鬼姫吟味帳

あしき×わろし

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遊びすぎた若旦那は番頭にこってり絞られて正座

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 有名な吉原のほかにも、江戸には娼館があつまる歓楽街があり、岡場所と呼んだ。
 庶民にとっては気軽な遊び場だが、犯罪者にとっては、いい隠れ場所でもあった。
 だから幕府としては、公営の吉原と四宿(品川、板橋、千住、新宿)あたりにとどめたい。
 が、それも、ままならないのが悩みの種で、いつの時代も歓楽街の連中はしぶとく、いくら追い払っても、すぐに帰ってきてしまうのだ。

 それは、それとして――

 律のような稼業にとっては、こうした連中の扱いは、腕の見せどころでもあった。
 日ごろから手なずけておけば、いざという時の情報源になる。
 捜索もはかどらないなか、江戸を騒がす連続強盗について、

(噂のひとつでも)

 転がってやしないかと、なじみの遊女をたずねたのだったが、もちろんそこは、ただ話をしただけというわけでもなく、

「どうか、お染には、ひとつ内緒に――」

 ズバリ当てられて、すっかり参った律は、

「あれで、けっこう嫉妬ぶかいんでさ」

 普段は聞きわけのいい女房を演じているが、そこは帰る実家のない身の上、半分はお役目といえ他人と夜を過ごしたことが知れるや、お染の逆上っぷりはまことに凄まじい。

「それはよいが、同心に報告した例の件は、話してくれる気になったかの」
「へえ、そりゃもう」

 と、語りはじめたのだった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「八幡町に、富岡屋という呉服屋がございます」
「ふむ。たいそう繁盛しているそうだの」
「そりゃあもう。先代までは、ほんの小商いでしたが、三代目が店を建て増したところ、これがあたりまして」
「ほう」
「いまでは、京からも反物を仕入れている、なかなかの大店となっております。ところが、そうなるとツキモノなのが、不肖の倅というやつで――」

 話の続きはこうだった。

 富岡屋のあと継ぎを、伝一郎という。いたっておとなしい、真面目な若者とのことだ。
 ただ、このごろ夜遊びを嗜むようになった。それで、ときどき朝帰りをする。
 朝帰りをしても、さすがに若いだけあって、仕事はいつも通りにこなす。
 それどころか、夜通し遊んだあとは、気味が悪いほど陽気で機嫌がよい。
 とりあえずということで、番頭が相談をもちかけたが、

「遊ぶことも、ちゃんと覚えなきゃあ、いい商人になんか、なれやしないさ」

 という富岡屋当代の判断もあり、しばらく見ぬふりをすることにした。

 ところが、ある日のこと――

 とうとう羽目をはずしすぎたのか、朝になっても伝一郎の姿が見えない。
 どうしたことかと案じていると、昼頃になって、ふらつきながら帰ってきた。
 番頭は、ここがクギのさしどころと胆をきめて、

「若旦那。いったい、どこへ行かれていたんです」

 と、詰め寄った。
 伝一郎は青い顔をして、うつむくばかり。

「いいえ、だんまりは通しません」

 どうせバクチで大負けしたか、女にでもフラれたんだろうと、内心では苦笑しながら、

「いまに若旦那がいないと、店がまわらないって日もくるんです。さあ、おっしゃっていただきますよ。どこで何をされていたんです」

 番頭はなおも、こんこんと説教をしたそうだ。
 さすがにこたえたのか、伝一郎はしおれきっていたという。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ふむ。結局、どこに行っていたのであろうの」

 初栄は、片目をつむって、小首をかしげていた。

「さあ、それだけは、どうしても口を割らなかったそうで」
「伝一郎は隠しごとをする性分だったかの」
「いえ、きいた話じゃあ、いたって正直なヤツのようなんですがね」
「ふむ」
「ケンカで青タンこしらえたときも、これこれしかじかと、そうなったわけをきっちり説明したようですぜ」
「なるほどの。話の腰を折ってわるかった。つづけてほしい」
「実は、こっからが、おかしな話なんでさあ」

 と、律は声をひそめた。
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