25 / 53
-10『抜け目ない商魂』
しおりを挟む
翌日、私はロロをつれて朝一番に商工会を訪れた。
絶対に提携を得られるように、何を言われても立ち退かずに食い下がってやるぞ、と意気込んで臨んだ二度目の面会だったが、
「……わかった。許可しよう」
商工会代表のジョシュアからの返事はいともあっさりしたものだった。
その拍子抜けぶりに、隣にいたロロの頬をつねってしまったくらいだ。痛い痛いと涙目を浮かべたロロを見て、聞き間違いではなかったのだと再確認する。いや、再確認にはなってないけれど。
私達にそう言ったジョシュアは、眉間にしわを寄せ、渋々と困った風な顔を浮かべていた。
「えっと……いいの?」
「ああ。いいと言っている」
悩ましげに眉間に手を当て、嘆息をつきながら彼はやはりそう答える。
どうしていきなり、と思っていると、私達のいた応接室に一人の老人が現れた。
ジュノスだ。
「うむ。商談事は無事に決まったようじゃの」
突然やって来た彼は満足そうにそう言い、口許をにこやかにゆるませていた。
事態の把握ができていない私とロロを余所に、ジョシュアが彼にまで嘆息を投げかける。
「先生。あまり無理を言われては困ります」
「無理じゃあなかろう。彼らのおかげであの行商人達は無事だったんじゃ。いましがた商工会との取引も無事におこなわれた。それに関してお主にも恩義はあろう?」
「それはそうですが……」
ジョシュアがかしこまったように身を小さくさせる。この前に会った時とは大違いだ。その物腰にはいっさいの強さが見受けられない。
「先生?」とロロが小首を傾げると、ジョシュアは頷いた。
「この方は商工会の前代表だ。私の先代にあたる人だよ」
「ええっ?!」
私とロロが二人して驚きの声を上げた。
ただの竜馬を育てている農家のおじいさん、くらいにしか思ってなかった。まさかそれほどの影響力を持っていたとは。
「先生から打診があったんだ。キミ達をぜひともよろしく、と」
「そうじゃ」
いえい、とジュノスが茶目っ気を見せてピースしてくる。
「そ、それは予想外だったわ……」
「うん、そうだね」
まさかそんな方向から上手く話が進むなんて。
「ありがたい話だけど、いいのかしら。前代表がそんな公私混同のような意見を口だして」
「なに、問題はありはせん。わしは決して混同などしておらんよ。昨晩も多くの行商人を宿に泊め、満足させて帰らせておった。この町の店として、歩幅を同じくして歩む仲間である要素は十分じゃと判断したのじゃよ。そして、簡単には我々を裏切らんという心の強さも、な」
しわ垂れて細まったジュノスの瞳がかっと見開く。年老いながらもその眼光の鋭さには力があった。
しかしそれもすぐにふっと柔らかく垂れ下がり、元の優しそうなおじいちゃんに戻る。
「ほっほっほっ。それになにより、あの行商人やここの連中にも、わしの子らの有用性がよく伝わったことじゃろう。恩も売れたな。それに竜馬の具合も調べられた。繊細な荷物の運搬には向かぬかもしれんが、人の輸送には使えそうじゃな」
「まさか私達で竜馬を試したんじゃないでしょうね」
「さあ、どうじゃろうか。じゃが、お主らも竜馬のおかげで色々助かったじゃろう?」
愛馬の宣伝と善意ばかりで動いていたかと思えば、どこまでも抜け目のない商売人だ。生粋の性分なのだろう。けれどそれで助かったのも事実だし、まんまと情を売られたわけだ。
商売は強情と恩情。
なるほど、自分の思惑を貫き通した人間こそ強いというわけだ。
となると、私があの状況で竜馬を使わせてほしいと頼むことすら算段の内だったのかもしれない。でなければ、どうせ彼は行商人に恩を売るために真っ先に独断で竜馬を走らせていただろうから。
「ただ者じゃなかったわけね、このおじいさん」
「ぬっはっはっ」
心地よく高笑いするジュノスを前に、私はむしろ清々しいまでの商魂を感じていた。
絶対に提携を得られるように、何を言われても立ち退かずに食い下がってやるぞ、と意気込んで臨んだ二度目の面会だったが、
「……わかった。許可しよう」
商工会代表のジョシュアからの返事はいともあっさりしたものだった。
その拍子抜けぶりに、隣にいたロロの頬をつねってしまったくらいだ。痛い痛いと涙目を浮かべたロロを見て、聞き間違いではなかったのだと再確認する。いや、再確認にはなってないけれど。
私達にそう言ったジョシュアは、眉間にしわを寄せ、渋々と困った風な顔を浮かべていた。
「えっと……いいの?」
「ああ。いいと言っている」
悩ましげに眉間に手を当て、嘆息をつきながら彼はやはりそう答える。
どうしていきなり、と思っていると、私達のいた応接室に一人の老人が現れた。
ジュノスだ。
「うむ。商談事は無事に決まったようじゃの」
突然やって来た彼は満足そうにそう言い、口許をにこやかにゆるませていた。
事態の把握ができていない私とロロを余所に、ジョシュアが彼にまで嘆息を投げかける。
「先生。あまり無理を言われては困ります」
「無理じゃあなかろう。彼らのおかげであの行商人達は無事だったんじゃ。いましがた商工会との取引も無事におこなわれた。それに関してお主にも恩義はあろう?」
「それはそうですが……」
ジョシュアがかしこまったように身を小さくさせる。この前に会った時とは大違いだ。その物腰にはいっさいの強さが見受けられない。
「先生?」とロロが小首を傾げると、ジョシュアは頷いた。
「この方は商工会の前代表だ。私の先代にあたる人だよ」
「ええっ?!」
私とロロが二人して驚きの声を上げた。
ただの竜馬を育てている農家のおじいさん、くらいにしか思ってなかった。まさかそれほどの影響力を持っていたとは。
「先生から打診があったんだ。キミ達をぜひともよろしく、と」
「そうじゃ」
いえい、とジュノスが茶目っ気を見せてピースしてくる。
「そ、それは予想外だったわ……」
「うん、そうだね」
まさかそんな方向から上手く話が進むなんて。
「ありがたい話だけど、いいのかしら。前代表がそんな公私混同のような意見を口だして」
「なに、問題はありはせん。わしは決して混同などしておらんよ。昨晩も多くの行商人を宿に泊め、満足させて帰らせておった。この町の店として、歩幅を同じくして歩む仲間である要素は十分じゃと判断したのじゃよ。そして、簡単には我々を裏切らんという心の強さも、な」
しわ垂れて細まったジュノスの瞳がかっと見開く。年老いながらもその眼光の鋭さには力があった。
しかしそれもすぐにふっと柔らかく垂れ下がり、元の優しそうなおじいちゃんに戻る。
「ほっほっほっ。それになにより、あの行商人やここの連中にも、わしの子らの有用性がよく伝わったことじゃろう。恩も売れたな。それに竜馬の具合も調べられた。繊細な荷物の運搬には向かぬかもしれんが、人の輸送には使えそうじゃな」
「まさか私達で竜馬を試したんじゃないでしょうね」
「さあ、どうじゃろうか。じゃが、お主らも竜馬のおかげで色々助かったじゃろう?」
愛馬の宣伝と善意ばかりで動いていたかと思えば、どこまでも抜け目のない商売人だ。生粋の性分なのだろう。けれどそれで助かったのも事実だし、まんまと情を売られたわけだ。
商売は強情と恩情。
なるほど、自分の思惑を貫き通した人間こそ強いというわけだ。
となると、私があの状況で竜馬を使わせてほしいと頼むことすら算段の内だったのかもしれない。でなければ、どうせ彼は行商人に恩を売るために真っ先に独断で竜馬を走らせていただろうから。
「ただ者じゃなかったわけね、このおじいさん」
「ぬっはっはっ」
心地よく高笑いするジュノスを前に、私はむしろ清々しいまでの商魂を感じていた。
0
感想お待ちしています!お気軽にどうぞ!
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。


目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる