11 / 21
アマルガムの繭(前編)
第9話 闇夜8B(合流)
しおりを挟む
山を進むたびに足が痛む。登山は人生で初めての経験な上に1人で登ることには思っていなかっただけに心細く胸中は不安が立ち込めている。
渡された地図を見る限りの標高は320メートルほど。そこまで高くはないが、初めての登山は想像していた以上につらい。道が整備されていることが唯一の救いだ。
地図を見ながら足を進めていくと分岐点に差し掛かる。地図を見ると右側に進むことになっている。指示に従って進む。
上を見ると枝の間から差し込む陽光に目を細めて足を止める。余計なことを考えまいとしながらも頭の中で前日の出来事が蘇る。
得体の知れない男に襲われ、秘密結社と接触し、怪物殺しを名乗る女単語と出会った。幾つもの出来事が怒涛の勢いで通り過ぎて行ったことが今も夢のように思える。
額に薄っすらと汗が浮かび、拭って再び足を進める。時計を確認すると既に30分近くが経過している。
地図を取り出して確認すると道は半ばまでには到達できている。このペースで進むことが出来れば十分に1時間以内で着けると弾き出した。
切り株に腰かけるとミネラルウォーターを飲み、携帯食料を食べた。口の中でのパサつきは水分を急速に奪うため水で無理やり胃に流し込んだ。一息つくとこれから先に待ち受ける存在について考えを巡らせる。
山で待っている人物、秘密結社、怪物、弦巻葵、彼女と一緒にいた人物。
フィクションでしか耳にしたことがなかった出来事の渦中に自分が放り込まれることになるとは考えてもみなかった。頭の中では事実として受け入れようとしても未だにあり得ないと拒絶している自分がいる。話を思い返しているうちにどうしても葵の言葉が蘇る。
『頭が良くて恐れ知らず、それでいて現実を知らない』
葵の言葉が頭の中で反芻し、オレは自嘲気味に笑って直後に我に返る。
そのまま抜けようのない泥沼に引きずり込まれてしまいそうでオレは立ち上がった。すぐにでも再開しないとまた思考の海に引きずり込まれそうになってしまいそうになって足早に歩く。
しかし、順調に足を進めているはずなのに目的地が未だに見えない。本来なら既に見える場所にあるはずなのに門らしきものも目に入らない。
時計を確認するとタイムリミットまで10分を切っている。初めての山の中でもクリアに保っていた頭が焦燥感に塗り潰されていったが、足を動かして無理やり頭の中から追い出す。
到着したのは時計が予定の時間よりも20分ほどオーバーしたところだった。
待ち受ける家は山に溶け込みそうもない現代風の外観を持った灰色の平屋建てでどうあっても溶け込もうとしない意思を感じた。
引きかえすならばこれが最後のチャンスだろう。だが、それは自分で越えねばならないとオレは力強く門を潜った。
静謐な空気が庭を満たし、所々で咲き誇る紫陽花に視線を奪われそうになって前を見る。その奥でロッチングチェアに腰かけながら読書に耽る男がいた。
「あの…」と声をかけると男は目だけを動かし、オレの顔を見て視線が少しずつ下に移動していく。姿をじっくり観察された。終わると男は顔を上げる。
「お前が弦巻の言っていた…」
本を閉じると男は立ち上がり、オレは名乗りを上げた。返しに男は「上梨令単語」と名乗った。
艶のない長い金髪と無精髭に黒いローブはファンタジー作品に登場する賢者を思わせる。ロッキングチェアに立てかけてある杖もその雰囲気を助長している。眉間に皺を寄せる灰色の瞳は見ていると言いえぬ迫力を醸し出している。
「何故、遅れた?」
眼前まで迫った上梨はストレートに尋ねてきた。
「すみません。力不足で間に合いませんでした」
オレの言葉を聞くと袖から懐中時計を取り出して時間を確認する。
「30分弱か。残りは見なかったことにしよう」
上梨が呟いた次の瞬間には杖で叩かれた。最初に右腕を、次に左足を、最後に腹部を叩かれた。耐えられずに蹲った。
「遅れた分だ。一発は無かったことにしている。感謝してもらおう」
人を殴っておいて悪びれることもなく上梨はオレを見下している。
「遅れた理由だが、お前の体力不足だけではない。理由は分かるか?」
痛みで蹂躙されている体で頭を回転させる。
「地図か…」
「ああ。ただし、もう1つだ」
何があったかに頭を再び回す。正解しないと余計に殴られることになる。体にある痛みの残滓が恐怖を彫る。
「端末もか」
「正解だ。ただし、もう1つだ」
鏡で顔を見れば間違いなく顔面蒼白だろう。頭をひたすらに働かせる。関係のあることないことが次々に沸きだしては焦燥を急き立てる。呼応するかのように冷汗が噴き出して体を濡らしていく。
「まだか?答えないなら…」
「待ってください‼すぐに答えを出しますから‼」
惨めに頼み倒してオレはもう1つの答えを考える。
端末、地図、飲料水、食料。渡されたものはこれだけだ。
今回の範囲の中で飲料水と食料は関係ないだろう。両方とも一度口にしているが特に変わったところはなかった。となれば、消去法で端末に何かあるということになる。だが、外部との連絡を一切断たれた端末など使いようがない。そこまで至って一つのことに気づき、端末を取り出す。
画面をタップしていくと考えた通りに地図のアプリがあった。地図を取り出して比較すると地図には載っていない道が記載されていた。しかも、このルートでスタート地点を結び合わせて見たところ到着時間を10分以上の短縮可能だった。
「答えは…これですね」
端末を上梨の前に突き出す。
「そうだ」彼は短く告げてロッキングチェアに戻る。これ以上叩かれないことにひとまず安堵した。
「だが、この程度の化かしに気づけぬようでは話にならんな」
本を開くと上梨は読書に戻る。こちらに興味はないのだと雰囲気が物語っている。
「ボーっとしている暇があるならやり直したらどうだ?」
終わりだと思っていたオレはその言葉に希望を抱く。それを顔に出していないにもかかわらず上梨は容赦のない条件を付けたす。
「ただし、次はここまで走って登れ」
最短ルートを使うだけならば切り抜けることが可能と考えていたオレの考えはあっという間に粉砕された。走って登るなどとても正気とは思えないが、上梨はページを繰りながら言葉を続ける。
「やり直せる機会があるだけありがたく思え。お前のようなゴミが生き残れるほど甘い世界ではない」
初対面の人間にここまで言うかと思える罵詈雑言を浴びせられる。見た目と仕草こそ賢者然としているが、出てくる言葉はとても賢者とは思えないほどに遠慮がない。
「…分かりました」
言葉を返す気にもなれずオレはスタート地点まで下山した。
渡された地図を見る限りの標高は320メートルほど。そこまで高くはないが、初めての登山は想像していた以上につらい。道が整備されていることが唯一の救いだ。
地図を見ながら足を進めていくと分岐点に差し掛かる。地図を見ると右側に進むことになっている。指示に従って進む。
上を見ると枝の間から差し込む陽光に目を細めて足を止める。余計なことを考えまいとしながらも頭の中で前日の出来事が蘇る。
得体の知れない男に襲われ、秘密結社と接触し、怪物殺しを名乗る女単語と出会った。幾つもの出来事が怒涛の勢いで通り過ぎて行ったことが今も夢のように思える。
額に薄っすらと汗が浮かび、拭って再び足を進める。時計を確認すると既に30分近くが経過している。
地図を取り出して確認すると道は半ばまでには到達できている。このペースで進むことが出来れば十分に1時間以内で着けると弾き出した。
切り株に腰かけるとミネラルウォーターを飲み、携帯食料を食べた。口の中でのパサつきは水分を急速に奪うため水で無理やり胃に流し込んだ。一息つくとこれから先に待ち受ける存在について考えを巡らせる。
山で待っている人物、秘密結社、怪物、弦巻葵、彼女と一緒にいた人物。
フィクションでしか耳にしたことがなかった出来事の渦中に自分が放り込まれることになるとは考えてもみなかった。頭の中では事実として受け入れようとしても未だにあり得ないと拒絶している自分がいる。話を思い返しているうちにどうしても葵の言葉が蘇る。
『頭が良くて恐れ知らず、それでいて現実を知らない』
葵の言葉が頭の中で反芻し、オレは自嘲気味に笑って直後に我に返る。
そのまま抜けようのない泥沼に引きずり込まれてしまいそうでオレは立ち上がった。すぐにでも再開しないとまた思考の海に引きずり込まれそうになってしまいそうになって足早に歩く。
しかし、順調に足を進めているはずなのに目的地が未だに見えない。本来なら既に見える場所にあるはずなのに門らしきものも目に入らない。
時計を確認するとタイムリミットまで10分を切っている。初めての山の中でもクリアに保っていた頭が焦燥感に塗り潰されていったが、足を動かして無理やり頭の中から追い出す。
到着したのは時計が予定の時間よりも20分ほどオーバーしたところだった。
待ち受ける家は山に溶け込みそうもない現代風の外観を持った灰色の平屋建てでどうあっても溶け込もうとしない意思を感じた。
引きかえすならばこれが最後のチャンスだろう。だが、それは自分で越えねばならないとオレは力強く門を潜った。
静謐な空気が庭を満たし、所々で咲き誇る紫陽花に視線を奪われそうになって前を見る。その奥でロッチングチェアに腰かけながら読書に耽る男がいた。
「あの…」と声をかけると男は目だけを動かし、オレの顔を見て視線が少しずつ下に移動していく。姿をじっくり観察された。終わると男は顔を上げる。
「お前が弦巻の言っていた…」
本を閉じると男は立ち上がり、オレは名乗りを上げた。返しに男は「上梨令単語」と名乗った。
艶のない長い金髪と無精髭に黒いローブはファンタジー作品に登場する賢者を思わせる。ロッキングチェアに立てかけてある杖もその雰囲気を助長している。眉間に皺を寄せる灰色の瞳は見ていると言いえぬ迫力を醸し出している。
「何故、遅れた?」
眼前まで迫った上梨はストレートに尋ねてきた。
「すみません。力不足で間に合いませんでした」
オレの言葉を聞くと袖から懐中時計を取り出して時間を確認する。
「30分弱か。残りは見なかったことにしよう」
上梨が呟いた次の瞬間には杖で叩かれた。最初に右腕を、次に左足を、最後に腹部を叩かれた。耐えられずに蹲った。
「遅れた分だ。一発は無かったことにしている。感謝してもらおう」
人を殴っておいて悪びれることもなく上梨はオレを見下している。
「遅れた理由だが、お前の体力不足だけではない。理由は分かるか?」
痛みで蹂躙されている体で頭を回転させる。
「地図か…」
「ああ。ただし、もう1つだ」
何があったかに頭を再び回す。正解しないと余計に殴られることになる。体にある痛みの残滓が恐怖を彫る。
「端末もか」
「正解だ。ただし、もう1つだ」
鏡で顔を見れば間違いなく顔面蒼白だろう。頭をひたすらに働かせる。関係のあることないことが次々に沸きだしては焦燥を急き立てる。呼応するかのように冷汗が噴き出して体を濡らしていく。
「まだか?答えないなら…」
「待ってください‼すぐに答えを出しますから‼」
惨めに頼み倒してオレはもう1つの答えを考える。
端末、地図、飲料水、食料。渡されたものはこれだけだ。
今回の範囲の中で飲料水と食料は関係ないだろう。両方とも一度口にしているが特に変わったところはなかった。となれば、消去法で端末に何かあるということになる。だが、外部との連絡を一切断たれた端末など使いようがない。そこまで至って一つのことに気づき、端末を取り出す。
画面をタップしていくと考えた通りに地図のアプリがあった。地図を取り出して比較すると地図には載っていない道が記載されていた。しかも、このルートでスタート地点を結び合わせて見たところ到着時間を10分以上の短縮可能だった。
「答えは…これですね」
端末を上梨の前に突き出す。
「そうだ」彼は短く告げてロッキングチェアに戻る。これ以上叩かれないことにひとまず安堵した。
「だが、この程度の化かしに気づけぬようでは話にならんな」
本を開くと上梨は読書に戻る。こちらに興味はないのだと雰囲気が物語っている。
「ボーっとしている暇があるならやり直したらどうだ?」
終わりだと思っていたオレはその言葉に希望を抱く。それを顔に出していないにもかかわらず上梨は容赦のない条件を付けたす。
「ただし、次はここまで走って登れ」
最短ルートを使うだけならば切り抜けることが可能と考えていたオレの考えはあっという間に粉砕された。走って登るなどとても正気とは思えないが、上梨はページを繰りながら言葉を続ける。
「やり直せる機会があるだけありがたく思え。お前のようなゴミが生き残れるほど甘い世界ではない」
初対面の人間にここまで言うかと思える罵詈雑言を浴びせられる。見た目と仕草こそ賢者然としているが、出てくる言葉はとても賢者とは思えないほどに遠慮がない。
「…分かりました」
言葉を返す気にもなれずオレはスタート地点まで下山した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる