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○4章 守りたい場所

 -13『化け』

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 大広間の外の廊下では、深酒で千鳥足な強面たちがいた。

「なんの騒ぎなんやっ。うるさせえぞ」

 咆哮の様にけたたましい声で、目つきの悪い細長男のヒョロが叫ぶ。

 背後では筋肉質な巨体のマッチョが、苛々を募らせて指の骨を鳴らしている。
 そんな二人にビビリながら、低姿勢なサンシタも「せ、責任者ででこーい」と気持ち程度に呟いている。

 強面たちは基本的にずっと部屋にいた。
 飲んだり騒いだりの好き放題をし続けている。

 そんな彼らがまとまって外に出る機会を探っていた。

 彼らの喧騒を上回るほどのこれほどの宴会騒ぎ。
 我が物顔でのさばっている強面たちが黙っているわけはないだろう。

 自分たちがこれまで散々騒音を撒き散らしておいて、他の誰かにされればすぐに怒る。まさに人間のクズだ。

 だからこそ、遠慮無しに作戦をできるというものである。

 廊下に出て彼らを確認した俺は、演壇のクウたちに目配せをして作戦決行を合図した。

 強面たちの大声に、盛り上がっていた宴会場のテンションも冷め始めていく。
 外の様子を気にする人も出始め、ざわざわと、賑わいとは違う騒がしさに包まれ始める。

 だが、そんなざわめきも一瞬にして掻き消えることになった。

 突然に視界が真っ暗になる。

 目の前が黒に潰れ、何も見えない。
 周囲の人たちが動揺の声を漏らすが、俺はそれが停電のせいだと知っていたおかげで平静でいる。予定通りだ。

 十数秒ほど真っ暗な闇に呑まれたかと思いきや、すぐに何事もなかったかのように明かりがついた。

 蛍光灯の明滅に目が眩みそうになる。

 ようやく戻って安堵の声が漏れるはずだが、しかし宴会場からは、正反対に悲鳴のような声がいくつも重なり響いていた。

「ど、どういうことだ!」
「きゃああ、なんで!」

 劈くような叫び声が反響する。

「お、俺がいる!」と叫んだ男性の隣には、その男性と瓜二つの男性が座っていたのだ。

 その人だけではない。
 隣席の女性も、その隣の男性も。部屋にいる客たちほぼ全員の、まったく同じ顔の人物が目の前に現れていた。

 それはもう奇奇怪怪な光景だった。

 誰しもが自分と同じ顔の同じ姿の人間を前に、驚愕に目を見開いたり口を広げたり、一同にたじろいだ表情を見せている。

 ドッペルゲンガーみたいで恐怖を覚えるのは当然だろう。
 それが自分ではなく、他の人まで同じなのだから尚更だ。

「な、なんや。いったい何の騒ぎや」

 さすがに異常さを感づいたのか、廊下で悲鳴を聞いたヒョロも表情をうろたえ始めていた。

 と、そんな彼の肩を誰かが叩く。

「なんや」と振り返った先にいたのは、マッスルたちではなく、ヒョロと同じ顔をした人影だった。

 そっくりそのままの自分と目が合う。

 途端に「ふぎゃああああああ」とヒョロの顔が悲鳴に歪んだ。

 その叫びは傍にいた仲間たちにも伝染する。

 マッスルもサンシタも、それぞれ不安そうに眉をひそめて叫ぶ。
 腰が引け、怒声を張っていた勢いはすっかりなりを潜めている。

 おののく強面たちを見て俺は確かな手ごたえを感じた。

 これこそが俺の考えた作戦だ。

 強面たちを怖がらせ、二度とここに来たくないと思わせるようにする。

 しかしただ怖がらせるだけでは駄目だ。

 他に客がいて、全員に平等的に仕掛ける。
 そうでなければ、彼らを疎ましく思った旅館の人間の仕業だとすぐに勘ぐられてしまいかねない。

 もし俺たちの仕業だとばれて彼らが何かしらの報復を考えたとしたら、女将さんや仲居娘たちに被害が及ぶ可能性もあるだろう。

 だからこそ、会長にはこの旅館で一泊してもらいたかった。

 無差別を装った全員への仕掛け。
 酷い言い方をすれば、会長たちはカモフラージュのためのデコイである。

 子どもじみた考えの作戦だが、本物の妖怪がいるこの旅館なら、それなりの説得力を持たせた恐怖体験を用意できると思った。

 不自然にならないように俺も彼らと一緒になって驚いてみせる。

 と、また停電した。
 視界が再び真っ暗になる。

 部屋と廊下の境にいた俺の足元をたくさんの小さな『何か』が通り過ぎていく。
 ほんの微かな気配と足音は、おそらくこの騒ぎに溶け込んで他には届いていないだろう。

 足元を何かがうごめいている最中、ふと声が聞こえた。

「ふはは。見たか人間の間抜け面。やはりわしらは化かしてこその本望よ」
「ふふっ。久しぶりに大仕事をして随分と楽しそうですこと」
「べ、別に楽しんどらんわい」
「じゃあ嬉しいのかしら。あの子に頼ってもらえて」

「そんなわけあるか」
「あらあら。電話が来た途端にいの一番に飛び出したのはどなただったかしら」

 騒然とした中に酷く不似合いな、穏やかで陽気な男女の会話が届いてくる。

 ついこの間聞いたばかりのようなやり取りに、あの夫婦――クウの両親だとすぐにわかった。

 そして足元を通り過ぎる何かとは、彼らの一族、つまり何匹もの化け狸たちだった。突然に現れたドッペルゲンガーの正体である。

 強面やサークル員たちを驚かそうにも、さすがに旅館の人員だけでは人手が足りない。そのためクウに無理を言って彼らを呼んでもらったのだ。

 クウが家族との関係に踏ん切りをつけられたからこそ頼めたことだろう。おかげで俺すらも驚くほどの仕掛けを組むことができた。

 それにしても凄いものだ。
 宴会場にいたあれだけの数の人間を、全員がそっくりそのまま、一瞬にして変化してしまったのだ。

「ありがとうございます」と俺が囁くと、足にふさふさとした感触があたる。

「あの子のこと、よろしくお願いします」と、優しく穏やかな母親の声。

「ふん。好きにすればいいわい」と、厳しくもおおらかな父親の声。

 彼らの言葉を聞き届けているうちにやがて足元の気配はなくなり、同時にぱっと照明が点いた。

「あ、あれ。いねえ」

 視界の戻ったヒョロが、さっきまでもう一人の自分立っていた場所を指差す。

 誰もおらず、きょろきょろと辺りを見回すが、颯爽と立ち去ったそれが見つかるはずもない。まるでさっきまで白昼夢でも見ていたかのように、ヒョロは呆けた顔で立ち尽くしていた。

 青ざめている彼の横顔を見て、俺は内心でほくそ笑む。

 ――よし、この調子でいくぞ。

 周りに同調して驚くふりをしながら、したり顔でその場から離れていった。
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