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○2章 あやめ荘の愛おしき日常
2-1 『うっかりミス』
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「おにいちゃん、今日もお仕事なんだよね」
「昼には母さんが一度帰ってくるらしいから。昼飯はそれまで待ってろよ」
「うん!」
「母さんも鍵は持ってるけどお前がいないと心配するから。ちゃんと留守番してろよ」
「うん!」
バイトに向かう俺を玄関まで見送りにきていた千穂は二つ返事で頷いていた。
今日はやけに機嫌がいいらしい。
いつもは「私もお兄ちゃんの仕事場に行きたい」と懲りずに駄々をこねたりするのだが、今日は驚くほど素直だ。
「いってらっしゃーい!」
「ああ。いってきます」
んふふ、と笑顔を浮かべる千穂に見送られ、俺はあやめ荘へと向かった。
異世界のことが機密事項である以上、たとえ妹といえども迂闊に教えるわけにはいかない。そのため今日みたいに大人しくしてくれているととても助かる。
「もし千穂ちゃんがついてきたところで、魔法のおかげで一般人には昔からここにある普通の民宿に見えるだけなんだけどね。扉にもセキュリティがかかっていて部外者は簡単に中には入れないし」とは、かつてふみかさんが教えてくれた話だ。
向こうの世界の認識阻害魔法とこちらの世界の認証システムが働いている、二重の対応策だ。とはいえこちらの世界では、マナは希少であるため阻害能力は低めである。
そのためもし誰かが正体に気づいても、正面玄関には政府の人間による厳重な監視が行われている。
それ以外の出入り口といえば俺が普段利用している従業員用の通用口だが、カードキーによる認証があり、簡単には中に入れない仕組みだ。
「あれ?」
旅館に着いて従業員用の扉を前に、ふとカードキーを入れているパスケースがないことに気づいた。ポケットの中も、ショルダーバッグの中を念入りに探し回ってもやはり見当たらない。
「おかしいな。いつもここに入れてるはずなのに。家に忘れてきちゃったかなあ」
そういえば昨夜、バッグの中を整理していたときに机の上に出した覚えがある。
もしかすると入れ忘れてしまったのだろうか。そうなるとパスケースは今も部屋の机に置いたままだろう。
とはいえ今から家に取りに戻るとなると遅刻は確定だ。
考えた末、扉の認証装置についているインターホンを押した。
すぐさま『はい』と通話口から返事があった。ふみかさんの声だ。
通話越しに事情を説明すると、しばらく経ってからドアが開き、ふみかさんが顔を出した。
「すみません」と謝りながら入れてもらう。
「カードは間違いなく家にあるのね」
「昨日は帰るときに使いましたし、夜に触った覚えがあります。あのまま机の上に置いちゃってるはずなんで」
「そう、失くしていないのならいいわ。でも管理には厳重に気をつけてね」
「すみません」
失態だが、気を取り直してしっかりと働くことにしよう、と俺は改めて意気込んだ。
「昼には母さんが一度帰ってくるらしいから。昼飯はそれまで待ってろよ」
「うん!」
「母さんも鍵は持ってるけどお前がいないと心配するから。ちゃんと留守番してろよ」
「うん!」
バイトに向かう俺を玄関まで見送りにきていた千穂は二つ返事で頷いていた。
今日はやけに機嫌がいいらしい。
いつもは「私もお兄ちゃんの仕事場に行きたい」と懲りずに駄々をこねたりするのだが、今日は驚くほど素直だ。
「いってらっしゃーい!」
「ああ。いってきます」
んふふ、と笑顔を浮かべる千穂に見送られ、俺はあやめ荘へと向かった。
異世界のことが機密事項である以上、たとえ妹といえども迂闊に教えるわけにはいかない。そのため今日みたいに大人しくしてくれているととても助かる。
「もし千穂ちゃんがついてきたところで、魔法のおかげで一般人には昔からここにある普通の民宿に見えるだけなんだけどね。扉にもセキュリティがかかっていて部外者は簡単に中には入れないし」とは、かつてふみかさんが教えてくれた話だ。
向こうの世界の認識阻害魔法とこちらの世界の認証システムが働いている、二重の対応策だ。とはいえこちらの世界では、マナは希少であるため阻害能力は低めである。
そのためもし誰かが正体に気づいても、正面玄関には政府の人間による厳重な監視が行われている。
それ以外の出入り口といえば俺が普段利用している従業員用の通用口だが、カードキーによる認証があり、簡単には中に入れない仕組みだ。
「あれ?」
旅館に着いて従業員用の扉を前に、ふとカードキーを入れているパスケースがないことに気づいた。ポケットの中も、ショルダーバッグの中を念入りに探し回ってもやはり見当たらない。
「おかしいな。いつもここに入れてるはずなのに。家に忘れてきちゃったかなあ」
そういえば昨夜、バッグの中を整理していたときに机の上に出した覚えがある。
もしかすると入れ忘れてしまったのだろうか。そうなるとパスケースは今も部屋の机に置いたままだろう。
とはいえ今から家に取りに戻るとなると遅刻は確定だ。
考えた末、扉の認証装置についているインターホンを押した。
すぐさま『はい』と通話口から返事があった。ふみかさんの声だ。
通話越しに事情を説明すると、しばらく経ってからドアが開き、ふみかさんが顔を出した。
「すみません」と謝りながら入れてもらう。
「カードは間違いなく家にあるのね」
「昨日は帰るときに使いましたし、夜に触った覚えがあります。あのまま机の上に置いちゃってるはずなんで」
「そう、失くしていないのならいいわ。でも管理には厳重に気をつけてね」
「すみません」
失態だが、気を取り直してしっかりと働くことにしよう、と俺は改めて意気込んだ。
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