鬼姫吟味帳

あしき×わろし

文字の大きさ
上 下
3 / 19

姫の我儘はいい大人がマジ泣きする程度に理不尽

しおりを挟む
「千冬さまも、おかわいそうに――」

 善八は溜息とともに、ぶ厚い掌で顔をおおった。

 池田播磨守の配下には、佐々木典十郎という同心がおり、千冬はその娘だった。
 父と同じく神林流抜刀術のつかい手であり、その達人だという。
 彼女は池田播磨守より、本邸にすむ家族の警護をおおせつかっている。
 その目を盗んでほっつき歩く初栄が、職務上、千冬の悩みのタネだった。
 なにしろ、初栄の身に【万一のこと】でもあれば、父娘ともども切腹を覚悟しなければならない。
 善八は、初栄をさがして市中を駆けまわる女剣士が、気の毒でならなかった。

「千冬には悪いが、やむをえぬ理由があるのだ」

 初栄はすまして、そんなことを言う。

「それは、もしかして」
「ちと母上のお申し付けでな」

 やはり――

 この娘にして、この母あり。
 町奉行の奥方は、やんちゃ娘がそのまま成人したような人柄だった。
 さすがにみずから出歩くようなことは慎むが、何かあると娘にあれこれと指示をして、こっそり屋敷から送り出してしまう。
 母娘ともども、困った女たちではあった。

「また、お調べごとでございますか」
「置網町の十手持ちが、ちと面白そうなハナシをもってきたのだが、同心がとりあわなかったそうでな」
「そこに、首をつっこんでいかれると」
「癇に障る言い方をするやつだの。いいから一緒に来るのだ」
「えっ、私もでございますか」
「あたり前だ。私になにかあれば千冬は切腹だぞ。それでもよいのか」
「そんな、ご無体な――」

 善八は半べそをかいて、

「初栄さまが、初栄さまをお護りする千冬さまを人質にとって、関係のない私をつかまえて脅すなんて、もう頭がこんがらがって、何が何やら――」
「ええい、つべこべと女のような。来るのか、来んのか」
「ああ、もう、いきます、いきますとも。ああ、でも、仕込みがもったいない。餡かけ豆腐、せっかくこしらえたのに、もったいないなあ」
「心配いたすな。あとで同心をまとめてよこす」
「ええッ!」

 いかつい同心が狭い店にあふれては、ほかの客が寄りつかなくなる。

「そいつはあまりに、あんまりで――」

 とうとう泣き出してしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

鷹の翼

那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。 新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。 鷹の翼 これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。 鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。 そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。 少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。 新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして―― 複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た? なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。 よろしくお願いします。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。  だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。 その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

愚鈍(ぐどん)な饂飩(うどん)

三原みぱぱ
歴史・時代
江戸時代、宇土と呼ばれる身体の大きな青年が荒川のほとりに座っていた。 宇土は相撲部屋にいたのだが、ある事から相撲部屋を首になり、大工職人に弟子入りする。 しかし、物覚えが悪い兄弟子からは怒鳴られ、愚鈍と馬鹿にされる。そんな宇土の様子を見てる弟弟子からも愚鈍と馬鹿にされていた。 将来を憂いた宇土は、荒川のほとりで座り込んでいたのだった。 すると、老人が話しかけてきたのだった。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...