徒然に明け暮れる

耽創

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チトカシ祭り

一週間前のこと

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高校の図書室、もとい文芸部の活動場所となってるそこで、私は本を読んでいた。
 突然、ゲームをしようと言って、先輩は今まで読んでいた本を優しく閉じた。その本は先輩の愛読書で、何度も読まれたおかげか表紙はくすみ、色が落ちている。たぶん中身も汗が滲んで黄ばんだり、端が折れていたりするんだろう。
 そんな愛読書を放り投げ、私の向かいの席に大きな音をたてながら勢いよく座る。あまり物を慎重に扱わない人だ。愛しの本も例外ではないようで。
「これ、見えませんか。嫌ですけど」
 私は先輩に目もやらず、読んでいる本を机へ垂直にコンコンと鳴らす。ああ、わかってるともと、さも私の読書を邪魔なんかしていないみたいに、ケラケラと言う。
「あのさ、この土地の言い伝えの解釈を増やそうって話なんだけども」
 両耳の下で結んだ髪を机に広げながら、先輩は組んだ腕に頭を乗せる。私は覗かれているということになる。
「……どれですか」
 話しかけられたときに集中力が途切れてしまった。ここはもう先輩の話を聞くことにする。
「一週間後にあるチトカシ祭りのことだよ、興味出た?」
 チトカシ祭り。毎年、私は楽しみにしている。
「……続けてください」
 ありがとうと言って先輩は話を続ける。
「チトカシ祭りの名前の由来と、片足様について、考えよう」
「どういうことです? 由来とかって、地域の本とか、童歌とかに書いてありますよね」
 先輩は頷く。薄い桜色のリュックを開き、中から地域の昔話が収録されている本と小さなメモ帳、ペンを取り出す。
「整理しよ。まずチトカシ祭りの名前の由来ね」
 花柄がワンポイントのメモ帳を開くと、チトカシ祭りについての記述がされていた。
 内容。チトカシ祭りとはこの地域の守り神とされる片足様に、雨を止めておくれと願う儀式が起源であるとされている。
 その昔、片足様はお腹が減ると、食事を持ってこいと雨を降らせた。雨が降ると困る村人たちが、止めてもらうためにご飯を持ってくるからだ。最初は果物や穀物だったが、日に日に片足様の空腹は増していき、その食事も多く大きくなっていった。そこで、生贄として子どもが捧げられることが決まった。
 現在の祭りの千秋楽はその献上の場面をかたどっている。生贄役の子どもは片足様役の子どもの目の前へ行き、片足様役にお辞儀をする。すると片足様役はその生贄役の脳を食べる仕草をするのだ。続いて頭全体、手、足と続く。食事終了の合図が鳴ると、舞台を見つめる観客たちが片足様役にお辞儀をする。
 なんとも、恐ろしい話だ。この地域の守り神である片足様の話は、カニバリズム的な恐ろしさもあり、怖い話としても語り継がれている。悪い子にしていると片足様に脳の味噌をズズズと吸われると。幼い頃はどうにも不気味で、大好きなおばあちゃんもこの話をするときは嫌いだった。今でも不気味さは拭えきれていない。
 ニコニコしながら、先輩は眼光を鋭くする。
「疑問が浮かんだんだよね」
「何です?」
「脳みそを食べるってとこ。何で脳みそだと思う?」
「……美味しいから?」
「片足様が本当に子供を食べてるならね、そういう理由もあるかもしれない」
 変なことを言う。先輩はここの解釈が違うのだろうか。空腹を満たすためだと本にも手帳にも書いてあるのだから、食事以外の理由はあるまい。
「脳ってとこがひっかかるんだよね」
 小さく唸りながら先輩は机につっぷす。さっき先輩の言った言葉を、少し言い方を変えて訊いてみる。
「脳から食べるってとこがひっかかってるんですか?」
 たぶん、と先輩は呟く。疑問にたぶんを使うということは、何がわからないのか、先輩もよくわかっていないんだろう。そんなことを私がわかるはずもない。 
「それを考えるのって私いります?」
 言い終えるよりも早く、先輩は頭をばっと上げて、「必要!」と叫んだ。あまりの剣幕に少し引く。
「だって2人でやったほうが楽しいじゃん」
 花が咲くような笑顔で言われるも、あまりやる気は起きない。
 でも毎年家族で楽しんでいた祭りを部活の先輩とたった2人で遊ぶのは、何だか楽しそうで、少し浮かれた。
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