「いたぶられてもおるまい。むしろ大事にされたはずだ。脅えていたのでもなかろう。ことによると、その逆かもしれぬ」
「大事にされたやつが、ぼろ雑巾みてえな半死半生になって、帰ってきたっていうんですかい?」
「うむ」
「疑うわけじゃあありませんが、いったいどんな筋書きなのか、教えてくださいませんかね」
「そうしたいところだが、ちと急ぐ。あとで説明するゆえ、さきに江戸市中の地図を貸してもらえぬか」
「地図、ですかい?」
律は怪訝な顔をしたが、
「見そこなっちゃいけません。このあっしが地図みてえなもんで」
と胸をはった。
「では富岡屋より一里から一理半。山谷堀に臨むか程近く、少なくとも土蔵か穴蔵がふたつあり、奄美や薩摩の黒砂糖ではなく、また讃岐などではなく唐物(輸入品)の白砂糖を扱い、それでいて商いは昔より下火になっている。このうち三つ以上あてはまる薬種問屋に、心あたりはあるかの」
「薬種問屋、でございますか」
「断言できぬが、蘭方医とつきあいがあるやもしれん」
蘭とはオランダをさす。
この時代、中国伝来の漢方が医学の中心ではあった。
一方、長崎・出島のオランダ商館が西洋医学を日本につたえ、これを蘭方医学、略して蘭方(らんぽう)という。
杉田玄白の「解体新書」が世にでて八十年、蘭方への感心も、たかまりつつあった。
「それでしたら――仁河町の楠屋」
「ふむ。それから?」
「張方町の豊後屋」
「あとは甲西町の市川屋といったところが思い当たりますが」
「近いのは?」
「市川屋、楠屋、豊後屋の順で」
「さすが親分。よし、日暮れまでの勝負だ。善八、背負え」
初栄は立ちがった。
それは、このところ立て続けに起きている、連続強盗の特徴とも一致していた。
「実はこれまでの事件にも、殺められた人々にかならずひとり、伝一郎と同じく、他とは違う殺され方をした者がいるのだ」
「本当ですかい」
と、律が身をのりだした。
「うむ、親分は縄張りちがいで知るまいが、佃町の旅籠・田丸屋では、やはり跡継ぎが袈裟がけに斬られ、三河町の茶問屋・吉乃屋善治郎では、若くして暖簾を継いだ三代目当主が、肩口から腰のあたりをやられている」
「ちっ、むごいことをしやがる」
「漆器商の亀岡屋にいたっては、店主の三男が行方知れずとなり、三日して新川に浮いているのがみつかった。腕に抵抗したとみられる刀痕があったそうだ」
「ううむ――旅籠や茶問屋でも、他のホトケは、みんな寝てるところをひと突き、でございますか」
「うむ」
「どうやら筋書きが読めてきたぜ」
律は膝をたたいて、
「伝の字をはじめ、違う殺され方をした連中は、悪党どもの恨みをかっていたに違えねえ。そいつらに三日ばかりいたぶられて、這う這うの態で逃げたはいいが、とうとうヤサをつきとめられたんだ」
「ほう。そうみるかの」
「でなきゃ伝一郎たちだけが、違う殺され方ってのに合点がいかねえ。しばらく様子がおかしかったのは、悪いやつらに脅えてやがったんだな。聞いてみりゃあ、伝一郎にしろ茶問屋にしろ、若い連中ばかりじゃねえか。そいつら、どっかでつるんでたんじゃねえか」
「さすがは親分だの。目のつけどころがいい」
「それで悪いやつらと悶着をおこしで、恨みをかって殺られたんだろうぜ。家族や使用人はその巻き添えだ」
「いや、そこは恨まれたのではなく、ただ目をつけられたのであろうな」
初栄は腕を組みなおして、
「いたぶられてもおるまい。むしろ大事にされたはずだ。脅えていたのでもなかろう。ことによると、その逆かもしれぬ」
「大事にされたやつが、ぼろ雑巾みてえな半死半生になって、帰ってきたっていうんですかい?」
「うむ」
「疑うわけじゃあありませんが、いったいどんな筋書きなのか、教えてくださいませんかね」
「そうしたいところだが、ちと急ぐ。あとで説明するゆえ、さきに江戸市中の地図を貸してもらえぬか」
「地図、ですかい?」
律は怪訝な顔をしたが、
「見そこなっちゃいけません。このあっしが地図みてえなもんで」
と胸をはった。
「では富岡屋より一里から一理半。山谷堀に臨むか程近く、少なくとも土蔵か穴蔵がふたつあり、奄美や薩摩の黒砂糖ではなく、また讃岐などではなく唐物(輸入品)の白砂糖を扱い、それでいて商いは昔より下火になっている。このうち三つ以上あてはまる薬種問屋に、心あたりはあるかの」
「薬種問屋、でございますか」
「断言できぬが、蘭方医とつきあいがあるやもしれん」
蘭とはオランダをさす。
この時代、中国伝来の漢方が医学の中心ではあった。
一方、長崎・出島のオランダ商館が西洋医学を日本につたえ、これを蘭方医学、略して蘭方(らんぽう)という。
杉田玄白の「解体新書」が世にでて八十年、蘭方への感心も、たかまりつつあった。
「それでしたら――仁河町の楠屋」
「ふむ。それから?」
「張方町の豊後屋」
「あとは甲西町の市川屋といったところが思い当たりますが」
「近いのは?」
「市川屋、楠屋、豊後屋の順で」
「さすが親分。よし、日暮れまでの勝負だ。善八、背負え」
初栄は立ちがった。
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