鬼姫吟味帳

あしき×わろし

文字の大きさ
上 下
6 / 19

遊びすぎた若旦那は番頭にこってり絞られて正座

しおりを挟む
 有名な吉原のほかにも、江戸には娼館があつまる歓楽街があり、岡場所と呼んだ。
 庶民にとっては気軽な遊び場だが、犯罪者にとっては、いい隠れ場所でもあった。
 だから幕府としては、公営の吉原と四宿(品川、板橋、千住、新宿)あたりにとどめたい。
 が、それも、ままならないのが悩みの種で、いつの時代も歓楽街の連中はしぶとく、いくら追い払っても、すぐに帰ってきてしまうのだ。

 それは、それとして――

 律のような稼業にとっては、こうした連中の扱いは、腕の見せどころでもあった。
 日ごろから手なずけておけば、いざという時の情報源になる。
 捜索もはかどらないなか、江戸を騒がす連続強盗について、

(噂のひとつでも)

 転がってやしないかと、なじみの遊女をたずねたのだったが、もちろんそこは、ただ話をしただけというわけでもなく、

「どうか、お染には、ひとつ内緒に――」

 ズバリ当てられて、すっかり参った律は、

「あれで、けっこう嫉妬ぶかいんでさ」

 普段は聞きわけのいい女房を演じているが、そこは帰る実家のない身の上、半分はお役目といえ他人と夜を過ごしたことが知れるや、お染の逆上っぷりはまことに凄まじい。

「それはよいが、同心に報告した例の件は、話してくれる気になったかの」
「へえ、そりゃもう」

 と、語りはじめたのだった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「八幡町に、富岡屋という呉服屋がございます」
「ふむ。たいそう繁盛しているそうだの」
「そりゃあもう。先代までは、ほんの小商いでしたが、三代目が店を建て増したところ、これがあたりまして」
「ほう」
「いまでは、京からも反物を仕入れている、なかなかの大店となっております。ところが、そうなるとツキモノなのが、不肖の倅というやつで――」

 話の続きはこうだった。

 富岡屋のあと継ぎを、伝一郎という。いたっておとなしい、真面目な若者とのことだ。
 ただ、このごろ夜遊びを嗜むようになった。それで、ときどき朝帰りをする。
 朝帰りをしても、さすがに若いだけあって、仕事はいつも通りにこなす。
 それどころか、夜通し遊んだあとは、気味が悪いほど陽気で機嫌がよい。
 とりあえずということで、番頭が相談をもちかけたが、

「遊ぶことも、ちゃんと覚えなきゃあ、いい商人になんか、なれやしないさ」

 という富岡屋当代の判断もあり、しばらく見ぬふりをすることにした。

 ところが、ある日のこと――

 とうとう羽目をはずしすぎたのか、朝になっても伝一郎の姿が見えない。
 どうしたことかと案じていると、昼頃になって、ふらつきながら帰ってきた。
 番頭は、ここがクギのさしどころと胆をきめて、

「若旦那。いったい、どこへ行かれていたんです」

 と、詰め寄った。
 伝一郎は青い顔をして、うつむくばかり。

「いいえ、だんまりは通しません」

 どうせバクチで大負けしたか、女にでもフラれたんだろうと、内心では苦笑しながら、

「いまに若旦那がいないと、店がまわらないって日もくるんです。さあ、おっしゃっていただきますよ。どこで何をされていたんです」

 番頭はなおも、こんこんと説教をしたそうだ。
 さすがにこたえたのか、伝一郎はしおれきっていたという。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ふむ。結局、どこに行っていたのであろうの」

 初栄は、片目をつむって、小首をかしげていた。

「さあ、それだけは、どうしても口を割らなかったそうで」
「伝一郎は隠しごとをする性分だったかの」
「いえ、きいた話じゃあ、いたって正直なヤツのようなんですがね」
「ふむ」
「ケンカで青タンこしらえたときも、これこれしかじかと、そうなったわけをきっちり説明したようですぜ」
「なるほどの。話の腰を折ってわるかった。つづけてほしい」
「実は、こっからが、おかしな話なんでさあ」

 と、律は声をひそめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる
歴史・時代
時は平安時代末期。父木曽義仲の命にて鎌倉に下った清水冠者義高十一歳は、そこで運命の人に出会う。その人は齢六歳の幼女であり、鎌倉殿と呼ばれ始めた源頼朝の長女、大姫だった。義高は人質と言う立場でありながらこの大姫を愛し、大姫もまた義高を愛する。幼いながらも睦まじく暮らしていた二人だったが、都で父木曽義仲が敗死、息子である義高も命を狙われてしまう。大姫とその母である北条政子の協力の元鎌倉を脱出する義高。史実ではここで追手に討ち取られる義高であったが・・・。義高と大姫が源平争乱時代に何をもたらすのか?歴史改変戦記です

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

よあけまえのキミへ

三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。 落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。 広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。 京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

処理中です...