家出令嬢の温泉旅館繁盛記! ~婚約破棄のために、素人令嬢は寂れた旅館を復興させます!~

矢立まほろ

文字の大きさ
上 下
7 / 53

 -7 『まずは第一歩』

しおりを挟む
 翌朝。

「私はシェリー=アトワイト。これからこの旅館を監修させてもらうアドバイザーとしてやって来たわ。よろしくね」

 見送りのために出てきた仲居や従業員、そしてロロ達の前で、私はふてぶてしくそう言い放った。

 それを聞いた彼らのほとんどが驚いた顔を浮かべていた。

 それはそうだろう。
 客だと思っていた女が突然、この旅館の舵取りを始めると言い出したのだ。

 しかし私も受け入れてもらわなければならない。それがまず改革の一歩目なのだ。

 私はなるべく小娘だと舐められないように、強めの表情を浮かべて立ち構えていた。

「いったいどういうことだい」

 やはりというか、不満そうな声が従業員からあがった。仲居頭と思われる、人間の初老の女性だ。

 彼女はしわ寄った眉間を深く刻ませ、隠すつもりもなく怒りの表情を浮かべていた。

「あたしは何も聞いていないよ。ハルからもロロからも」

 強まった語気で私に詰め寄ってくるのを、ロロが大慌てで引き留めた。

「急ですみません、ミトさん。でも、お母さんも許可を出したんです」
「ハルさんがかい?!」

 信じられないといった顔でその仲居頭――ミトが目を丸くする。

「どうしてあたしには何も……」と、ミトは引き下がってからもずっと不満そうにしていた。

 まあ、そう言いたくなる気持ちは分かる。私はただの小娘だ。

「不安だと思うのは十分わかるわ。けれど私も、この旅館を本気で復興させたいと思っているのは事実。どうかみんな、私に力を貸してほしいの」

 深々と私は頭を下げた。

 従業員たちは困惑している様子だった。

「復興って言っても、こんな寂れた旅館をよお」
「何しても無駄だ。人なんかこねえよ」

 獣人の従業員たちから弱気で投げやりな言葉が漏れ聞こえてくる。彼らの心のモチベーションは沈みきっている。ろくに仕事もなく、惰性で営業を続けている旅館の、惰性で仕事をしている人たちの本音。

 そんな中、しばらくして人一倍に声を上げたのはフェスだった。

「あ、あの。私も、この旅館をお客さんでいっぱいにしたいです!」

 懸命に、絞り出すように声を張って彼女は手を挙げていた。

「この旅館はとっても素敵な場所です。獣人の私達を拾ってくれた女将さんの、大切な、温かい場所です。だからここをもっと続けたい、です……」

 最後は尻すぼみに弱くなっていった声だが、気持ちはしっかりと伝わった。

「……そりゃあ、続けられるならいいけどよ」と獣人の一人もそう呟く。

 やはり本心としては、みんなこの旅館が好きなのだ。それでいて廃れさせたくないと思っている。

 そうでなくては、旅館側としても復興させる意味がない。

「大丈夫。私が、この旅館を廃れたなんて言わせないような立派な旅館にしてあげるから!」

 根拠はない。
 けれど自信はある。

 なぜなら、私はそれを必ずやり遂げると思いこんでいるから。

 心が前を向いていなければ、未来は明るくなんてならない。輝かしい将来は奇跡だけで手に入れるものじゃない。自分から、努力をして進み続けて、ようやく手に入れられるものだ。

 進もうとする一歩に愚かということはない。

「ねえ、シェリー。まずはどうするの?」

 ロロが尋ねてくる。

 もちろん、やらなければならないことは山ほどある。

 その中で私が選んだのは――。

「まずは従業員宿舎の改築よ」

 はっきりと言い放った私の言葉に、その場にいた全員が驚愕に呆けて聞き入っていた。
しおりを挟む
感想お待ちしています!お気軽にどうぞ!
感想 0

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...