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姫が強引に召し上がる餡かけ豆腐は絶品
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本所で料理屋を営む善八は、今日も仕込みにかかっていた。
料理屋といっても土間に椅子が三脚だけで、その奥には寝床をかねた四畳半の小座敷がある、ごく小さな店だった。
鈍重にみえる善八だが、見かけによらず、ちまちまとよく手が動いて、ありあわせの材料でそれなりの料理をこしらえてしまう。
「皿が上等なら、日本橋の料亭でも通用する――」
か、どうかはわからない。
なにしろ客は日銭をにぎって呑みにくる職人ばかりで、料亭の味など誰も知らないのだ。
常連はそんな職人ばかりだが、ひとり、例外がいるといえばいた。
「善八。善八はいるか」
昨夜からの雨もあがった昼下がり、その例外がやってきた。
いるもいないも、この店は善八がひとりでやっているので、いないことには店があかない。
彼女なりの挨拶なのだろう。
彼女――齢は十を二つ三つ、こえたくらいだろうか。
今日は町娘の姿をしている。
「初栄さま――また、そのような格好をされて――」
「にあうであろう?」
「お父上がお嘆きかと」
「にあわぬと申すか?」
「い、いえ、そんなことは」
「ならば、よい」
初栄と呼ばれた少女は、土間の椅子に腰かけた。
「何をつくっている?」
「へえ。豆腐にかける、くず餡でして」
「たべる」
「は、初栄さまの、お口に入れるようなものでは」
「いいから出せ。空腹なのだ」
やむなく善八は土鍋に豆腐を入れた。
別の小鍋に細切りの筍と三河島の菜、唐辛子を少々、それに酒、みりん、醤油で薄味をつけ、溶いた葛粉でとろみをつけた餡がある。
頃合いをみてくず餡を豆腐にかけまわし、おろしショウガをそえて、なるべくヒビが入ってない小皿にのせ、両手をそえて差し出した。
「ふむ。ウマい」
初栄はもぐもぐとやりながら、
「濃厚な豆腐の滋味もさることながら、唐辛子のぴりりとした刺激がまた心地よい。善八、また腕をあげたな」
「へえ。おそれいります」
「酒などあれば、もっとウマいのだが」
「そ、それだけはいけません」
「わかっておる。酔って帰れば、さすがの母上もゆるすまい」
「お父上に知れれば、私の首がとびます」
と、善八が首をすくめたのも、大袈裟ではない。
初栄の父親である池田播磨守は、ときの南町奉行をつとめているのだ。
奉行所は八丁堀にあるが、家族は郊外の本邸でくらしている。
しかし、ひとり娘の初栄には、しょっちゅう窮屈な屋敷を抜け出して、江戸の街をうろつく困ったクセがあった。
「千冬さまも、おかわいそうに――」
善八は溜息とともに、ぶ厚い掌で顔をおおった。
料理屋といっても土間に椅子が三脚だけで、その奥には寝床をかねた四畳半の小座敷がある、ごく小さな店だった。
鈍重にみえる善八だが、見かけによらず、ちまちまとよく手が動いて、ありあわせの材料でそれなりの料理をこしらえてしまう。
「皿が上等なら、日本橋の料亭でも通用する――」
か、どうかはわからない。
なにしろ客は日銭をにぎって呑みにくる職人ばかりで、料亭の味など誰も知らないのだ。
常連はそんな職人ばかりだが、ひとり、例外がいるといえばいた。
「善八。善八はいるか」
昨夜からの雨もあがった昼下がり、その例外がやってきた。
いるもいないも、この店は善八がひとりでやっているので、いないことには店があかない。
彼女なりの挨拶なのだろう。
彼女――齢は十を二つ三つ、こえたくらいだろうか。
今日は町娘の姿をしている。
「初栄さま――また、そのような格好をされて――」
「にあうであろう?」
「お父上がお嘆きかと」
「にあわぬと申すか?」
「い、いえ、そんなことは」
「ならば、よい」
初栄と呼ばれた少女は、土間の椅子に腰かけた。
「何をつくっている?」
「へえ。豆腐にかける、くず餡でして」
「たべる」
「は、初栄さまの、お口に入れるようなものでは」
「いいから出せ。空腹なのだ」
やむなく善八は土鍋に豆腐を入れた。
別の小鍋に細切りの筍と三河島の菜、唐辛子を少々、それに酒、みりん、醤油で薄味をつけ、溶いた葛粉でとろみをつけた餡がある。
頃合いをみてくず餡を豆腐にかけまわし、おろしショウガをそえて、なるべくヒビが入ってない小皿にのせ、両手をそえて差し出した。
「ふむ。ウマい」
初栄はもぐもぐとやりながら、
「濃厚な豆腐の滋味もさることながら、唐辛子のぴりりとした刺激がまた心地よい。善八、また腕をあげたな」
「へえ。おそれいります」
「酒などあれば、もっとウマいのだが」
「そ、それだけはいけません」
「わかっておる。酔って帰れば、さすがの母上もゆるすまい」
「お父上に知れれば、私の首がとびます」
と、善八が首をすくめたのも、大袈裟ではない。
初栄の父親である池田播磨守は、ときの南町奉行をつとめているのだ。
奉行所は八丁堀にあるが、家族は郊外の本邸でくらしている。
しかし、ひとり娘の初栄には、しょっちゅう窮屈な屋敷を抜け出して、江戸の街をうろつく困ったクセがあった。
「千冬さまも、おかわいそうに――」
善八は溜息とともに、ぶ厚い掌で顔をおおった。
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