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○1章 異世界の少女達
-3 『羽の生えた少女』
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来客の多い日はアルバイトといえども馬車馬のように働かされる。
向こうの世界にも週末の休日のようなものがやはり存在するらしい。
休日には物見遊山に出かける人が多くなるが、その旅先は異世界であるこの旅館「あやめ荘」も例外ではない。
とはいえまだ創業して二年ほどしか経っていない上に宣伝もされておらず、比較的富裕層や権力者などの人たちが訪れるのが一般的だ。滞在日数も短くて一週間、それ以上なんてこともざらだが『門』の行き来を考えれば気軽に来れるものでもないので妥当だろう。
温泉や料理といったこちらの世界のサービスはおおむね好評だ。
だが気軽に外出ができないせいで観光もできず、それほど爆発的に客足が増えることはなかった。開業当時はともかく、ここ最近は僅かな新規客とリピーターによってどうにか経営が保たれている現状である。
「ようこそお越しくださいました」
仲居や板前、手の空いている従業員たちが『門』のある部屋を前に一列に並び、異世界からやって来る客たちを迎え入れる。
俺も作務衣に着替えて列に加わった。
異世界人がやって来る『門』は、渡り廊下で繋がる裏山の麓に建てられた小屋にある。
宴会場のような広い個室になっており、しかし内装は近代的なコンクリート壁に囲まれた味気ないものだ。そこでは常に政府の役員らが常駐しており、異世界からの来客の出迎え――という名の監視が行われている。
俺たち従業員の仕事は、そこから出てきた客への挨拶から始まる。
「ようこそ、あやめ荘へ!」
館内中に響きそうなほどの声と同時に従業員たちが一斉に深く礼をする。それから、『門』の部屋から出てきた異世界人たちを、それぞれ担当する仲居たちが応対していく。
狼男のような犬顔で体毛が多く体格の良い男性客に、仲居頭の女性が前に出る。
「あらルドム様。またお越しくださってありがとうございます。随分とお疲れのようですね」
小学生のような大きさの小人族が数人やって来ると、若い仲居がそそくさと駆け寄って身を屈めながら挨拶をする。
「ようこそお越しくださいました、トルスト様。お元気そうでなによりです。今日もご家族でいらっしゃったんですね」
リピーターが多いせいもあり、従業員たちの接客は非常にフレンドリィだ。
礼儀は弁えつつもまるで旧知の友人みたいに親しげに声掛けをしている。事務的にしすぎず、実家のように親しみを覚えて欲しい、というふみかさんの提案によるものだ。
今日は人手が足りず、急遽アルバイトの俺も接客要因として動員されていた。
「次のお客様がお前の担当だぞ。しっかりやれよ」と、隣の板前が教えてくれた。
簡単な研修をしたこともあるが、実際に接客案内をするのは初めてだ。どうしても不安が募る。せめて亜人種のような人型に近い種族であれば動揺も少なくて済むだろうが。
ゆっくりと扉が開き、緊張の一瞬がやって来る。
ごくりと唾を飲んで待った。
「い、いらっしゃいませー!」
フライング気味に頭を下げて発した俺の挨拶に続いて、他の従業員たちも頭を挨拶を述べる。緊張の面持ちで顔を上げるとそこには二人組みの女性の姿があった。
二人組みの片方はシスターの修道服とドレスを折衷させたような格好をしている。しかし色は白を基調にしていて明るく、帽子や襟元には煌びやかな宝石の装飾が輝いていた。だがその光沢にも劣らぬほど、それを羽織る女性も若く美麗な顔立ちだ。
艶のある黒色のまっすぐな長髪に木目細やかな肌、西洋人のような細い輪郭に高い鼻。胸が大きくモデルのような体型だが、大きな瞳がまだ少しのあどけなさを感じさせる。おっとりと垂れた目尻が印象的な女の子だ。
ちゃんとした人間の姿だ、と認識した途端、心の中が安堵で満たされた。だが、ふと彼女の背中におかしな物がついていることに気づいた。真っ白く、ふさふさした何かが背中から伸びているのだ。
まるで天使のような白い羽だった。
彼女の半歩後ろに付き従うように佇むもう一人の女性は今度こそ普通の人間の姿をしている。燕尾服のような礼装じみた服にポニーテールに纏めた赤茶色の髪。大人びた風貌でまるで執事のようだ。
実際に従者なのだろう、手荷物はすべて彼女が受け持っている。
「あ、あやめ荘へようこそお越しくださいました」
俺はぎこちない挨拶を口にし、緊張を押し殺しながら改めて深く礼をした。
顔を上げると、修道服の女性はまぶしいくらいにこやかに微笑んでいるばかりでいた。
「あ、お荷物をお持ちします。こちらにどうぞ」と俺が手を伸ばすと後ろの従者が首を振る。
「いえ、結構です。荷物はすべて私が持ちますので」
「いや、でも」
「お構いなく。荷物の運搬には慣れておりますので」
「でも今日はお客様ですからこっちで運びますよ」
頑なに荷物を渡そうとしない従者の女性に、俺も半ば意地になったように食い下がってしまう。マニュアルでは荷物を預かるのが決まりだ。初めての接客で緊張している俺に臨機応変という言葉は思いつかない。
「持ちますので、どうぞどうぞ――っひ」
荷物に手を伸ばそうとした瞬間、俺の眼前に鋭い切っ先を持った何かが突き立てられた。それが従者の女性の手にいつの間にか握られていた刃物だとわかり、俺は思わずたじろいで尻餅をついてしまった。
突然のことに場は騒然とし、近くにいたふみかさんが急いで駆けつける。
「お客様申し訳ございません。どうぞそのままお持ちください」と平謝りをする姿を見た時は、自分の失態を自覚した。
また迷惑をかけてしまい、申し訳なさに胃が痛くなる思いだった。
向こうの世界にも週末の休日のようなものがやはり存在するらしい。
休日には物見遊山に出かける人が多くなるが、その旅先は異世界であるこの旅館「あやめ荘」も例外ではない。
とはいえまだ創業して二年ほどしか経っていない上に宣伝もされておらず、比較的富裕層や権力者などの人たちが訪れるのが一般的だ。滞在日数も短くて一週間、それ以上なんてこともざらだが『門』の行き来を考えれば気軽に来れるものでもないので妥当だろう。
温泉や料理といったこちらの世界のサービスはおおむね好評だ。
だが気軽に外出ができないせいで観光もできず、それほど爆発的に客足が増えることはなかった。開業当時はともかく、ここ最近は僅かな新規客とリピーターによってどうにか経営が保たれている現状である。
「ようこそお越しくださいました」
仲居や板前、手の空いている従業員たちが『門』のある部屋を前に一列に並び、異世界からやって来る客たちを迎え入れる。
俺も作務衣に着替えて列に加わった。
異世界人がやって来る『門』は、渡り廊下で繋がる裏山の麓に建てられた小屋にある。
宴会場のような広い個室になっており、しかし内装は近代的なコンクリート壁に囲まれた味気ないものだ。そこでは常に政府の役員らが常駐しており、異世界からの来客の出迎え――という名の監視が行われている。
俺たち従業員の仕事は、そこから出てきた客への挨拶から始まる。
「ようこそ、あやめ荘へ!」
館内中に響きそうなほどの声と同時に従業員たちが一斉に深く礼をする。それから、『門』の部屋から出てきた異世界人たちを、それぞれ担当する仲居たちが応対していく。
狼男のような犬顔で体毛が多く体格の良い男性客に、仲居頭の女性が前に出る。
「あらルドム様。またお越しくださってありがとうございます。随分とお疲れのようですね」
小学生のような大きさの小人族が数人やって来ると、若い仲居がそそくさと駆け寄って身を屈めながら挨拶をする。
「ようこそお越しくださいました、トルスト様。お元気そうでなによりです。今日もご家族でいらっしゃったんですね」
リピーターが多いせいもあり、従業員たちの接客は非常にフレンドリィだ。
礼儀は弁えつつもまるで旧知の友人みたいに親しげに声掛けをしている。事務的にしすぎず、実家のように親しみを覚えて欲しい、というふみかさんの提案によるものだ。
今日は人手が足りず、急遽アルバイトの俺も接客要因として動員されていた。
「次のお客様がお前の担当だぞ。しっかりやれよ」と、隣の板前が教えてくれた。
簡単な研修をしたこともあるが、実際に接客案内をするのは初めてだ。どうしても不安が募る。せめて亜人種のような人型に近い種族であれば動揺も少なくて済むだろうが。
ゆっくりと扉が開き、緊張の一瞬がやって来る。
ごくりと唾を飲んで待った。
「い、いらっしゃいませー!」
フライング気味に頭を下げて発した俺の挨拶に続いて、他の従業員たちも頭を挨拶を述べる。緊張の面持ちで顔を上げるとそこには二人組みの女性の姿があった。
二人組みの片方はシスターの修道服とドレスを折衷させたような格好をしている。しかし色は白を基調にしていて明るく、帽子や襟元には煌びやかな宝石の装飾が輝いていた。だがその光沢にも劣らぬほど、それを羽織る女性も若く美麗な顔立ちだ。
艶のある黒色のまっすぐな長髪に木目細やかな肌、西洋人のような細い輪郭に高い鼻。胸が大きくモデルのような体型だが、大きな瞳がまだ少しのあどけなさを感じさせる。おっとりと垂れた目尻が印象的な女の子だ。
ちゃんとした人間の姿だ、と認識した途端、心の中が安堵で満たされた。だが、ふと彼女の背中におかしな物がついていることに気づいた。真っ白く、ふさふさした何かが背中から伸びているのだ。
まるで天使のような白い羽だった。
彼女の半歩後ろに付き従うように佇むもう一人の女性は今度こそ普通の人間の姿をしている。燕尾服のような礼装じみた服にポニーテールに纏めた赤茶色の髪。大人びた風貌でまるで執事のようだ。
実際に従者なのだろう、手荷物はすべて彼女が受け持っている。
「あ、あやめ荘へようこそお越しくださいました」
俺はぎこちない挨拶を口にし、緊張を押し殺しながら改めて深く礼をした。
顔を上げると、修道服の女性はまぶしいくらいにこやかに微笑んでいるばかりでいた。
「あ、お荷物をお持ちします。こちらにどうぞ」と俺が手を伸ばすと後ろの従者が首を振る。
「いえ、結構です。荷物はすべて私が持ちますので」
「いや、でも」
「お構いなく。荷物の運搬には慣れておりますので」
「でも今日はお客様ですからこっちで運びますよ」
頑なに荷物を渡そうとしない従者の女性に、俺も半ば意地になったように食い下がってしまう。マニュアルでは荷物を預かるのが決まりだ。初めての接客で緊張している俺に臨機応変という言葉は思いつかない。
「持ちますので、どうぞどうぞ――っひ」
荷物に手を伸ばそうとした瞬間、俺の眼前に鋭い切っ先を持った何かが突き立てられた。それが従者の女性の手にいつの間にか握られていた刃物だとわかり、俺は思わずたじろいで尻餅をついてしまった。
突然のことに場は騒然とし、近くにいたふみかさんが急いで駆けつける。
「お客様申し訳ございません。どうぞそのままお持ちください」と平謝りをする姿を見た時は、自分の失態を自覚した。
また迷惑をかけてしまい、申し訳なさに胃が痛くなる思いだった。
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