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北山悠介、28歳、プロサッカー選手。 -2
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「寝てんな。」
ソファの上で寝ている俊介を見下ろして呟く。ボディバッグを身に着けた悠介だった。右手にはキーケース。そこには似た鍵が複数本ぶら下がっている。
「帰るか。」
後頭部を搔いて引き返そうとしたら、手をふいに下から掴まれる。
「怖っ」
「それはないんじゃない? せっかく来たのに。」
悠介の手首を掴んだまま、身体を起こした俊介が欠伸をする。睡眠時間は一時間程度か。
「いや寝てたし。」
「何か食う?」
「いらね。」
「ほらここ。」
もう、俊介がこの手を引っ張っても悠介が倒れ込んでくることはないだろう。服を着た見た目はそう変わらないが、体幹が数年前とは段違いに強くなっている。
俊介が叩いた隣に、ボディバッグを肩から外して悠介が座った。
「寝たら腹減った。」
俊介が傍らの床に置いてあった鞄から菓子を取り出す。先程の楽屋に用意されていたモノを持ち帰ってきたものだ。
「悠介も要る?」
「いらねえ。」
「ふーん……すっかりスポーツ選手じゃん。」
「そうだよ。」
悠介は今や国内プロサッカー、トップリーグのレギュラー選手となっていた。社会人リーグから二部リーグのチームに移籍し、一年目で結果を残した。翌年には一部リーグ、毎年上位争いを繰り広げる名門チームへ移った。
トップリーグ一年目は苦労していたが二年目から徐々に出場機会を増やし、今年はスターティングメンバーに名を連ねることが多くなった。
「今月末のホーム行けるかも。」
「へー。言っとく。」
「悠介スタメンだよね?」
「そんなのわかんねえけど、……スタメン取れるように今日も居残ってんだよ。」
「そうだよね。でも行けなくなったら連絡する。」
「ああ。」
名門チームに俊介効果は微々たるものだ。しかし今まで悠介が所属した三チーム全て、『俊介くんを見てみたくて初めてサッカーを観に来たら、サッカー観戦にハマってしまった』というファンは少なくなかった。中には毎試合スタジアムに足を運ぶサポーターになってしまった者もいるらしい、とクラブスタッフから伝えられている。
現所属チームのホームスタジアムは5万人以上が収容可能だ。通常一番価格が高いメインスタンドは、余程の好ゲームでない限りはそれほど埋まることはない。しかし今は俊介見たさに販売率が上がったらしい。
ヒールを履いて着飾った女性が見られるようになり、『サッカーを観に来たサポーター』らからの評判は様々だ。場違いだと憤る者がいれば、むしろ初来場らしき彼女らにグッズを貸し出しサッカー観戦の仕方を教えるのが楽しみになったというサポーターもいる。そんなサポーター達も、各々双眼鏡を持ち出しメインスタンドを見渡すのが今では非公式の一大イベントとなった。
俊介の席は記者席の上だったり、上方ガラス張りの実況席の隣室だったり、VIPルームのひとつだったり様々だ。ここでもチームへ事前連絡はしてほしいという意向を、今は悠介づてに応えている。
「……なあ、今日晩飯何って言ってた?」
「実家? さあ。」
「晩飯どうしよ。」
悠介はソファに座ってからスマートフォンで何かをずっと調べている。俊介が覗き込むとレシピアプリが開かれていた。
「出前でも取れば?」
「スポーツ選手なんだよ、俺。」
「そんな変わる? 何もファーストフード食べるわけじゃないのにさあ」
「大事な年なんだよ。」
「ふぅん。プロなってからずっとそれ言うじゃん。」
「引退するまで言うから。」
俊介は菓子を口に放り込みながら、隣の肩に頭を載せる。
以前はたまに会えたら必死になって身体を繋げていたが、今はそうでもない。いつか俊介が言っていた「悠介が同じマンションに住んでたら良かったのに。」それが、数ヶ月前に実現した。
少しだけ郊外に出た、子育てに良いと言われている地域。そこでグレードが高いマンションの最上階に近い上層階に俊介。中層階に悠介一家、低層階には頭金以外を二人が出し合って購入した部屋に二人の両親が住んでいる。
プロサッカー選手は時間がある。週に様々な公式戦を1~2試合熟し、その半分程度は遠征する。たまに海外へ赴くこともある。それに加えてシーズン前にはキャンプで長く家を空けるが、それ以外の練習日は半日、または数時間で終わることが多い。
悠介は二十代半ばを過ぎて初めてトップリーグへ挑戦という、あまり例のない経歴を歩んでいる。『遅咲きの努力家』と雑誌でもタイトルが付けられたことがある。本人も自覚しており今日のような居残り練習は積極的に行い、身体のケアにも他の選手より余念がない。それでも時間は余る。
悠介の妻は会社員だ。二度目の育休を早めに終えてそれなりに後輩も出来て、やりがいを持って仕事をしている。練習日の子供の送り迎えや洗濯、夕食作りは時間ができた悠介ができるだけ担当するようになった。そしてその合間に俊介と時間が合えば、人知れずこの眺めの良い部屋で二人ダラダラするようになった。
俊介は時間が出来ても出歩くことはなくなり、夕食を実家で食べるのが日常になった。たまに全員の都合が合えば、俊介の部屋で両親や悠介一家が集まり食事会のようなものを開く時もある。そんな中、この部屋の合鍵を持つのは悠介ただ一人だ。
ソファの上で寝ている俊介を見下ろして呟く。ボディバッグを身に着けた悠介だった。右手にはキーケース。そこには似た鍵が複数本ぶら下がっている。
「帰るか。」
後頭部を搔いて引き返そうとしたら、手をふいに下から掴まれる。
「怖っ」
「それはないんじゃない? せっかく来たのに。」
悠介の手首を掴んだまま、身体を起こした俊介が欠伸をする。睡眠時間は一時間程度か。
「いや寝てたし。」
「何か食う?」
「いらね。」
「ほらここ。」
もう、俊介がこの手を引っ張っても悠介が倒れ込んでくることはないだろう。服を着た見た目はそう変わらないが、体幹が数年前とは段違いに強くなっている。
俊介が叩いた隣に、ボディバッグを肩から外して悠介が座った。
「寝たら腹減った。」
俊介が傍らの床に置いてあった鞄から菓子を取り出す。先程の楽屋に用意されていたモノを持ち帰ってきたものだ。
「悠介も要る?」
「いらねえ。」
「ふーん……すっかりスポーツ選手じゃん。」
「そうだよ。」
悠介は今や国内プロサッカー、トップリーグのレギュラー選手となっていた。社会人リーグから二部リーグのチームに移籍し、一年目で結果を残した。翌年には一部リーグ、毎年上位争いを繰り広げる名門チームへ移った。
トップリーグ一年目は苦労していたが二年目から徐々に出場機会を増やし、今年はスターティングメンバーに名を連ねることが多くなった。
「今月末のホーム行けるかも。」
「へー。言っとく。」
「悠介スタメンだよね?」
「そんなのわかんねえけど、……スタメン取れるように今日も居残ってんだよ。」
「そうだよね。でも行けなくなったら連絡する。」
「ああ。」
名門チームに俊介効果は微々たるものだ。しかし今まで悠介が所属した三チーム全て、『俊介くんを見てみたくて初めてサッカーを観に来たら、サッカー観戦にハマってしまった』というファンは少なくなかった。中には毎試合スタジアムに足を運ぶサポーターになってしまった者もいるらしい、とクラブスタッフから伝えられている。
現所属チームのホームスタジアムは5万人以上が収容可能だ。通常一番価格が高いメインスタンドは、余程の好ゲームでない限りはそれほど埋まることはない。しかし今は俊介見たさに販売率が上がったらしい。
ヒールを履いて着飾った女性が見られるようになり、『サッカーを観に来たサポーター』らからの評判は様々だ。場違いだと憤る者がいれば、むしろ初来場らしき彼女らにグッズを貸し出しサッカー観戦の仕方を教えるのが楽しみになったというサポーターもいる。そんなサポーター達も、各々双眼鏡を持ち出しメインスタンドを見渡すのが今では非公式の一大イベントとなった。
俊介の席は記者席の上だったり、上方ガラス張りの実況席の隣室だったり、VIPルームのひとつだったり様々だ。ここでもチームへ事前連絡はしてほしいという意向を、今は悠介づてに応えている。
「……なあ、今日晩飯何って言ってた?」
「実家? さあ。」
「晩飯どうしよ。」
悠介はソファに座ってからスマートフォンで何かをずっと調べている。俊介が覗き込むとレシピアプリが開かれていた。
「出前でも取れば?」
「スポーツ選手なんだよ、俺。」
「そんな変わる? 何もファーストフード食べるわけじゃないのにさあ」
「大事な年なんだよ。」
「ふぅん。プロなってからずっとそれ言うじゃん。」
「引退するまで言うから。」
俊介は菓子を口に放り込みながら、隣の肩に頭を載せる。
以前はたまに会えたら必死になって身体を繋げていたが、今はそうでもない。いつか俊介が言っていた「悠介が同じマンションに住んでたら良かったのに。」それが、数ヶ月前に実現した。
少しだけ郊外に出た、子育てに良いと言われている地域。そこでグレードが高いマンションの最上階に近い上層階に俊介。中層階に悠介一家、低層階には頭金以外を二人が出し合って購入した部屋に二人の両親が住んでいる。
プロサッカー選手は時間がある。週に様々な公式戦を1~2試合熟し、その半分程度は遠征する。たまに海外へ赴くこともある。それに加えてシーズン前にはキャンプで長く家を空けるが、それ以外の練習日は半日、または数時間で終わることが多い。
悠介は二十代半ばを過ぎて初めてトップリーグへ挑戦という、あまり例のない経歴を歩んでいる。『遅咲きの努力家』と雑誌でもタイトルが付けられたことがある。本人も自覚しており今日のような居残り練習は積極的に行い、身体のケアにも他の選手より余念がない。それでも時間は余る。
悠介の妻は会社員だ。二度目の育休を早めに終えてそれなりに後輩も出来て、やりがいを持って仕事をしている。練習日の子供の送り迎えや洗濯、夕食作りは時間ができた悠介ができるだけ担当するようになった。そしてその合間に俊介と時間が合えば、人知れずこの眺めの良い部屋で二人ダラダラするようになった。
俊介は時間が出来ても出歩くことはなくなり、夕食を実家で食べるのが日常になった。たまに全員の都合が合えば、俊介の部屋で両親や悠介一家が集まり食事会のようなものを開く時もある。そんな中、この部屋の合鍵を持つのは悠介ただ一人だ。
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