鬼姫吟味帳

あしき×わろし

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姫の我儘はいい大人がマジ泣きする程度に理不尽

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「千冬さまも、おかわいそうに――」

 善八は溜息とともに、ぶ厚い掌で顔をおおった。

 池田播磨守の配下には、佐々木典十郎という同心がおり、千冬はその娘だった。
 父と同じく神林流抜刀術のつかい手であり、その達人だという。
 彼女は池田播磨守より、本邸にすむ家族の警護をおおせつかっている。
 その目を盗んでほっつき歩く初栄が、職務上、千冬の悩みのタネだった。
 なにしろ、初栄の身に【万一のこと】でもあれば、父娘ともども切腹を覚悟しなければならない。
 善八は、初栄をさがして市中を駆けまわる女剣士が、気の毒でならなかった。

「千冬には悪いが、やむをえぬ理由があるのだ」

 初栄はすまして、そんなことを言う。

「それは、もしかして」
「ちと母上のお申し付けでな」

 やはり――

 この娘にして、この母あり。
 町奉行の奥方は、やんちゃ娘がそのまま成人したような人柄だった。
 さすがにみずから出歩くようなことは慎むが、何かあると娘にあれこれと指示をして、こっそり屋敷から送り出してしまう。
 母娘ともども、困った女たちではあった。

「また、お調べごとでございますか」
「置網町の十手持ちが、ちと面白そうなハナシをもってきたのだが、同心がとりあわなかったそうでな」
「そこに、首をつっこんでいかれると」
「癇に障る言い方をするやつだの。いいから一緒に来るのだ」
「えっ、私もでございますか」
「あたり前だ。私になにかあれば千冬は切腹だぞ。それでもよいのか」
「そんな、ご無体な――」

 善八は半べそをかいて、

「初栄さまが、初栄さまをお護りする千冬さまを人質にとって、関係のない私をつかまえて脅すなんて、もう頭がこんがらがって、何が何やら――」
「ええい、つべこべと女のような。来るのか、来んのか」
「ああ、もう、いきます、いきますとも。ああ、でも、仕込みがもったいない。餡かけ豆腐、せっかくこしらえたのに、もったいないなあ」
「心配いたすな。あとで同心をまとめてよこす」
「ええッ!」

 いかつい同心が狭い店にあふれては、ほかの客が寄りつかなくなる。

「そいつはあまりに、あんまりで――」

 とうとう泣き出してしまった。
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