家出令嬢の温泉旅館繁盛記! ~婚約破棄のために、素人令嬢は寂れた旅館を復興させます!~

矢立まほろ

文字の大きさ
上 下
44 / 53

 -6 『想定外の事態』

しおりを挟む
 翌日の朝がやって来た。

 結局具体的な解決策は思いついていない。
 けれど、今できる最大限のお持て成しをして、私達の旅館を見てもらう。

 それを精一杯にやろうと、私は強く決意した。

 今日は早く起きて、顔を洗って、しっかり歯を磨いて、万全の気合を入れた。昨日までの塞ぎこんだ私はもういない。

 いつもは朝一番に事務所にいるはずのロロの姿はまだなかったけれど、代わりのようにフェスが早起きしてやってきた。

「がんばりましょうね」と鼻息荒く息巻いて元気一杯だ。

 それから昨日からの宿泊客達の朝食は布団の片付けをフェス達がおこない、私は早めに帰られるお客様の出迎えなどをしていった。

 そうして業務をしているうちにあっという間に昼前になり、時はやってきた。

「シェリーさん!」

 大急ぎでやって来たフェスに、私はすぐに察して旅館の入り口へと向かった。

 煌びやかな装飾の目立つ馬車を引っさげて、当様は執事のエヴァンスと共にやってきた。馬車から降りたお父様はその場に立ち止まり、じっくりと嘗め回すように旅館の外観を眺めていた。

 見た目についた葉、私が来た当初は薄汚れていて手入れも行き届いていなかったが、今はしっかりと掃除され綺麗になっている。建物を取り囲む生垣もしっかり剪定され、庇の下には新調したての提灯も飾られ、普段より少しお化粧したように見栄えを良くしている。

 お父様は並んで出迎える仲居達に紛れていた私に気付くと、厳しい表情を浮かべながら近づいてきた。

「久しいな、シェリー」
「……そうかしら」

 気まずい。
 良く見知った父の顔であるはずなのに、妙な威圧感がみしみしと伝わってくる。直視できず、私はつい視線を反らせた。

「随分見ないうちに大きくなったんじゃないか?」
「そんなこと。お父様こそ、お痩せになったんじゃないかしら」
「むしろ太ったんだがな」
「……うっ」

 そんな父親の体型なんて覚えていない。
 おだてて評価を緩くさせる作戦は失敗だ。

「シェリー」

 改まってお父様が私へと見向く。

「私の縁談を蹴ってまで選んだお前の旅館、見せてもらうぞ」
「……はい」

 凄みのあるお父様の言葉に、私は息を呑んで頷いた。

「ようこそお越しくださいました、クランク=アトワイト様。それでは手続きをしますので、ひとまず中へどうぞ」
「うむ」

 ここからは親子ではなく従業員とお客様だ。
 心の中で大きく深呼吸し、私は気持ちをきりっと入れ替えた。

 お父様をロビーに案内し、執事のエヴァンスに受付で手続きを行ってもらう。

「こちらはフィルグの町の農家が作っている茶葉で淹れたお茶です。渋みの薄い滑らかな味わいとなっております。こちらの羊羹とご一緒にどうぞ」

 ロビーの椅子に腰掛けたお父様に、私は腰を低くしながらお盆に乗せたそれを差し出す。お父様は私の一挙手一投足をじっくり観察するように眺めていた。

 やはり視線が気まずい。
 見られているだけで息苦しくなりそうだ。

 お父様は領主という仕事柄、視察のために色々なところへと出かけている。書類だけでの把握ではなく、実地へ赴いて現状を理解するほうが早いというのが信条らしく、遠方へ出かけては、各地の様々な宿にも泊まっている。

 生半可な接客では、それらの宿にひどく見劣りすると思われてしまうだろう。その緊張感が、無駄口を漏らさない寡黙さからじりじりと湧き上がらせた。

「ありがとう。いただこう」

 お茶と菓子を手に取り、お父様が一服をつく。
 特に良いとも悪いとも言いはしない。ただ静かに茶をすすっては、目の前に見える煌びやかな大時計を見て息を吐いていた。

「それでは準備が整いましたらすぐご案内いたしますので、しばらくお待ちください」

 そう言ってお父様を残し、私は事務所へと戻っていった。

 今日のお客様の入りは決して少なくはなかった。私がお父様の相手をしている時も数人ほど来客していたし、日帰り風呂に訪れた人も何人かはいた。しかし盛況と見栄を張るにはやはり、お父様と他数名しかいない広々としたロビーのがらんどうさが目立っていて人の少なさを感じさせてしまっている。

 こうなれば接客で上手くやってお父様に満足してもらうしかない。

「クランク様をお部屋へ案内してちょうだい。部屋は確か……二号室よね」

 用意できるうちの、一番広くて綺麗な部屋を手配していたはずだ。そこの鍵を取ろうと、事務所のロッカーに保管場所を開ける。

「……え?」

 しかしそこに二号室の鍵はなかった。

 ――どうして。

 おかしい。宿泊客に手渡していない限りここに保管されているはずなのに。どこか別の場所に間違って置かれているのだろうか。

 そう考えて別の部屋のところも見たけれど、やはり目的に二号室の鍵は見当たらなかった。二号室は比較的他の部屋より大きく、六畳二部屋の作りになっている。中庭の庭園が見渡せ、その向こうには青々しい山並みを窺える景観の良い部屋だ。

 他の空いている部屋はどれも狭く、やはり二号室には見劣りする。

 どうしたものか。
 鍵がなければお父様を部屋に通すことすらできない。

「シェリーさん?」

 焦りの顔を浮かべる私の傍にフェスがやって来た。

「フェス。貴女、今日二号室の担当だったわよね。鍵がないんだけど」
「えっ?! フェスは今日は一号室と四号室のお客様の担当になりましたよ?!」
「え?」

 おかしい。
 お父様の接客はフェスがやると昨日から決めていたはず。

「それに、先ほどのお客様が急遽二号室に変更になったから、クランク様には五号室を使ってもらうことになったって……」
「どういうこと?! 何も聞いてないわよ!」
「ひゃっ!」

 つい声を荒げてしまい、怯えたフェスに「ごめんなさい」と謝った。

「でも聞いてないわ、そんなこと。誰が言ってたの」
「あの……ミトさんが」
しおりを挟む
感想お待ちしています!お気軽にどうぞ!
感想 0

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...