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姫来訪に鉄火な姐御と百合女房はいたく困惑
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岡っ引きは、江戸時代における、公然だが非公式の役職だった。
なにか事件があれば情報収集にあたる。現代の警察でいえば初動捜査にあたるだろうか。
また軽犯罪にも対応し、これは交番勤務に相当するようだが、小さなイザコザは自分の裁量で解決してしまうので、それともちょっと違う。
とにかく多忙な激務なのだ。
それでいて、町奉行から給料がでるわけではない。
だから、たいていお役目とは別に副業をもっており、それは小間物屋や煙草屋など、小体な商家であることが多い。
役職に収入がない以上、むしろ、そちらが本業ともいえる。
もっとも、商いは女房にまかせてしまうのがほとんどで、当人はあくまで、お役目をうけた岡っ引きとして、市中にニラミをきかせているのだった。
いわば街の【顔役】といったところで、
『○○町の親分』
などと呼ばれていたが、
「八丁堀の旦那には、申し上げたんですがねえ――」
と、今回ばかりは置網町の親分こと、律も困惑の態だった。
無理もない。
このところ強盗が相次ぎ、もう四件もの商家が、みなごろしの憂き目にあっていた。
同心はもちろん、岡っ引き、下っ引きまで総動員がかかっている。
昨夜も、思いつくところがあり、夕暮れに家をでたのだが、結局たいした収穫もなく、今朝になって長屋にかえったところ、
「ちょっと姐さん。たいへん、たいへん」
小間物屋をまかせてある、女房のお染が飛び出してきた。
鉄火な性分の律とちがって、歩くたびにしなしなと腰つきが柳のようなお染は、
「しゃらくせえ、つべこべ言わずにウチに来な!」
と啖呵を切って岡場所から請け出してきた身の上で、人の世の裏側を見てきただけに度胸がある。
そのお染が狼狽えていた。
何ごとかと思えば、なんと噂にきく町奉行の娘が待ちかねているという。
あわてて雪駄を脱ぎ散らかし、
「こいつはどうも、おまたせをしちまって」
と会ってみれば、まだ年端もいかない子供ではないか。
「さあ、話してみるがよい」
と言われてみても、どうしていいかわからないのだった。
町奉行の身内といえば、律にとっては雲の上の存在である。
とはいえ、目の前にいるのはほんの子供で、お供といえばニブそうなデクノボウがひとりっきり。
狭い畳敷きに向きあってはみたものの、
(ここは説教のひとつもしてやって、お屋敷までお送りするほうがいい――のか?)
そんなことを考えている律であった。
「ふん」
初栄は、片目をつぶって首をかしげていた。なにか考えているときのクセらしい。
「ところで、親分」
「親分だなんて――リツと呼んで下せえ」
「そそっかしい駕籠かきだったようだの」
「は?」
「が、役目柄とはいえ、ほどほどにしておくがよいと思うがの」
「え? え?」
「昨夜の話よ」
律は、ぎょっとした。
「はは――何のことでございやしょう」
「ここで言うてもよいかの」
律は、あわててお染に用事をいいつけ追い出すと、
「へへ、冗談は勘弁してくださいまし」
そう言いながら、めまぐるしく記憶をたどりはじめた――
なにか事件があれば情報収集にあたる。現代の警察でいえば初動捜査にあたるだろうか。
また軽犯罪にも対応し、これは交番勤務に相当するようだが、小さなイザコザは自分の裁量で解決してしまうので、それともちょっと違う。
とにかく多忙な激務なのだ。
それでいて、町奉行から給料がでるわけではない。
だから、たいていお役目とは別に副業をもっており、それは小間物屋や煙草屋など、小体な商家であることが多い。
役職に収入がない以上、むしろ、そちらが本業ともいえる。
もっとも、商いは女房にまかせてしまうのがほとんどで、当人はあくまで、お役目をうけた岡っ引きとして、市中にニラミをきかせているのだった。
いわば街の【顔役】といったところで、
『○○町の親分』
などと呼ばれていたが、
「八丁堀の旦那には、申し上げたんですがねえ――」
と、今回ばかりは置網町の親分こと、律も困惑の態だった。
無理もない。
このところ強盗が相次ぎ、もう四件もの商家が、みなごろしの憂き目にあっていた。
同心はもちろん、岡っ引き、下っ引きまで総動員がかかっている。
昨夜も、思いつくところがあり、夕暮れに家をでたのだが、結局たいした収穫もなく、今朝になって長屋にかえったところ、
「ちょっと姐さん。たいへん、たいへん」
小間物屋をまかせてある、女房のお染が飛び出してきた。
鉄火な性分の律とちがって、歩くたびにしなしなと腰つきが柳のようなお染は、
「しゃらくせえ、つべこべ言わずにウチに来な!」
と啖呵を切って岡場所から請け出してきた身の上で、人の世の裏側を見てきただけに度胸がある。
そのお染が狼狽えていた。
何ごとかと思えば、なんと噂にきく町奉行の娘が待ちかねているという。
あわてて雪駄を脱ぎ散らかし、
「こいつはどうも、おまたせをしちまって」
と会ってみれば、まだ年端もいかない子供ではないか。
「さあ、話してみるがよい」
と言われてみても、どうしていいかわからないのだった。
町奉行の身内といえば、律にとっては雲の上の存在である。
とはいえ、目の前にいるのはほんの子供で、お供といえばニブそうなデクノボウがひとりっきり。
狭い畳敷きに向きあってはみたものの、
(ここは説教のひとつもしてやって、お屋敷までお送りするほうがいい――のか?)
そんなことを考えている律であった。
「ふん」
初栄は、片目をつぶって首をかしげていた。なにか考えているときのクセらしい。
「ところで、親分」
「親分だなんて――リツと呼んで下せえ」
「そそっかしい駕籠かきだったようだの」
「は?」
「が、役目柄とはいえ、ほどほどにしておくがよいと思うがの」
「え? え?」
「昨夜の話よ」
律は、ぎょっとした。
「はは――何のことでございやしょう」
「ここで言うてもよいかの」
律は、あわててお染に用事をいいつけ追い出すと、
「へへ、冗談は勘弁してくださいまし」
そう言いながら、めまぐるしく記憶をたどりはじめた――
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