かわらないもの

ゆゆゆ

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北山悠介、28歳、プロサッカー選手。 -1

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「北山さんとは、俳優仲間として仲良くさせて頂いてます。」

 つい先日行われたイベントで芸能記者からの質問に応えた、今年CM女王を取るかと言われている女性タレントのセリフだ。北山俊介との熱愛報道に関して事実無根だと本人が明言した。各情報番組や週刊誌はこのセリフを引用しつつも、芸能人の常套句だと決めつけて伝えていた。しらばっくれているだけで、実際はどうかわからない、と。


「今日昼過ぎに帰れそう。一部練だったよね。」

 朝の情報番組の生番組の撮影終わり。与えられた控え室で着替えながら電話をする俳優が一人。
 北山俊介は26歳になり、年々役柄や演技の幅が広がっている。出演作品数はひっきりなしに出演していた以前より減っているが、それでも話題が途切れる前に次期出演作が発表される。与えられるのは主演や重要な役柄ばかりだ。
 急に出演数が減ったのは一説によると、仕事を選ばない人気俳優は出演料を大幅に引き上げたからだと言われている。出演作品が減った分、プロモーション等でイベントやバラエティ番組へ積極的に出演するようになり、CMも毎時なにかしらが流れておりお茶の間の露出は増えた。しかし俳優としての仕事減少によりスケジュールはかなり余裕ができたようだ。本人や事務所から実際のことは明かされていないが、その妙に説得力がある記事は読んだ者みな信憑性を感じていた。
 ――大幅にギャラが上がっても、求められる俳優。それが北山俊介なのだ――その括りに同意しているのもあるのだろう。

「へー、居残り。子供の迎えは? ……そう。」

 電話する耳にはワイヤレスイヤホンが嵌っている。防音に特化した部屋ではない。通常ならば気にせずスピーカーホンにするが、こういう時は最低限の対策は敷いていた。

「じゃ、待ってる。うん。じゃあ」
「支度できました?」

 電話を切ると同時にノックと外からの問い掛けがあった。

「ちょうど着替えたとこ。」
「では失礼しますね。……今日はどこへ送りましょうか?」
「家。」
「では、車回しておきます。」
「ありがとう。」

 俊介とマネージャーのいつもの会話だ。新人ではないが、若いマネージャーは部屋を出て胸を撫で下ろしていた。出たのは安堵のため息だ。

 北山俊介に関する週刊誌のスクープがパタリと途絶えた。記事が全くないわけではない。しかし写真がない、名無しの関係者の証言、女性の匂わせ等眉唾程度の証拠を並べた文章で世間は一々騒がない。そこで候補に上がったのが先のタレントだ。
 女遊びが途絶えた時期はそのタレントと共演していたドラマの撮影中だった。相手役ではないが、番宣中も仲良く息が合う姿が各番組で放送された。後日、二人のツーショット写真が掲載された記事が出た。その写真は撮影の打ち上げでたまたま撮れたものだろうと共演者が証言したが、二人の真剣交際の噂は続いている。

「今日はどこか出掛けられないんですか?」
「……ん?」
「いや、明日昼まで仕事ないので……」

 帰りの車内。恐る恐る話し掛けるマネージャーは、俊介を担当して半年だ。
 事務所の方針として、俊介の女遊びに関しては黙認することになっている。仕事帰りに女のマンションへ送り届けることもあった。それはそれとして、それが他の問題に発展しないかと、若いマネージャーは心配していた。業界的に既婚者なのを隠していたり、遊びついでに違法薬物等に手を出す。そんな相手に引っ掛かり世間に晒されたら、まず責任問題を問われるのはマネージャーだ。
 あからさまに問いただしてヘソを曲げられないよう、いつもさりげなく訊く。バックミラーの端に写る俊介は、今回も前を見てふっと笑う。

「明日の仕事まで、マンション出る予定はないよ。コンビニくらいは行くかも知れないけど、夜遊びする予定はないから。そんなに心配しなくて良いよ。」
「そんな、心配はっ」
「見え見えだよ。」

 俊介はまだ若手の年齢だ。しかし余裕がある。問題を起こさないかと歴が浅いマネージャーに疑われても受け流す度量があった。半年付き添っていても、歳は近いのに尻込みして中々距離を縮められずにいた。

「……わかりました。こっちにきてから、ずっと家への送迎ばかりだったので。たまには息抜きしてくださいね。」
「あ、そっち? 心配しなくても、息抜きしまくりだから。」
「え、あ、そうですか……」

 ちょうど車がマンション前に停車した。以前の高級タワーマンションとは違う。グレードはそう変わらないが、少し郊外に出た位置に建つマンションだ。
 事務所の車を尾けていた後続車は、このマンション方向へ近付くに連れて減っていった。

「では明日11時半頃迎えに来ますので。」
「ん。お疲れ。」
「お疲れ様でした。」

 車を降りて、ロビーを抜けて向かうのは上層階。昼過ぎの時間帯だが、朝の情報番組に出演した後に配布された弁当を食べて帰ってきた。朝は日の出前にここを出発した。

「……寝るか。」

 購入して数カ月のソファに身体を横たえる。分刻みでスケジュールを熟していた名残か。寝られる時に寝る。手近にあったタオルケットを被り、3秒後に俊介は眠っていた。
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