35 / 69
○3章 手汗魔王と死者の王
-4 『しつこい忠犬はお好きですか』
しおりを挟む
大広場の奥で大きな歓声が湧き立った。
このトラッセルの領主である男、ヴリューセンが群衆の前に姿を現したのだ。
刈り上げの髪に整って剃られた髭。
堀の深い目許は、切れ長の目もあって力強い目力を感じさせる。
勲章が幾つも胸元に飾られた煌びやかな洋服は、彼の地位の高さを一目で教えてくれた。
執事によって台が置かれ、ヴリューセンがその上に登壇する。
彼が一度、白い手袋を被せた手を掲げると、集まった群衆たちはこぞって大きな歓声を突き上げた。
「みなの者、よくぞ此度の召集に集まってくれた。我が愛しき娘の一人、リュンが消息を絶ち、ボードで囚われの身となってから一週間。かの領主であるアイルド候はその件に関して知らぬ存ぜぬを貫き通している。しかし彼女が町へ出向いたのは明白であり、更には我らの私兵の調査はおろか、町の門を閉じて一般人の立ち入りまで制限する始末。しまいには我々の使者を問答無用に捕らえ、無残に殺すという暴挙にまで出た。このような身勝手な行い、許されるものだろうか」
ヴリューセンの言葉に、集まった男たちは歓声を上げる。
「ボードの不信を見抜き、我々はかの地へ兵を派遣することに決めた。私の愛娘のために、皆にも力を貸してもらいたい」
拳を突き上げたヴリューセンに、割れんばかりの喝采が飛ぶ。
「では皆のもの、トラッセル軍舎にて詳細の指示を行う。その後に出撃である」
「おおー!」
そのほとんどが褒章に釣られて集まった傭兵だろう。しかしこの士気の高さからして、相当に高額の給料が支払われているのだとわかる。
行方不明になった大切な娘を取り戻すため、身を切ってでも手段を選ばないといったところか。
しかしそんな中、ボクはかすかな違和感を覚えていた。
群集の前で高説を垂れるかのようにみんなを煽る彼の目が、どこか遠い中空へ逸れ、どこか虚ろ気に彷徨っているような気がした。それにどこか彼の文言にもひっかかる。
けれど、どうしてそう思ったのかはよくわからなった。
「それじゃあ、俺様も行ってくるぜ! 麗しい囚われの姫君を助けないといけないんでな! おっとお嬢さん。俺に嫉妬して追いかけてきたりしないでくれよ!」
「それじゃあ私たちは宿を探しましょうか」
エイミはキラリと歯を輝かせて決め台詞のように言ったユーなんとかを無視し、まるでこの騒ぎに興味がなさそうに踵を返した。この町の施設が載った地図を開いている。
しかしユーなんとかは諦めず、じりじりと半歩ずつくらい身体を進ませながら顔をこちらに向けてくる。
「いいのかい! 行っちまうぜ!」
「このあたりだと近い宿屋はどこかしら。大きい所がいいわね」
「止めるなら今のうちだぜ!」
「あ、あっちにありそうね」
「このままじゃあ、たずなをなくした雄牛のごとく止まらなくなっちまうぜ!」
「他にいいところはないかしら。とりあえず向こうに行ってみましょう」
「お嬢さんの愛が、唯一俺を止められるんだぜ!」
少しイラッとしたのか、エイミが地図をくしゃりと握りつぶした。
「伏せ!」
「了解だぜ!」
群集の手前でユーなんとかが咄嗟に地に伏せる。
「待て」
「了解だぜ!」
エイミはそう指示をすると、しかしすぐに視線を逸らし、ボクの手を引いて広場の外へと歩き出してしまった。
無視されて、その場に伏せたまま放置されるユーなんとか。
でも心なしか、獣人でもない彼に、まさに犬のように物凄く大きく振った尻尾が見えるのは気のせいだろうか。
このトラッセルの領主である男、ヴリューセンが群衆の前に姿を現したのだ。
刈り上げの髪に整って剃られた髭。
堀の深い目許は、切れ長の目もあって力強い目力を感じさせる。
勲章が幾つも胸元に飾られた煌びやかな洋服は、彼の地位の高さを一目で教えてくれた。
執事によって台が置かれ、ヴリューセンがその上に登壇する。
彼が一度、白い手袋を被せた手を掲げると、集まった群衆たちはこぞって大きな歓声を突き上げた。
「みなの者、よくぞ此度の召集に集まってくれた。我が愛しき娘の一人、リュンが消息を絶ち、ボードで囚われの身となってから一週間。かの領主であるアイルド候はその件に関して知らぬ存ぜぬを貫き通している。しかし彼女が町へ出向いたのは明白であり、更には我らの私兵の調査はおろか、町の門を閉じて一般人の立ち入りまで制限する始末。しまいには我々の使者を問答無用に捕らえ、無残に殺すという暴挙にまで出た。このような身勝手な行い、許されるものだろうか」
ヴリューセンの言葉に、集まった男たちは歓声を上げる。
「ボードの不信を見抜き、我々はかの地へ兵を派遣することに決めた。私の愛娘のために、皆にも力を貸してもらいたい」
拳を突き上げたヴリューセンに、割れんばかりの喝采が飛ぶ。
「では皆のもの、トラッセル軍舎にて詳細の指示を行う。その後に出撃である」
「おおー!」
そのほとんどが褒章に釣られて集まった傭兵だろう。しかしこの士気の高さからして、相当に高額の給料が支払われているのだとわかる。
行方不明になった大切な娘を取り戻すため、身を切ってでも手段を選ばないといったところか。
しかしそんな中、ボクはかすかな違和感を覚えていた。
群集の前で高説を垂れるかのようにみんなを煽る彼の目が、どこか遠い中空へ逸れ、どこか虚ろ気に彷徨っているような気がした。それにどこか彼の文言にもひっかかる。
けれど、どうしてそう思ったのかはよくわからなった。
「それじゃあ、俺様も行ってくるぜ! 麗しい囚われの姫君を助けないといけないんでな! おっとお嬢さん。俺に嫉妬して追いかけてきたりしないでくれよ!」
「それじゃあ私たちは宿を探しましょうか」
エイミはキラリと歯を輝かせて決め台詞のように言ったユーなんとかを無視し、まるでこの騒ぎに興味がなさそうに踵を返した。この町の施設が載った地図を開いている。
しかしユーなんとかは諦めず、じりじりと半歩ずつくらい身体を進ませながら顔をこちらに向けてくる。
「いいのかい! 行っちまうぜ!」
「このあたりだと近い宿屋はどこかしら。大きい所がいいわね」
「止めるなら今のうちだぜ!」
「あ、あっちにありそうね」
「このままじゃあ、たずなをなくした雄牛のごとく止まらなくなっちまうぜ!」
「他にいいところはないかしら。とりあえず向こうに行ってみましょう」
「お嬢さんの愛が、唯一俺を止められるんだぜ!」
少しイラッとしたのか、エイミが地図をくしゃりと握りつぶした。
「伏せ!」
「了解だぜ!」
群集の手前でユーなんとかが咄嗟に地に伏せる。
「待て」
「了解だぜ!」
エイミはそう指示をすると、しかしすぐに視線を逸らし、ボクの手を引いて広場の外へと歩き出してしまった。
無視されて、その場に伏せたまま放置されるユーなんとか。
でも心なしか、獣人でもない彼に、まさに犬のように物凄く大きく振った尻尾が見えるのは気のせいだろうか。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
女を肉便器にするのに飽きた男、若返って生意気な女達を落とす悦びを求める【R18】
m t
ファンタジー
どんなに良い女でも肉便器にするとオナホと変わらない。
その真実に気付いた俺は若返って、生意気な女達を食い散らす事にする
エロゲーの悪役に転生した俺、なぜか正ヒロインに溺愛されてしまった件。そのヒロインがヤンデレストーカー化したんだが⁉
菊池 快晴
ファンタジー
入学式当日、学園の表札を見た瞬間、前世の記憶を取り戻した藤堂充《とうどうみつる》。
自分が好きだったゲームの中に転生していたことに気づくが、それも自身は超がつくほどの悪役だった。
さらに主人公とヒロインが初めて出会うイベントも無自覚に壊してしまう。
その後、破滅を回避しようと奮闘するが、その結果、ヒロインから溺愛されてしまうことに。
更にはモブ、先生、妹、校長先生!?
ヤンデレ正ヒロインストーカー、不良ヤンキーギャル、限界女子オタク、個性あるキャラクターが登場。
これは悪役としてゲーム世界に転生した俺が、前世の知識と経験を生かして破滅の運命を回避し、幸せな青春を送る為に奮闘する物語である。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました
竹桜
ファンタジー
自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。
転生後の生活は順調そのものだった。
だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。
その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。
これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。
18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした
田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。
しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。
そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。
そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。
なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。
あらすじを読んでいただきありがとうございます。
併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。
より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる