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○3章 温泉へ行こう
-7 『働き者の少女?』
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山間の歓楽街、フミーネル。
豊富に湧き出る温泉を観光資源にしているだけあって、町の入り口から風呂屋が多く軒を連ねていた。
前に俺がいた世界の温泉街とそう変わらない雰囲気だ。違いと言えば、こちらの世界の温泉旅館といえば瓦屋根の和風建築ではなく、少しログハウスっぽいこじんまりした佇まいであることくらいか。
純日本建築の旅館の方が好きな俺にはちょっと残念である。
だがこの湯の町も随分歴史が長いのだろう。
年季の入った看板を掲げる古屋たちは独特の風情を醸し出している。
俺たちが町にたどり着いた頃にはもう日は傾き始めていて、ほんのり朱色に染まりかかった町並みに、行灯の明かりが優しく点っていた。
これはこれで悪くない。
フミーネルは峡谷に流れる川沿いに温泉宿、町の入り口から中心地へ向かって食事処や雑貨屋と、よくある温泉街の風景が広がっている。町としても観光地化に力を入れているらしく、立ち並ぶ商店はどれも活気付いていた。
そのためか観光客も少なくはない。
やはりこちらの世界でも温泉宿は休息に浸る逗留地として定番のようだ。
「へいらっしゃい。フミーネル名物、温泉団子だよー」
「フミーネルの名産といえばこのフミーネル焼。陶器の中でもだんぜん壊れにくくて、なおかつ艶やか。こいつの曲線美はマニアには胆汁の一品だぜ」
「歩きつかれた足をほぐす、フミーネル産竹の健康按摩具。弾力があって疲れない」
飛び交う商売人たちの客引きの声を聞きながら、俺たちは町の中でも一二を争う大きな宿にたどり着いた。
宿はエマが予約しておいてくれたらしい。
今朝頼みに来たのにもう予約が済んでいるとは。
絶対、なにがなんでも俺たちに押し付けるつもりだったに違いない。
綺麗な染物の幕が張られた正面入り口から入ると、和服によく似た着物を着た仲居さんに案内され、客室へと通された。
女性三人に宛がわれたのは、中庭を見渡せる展望のいい部屋。そして俺たち男組二人は、旅館の端っこの物置のように狭い部屋だった。ひどい待遇の差だ。
ひとまず俺とマルコムも女子組の部屋に通してもらって、仲居からこの旅館とフミーネルの町の説明を受けた。
お茶請けを持って部屋にやってきたのは、最初に案内してくれた仲居ではなく、別の人だった。随分と若々しく、まだ俺たちとそう歳も変わらないだろうと思う少女だ。
おさげに結った黒髪。それとは対照的な白い肌、人形のように端正な目鼻立ち。つぶらな瞳は綺麗で、紺色の着物がよく似合っている。しかしなんといっても目を引くのが、頭の上にくっ付いている三角の耳だ。
狼のような灰色の、少しフサフサしたとんがり耳。おまけにお尻からも灰色の毛並みの尻尾が生えていて、生きているようにふわりと揺れている。
獣人と呼ばれる種族だ。
人間とは少し違い、耳や尻尾が生えている。それ以外には目立った違いはないが、身体能力に長けているのが特徴だ。
反面人間ほど理知的ではなく、雇用者として下についている者が多いらしい。
フォルンではあまり見かけなかったが、特にこのフミーネルでは獣人の姿をよく見かけた。温泉街の商店で声かけをしている従業員にも獣耳が生えていたし、旅館で迎えてくれた仲居もふさふさな尻尾を揺らしていた。
そして新しくやって来た美少女の獣人も、気前の良い笑顔を浮かべ、尻尾をふりふりと左右に漂わせていた。
「お客さんたちはこの町は初めてです?」
仲居の少女は膝をつき、五人分のお茶を入れてくれながら柔らかく微笑む。
「そうです、お嬢さん」と力強く答えたのはマルコムだ。
この節操なしめ。
四つ分の座椅子からはぶられ、一人部屋の隅に追いやられているマルコムは、気持ちの悪い葉虫のように仲居さんへ歩み寄ろうとする。それを、俺が襟元を掴んで食い止め、ぐえっ、と汚い声を漏らしていた。
「それではこの町について説明させてもらいます。ウチの旅館から出て目の前に続いているのが土産町。町に入ってから通ってこられたとは思いますが、いろいろな名産品や土産品と取り揃えています。お帰りの際にはぜひお立ち寄りください」
親切丁寧に仲居さんが説明してくれるが、真面目に聞いているのは俺とミュンくらいだ。
ヴェーナは退屈そうに自分の髪を弄っているし、スクーデリアは転寝気分に舟をこぎ始めている。マルコムはというと、獣人でもないくせに、尻尾を振ったように仲居さんに食いついて夢中である。
しっかり聞いているミュンも逆に真面目すぎて、言われたことをすべてメモ用紙に書き取っていた。それほど肩肘張るようなものでもないと思うが。
やっぱり温泉といえば癒し!
脱力して、心の疲れを取る。それこそが温泉ってもんだ。
のんびり過ごして楽しもう。
「――以上が説明となります。どうぞごゆっくりお過ごしください」
さらさらの黒い前髪をなびかせ、明るい笑顔をはにかませて仲居さんは去っていった。
各々が自由自適にくつろぎ始める。
ジジババ臭くお茶をすすって一息つくミュン。暇そうにしながらもたまに隙を窺っては吹き矢を撃とうとしているヴェーナ。すっかり眠りに落ちてしまったスクーデリア。マルコムはというと、去っていった仲居さんを瞳に焼き付けているがごとく動かない。
一行に動こうとしない彼らにじれったくなった俺は、うずうずした気持ちを抑えきれず、
「よし、お前ら」
と鼻息荒くいきんだ。。
一同から冷ややかな注目が浴びせられるが、それにも臆さず力強く拳を握る。
「風呂に行くぞ!」
豊富に湧き出る温泉を観光資源にしているだけあって、町の入り口から風呂屋が多く軒を連ねていた。
前に俺がいた世界の温泉街とそう変わらない雰囲気だ。違いと言えば、こちらの世界の温泉旅館といえば瓦屋根の和風建築ではなく、少しログハウスっぽいこじんまりした佇まいであることくらいか。
純日本建築の旅館の方が好きな俺にはちょっと残念である。
だがこの湯の町も随分歴史が長いのだろう。
年季の入った看板を掲げる古屋たちは独特の風情を醸し出している。
俺たちが町にたどり着いた頃にはもう日は傾き始めていて、ほんのり朱色に染まりかかった町並みに、行灯の明かりが優しく点っていた。
これはこれで悪くない。
フミーネルは峡谷に流れる川沿いに温泉宿、町の入り口から中心地へ向かって食事処や雑貨屋と、よくある温泉街の風景が広がっている。町としても観光地化に力を入れているらしく、立ち並ぶ商店はどれも活気付いていた。
そのためか観光客も少なくはない。
やはりこちらの世界でも温泉宿は休息に浸る逗留地として定番のようだ。
「へいらっしゃい。フミーネル名物、温泉団子だよー」
「フミーネルの名産といえばこのフミーネル焼。陶器の中でもだんぜん壊れにくくて、なおかつ艶やか。こいつの曲線美はマニアには胆汁の一品だぜ」
「歩きつかれた足をほぐす、フミーネル産竹の健康按摩具。弾力があって疲れない」
飛び交う商売人たちの客引きの声を聞きながら、俺たちは町の中でも一二を争う大きな宿にたどり着いた。
宿はエマが予約しておいてくれたらしい。
今朝頼みに来たのにもう予約が済んでいるとは。
絶対、なにがなんでも俺たちに押し付けるつもりだったに違いない。
綺麗な染物の幕が張られた正面入り口から入ると、和服によく似た着物を着た仲居さんに案内され、客室へと通された。
女性三人に宛がわれたのは、中庭を見渡せる展望のいい部屋。そして俺たち男組二人は、旅館の端っこの物置のように狭い部屋だった。ひどい待遇の差だ。
ひとまず俺とマルコムも女子組の部屋に通してもらって、仲居からこの旅館とフミーネルの町の説明を受けた。
お茶請けを持って部屋にやってきたのは、最初に案内してくれた仲居ではなく、別の人だった。随分と若々しく、まだ俺たちとそう歳も変わらないだろうと思う少女だ。
おさげに結った黒髪。それとは対照的な白い肌、人形のように端正な目鼻立ち。つぶらな瞳は綺麗で、紺色の着物がよく似合っている。しかしなんといっても目を引くのが、頭の上にくっ付いている三角の耳だ。
狼のような灰色の、少しフサフサしたとんがり耳。おまけにお尻からも灰色の毛並みの尻尾が生えていて、生きているようにふわりと揺れている。
獣人と呼ばれる種族だ。
人間とは少し違い、耳や尻尾が生えている。それ以外には目立った違いはないが、身体能力に長けているのが特徴だ。
反面人間ほど理知的ではなく、雇用者として下についている者が多いらしい。
フォルンではあまり見かけなかったが、特にこのフミーネルでは獣人の姿をよく見かけた。温泉街の商店で声かけをしている従業員にも獣耳が生えていたし、旅館で迎えてくれた仲居もふさふさな尻尾を揺らしていた。
そして新しくやって来た美少女の獣人も、気前の良い笑顔を浮かべ、尻尾をふりふりと左右に漂わせていた。
「お客さんたちはこの町は初めてです?」
仲居の少女は膝をつき、五人分のお茶を入れてくれながら柔らかく微笑む。
「そうです、お嬢さん」と力強く答えたのはマルコムだ。
この節操なしめ。
四つ分の座椅子からはぶられ、一人部屋の隅に追いやられているマルコムは、気持ちの悪い葉虫のように仲居さんへ歩み寄ろうとする。それを、俺が襟元を掴んで食い止め、ぐえっ、と汚い声を漏らしていた。
「それではこの町について説明させてもらいます。ウチの旅館から出て目の前に続いているのが土産町。町に入ってから通ってこられたとは思いますが、いろいろな名産品や土産品と取り揃えています。お帰りの際にはぜひお立ち寄りください」
親切丁寧に仲居さんが説明してくれるが、真面目に聞いているのは俺とミュンくらいだ。
ヴェーナは退屈そうに自分の髪を弄っているし、スクーデリアは転寝気分に舟をこぎ始めている。マルコムはというと、獣人でもないくせに、尻尾を振ったように仲居さんに食いついて夢中である。
しっかり聞いているミュンも逆に真面目すぎて、言われたことをすべてメモ用紙に書き取っていた。それほど肩肘張るようなものでもないと思うが。
やっぱり温泉といえば癒し!
脱力して、心の疲れを取る。それこそが温泉ってもんだ。
のんびり過ごして楽しもう。
「――以上が説明となります。どうぞごゆっくりお過ごしください」
さらさらの黒い前髪をなびかせ、明るい笑顔をはにかませて仲居さんは去っていった。
各々が自由自適にくつろぎ始める。
ジジババ臭くお茶をすすって一息つくミュン。暇そうにしながらもたまに隙を窺っては吹き矢を撃とうとしているヴェーナ。すっかり眠りに落ちてしまったスクーデリア。マルコムはというと、去っていった仲居さんを瞳に焼き付けているがごとく動かない。
一行に動こうとしない彼らにじれったくなった俺は、うずうずした気持ちを抑えきれず、
「よし、お前ら」
と鼻息荒くいきんだ。。
一同から冷ややかな注目が浴びせられるが、それにも臆さず力強く拳を握る。
「風呂に行くぞ!」
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