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-2 『青天の霹靂』
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それはまさに青天の霹靂だった。
血相を変えて大慌てでやって来たフェスが持っていたのは、私のお父様からの手紙だった。
背筋に悪寒を感じつつ、私はそれに目を通した。
「…………そんな」
思わず手が震え、力なく言葉をこぼす。
「どうしたの、シェリー」
「……お父様が、来るって」
「え、いつ?」
「――明日」
「ええっ?!」
驚くロロだが、それ以上に動揺を隠せないのが私だった。
読み上げた事実をすぐに受け入れられず、頭の中がぐらりとかき回されたような気分になった。
「あの。シェリーさんのお父様がこられるんですか?」
興味をひかれたのか、フェスがロロに尋ねる。
「そうみたい」
「すごいです。どんな方なんでしょうか」
「……実はみんなにはまだ言ってなかったけど、シェリーのお父さんはここら一帯の領主様なんだ」
「えっ!」
さすがのフェスでもその重大さは理解できたのか、好奇心にあふれた目は一転し、緊張と焦りの色を濃くさせていた。
お父様がやってくる。
これはいったいどういうこと。
お父様がやって来るまでまだ二ヶ月はあるはずではなかったの。
まだお父様を迎えるための客室も完成していないし、客をたくさん引き寄せるための計画も立てていない。
現状の旅館は以前の寂れた光景こそなくなったものの、まだ部屋にも空室が目立っている。
この程度では、とてもエヴァンスにうそぶいたような盛況ぶりとは言えるはずがない。
「どうしよう……」とロロがうなだれる。
私もそうしたい気分だった。けれど、それをしても何も変わらない。
手紙の文面から、どうやらお父様の遠方へと出かける用事がことのほか早く済んだらしい。ちょうど時間がとれたので伺うということだ。
だが、もしかすると最初から予定通りに来るつもりはなかったのかもしれない。私にちゃんとした用意もさせず、そのまま連れ帰る魂胆なだとしたら、この急な予定変更も頷ける。
「……やれることをやるしかないわね」
「で、でも。なにをすれば」
「それは――」
とはいえ期限は明日。
もうまともな時間はない。
「わわわっ! し、シェリーさん。お、お部屋はどうしましょう」
「落ち着いてフェス。一階の一番良い部屋は――いや、今は連泊のお客様がいる。いきなり部屋を変えてもらうわけにも。じゃあどこにすれば」
宿泊者名簿や、部屋を管理している手帳に大急ぎで目を通していく。しかし良い部屋は優先的にお客様に提供しているため、急には用意などできない。
「部屋は仕方ない。ちょっと奥まった普通のところにしてもらうとして。あとは料理も、ちゃんとした懐石を仕込まなくちゃ。フェス、厨房組に急な賓客が入ったって連絡してきてちょうだい」
「わ、わかりまひたっ!」
言葉を噛みながらもフェスは大急ぎで事務所を飛び出していく。
「他にできることは」
考えようとするが、あまりに急すぎて混乱している。どうにか落ち着けないと。
焦燥と同時に苛々が募り、唇を噛みしめる。
そんな私の隣で、心配そうな顔を浮かべたロロが私を見つめていた。
「シェリー……」
「なんて顔をしてるのよ。二ヶ月後にはどのみちお父様は来てたのよ。それがちょっと早まっただけ。やれるだけのことをやってお客様を集められればいいの」
「でも、今のままじゃお客様も少ないよ。これじゃあシェリーが……」
「大丈夫。大丈夫だから」
心細く声をすぼませるロロに、私はなるたけの笑顔を作ってみせる。
「私がここに来てから、たった数ヶ月でこの旅館をここまで盛り返してみせたでしょ。やればできるわ」
そう、これまでやってきたのだから。
できるはず。
せっかく上り調子なのだから、これを逃すなんてことはない。
「とにかく私が考えてみるから。それよりも、ロロは商工会の会合がこれからあるんでしょ。早くしないと遅刻しちゃうわよ」
「……あ、うん。そうだね」
「ジュノスさんは許してくれても、あの堅物の代表にはうるさく言われるわよ」
精一杯の笑い調子で言う私に背中を押され、ロロは帳簿を片づけて支度を始めた。
「ねえ、シェリー」
「なによ」
鞄を担いで席を立ったロロを送りだそうとする私に、しかし彼はふと振り返って言う。
「本当に大丈夫?」
「……もちろんよ。大丈夫ってさっき言ったでしょ」
さあ、と私はロロの背中を強くたたき、事務所から押し出した。
「……私が何とかしなくちゃ」
諦めるにはまだ早い。私はこれまでもやってこれたんだから。できるだけのことをやってお父様を迎えなければ。
焦る心をどうにか押さえ込みながら、次の手段を考えるために私も事務所を出て行った。
血相を変えて大慌てでやって来たフェスが持っていたのは、私のお父様からの手紙だった。
背筋に悪寒を感じつつ、私はそれに目を通した。
「…………そんな」
思わず手が震え、力なく言葉をこぼす。
「どうしたの、シェリー」
「……お父様が、来るって」
「え、いつ?」
「――明日」
「ええっ?!」
驚くロロだが、それ以上に動揺を隠せないのが私だった。
読み上げた事実をすぐに受け入れられず、頭の中がぐらりとかき回されたような気分になった。
「あの。シェリーさんのお父様がこられるんですか?」
興味をひかれたのか、フェスがロロに尋ねる。
「そうみたい」
「すごいです。どんな方なんでしょうか」
「……実はみんなにはまだ言ってなかったけど、シェリーのお父さんはここら一帯の領主様なんだ」
「えっ!」
さすがのフェスでもその重大さは理解できたのか、好奇心にあふれた目は一転し、緊張と焦りの色を濃くさせていた。
お父様がやってくる。
これはいったいどういうこと。
お父様がやって来るまでまだ二ヶ月はあるはずではなかったの。
まだお父様を迎えるための客室も完成していないし、客をたくさん引き寄せるための計画も立てていない。
現状の旅館は以前の寂れた光景こそなくなったものの、まだ部屋にも空室が目立っている。
この程度では、とてもエヴァンスにうそぶいたような盛況ぶりとは言えるはずがない。
「どうしよう……」とロロがうなだれる。
私もそうしたい気分だった。けれど、それをしても何も変わらない。
手紙の文面から、どうやらお父様の遠方へと出かける用事がことのほか早く済んだらしい。ちょうど時間がとれたので伺うということだ。
だが、もしかすると最初から予定通りに来るつもりはなかったのかもしれない。私にちゃんとした用意もさせず、そのまま連れ帰る魂胆なだとしたら、この急な予定変更も頷ける。
「……やれることをやるしかないわね」
「で、でも。なにをすれば」
「それは――」
とはいえ期限は明日。
もうまともな時間はない。
「わわわっ! し、シェリーさん。お、お部屋はどうしましょう」
「落ち着いてフェス。一階の一番良い部屋は――いや、今は連泊のお客様がいる。いきなり部屋を変えてもらうわけにも。じゃあどこにすれば」
宿泊者名簿や、部屋を管理している手帳に大急ぎで目を通していく。しかし良い部屋は優先的にお客様に提供しているため、急には用意などできない。
「部屋は仕方ない。ちょっと奥まった普通のところにしてもらうとして。あとは料理も、ちゃんとした懐石を仕込まなくちゃ。フェス、厨房組に急な賓客が入ったって連絡してきてちょうだい」
「わ、わかりまひたっ!」
言葉を噛みながらもフェスは大急ぎで事務所を飛び出していく。
「他にできることは」
考えようとするが、あまりに急すぎて混乱している。どうにか落ち着けないと。
焦燥と同時に苛々が募り、唇を噛みしめる。
そんな私の隣で、心配そうな顔を浮かべたロロが私を見つめていた。
「シェリー……」
「なんて顔をしてるのよ。二ヶ月後にはどのみちお父様は来てたのよ。それがちょっと早まっただけ。やれるだけのことをやってお客様を集められればいいの」
「でも、今のままじゃお客様も少ないよ。これじゃあシェリーが……」
「大丈夫。大丈夫だから」
心細く声をすぼませるロロに、私はなるたけの笑顔を作ってみせる。
「私がここに来てから、たった数ヶ月でこの旅館をここまで盛り返してみせたでしょ。やればできるわ」
そう、これまでやってきたのだから。
できるはず。
せっかく上り調子なのだから、これを逃すなんてことはない。
「とにかく私が考えてみるから。それよりも、ロロは商工会の会合がこれからあるんでしょ。早くしないと遅刻しちゃうわよ」
「……あ、うん。そうだね」
「ジュノスさんは許してくれても、あの堅物の代表にはうるさく言われるわよ」
精一杯の笑い調子で言う私に背中を押され、ロロは帳簿を片づけて支度を始めた。
「ねえ、シェリー」
「なによ」
鞄を担いで席を立ったロロを送りだそうとする私に、しかし彼はふと振り返って言う。
「本当に大丈夫?」
「……もちろんよ。大丈夫ってさっき言ったでしょ」
さあ、と私はロロの背中を強くたたき、事務所から押し出した。
「……私が何とかしなくちゃ」
諦めるにはまだ早い。私はこれまでもやってこれたんだから。できるだけのことをやってお父様を迎えなければ。
焦る心をどうにか押さえ込みながら、次の手段を考えるために私も事務所を出て行った。
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