こちら異世界交流温泉旅館 ~日本のお宿で異種族なんでもおもてなし!~

矢立まほろ

文字の大きさ
上 下
16 / 46
○2章 あやめ荘の愛おしき日常

 -4 『緊急事態』

しおりを挟む
「ああ、そこ。いいっ」

 わざとなのか、甘い吐息がエルナトから漏れる。
 男とは思えない高い声のせいもあってイヤでも意識せざるを得ない。本当に、どこまで俺を弄べば気が済むというのか。

 だがしかし、俺だってそうそう翻弄され続けているばかりではない。心を無心にし、煩悩を捨ててひたすら手だけを動かしていく。

 こんな場面、誰かに見られでもしたら変な誤解を与えかねないだろう。

 だがまあ旅館のスタッフたちはエルナトのことを知っているだろうし、事情は察してくれるはずだ。男同士でマッサージをしているだけなのだから、なにもやましいことなどない。

 そう思っていた時、ガタッ、と不意に物音が聞こえた。部屋の扉の方だ。

 本当に誰かが来たのかと思いどきりとしたが、まあ大した問題にはならないだろうと気にせずマッサージを続けていく。

「あの子、さっきから覗いてるけど誰?」

 エルナトがふとそう言い、俺はやっと扉の方を見やった。

 湿度のせいで扉の丸窓が曇っているが、かすかな水滴の隙間からこちらを覗いている人影がある。背が届いていないのか下側からどうにか顔だけを覗かせているようだった。

 ぼんやりと見えるシルエットは髪が黒く、子どものような目鼻立ちで、まるで俺の妹のような――。

「……ぅあ?!」

 途端に俺は素っ頓狂な声を上げ、手を止めて大慌てで扉へ駆け寄った。

 それに気づいたのか、扉の向こうの人影も引っ込んでしまう。
 俺が急いで飛び出ると、廊下のずっと遠くを走り去っていく人影が見えた。

「なんであいつがここに」

 遠ざかる小さな背中を追って廊下を全力で突っ走った。
 追いかける影が角を曲がり、中庭に続く渡り廊下への扉を出ていく。

「――まずい、まずい、まずいぞ」

 必死の全力疾走。
 逃走者が揺らす二つの黒いおさげ髪と兎のリュックを捉えて一目散にひた走る。

 と、中庭に飛び出したその人影が小石に躓き、転げそうになって立ち止まった。

 よし、追いつける。

「つかまえたああああああああああ!」

 と俺はそのまま逃走者へと突っ込んだ。ぶつかって押し倒す形になる。

 いたたたた、と倒れこんだ逃走者が可愛らしい声で呻いた。
 追いかけている時点で気づいてはいたが、やはり、そこにいたのは妹の千穂だった。

 どうしてお前がここにいるんだ。どうやって入ってきたんだ。
 言いたいことが山ほどあるのに、咄嗟の全力ダッシュのせいで激しい息切れを起こし、声が上手く出てこない。

 息を落ち着けてやっと出てきた言葉が、

「見ぃぃぃぃたぁぁぁぁなぁぁぁぁ」

 マッサージをしていたせいでヌルヌルした手で肩を掴む様子は、さながら這いずるゾンビのように見えたのだろう。たまらず千穂の顔は血の気が引いて顔面蒼白になっていた。

「きゃああああああ、やめてえええええ!」と千穂が泣きそうな顔で絶叫する。

 俺の腕を跳ね除けるように振り払って、バタバタと四肢を動かしている。

 そのまま泣きじゃくるかと思ったが、しかし何を覚悟したのか下唇をぐっと噛み締めて泣き声を堪え、背負っていた兎のリュックに提げていたキーホルダーのような何かを掴み取る。

 可愛らしいクマのデフォルメキャラクターの形をした防犯ブザーだ。

 千穂が咄嗟にそれの紐を引き抜こうとする。

「いやああああああ、やめてえええええ!」と今度は俺が絶叫して千穂を引き止めた。

 中庭に、二人の奇妙な悲鳴が鳴り響く。

 服を着て追いかけてきたエルナトが顔を出すまで、見るも醜い阿鼻叫喚な地獄絵図が繰り広げられていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...